31 / 111
第二章
31.小さな騎士
しおりを挟む
月明かりが消えた。積み箱が乱雑に置かれている薄暗い路地裏の闇が更に深くなる。街灯の光も当たらない路地裏と大通りの境、俺の前に立つおかっぱの少年らしき人物に首を傾げる。その少年は抱えている花束に顔を半分隠し、深紫の毛先を揺らしながらくすくすと笑い俺を見上げる。
「やっと会えました。ずっとお会いしたかったですよ」
少女とも少年とも言える中性的な声でそう言われる。誰だったか、でも最近どこかで会った気がする。記憶を掘り起こしながら、丸い瞳をゆるゆると細めだすオレンジ色の瞳を見てはっとした。そうだ。こいつはあの時助けた騎士だ。
「お前は、あの時の」
「そうです。貴方に助けてもらった者です。あの時は本当にありがとうございました。もうダメかと思いましたけど……まさか助けに来ていただけるなんて」
「いや、そうか。無事でよかった」
「貴方のお陰です。ずっとお礼を言いたかったのですが、お会いする事が叶わずこんなにも遅くなってしまいました。すみません」
「別に礼なんていらない」
小さな騎士は抱えた花束越しににっこりと笑う。無事な姿を見れた事はよかったが、何故ここにいるのだろう?
「何故ここにいるんだ?」
「花を買いに来たんです」
「花? わざわざここまで?」
「ええっと花はついでです。ここには別に用事があったので」
「そうか」
困った様な顔をしながら、少年は指先で頬をぽりぽりとかく。それに合わせて抱えている色とりどりの小さな花達が泳ぐ様に揺れる。相変わらず見ても何の花かなんて、分からない。少年は愛でる様な目で、その色を眺め出す。
「綺麗ですよね」
「……まぁ」
「これは贈るために買ったんです。父さんはこの花が大好きだったので、僕も好きになったんです」
胸がぎゅっとなり、切なくなる。だったという過去の言い方に、この世にはいないのだろうと思ってしまった。
「そうか……きっと父親も喜ぶだろうな」
「いえ、これは父にはあげませんよ。違う人にあげるんです」
「?」
「ふふ、もしかして父親のお墓参りかと思いましたか?」
「い、いや」
「父は存命です」
気まずさから、視線を落とす。
……そうか。ならよかった。
でも、だったら紛らわしい言い方をしないで欲しい。
「むしろ親は父さん一人しかいません。でも、寂しくはないですよ。兄弟もいますし、父さんはいろんな所へ連れて行ってくれますから」
「いい父親なんだな」
「そうですね。僕にとっては」
いい父親。自分で言った言葉によく分からない感情が押し寄せる。それは悲しみなのか、はたまた嫉妬なのか羨望なのか。少年は首を傾げながら尋ねてくる。
「貴方のお父さんはどんな人ですか?」
「……さぁ。あまり覚えていない」
「そう、ですか。……お母さんは?」
「母の事もあまり覚えていない」
「いない……のですか?」
「そうだな。俺が小さい頃二人とも死んだから」
「……そうですか」
少年はそう呟いてぎゅっと花束を抱え、黙ってしまう。なんとも気まずい空気。打ち解けてもいない相手にする話ではなかった。しまったなと後悔して、とりあえず話題を急いで変える。
「その花、誰にあげるんだ?」
「これですか? 実は父さんにはずっと好きな人がいるんですけどね、一度振られちゃって」
「あ、あぁ」
いきなり、なんとも答え辛い。
「でも、やっぱり好きなんですよね。僕は父さんに幸せになって欲しいので、この花で仲をとり持てればなんて思ってる訳です」
そんな事わざわざするものなのかと、頭の中で首を傾げる。まぁ少しばかりお節介な気もするが、それほどこの少年にとっては父親が大切なのだろう。そして、父親も同じ様にこの子を思ってるんだ。
「うまくいくといいな」
「でも、思っているだけで多分渡すことは叶わないでしょう……不毛なものですよね」
「まぁ……俺にはそういう話はよく分からないが」
「そうですか。貴方にはいませんか? 想う人が」
「俺?」
困惑する。それは問われた内容ではなく、俺を真っ直ぐ見てる瞳が光も色も見えなかった事だ。思わず躊躇してしまった。それでも今の問いの答えはすぐに出るので、視線を逸らし答える。
「そんな人は俺にはいない」
「……そうですか」
少年は顔を下げ、花束に顔を隠す。
不意に旗が大きくはためく音がした。背後から強い風が一回吹く。髪が靡く。突風と言っていいほどのあまりの強い風に周りの人々が騒めく声がした。その風は少年が抱えている花を激しく揺らし、花びらを散らす。花弁が舞い上がる。俺は後を追い空を見上げる。月を隠す雲の淵が光っている。
「嫌な風だなぁ」
心底嫌そうな声に、顔を下げる。少年も空を見上げていた。花が散ってしまったのが嫌だったのか不機嫌そうな顔をしている。
「父親が心配するから早く帰った方がいいんじゃないか」
「ふふ、そうですね。でもどうやって帰ろうかな」
「……迷ったのか?」
「そうなんですよ。……誰かさんのせいで」
はぁっとため息をつき、小さな肩を落とす。
「案内するか?」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。きっとそのうち迎えに来てもらえると思うので」
「そうか。それじゃあ俺はもう行くから」
「あ、そうですか。よければ、お名前だけ伺ってもいいですか?」
「ヴァンだ」
「ファン?」
「違う。ヴァン・オクロードだ」
少年は目を丸くした後、うんうんと嬉しそうに頷いた。そういえばまだこの子の名前を聞いてなかった。
「君は」
「本当にありがとうございました! このお礼は必ずします。ですからまた会いに来ますね、ヴァンのお兄さん」
少年はぺこりとお辞儀をして、カサカサと花束を揺らしながら小走りで路地裏の中消えていく。その背を目を細めて見る。
……お兄さん?
そんな風に呼ばれた事はないので、なんとも変な気分。色々あって助けたことなどすっかり忘れていたが、とりあえず無事な姿が見れてほっとした。
でも、カイトはもういない。
それでも、俺の選択は間違ってはいなかったと今この場だけでも信じたかった。
しかし、違う国同士でこんな場所で会えるなんて不思議な巡り合わせだな。
雲が流れ、再び月明かりが誰もいない路地裏の中へ光を落とす。地面の上で散らされた花弁が僅かに揺れているのを見た後、俺は城へと歩みを進める。
「やっと会えました。ずっとお会いしたかったですよ」
少女とも少年とも言える中性的な声でそう言われる。誰だったか、でも最近どこかで会った気がする。記憶を掘り起こしながら、丸い瞳をゆるゆると細めだすオレンジ色の瞳を見てはっとした。そうだ。こいつはあの時助けた騎士だ。
「お前は、あの時の」
「そうです。貴方に助けてもらった者です。あの時は本当にありがとうございました。もうダメかと思いましたけど……まさか助けに来ていただけるなんて」
「いや、そうか。無事でよかった」
「貴方のお陰です。ずっとお礼を言いたかったのですが、お会いする事が叶わずこんなにも遅くなってしまいました。すみません」
「別に礼なんていらない」
小さな騎士は抱えた花束越しににっこりと笑う。無事な姿を見れた事はよかったが、何故ここにいるのだろう?
「何故ここにいるんだ?」
「花を買いに来たんです」
「花? わざわざここまで?」
「ええっと花はついでです。ここには別に用事があったので」
「そうか」
困った様な顔をしながら、少年は指先で頬をぽりぽりとかく。それに合わせて抱えている色とりどりの小さな花達が泳ぐ様に揺れる。相変わらず見ても何の花かなんて、分からない。少年は愛でる様な目で、その色を眺め出す。
「綺麗ですよね」
「……まぁ」
「これは贈るために買ったんです。父さんはこの花が大好きだったので、僕も好きになったんです」
胸がぎゅっとなり、切なくなる。だったという過去の言い方に、この世にはいないのだろうと思ってしまった。
「そうか……きっと父親も喜ぶだろうな」
「いえ、これは父にはあげませんよ。違う人にあげるんです」
「?」
「ふふ、もしかして父親のお墓参りかと思いましたか?」
「い、いや」
「父は存命です」
気まずさから、視線を落とす。
……そうか。ならよかった。
でも、だったら紛らわしい言い方をしないで欲しい。
「むしろ親は父さん一人しかいません。でも、寂しくはないですよ。兄弟もいますし、父さんはいろんな所へ連れて行ってくれますから」
「いい父親なんだな」
「そうですね。僕にとっては」
いい父親。自分で言った言葉によく分からない感情が押し寄せる。それは悲しみなのか、はたまた嫉妬なのか羨望なのか。少年は首を傾げながら尋ねてくる。
「貴方のお父さんはどんな人ですか?」
「……さぁ。あまり覚えていない」
「そう、ですか。……お母さんは?」
「母の事もあまり覚えていない」
「いない……のですか?」
「そうだな。俺が小さい頃二人とも死んだから」
「……そうですか」
少年はそう呟いてぎゅっと花束を抱え、黙ってしまう。なんとも気まずい空気。打ち解けてもいない相手にする話ではなかった。しまったなと後悔して、とりあえず話題を急いで変える。
「その花、誰にあげるんだ?」
「これですか? 実は父さんにはずっと好きな人がいるんですけどね、一度振られちゃって」
「あ、あぁ」
いきなり、なんとも答え辛い。
「でも、やっぱり好きなんですよね。僕は父さんに幸せになって欲しいので、この花で仲をとり持てればなんて思ってる訳です」
そんな事わざわざするものなのかと、頭の中で首を傾げる。まぁ少しばかりお節介な気もするが、それほどこの少年にとっては父親が大切なのだろう。そして、父親も同じ様にこの子を思ってるんだ。
「うまくいくといいな」
「でも、思っているだけで多分渡すことは叶わないでしょう……不毛なものですよね」
「まぁ……俺にはそういう話はよく分からないが」
「そうですか。貴方にはいませんか? 想う人が」
「俺?」
困惑する。それは問われた内容ではなく、俺を真っ直ぐ見てる瞳が光も色も見えなかった事だ。思わず躊躇してしまった。それでも今の問いの答えはすぐに出るので、視線を逸らし答える。
「そんな人は俺にはいない」
「……そうですか」
少年は顔を下げ、花束に顔を隠す。
不意に旗が大きくはためく音がした。背後から強い風が一回吹く。髪が靡く。突風と言っていいほどのあまりの強い風に周りの人々が騒めく声がした。その風は少年が抱えている花を激しく揺らし、花びらを散らす。花弁が舞い上がる。俺は後を追い空を見上げる。月を隠す雲の淵が光っている。
「嫌な風だなぁ」
心底嫌そうな声に、顔を下げる。少年も空を見上げていた。花が散ってしまったのが嫌だったのか不機嫌そうな顔をしている。
「父親が心配するから早く帰った方がいいんじゃないか」
「ふふ、そうですね。でもどうやって帰ろうかな」
「……迷ったのか?」
「そうなんですよ。……誰かさんのせいで」
はぁっとため息をつき、小さな肩を落とす。
「案内するか?」
「いえいえ! 大丈夫ですよ。きっとそのうち迎えに来てもらえると思うので」
「そうか。それじゃあ俺はもう行くから」
「あ、そうですか。よければ、お名前だけ伺ってもいいですか?」
「ヴァンだ」
「ファン?」
「違う。ヴァン・オクロードだ」
少年は目を丸くした後、うんうんと嬉しそうに頷いた。そういえばまだこの子の名前を聞いてなかった。
「君は」
「本当にありがとうございました! このお礼は必ずします。ですからまた会いに来ますね、ヴァンのお兄さん」
少年はぺこりとお辞儀をして、カサカサと花束を揺らしながら小走りで路地裏の中消えていく。その背を目を細めて見る。
……お兄さん?
そんな風に呼ばれた事はないので、なんとも変な気分。色々あって助けたことなどすっかり忘れていたが、とりあえず無事な姿が見れてほっとした。
でも、カイトはもういない。
それでも、俺の選択は間違ってはいなかったと今この場だけでも信じたかった。
しかし、違う国同士でこんな場所で会えるなんて不思議な巡り合わせだな。
雲が流れ、再び月明かりが誰もいない路地裏の中へ光を落とす。地面の上で散らされた花弁が僅かに揺れているのを見た後、俺は城へと歩みを進める。
0
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる