咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

48.この思いは②

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「それでね、服を着たら嫌な感じがして。見たらナメクジがいてね……そこからナメクジが苦手になったの」
「へぇ」
「ダイヤのせいだよ。小さい時のダイヤは私に意地悪で。でもジュンちゃんが代わりに怒ってくれてた」
「ふーん」

 街道を逸れ歩き続ける間、彼女とずっとたわいのないを話をしている。慌ただしい胸も落ち着き、この時間を楽しめるようになった。でも、あいつの話はあまり楽しくない。

「そう言えばね、昨日ジュンちゃんから誕生日プレゼントもらったの」

 そうそう、昨日は彼女の誕生日だった。それを当日聞いた俺はもちろん何もあげてない。もう少し早く知っていれば何か……何かなんなんだ。何もする事はない。

「何もらったんだ?」
「お洋服」
「服?」
「たまには女の子らしい服着なさいって。でも、私はこっちの方が動きやすいし、そういう服装は苦手だし。そもそも私に似合うかな? ……ヴァンはどう思う?」
「……分からない」
「もぉ、ヴァンはダイヤにちょっと似てる。素っ気ない」
「一緒にしないでくれ」

 きっと似合う。

 どんな服かは知らないけど、そう思った。
 でも、理由は分からないが彼女は男に好意的に思われるのを嫌がってる。俺が態度を変えたら、彼女はきっとそばにいなくなる。結局どう彼女を思おうと報われない。いや、別になんとも思ってないし。

「ジュンちゃんには悪いけど、やっぱり着る機会ないのかなぁ」
「別に着ればいいじゃないか」
「でも、いつ? どこで?」
「そんな事、自分で決めたらいい」
「むぅ」

 うまくいかない。素っ気ない態度を意識した結果こうなる。頬を膨らませて、不貞腐れる彼女に心の中でごめんと謝る。

「見えたぞ」

 タイミングよく木々に囲まれた石の瓦の家々が見えた。遠くから家畜の鳴き声が聞こえてくるので視線を向けると、遠くの丘の上で家畜を遊牧している人の姿が小さく見える。
 あそこがカイトの生まれた村。
 緑に囲まれた村を見ているとカイトの故郷らしい、っていうのもなんだかおかしいのかな。ここ来るのは二回目。昔カイトに母の命日に付き合って欲しいと言われついてきた以来。見た感じ何も変わってはいない。俺は先ほどよりも少し遅い足取りで村へ向かう。

 木々が迎え入れてくれる様な村の入り口に立つ。
 
「素敵な村だね」 
「あぁ」
「早く済ませ、帰りましょう」

 はっとした。気にしなさすぎてミツカゲの事をすっかり忘れてた。こいつはどこまでついてくるつもりなのか。

「あのね……ミツカゲはここで待っててくれる?」

 リナリアが俺の心の声を代弁してくれる。

「何故です!?」
「その、ね?」
「嫌ですよ」
「でも……ほら! 馬もいるし」
「馬? その辺に繋いで」
「お願いっ!」

 リナリアはミツカゲをじっと見つめている。ミツカゲはぐっと言葉を飲み込みたじろいだ後、俺を睨む。その目は彼女に何かしたら殺す、と言っている。俺が何をするっていうんだ。出来ることなんて何もない。その目を軽く受け流す。

「行くぞ」
「あ、待ってよヴァン!」

 舗装されていない砂利に道に足を踏み入れ、村に入る。
 道に添いに同じ様な石造りの民家が狭い間隔で並び、家先には小さな花が咲いた緑が生い茂る。
 まばらな人影。首都のアデルダの騒々しさとは違い、静かでゆっくりと時を刻む村。耳を澄ます。
 家の中で誰がはたを織りながら歌ってる。荷車を引く音や村民がバケツで水を汲む音。鳥の囀りに、風に優しく揺れる葉切れの音やどこからか聞こえる水音。聞いていると穏やかな気持ちになる。
 柔らかな日差しを浴びながらカイトの故郷を耳で楽しんでいると、子どもの笑い声が聞こえた。その声が徐々に近づき追い抜いていく。男の子が三人、戯れあいながら走っていく光景に懐かしさと切なさが胸に込み上げる。

「ヴァンは小さい頃、本ばっかり読んでたって」
「はぁ。またキルか」
「ふふ、そうだよ。キルは手紙にいつもヴァンとカイトさんの事書いてくれてた。……本当に、いつもね」

 嬉しい、と今はそれを素直に喜べない。今もキルはそう思っているだろうか。変わらずまた、前みたいに戻れるだろうか。

 いや前みたいになんて、もう無理か。

「二人なら大丈夫だよ。キルはヴァンの事本当に大切なお友達だと思ってるから、二人の関係はそう簡単に変わらないよ」
「……あぁ」
「あっヴァン見て!」

 またありがとう、っと言えずリナリアが指差す方を見る。幅の狭い浅い川に掛かる石造りの小さな橋を渡った先、銀のバケツに入った花が並んでいるのが見えた。前もあそこで買ったんだ。

「あそこでお花買えるね」
「そうだな」

 近くに行き、相変わらず雑に売られているその色達を眺める。

「カイトさん、好きなお花とかあるかな?」

 好きな花?
 それは聞いた事がない。

「分からないな」
「色とか」
「色……緑とか」
「緑」

 リナリアはうーんっと小さく唸る。

「どれにする?」
「えっ、どれ……」
「ヴァンが選んだなら、カイトさんはどれでも喜ぶと思うよ」
「……」

 花なんて選んだ事がない。でも、真剣に考えた。俺は選び抜いた白い花を店主に頼む。店主はバケツから花をとり、慣れた手つきで簡単にまとめだす。それを見て思い出す。カイトと一緒に来た時もう少し丁寧にと……そうだ。

「すみません。その同じ花をもう一つ束にしてください」
「もう一つどうするの?」
「カイトの母親にもな」

 命日ではない。でも、花を手向けようと思ったのは、カイトの友人としてなのか、それとも守れなかった死なせてしまった事を謝りたいからなのか。

「うん。きっと喜んでくれると思う」
「はい、どうぞ」

 あっという間。店主が花束を差し出す。それを一つずつ受け取り、俺は金を払う。無事花も買えた。俺達は礼を言って歩き出す。

「ヴァンはここに来たことあるの?」
「一回な。カイトに付き合って」
「じゃあ墓地の場所は知ってるんだね」
「あぁ。村を抜けた先にある」
「そうなんだ」
「花、それでよかったか?」
「うん! ヴァンが選んだお花、とっても綺麗だね」

 リナリアは抱き抱える様に花束を持ち、愛でるような瞳で見つめ微笑んでいる。既視感を覚えるこの光景。それは願望がそうさせるのか。

「花が好きなのか?」
「うん、好きだよ。見てると胸が弾むでしょ?」
「そうか?」
「ヴァンは知ってる? 私の名前と同じ花があるんだよ」
「へぇ」

 それは全然知らなかった。
 
 リナリアは誇らしそうな笑みを浮かべる。

「ふふ、知らなかった?」
「花の名前なんて詳しく知らない」
「興味ない? ならヴァンが選んだこの花にも、花言葉とかあって……知りたくなってきたでしょ?」
「別に」
「もぉ。これから誰かに花を贈ることがあるかもしれないよ? 何事も知っていて損はない! ねっ?」

 曇りのない笑みでリナリアはもっともらしい事を言ってくる。そうかもしれないけれど、釈然としない。

「花をあげる事なんてない」

 だって、誰かにあげたいなんて思わない。だいたいそんな柄じゃない。
 でも、君の名前がついた花はどんな花だろう。それだけは気になった。それを聞く事ができないのが俺なんだ。

 長閑のどかな村を抜け、先を見る。
 村を囲う木々を抜け、平原に続く一本道の先に円錐の屋根の小さな教会がある。すぐそばの小高い丘に四角に切り取られた石が並んでいるのが見えた。あそこだ。
 気になるのは教会の前に何やら人が集まっている。

「何かな?」
「さぁな」

 なんだろうかと近づく。人のざわめきが大きく聞こえ始める。
 白い石造りの小さな教会。
 白っと言っても劣化の見られる白さだが、青空と共に見ると切り取った様に白さが際立ち、美しく見える。
 両開きの木製の扉は閉まっていて、その手前で小綺麗な服を見に纏った老若男女が数十人集まっていた。皆嬉しそうに顔を綻ばせている。中でも一際嬉しそうにしている中年の女のそばに同じ年くらいの男がいるが、その男だけ眉を寄せて浮かないをしている。

「結婚式かな?」
「そうだな」
「どんなドレス着るのかな!? 花嫁さん綺麗だろうなぁ」

 夢見る少女の様にリナリアは胸弾ませている。本当に彼女がアドニールとして一国の騎士団を束ねている事を忘れてしまう。

「リナリアも憧れるのか?」
「えっ!! なななんで!?」
「昨日カイリとマリーは結婚したいと願ってたから、そんなものなのかなと思って」
「へっへぇ!! そうなんだ!! 私はそんな事考えてないよ! 忙しいしそれどころじゃないしっ!!」
 
 何故かあたふたしている彼女が少し面白い。リナリアはぴたりと動きを止め、おもむろに下を向く。

「もぉ」
「どうした?」
「ずるいなぁって」
「ずるい?」
「え、あっ! なんでもないよ! なんでもない、気にしないで!」
「いや、今ずるいって」
「いいの! とにかくいいの!」

 リナリアのいいのがまた始まった。こうなると答えてくれない事は、昨日よく分かった。仕方ない。気になるがこれ以上は追求せず、教会をなるべく大きく避けて、緩やかな丘を登り始める。
 楽しげな人々の声が背から聞こえる。
 俺は視界に広がる緑を見つめ歩き続ける。近づくにつれ鉛がついたかのように足が重くなる。息苦しい。短い呼吸を繰り返しながら、足を止める。
 生暖かい風が吹く。
 登った先、目に入ったのは何十と並ぶ名が刻まれた石たちだった。俺はその光景をただ見つめる。震え出した手を花束と共に握りしめる。

「ヴァン」

 リナリアが不安そうな顔で俺を見ている。
 
 大丈夫。今は君がいてくれるから。

 俺は頷き、安らかに眠る人々の列を進んで行く。リナリアも後についてくる。
 緑の上に静かに佇む白みがかった灰色の石。刻まれた名前を見ていると、死を身近に感じる。名も顔も知らない人がこの石の下で眠っている。闇ビトが現れてから土葬は廃止になり、火葬になった。灰になってしまった者達は、誰かが来るのを待っているのだろうか。
 そんな事を考えながら歩いていると、一つの墓石に目が止まる。カイトの母親の名。そしてすぐ隣、一際真新しい墓石を見る。

"カイト・リーガルデン"

 一瞬、呼吸が止まる。視界が歪んだ。悲しみが胸を覆う。
 俺はカイトの母親の墓石に花を手向け祈りを捧げる。安らかな眠り、そしてやはり死なせてしまった事を謝罪した。
 伝え終わった後、カイトの名が刻まれた墓石の前に立ち、ひざまく。

「カイト、遅れてすまない」
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