咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第二章

50.悪魔の声① ◆

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 何が起こってる?

 突然斬り掛かったリナリアの刃を小さな騎士は受け、お互いの剣身を交えている。

 どうして、リナリアは攻撃した?

 二人は同時に後ろへ飛び、打ち合い出す。
 早い剣戟の音が耳をつく。
 その動きは目で追えない。リナリアが弾かれ後方に飛び着地し、すぐさま剣を構え直す。剣戟の音が止み、風の音しか聞こえなくなる。
 彼女が離れた事で見えた、小さな騎士の顔に俺はぞっとした。
 薄ら笑みを浮かべ、短剣を握りしめている小さな騎士の瞳は、屍人の様に光がない。まるで別人。その変わり様に、邪悪なものを感じた。
 彼女が危ない。
 急いで駆け寄る。

「いきなり斬り掛かってくるなんて、怖い人ですね」
「フォニッ」
 
 フォニ?

 隣に立つリナリアを見る。彼女はこの小さな騎士を知っている? 自国の騎士を知っていてもおかしくないか……いや、でもフォニ。この名、どこかで聞き覚えがあった。急いで記憶を掘り出す。

 ……そう、そうだ。

 彼女が瘴気の中で会った男の子。

 まさか……なら、こいつが!?

「リナリア。こいつが……悪魔の声なのか」
「うん、前話した瘴気の中で会った男の子。悪魔の声、フォニ」

 唖然と悪魔と呼ばれた小さな騎士を見る。信じられない、というか信じたくない。本当にそうなのか?

「何故あなたがここにいるの!? 貴方達の世界は今、切り離されてるはず」
「えぇ、そうです。ですが、僕は切り離される前にこちらの世界にいたので、ここに残ることになってしまいました……お兄さんのせいで」

 短剣の切っ先が俺を指す。心臓が跳ねる。今だに受け入れられていない頭で俺はただ、指される先端を見据える。

「紛い物ですら、あの様な力が使えるとは……流石はマリャ。やはりその力欲しいのですが……マリャの拒絶が激しい」
「ヴァンに近づかないでっ!」

 リナリアが俺の間に立ち、構える。何してるんだ!俺はもう、守られたくなんかない。鞘から剣を抜く。今度は俺が彼女の前に立つ。切っ先を小さな騎士だった悪魔に向ける。彼女が横につき叫ぶ。

「ヴァンっ!」
「そんなに嫌がらないで下さいよ。それにもう、お兄さんとはお会いしてますけどね」
「えっ!?」
「マリャの子……少しお話しをしたかったので。貴方がそばにいたので、なかなか思うように接触できませんでしたけど」

 驚愕している様子のリナリアと目が合う。俺は何も言えず、僅かに恐怖を孕む瞳を見つめ返す。気づくことができなかったのが、なんとも情けなかった。
 リナリアは口惜しそうに唇を噛んだ後、フォニを睨む。

「もう、近づかないでっ!!」
「はぁ、まったく……今は何もしませんよ。父さんがいないのに、僕だけで勝手な事はできませんから」
「なら、何しに来たの!?」
「本当は父さんが来るまでは、貴方達の動向を見るだけでもう、姿を現すつもりはありませんでしたけど……あまりにも見ていられなかったので」

 蔑む様な声色に、悪寒が走る。
 何が言いたい。

「だから、お礼をしに来ました」
「え、お礼?」
「ヴァンのお兄さんには助けてもらったので、そのお礼ですよ。っと言ってもお兄さんを足止めしたくて、僕なりに考えたお遊びでしたが。付き合ってもらえて、嬉しかったですよ」

 悔しさと惨めさに、グリップを握る力が入る。騙された。まんまと俺は奴に騙されたんだ。

「お前っよくも」
「悪魔は人を騙す。狡猾で、利用出来るものはなんでも利用する。油断も隙もない。大事な事なので、覚えておいた方がいいですよ。お兄さんは優しいので」
「お前のいう事なんて、誰が聞くかっ」
「ふふ、そうですね。でも、僕のお遊びにに付き合ったせいで、お友達が死んでしまいましたね。すみません、お兄さん」
「――っ!!」
 
 俺がこいつを助けに行かなければ、カイトは今も生きていたのかもしれない。

 俺のせい、俺の――っ!!
 
 自身の愚かさと自責の念が胸を縛りつける。
 が、その感情を飲み込むほどの怒りと憎悪が胸に蔓延る。張り付いた笑みを浮かべる悪魔の声、フォニを殺意を持って睨む。

 許さないっ。

 激情と同じように、自身の闇が膨れ上がる感覚。

 殺したいっ。こいつを今、ここで。

 あの時と同じ。闇が俺を飲み込もうとする。
 風が大きく吹き荒ぶ。

「ヴァンっ!!」

 呼んでる……彼女が呼んでいる。

 右腕が引っ張られる。腕にしがみつくリナリアを見る。悲しそうに見つめる瞳。その目を見た瞬間、狂騒を起こしていた心が理性を取り戻す。これは使ってはいけない力なんだ。使わないでと言った彼女を悲しませてしまう。
 なんだか吹く風が暖かな気がした。先程までは冷たさと淀みを感じる風であったのに。その暖かさに包まれる様で荒れていた胸が落ち着く。
 不安そうな彼女に大丈夫、っと伝えようとした時、空から一回、地を揺るがす雷鳴が鳴った。次の瞬間、轟音と共に眩しい光が視界に広がる。咄嗟にまだ腕を掴む彼女を抱き寄せ、背を盾にする。
 突風が背に当たる。
 耳鳴りがする。
 焦げた匂が鼻をつく。
 風の収まりを感じ、瞼をおもむろに開く。
 
 何が起こったんだ?

 確認しようと目を細め、振り向く。腕の中にいる彼女が叫んだ。

「ミツカゲっ!!」
「リナリア様! ご無事ですか!?」
「ミツカゲ……ね。忠犬が遅かったじゃないですか」
「この、憎らしい悪魔がっ」

 抉られた地面の前、フォニは口角を上げながら何事もなかったかの様に立っている。多分ミツカゲが一撃喰らわしたのだろうが、かわされたのか。
 俺たちの前に立つミツカゲの髪がゆらゆらと逆立ち、体の周囲に閃光が走りだす。空が怒る様に鳴く。大気が震える。吹く風の強さが更に増す。
 ミツカゲは殺る気だ。
 辺りを見渡す。教会の方を見ると集まっていた人々はもう、村の方へと逃げていくのが小さく見えた。カイトが眠る場所を見る。近すぎる。ここで戦闘を始めれば、この辺りはただじゃ済まない。それでも、やらないといけないのか。
 じっとしていたリナリアが俺から離れ、ミツカゲに駆け寄る。

「待って、ミツカゲ!」
「何を躊躇する必要があるのです!? 今ここでこの悪魔を殺さなければ」
「殺す? ふふ」

 その嘲笑う様な声に、背がぞくりとして畏怖した。フォニは不敵な笑みを浮かべ、光ない瞳で見据えてくる。

「リナリア、ミツカゲのいう通りですよ。でも、果たして貴方達に僕が殺せますか?」
「なんだとっ」
「僕は父さんの大切なモノの三番目です。髪、心臓、声。神すら恐れる父さんの力に、紛い物二人と非力な飼い犬が集まったところで僕に勝てるますかね? あまり舐めないで下さい」

 お前こそ舐めるな、と言いたい。でもグリップを握りしめる事しかできないのは、それが脅しではないと俺自身が警告を鳴らしている。リナリアもミツカゲも動かない。
 フォニはこちらの反応に満足したのか、楽しそうに短剣を手の中で回した後、切先をこちらに向ける。心底憎ったらしい。




「それにしても、せっかく得られた機会を無駄にして。いつまでこうしているつもりですか? ……まぁいいですけどね。僕たちがすることは何も変わりませんから」

 ミツカゲが勢いよく片手を振り下ろす。
 体に纏っていた閃光が束となり、フォニへと真っ直ぐ飛ぶ。
 咄嗟に片腕で顔を庇う。
 激しい衝撃音と共に、砂塵を含む突風が体に当たる。
 その風を飲み込むほどの更に強い風が吹き、当たっていた砂塵が吹き飛んだ。
 腕を退ける。
 視界には砂埃が晴れ、荒れた大地の上に目を伏した時と何も変わらないフォニが立っているだけだ。

 無傷……なのか。

 ミツカゲは決して弱くはない。むしろこの世界では強者だ。でも、弱く見えてしまう程の力の差がフォニとある。奴はまだ微塵も本気を見せていない。その力は、底知れない。

「やれやれ、血の気の多い。でも、貴方の方がまだマシかもしれませんね。まともに父さんと戦うことが出来ない神は、それぞれの世界に身代わりを立てる事でしか、父さんの邪魔をできませんでしたから。まぁ、多少は功をなしたかもしれません。無駄な時間を使う羽目になりましたから」
「次の世界には、渡らせない」

 ハッとする。剣を構えるリナリアの声は震えていた。ずっと戦うことを平気だと言っていた彼女が怯えている。

「次の世界? ……それはもういいです。父さんが辿り着きたかった世界は、この世界ですから」
「えっ?」
「父さんを封印した神、父さんが焦がれるあの人。その力を持つ貴方がいるこの世界こそが、僕達の終着の世界です」
「この世界が? 私、が?」
「えぇ、そうですよ……リナリア」

 何? 何を言ってるんだ?
 
 強敵を目の前にして、急いで思案する。
 リナリアから聞いた目玉の瘴魔の話だと、自身を封印した神に会うために、世界を壊し回っている事しか分からなかった。

『実は父さんにはずっと好きな人がいるんですけどね、一度振られちゃって。でも、やっぱり好きなんですよね』

 あの時フォニが言った言葉。好きな人……焦がれる人。それはリナリアに力を授けた神だという事なのか?でも、それと彼女がいるこの世界を目的としていた理由が結びつかない。
 
「焦がれるって……封印した神様に復讐……したかったんじゃ」
 
 リナリアの問いにフォニは、表情を変えず首を傾げる。

「復讐……どうですかね。それも含め、あの人は父さんの希望ですから」
「希望?」
「生きていく意味、ですよ」
「なに、それ」

 希望。生きてく意味。悪魔の言葉を聞いて、脳裏にキルとカイト、そしてリナリアの顔が浮かんだ。それほど、悪魔にとってその神は大切な存在なのか……考えたくない。
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