咲く君のそばで、もう一度

詩門

文字の大きさ
39 / 111
第二章

39.すべき事

しおりを挟む
 とにかく仕事にかかろうと俺を先頭にして街を出た。
 今日はとても良い天気。
 柔らかな日差しが、波が立つように揺れる緑の大地を照らす。太陽だけが空に浮かび、青空が続く。空も今日の祭典を祝っている様。だがそんな天気とは裏腹に、俺の胸中は雲がかかる。
 柔らかな空気を切る風の音と、馬が地を蹴る足音を聞きながら考え込む。
 
 心臓を見つけ、悪魔を倒したい。

 その意思は明確なのに、どうしたらいいのか。俺には心臓を見つける事が出来ない。悪魔にも近づくなと言われる。
 打つ手なし。
 リナリアが悪魔を倒すまで俺は、自身を守る事しか出来ないのか。それは何とも情け無い気持ちにさせる。そもそも母はどこから来たのか、今だに分からない。
 少し体を傾け後ろを見る。
 アルとカミュンがまた言い争っている向こう側で、冴えない顔をしたリナリアは手元を見つめている。
 今日が終われば彼女は行ってしまう。
 手綱を握る手にぎゅっと力が入る。
 
 行ってしまう前に、言わないと。

 仮説でしかないが、彼女の穢れと母が関係している気がしてならない。伝えておいた方がいい。だけど、それを知ったらリナリアはどう思うだろうか。
 前を向き、空を見上げる。羨ましいほど晴れ渡った空。なんだか煩わしい憂いにため息が出た。

「目撃されたのは、この辺りですかね?」

 並走してきたグレミオが少し張った声で尋ねてくる。それに思案をやめる。
 グレミオから預かった地図をポケットから片手で出し、風に靡かせながら確認する。示された場所から近かったので、頷く。グレミオが更に近くに寄ってくる。

「このまま瘴気がなくなればいいですね」
「そうだな」
「闇ビトも瘴魔もなくなればきっと、この世界に平和が訪れます」
「……」

 グレミオの希望に即答できない。
 瘴気も闇ビトもいなくなっても、南の帝国との軋轢は続く。闇ビトが人間の敵となって現れてから休戦してはいるが、平和が訪れた世界になったらどうなるだろう。元は闇と人とが争う世界ではなく、人と人が争う世界。それを俺は経験した事がない。そんな世界に変わってしまったら、そこでも俺はどう生きるのだろう。
 
 でも、誰にでも希望は必要なんだ。

「そうなるといいな」
「ええ」

 グレミオは穏やかな声で返事をする。そう言えば闇ビトはどうなってしまったのかと考えると、腐敗した臭いが鼻をかすめだす。気を引き締める。

「近いな」
「はい」

 緑の大地の上に黒がぽつぽつと現れだす。
 後ろの隊員に向け片手で合図を送る。
 黒の輪郭がはっきり見え頃、その数が確認できた。
 大した数ではない。
 更に近づくと吐き気を催す強烈な腐敗臭が顔に当たり、少し目が潤む。
 俺たちに気づいた瘴魔達は金切り声上げ、腐敗した体でこちらに駆け出してくるのが見えた。素早く剣を鞘から抜きそのまま群れの先頭とぶつかる。
 脆い体を断つ。
 絶命する前に断末魔を上げる。
 次に来る敵の首を躊躇することなく跳ねた。
 悲鳴は上がらない。変わりに紫の血が碧落へと噴き上がる。
 胸が苦しくなった。
 一回大きく息を吐き、グリップを強く握りしめる。
 間髪入れず襲いかかる瘴魔の血走った目を見ながら、他の世界の誰かだったモノを斬った。
 むせ返る血の匂いが、生暖かい風に運ばれる。
 加護の力を使うまでもなく、あっという間に辺りは黒と紫に染まった。手に肉を切った感触が残る。紫に濡れた剣身に映った自分を見つめた。
 
「楽勝だったな!」
「余裕だよ」
「カミュンさんアルさん、油断してはいけないですよ。昨日のハンター達が言っていたこともまだ、分かってはいないのですから」
「大丈夫だって! グレミオは心配症だな」
「あ、これ異物かな?」

 アルが加護の力を使い骸から何かを取り出す。皆がそこへ集まり出し、枝に釣り上げられた物をまじまじと見つめる。それは紫に濡れボロボロであったが、人の形に見えた。多分人形だ。片方ずつない手足。辛うじてついている頭が垂れ下がり、項垂れている様。紫の血が滴る。
 重苦しい空気が流れる。誰も口を開かない。皆きっと薄々と気がついてる。……瘴魔は元は人間だったのだと。
 アルが問う。

「隊長、持ち帰りますか?」

 本当なら持ち帰らなければならない。それが仕事。でもこれを持ち去った所で、俺たちは何も得られないと思った。きっとこれはここにあった方がいい。

「いや、置いていく」
「……そうですね」

 アルはそれを元に戻した。
 胸がズキズキと痛む。そのせいで息苦しくなる。
 悪魔の願いのせいで起こった悲劇を、この世界でなんとしても止めないと。

「てかカイリィ血ついてるよぉ。服汚れちゃってぇ~髪もぉ」
「……うん」
「カイリちゃんタオルいる!? あっ! ごめん俺、持ってなかった!」
「誰も期待してないって」
「お前はいちいちうるせぇなっ!」
「ありがとう、カミュン。自分のあるから」

 カイリを見ると、毛先と肩が紫に染まっていた。顔にもついてしまったのか、取り出した柔らかそうな黄色の布で顔を拭いている。
 今度はずっと静かな彼女を見る。リナリアは一人馬の上で浮かない顔をしている。肩を落とした後、紫に染まった剣を軽く振り鞘へと収め、おもむろに空を仰ぎだす。
 
 まだおかしい。
 
 原因はなんだろう?俺が寝てしまった後、何かあったのか?そんな彼女を見ていると、視線を落とした青い瞳と目が合う。リナリアは目を丸くした後、ばっと勢いよく顔ごと逸らされた。思わず眉間に皺が寄る。

 ……なんで。

 明らかに避けられた。まるで分からない。さっきは気にしないでと言ったのに。怒っていないのなら、なんであろうか。
 にこにこ顔のカミュンがリナリアに近寄り話しかけている。彼女は少し眉を下げながらもちゃんと笑って応えるので、なんだか胸がもやもやする。
 そばでグレミオがくすぐったそうに笑う。

「ふふ」
「なんだ」
「気になりますね」
「なにが」
「リナリアさんの事」
「なっ」

 カァっと体が熱くなる。別に気になっただけ、それだけなのに他人に改めて聞かれると、何とも言えない羞恥が襲ってくる。

「別に気になんて」
「ねぇ、ヴァン」

 カイリに呼ばれた。慌ただしくなった胸を押さえつけ、とにかく平常心を心掛ける。

「どうした?」
「近くに川があったから寄ってもいいかな。ちょっと服汚れちゃったからその、洗いたくて」
「あぁ」

 別にいいかと返事を返した。ありがとう、っと言うカイリの後ろにいる二人が視界に入る。
 二人はまだ話をしている。会話すると言うよりはカミュンが一方的にしている話に、困った顔をしたリナリアが相槌を打っているだけ。忠告したのに。ミツカゲに目をつけられても、俺はもう知らない。

「ヴァン、あのさ」

 再びカイリに視線を戻す。カイリはどこか不安そうな瞳で俺を見ていた。そうだ、行かないと。

「悪い。行くか」
「……うん」

 返事を返して、また視線が動く。
 マリーも加わっていた。何を言われたのか、さっきまで嬉しそうに話していたカミュンの顔が引き攣っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...