咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

42.回顧

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 賑やかな人々の中、お互い無言で歩き続ける。キルに会ったら何を話したらいいのか。今はそればかり考える。
 
 城を囲う城壁。もう顔見知りの見張りの門番に軽く挨拶をして中へ入る。門番も祭典を楽しんでいるのか、いつもより陽気だ。

「今日はヴァンがいるから、入り口から入れるね」

 急にリナリアが面白しろがる様に言うので、驚いた。そういえばこの前勝手に入って来たと聞いて呆れたがでも、俺も人の事は言えたもんじゃなかったな。

 あの日は今日と真逆だった。

 振り返り、友が守る煌びやかな街中を眺めた後、歩き続ける彼女の後ろに付いてあの日の事を思い出す。

 ◇
 
 雑務に近い仕事を終えた帰路の途中、鼻先に水滴が落ち空を仰ぐ。分厚い雲が空を覆う。それはキルの父が亡くなってから続いている。あれから二日。小雨が降りだす、人影の少ない静かな街中。前王の死を空も街も悼んでいるよう。
 それにしてもまさか訓練学校を出てすぐに、葬儀の警護をすることになるなんて思ってもみなかったと憂鬱でいると、隣を歩くカイトが呟く。

「キル、大丈夫かな」

 カイトはさっきからため息と共に、この言葉ばかり吐いている。俺もカイト同様、気掛かりでならない。キルが今どうしているのかも分からない。いくら友人とは言え、身分の違い過ぎる俺達には今は会う事すら難しい。それは、大きくなるにつれて顕著に表れた。カイトが立ち止まる。

「どうした、カイト?」
「……会いに行ってみる?」
「えっ? 今か?」
「もちろん。だって心配でしょ?」
「それは、そうだが。でも、行ったところで」

 通してもらえるだろうか。

 もともと自分達と関わる事を、キルの周りはいい様に思っていない。しかしキルの父がそれを許してくれていたから、俺達はこの関係を続けてこれた。それにキル自身も何も言ってこない。今はそっとしておいた方がいいのか?こういう繊細な人の気持ちを推し量るのは、苦手だ。

 それでも、やっぱり。

「いや、そうだな」

 行って自分に何ができるかは分からない。でも、このまま何もしないで待つのも嫌だった。俺たちは頷き合い、キルに会う為に来た道を引き返す。

 っが。

「ここは通せない。帰るんだ」
「えっ」

 案の定の塩対応。
 一階の兵に俺たちとキルが友人だなんて言っても、何を言ってるんだという感じ。そもそもまだ、兵士として信用されるような実績も何もない。それがとても悔しく、歯痒い。
 結局俺達は、門番の言う通りに引き返すことしかできない。

「はぁ。無理かぁ」
「……仕方ない」

 そうは言っても納得なんてしていない。
 
 もっと、強くならないと。

 せめて友であることを認められる程に。そうしないと、何のためにここでこうしているのか分からない。

「……でも、僕はやっぱり」

 カイトはそう呟き、いきなり駆け出す。

「カイト!?」

 迷いなく走るカイトの後を追う。
 城を囲う城壁と、街を囲う城壁が合さる場所で、カイトはやっと立ち止まる。
 木々が数本生え、あまり手入れされていない低木の植物が城の城壁に沿うように生えている。人気のあまりない場所。ここを懐かしいなと眺める。
 この低木植物の群生の中、城壁の一部が崩落している箇所がある。昔内緒で城の書庫へ入れてくれる為にキルが教えてくれた秘密の場所。

 まさか。

 その予感をカイトに尋ねる。

「ここから行くのか?」
「ここしかないから」

 それは子供の時の話。大きくなった俺達に通れるのか?低木に隠れるくらいなんだ。あまり大きな穴ではなかった気がする。

「いや、でも、もう」
「行ってくる! 通れたら合図送るからヴァンも来てね!」

 俺の制止を無視してカイトは少し濡れた地面に肘と膝をつき、道のない細い枝の中をガサガサと進んで行く。
 唖然としてしばらく見守る。大丈夫かと不安になりかけた頃無風の中、一回大きく風が吹いた。カイトの合図だ。腹を括る。

「……仕方ないか」

 俺も地面に膝をつき、群生の中へと入る。幸いカイトが先行してくれたおかげで僅かに道が出来ているが、折れた枝が膝に刺さって痛い。
 崩落した壁に辿り着く。なんとも狭い穴にため息が出る。昔は何の苦労もなく通れたが、今は体を無理やり捻じ込まないと通れない。擦り傷ができる。酷いもんだ。
 なんとか抜けると反対側にも同じような低木の群生がある。そこもやっとの思いで抜けると服を叩いているカイトと目が合う。

「通れてよかったね!」
「……そうだな」
「もしもの為に、これからもこの道は秘密にしておこ」

 防犯上いいのかと考えながら立ち上がり、俺も軽く服を叩きながら辺りを警戒する。人はいないが、巡回しにくるかも知れない。急がないと。
 闇に紛れ、裏口の扉の前に立つ。ここは使われていないから南京錠がずっと掛かっている。だから劣化していて、数回ガチャガチャやると簡単に外れる。これもキルに教えてもらった。本当に不用心だ。
 カイトはそおっと扉を開く。中は暗く人はいない。音を立てぬよう忍び足で俺達は、城内に潜入する事に成功した。

 天気のせいで余計に薄暗く感じる廊下。兵士の目をすり抜けながら城内を歩く。これじゃまるで賊だ。
 広い城内で俺たちの知ってる部屋は一つしかない。とりあえずそこへ行ってはみたが。

「書庫にはいないね」

 パタンと扉を閉めて、カイトは落胆する。
 窓の外から雨足が強くなる音が聞こえだす。それに焦燥に駆られる。

「どうしよう」
「城内はあまり詳しく分からない」
「そうだね……ここまで来たのに。とりあえず上登ってみる?」
「上?」
「やっぱり偉い人は上かなって」
「……」

 よく分からないカイトの提案を飲み、とりあえず上へ登る。
 見つからない様にと鼓動を早まらせながら上り終え、角から覗き見て確認する。廊下の先白い扉が目に入る。何故かあの部屋がとても気になった。

「あの部屋」
「あの白い扉?」

 扉の前には誰もいない。カイトはキョロキョロと辺りに視線を配った後、駆け足で扉前に立つ。俺も後を追う。カイトは追いついた俺に頷いた後、そっと扉を叩く。

「キル、いる?」

 返事はない。物音すらしない。

「いないみたい」
「……」

 でも、中にいる。さっきから変な感が俺を突き動かす。ノブを握る。カイトが慌てて引き止めるのを無視して、俺は扉を開けた。

「キル!?」

 開けた扉の先、立派な机の上でつけっぱなしのランプに照らされるキルが見えた。ただキルはうつ伏せになって動かない。慌てて駆け寄り、体を揺さぶる。

「キル!?」
「……っん」

 瞼が開き、深い紫の瞳が見えた。ぼうっとした瞳の視線が円を描くように動いた後、おもむろに俺を見る。瞬間目が見開かれ、飛び起きる。

「……ヴァン! カイト!? なっ、なんでここにいるんだ!?」
「その、キルに会いに」
「なんで!?」
「なんでって……心配、だったから」

 カイトの言葉にキルの瞳が歪みだし、唇を噛む。そしてまた、うつ伏せになる。

「キル?」
「俺は、泣きたくないんだ!」
「えっ?」
「……見られたくないんだ。でも、お前らに会ったら泣きそうで……だから」
「そんな意地張らなくても。僕は頼ってくれると嬉しいけど。友達なんだから」
「……友達」

 思わず息を飲み、カイトと顔を見合わせる。いつもと明らかに様子が違う。

「ヴァンも、そう思うのか?」
「急にどうしたんだ?」
「ずっと思ってたんだ。ヴァンは父親を助けてやれなかった父や……俺の事恨んでないのか? 父がお前にしてきた事は勝手な償いだ。その偽善にお前が恩を感じていてこの生活に縛られていたら、俺は。……だから、泣きたくないんだ。父の事でお前の前で泣くのは、許されないだろ」

 いつも真っ直ぐなキルが、こんな思いを抱えているなんて知らなかった。
 確かに初めは鬱陶しかった。
 友であったのに父を助けてくれたなかったキルの父も、関係ないがキルも会いたい存在ではなかった。それでも、そばにいてくれて今までずっと導いてくれたのは間違いなくキルなんだ。そんなキルを俺は友だと思ってる。
 握っているキルの手が僅かに震えている。俯いて答えを待っている友に、俺は自分の思いを伝える。

「恩とかじゃなくて……俺は友達、だと思ってる。だから、キルが困っているなら力になりたいし、泣きたいなら泣いてくれればいい」

 そうしてくれれば良い。俺に出来ることは数少ないから。
 ばっと丸い目をしたキルが俺を見上げる。ぽかんとした顔をくしゃっと崩し、目から涙が溢れ出す。

「そうか……俺達ちゃんと……友達、なんだな」 

 しゃがれた声でそう言うと、キルはまた机に伏して声を出して泣き始めた。カイトが優しくキルの肩に手を置く。俺は黙ってキルが泣いているのを見ていた。大変だったなと思う反面、ほっとしてしまった。ちゃんと思っている事が伝えられたんだ。
 咽び泣いていた声が徐々に収まる。カイトが優しく背をさする。

「辛かったよね」
「やめてくれ! やっと泣き止みそうなのに!」
「ハンカチいる?」
「いいって……しかし、お前ら妙に汚れてないか?」

 白い小さな布で鼻を抑えながら、まだ涙が引かないキルの瞳が俺たちを交互に見る。キルは手を伸ばし、カイトの肩から何かを取る。小さな葉。その葉をキルは摘んで眺めている。

「葉っぱ? お前ら何やってきたんだ」
「秘密の道通ってきたんだ。でも、僕達はもう大人だから、ギリギリだったよ」
「なんであそこから。正面から入ってこればいいだろ」
「……」

 カイトとお互い目配せする。なんとなく入れてくれなかったとは言いづらい。

「ここで、何してたの?」
「あぁ。ここは父が使ってた部屋で、いろいろ見てたらいつの間にか寝てたみたいだ」
「そう」

 キルは一回大きくため息をつく。そして体の下敷きにしていた本に手を滑らせる。
 
「それ、なんの本?」
「これか? これは日記張だ」
「日記? お父さんの?」
「いや、俺の」
「日記なんてつけてるのか」
「なんだよ! 俺だって日記ぐらい書く! これは父がくれたんだ」
「そうなの?」
「大切な思い出を忘れないよう。その頃をいつでも思い出せるよう……そう言ってな。書いてて良かったと思ってたよ。読み返すとな、忘れてる事たくさんあるんだ」

 腫らした目で優しく微笑むキル。
 キルは俺とは違う。俺にとって思い出なんて重荷でしかない。
 キルは日記を閉じ、大きく息を吐く。

「あぁー、俺は王になるんだなぁ」
「キルなら立派な王様になれるよ! 僕達も何かあれば力になるから! ねっ! ヴァン」
「あぁ。その為にももっと強くならないと」
「強く?」
「信用されないだろ。とにかく成果を上げないと」

 キルは眉を寄せ不服そうな顔をする。こう言う顔をする時、だいたいキルは俺に小言を言うんだ。

「それはありがたいけどよ、俺はヴァンには他の事もしてもらいたい」
「他?」
「そうだ。俺たち以外にもいろんな人と関わって生きてほしいんだ」
「はぁ、またそんな事」
「俺はヴァンとカイトが、大切な人と希望を持て生きていける国を作っていくから」
「……」

 キルのこの目は時に苦手だ。あまりにも真っ直ぐに見られるので、反論する言葉を抑え込まれる。

「そういえばさ、面白い奴に会ったんだ」
「面白い奴?」
「いつか……機会があればお前らにも紹介するよ。特にヴァンに合わせたいんだ」
「俺? なんで」

 キルはにやりと意味深に笑う。そして、立ち上がり背伸びをする。

「さぁて、そろそろ部屋に戻るかな。お前らも疲れてるだろ。わざわざありがとな」
「う、うん。おやすみ、キル。またね」
「あぁ、おやすみ」

 キルは部屋から出てってしまう。その背を見送った後、カイトが言う。

「僕ももっと強くなるよ」
「カイト」
「キルが作るこの国をずっと、そばで見守れる様に」

 カイトの決意に俺は頷く。
 俺の父とキルの父がそうであった様に、俺も堂々とキルのそばにいられるようになりたい。

「俺達もそろそろ行くぞ」
「うん。またあの道から帰らないと」
「雨も降って最悪だな」
「ふふ、そうだね」

 
 ◇


「ヴァン?」

 リナリアの声にはっと我に帰る。いつの間にか目の前には白い扉があった。

「悪い」
「大丈夫?」
「考え事してただけだ」
「そう」
「……面白い奴か」
「?」

 キルがあの時言った面白い奴は多分、リナリアの事だったんだ。もう、昔の事。言われてもあまり気に留めていなかったから、忘れていた。
 ぽかんとした表情でこちらを見上げているリナリア。キルにとっては面白い奴なのかも知れない。だが俺にとっては。

 ……ちょっと面倒な奴。

 自分で思った事が少し面白くてふっ、と笑ってしまう。リナリアが顔をしかめる。
 
「また、そういう顔する」
「顔?」
「なんでもないよ」

 ぷいっと顔を逸らすリナリアは静かに扉を眺める。僅かに眉を寄せ何処か難しい顔をする。それになんとなく察した。でも俺は静かに扉を叩く。

「キル……」

 扉の向こうからは、返事はない。

「キル……いないみたい」

 彼女の表情から、なんとなくそうなのだろうと思っていた。それでも確かめたくて、ドアノブを握る。彼女は止めない。俺はゆっくりと扉を開く。

「……」

 カーテンの閉められた暗い部屋。
 時が止まったかのように静かだった。
 机の上に開きっぱなしの本が置かれるだけで、やっぱりキルはいなかった。
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