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第三章
59.君が好き
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家に帰った俺は、明日の為にささっと食事を済ませ、ささっと寝支度を終わらせる。寝る前にキルから預かった彼女へ宛てた手紙を、ハンガーに掛けた制服の内ポケットにしまう。やっぱり、もう一度出し膨らみを触る。
本当に何が入ってるんだ?
手紙だけじゃない。この小さな塊はなんだろう?分からないけど、これも彼女へあげるのだろう。プレゼント?なんで?……もう、いいや。確かめようがない。今度キルに会えたら、聞いてみよ。諦め再び内ポケットにしまい、ベッドへ転がる。
明日は早く出たいし、もう寝るか。
寝よう。
寝よ。
……明日、リナリアに会えるだろうか。
彼女に会えるかもしれないと思うと、胸がそわそわして落ち着かない。先日の夜もそうだった。リナリアと会う約束をしたあの夜も。だから、やっぱり眠むれないんだな。
俺は起き上がり、あの夜と同じようにまた本棚に手を伸ばし、迷わず一際は色褪せた一冊の本を手に取る。もう読むつもりはなかったのに、何故また読もうと思ったのか。それはキルとカイトが似ていると言った主人公のこの男が、最後どうなったのかが気になったから。
ベッドの脇に置いた小さな机の上にあるランプに火を灯し、ベッドに座り壁に寄りかかりる。小さく揺らめく炎に照らされながら、褪せたページをパラパラと捲る。ふわりと古い紙の匂いが漂う。どこか懐かしい匂いに、昔の思い出が呼び起こされる。幼いキルとカイトが、楽しそうにこの本を読む情景を思い起こしながら続きを探す。
ここからだったかな?
確か男が女に好意を抱き始めたあたり。男の行動があの時の自分に似ていて嫌で、認めたくなくて読むのを止めた。はぁ。
見つけた冒頭をじっと見つめる。なんだか妙な緊張感。よく分からない勇気を振り絞り、眉間を寄せながら綴られた文字を辿る。
初めのうちは胸がドキドキしていた。不安と期待が混濁した様な気持ち。また、自分に似た様な事が書かれていて、恥をかくのだろうか。でも、同じであったら今の状況を、打開できるようなヒントが書いてあるかもしれない。
しかしそんな思いは、読み進めていくうちに徐々に消えていった。
物語を読んでいる。
当たり前なんだけどそんな遠く、離れていく気持ちになっていく。
どれくらい時間が経っただろう。最後の一文を読み終え、そっと本を閉じる。読んだ感想。やっぱりこうなんだ。男はいろんな困難を乗り越え最後、想い人である女と結ばれる。ハッピーエンド。なのにこの晴れない気持ちは何だろう。もうこの男へ自分を重ねられない事……自分にはない未来を迎えた切望なのだろうか。
本を枕元に置き、当てもない視線で下を向く。この話を読んだところで、結局何も得られない。
だってこれは、よくある話だ。
神や悪魔なんて出てこない。普通の人間の男女の恋物語。俺はと言えば、ややこしくて……今日一日中考えていたが、答えはでなかった。
そもそも俺だけじゃない。リナリアが俺を守ろうとしてくれていたのも、お互いにある母の影響のせいだったんだ。彼女がくれた言葉も、優しさも、全部がなかったかもしれないなんて。もうずっとこんな思いばかりで苦しい。煩わしい。はぁ、こんな事になるなら。
『会わなければ良かったと、思ってるの』
リナリアの悲しそうな声が、頭の中でした。でも、こんなにも切ない声なのに、叱咤されている様にも聞こえた。この言葉は、カイトを亡くし現実から逃げ出そうとした俺に、リナリアがかけてくれた言葉だ。
小さな灯火が照らす部屋を見渡し、あの時ここで彼女につねられた頬に手を当てる。
でも、確かに彼女との思い出はあった。
俺はリナリアに会えたから笑えた。彼女が見ているものに胸を馳せた。彼女の言葉に俺は、生きようって思えた。救われたんだ。だから、少し自分の生きる意味を、探してみようと思った。
『大切な人には笑ってほしいでしょ?』
カイリはそう言っていた。いつだってリナリアには、笑っていて欲しいと思っている。理不尽な運命から解放され彼女の夢、世界を見て回る夢を叶えて欲しい。でも、他にも笑って欲しいと思う人はいる。
『相手にどう思って欲しいですか? 僕はそれが答えなんじゃないかと思います』
アルの言葉胸に響く。前から分かっていた。彼女の存在は俺にとって特別なんだ。でも、それが本当に悪魔の言う通り、母のせいなのかが分からない。ダメだ。結局、堂々巡りで答えが出せない。
ランプの明かりを消し、落ちる様にベッドへ寝転がる。ひたすら闇に染まった天井をぼうっと眺めた。街中の音は、もうずっと前から聞こえない。何もない。この部屋の闇に溶けていくように、徐々に自分の存在は何なのか分からなくなってきた。
人なのか、それとも悪魔なのか。
そんなジレンマを抱え生きてきた。俺が生きている世界はずっと、靄のかかったように先が見えない。
頭の中で見えるそんな不安定な世界にふっ、とキルとカイトが現れる。微笑む二人。この二人だけがずっと俺の希望だった。
だけど。
キルとカイトの背後にぽつぽつと、隊員達の姿が霞んで現れる。
そう。最近増えたんだ。
いつの間にか自身が思うよりも、きっとみんなの事を信頼してる。いつか自分の事を知ってもらえたら、認めてもらえたら……なんて、愚かな期待すら抱いてしまうくらいに。
それでも、色のない世界。そこへふわりとリナリアが現れる。彼女がいるだけで霧がかった世界が晴れ、色が鮮明に見えた気がした。世界が広がる感覚。リナリアは俺に微笑む。
『ヴァンはヴァンだよ』
リナリアは俺にそう言ってくれた。彼女の敵、悪魔の血が流れていようと俺自身を認めてくれた。それが嬉しかったんだ。
自分が信じる道をいけばいい、っと俺を信じて言ってくれた友の言葉を思い出した。自然と口角が上がった。当たり前の事に気がついたから。誰を信じたいかは明白だった。悪魔の言葉なんかじゃない。俺は彼女を信じたい。それにカイトが言った通り、俺の世界は変わったんだ。俺の信じてる人の言葉を信じればいい。そうか、そうなんだ。それが答えなんだ。胸が煌めいた。やっと見つけられた。
俺は彼女が……好きなんだ。
ようやく向き合えた自分の気持ち。ずっと誤魔化してきた彼女への想いをやっと、素直に認める事ができた。本当はずっと好きだった。それが嬉しくて、急に彼女への愛おしさが溢れる。
でも、この想いはやっぱり伝える事は出来ない。
リナリアは男に想われるのを嫌がっているし、悪魔の血が流れる俺は彼女のそばにはいられない。込み上げる切なさを押し込む。
それでいい。
リナリアは悪魔に言われた事で俺を今、どう思っているのかは分からない。でも会う事ができたらせめて、力になりたいと伝えたい。守らせて欲しい。君が呼んでくれれば、助けに行くから。あと、ありがとうって。君に救われた。会えてよかった。この気持ちが行き着く先は分からないけど、それだけ伝えれば十分なんだ。なのに、ヘイダムの言葉がズカズカと俺の決意を踏み潰す。
『相手に男ができてからじゃ、遅いんだぞ!!』
うるさいな。だってしょうがないじゃないか。リナリアの隣に俺はいられないんだから。
でも、もし他の男と……。
嫌な想像は無理矢理掻掻き消す。これ以上考えたら、固めた意思が揺るぎそうになる。自分が女々しくて堪らない。今度こそ寝よ。
布団に潜り込む前、なんだか窓の外が明るくなり始めているのに気がついた。……朝なのか。
本当に何が入ってるんだ?
手紙だけじゃない。この小さな塊はなんだろう?分からないけど、これも彼女へあげるのだろう。プレゼント?なんで?……もう、いいや。確かめようがない。今度キルに会えたら、聞いてみよ。諦め再び内ポケットにしまい、ベッドへ転がる。
明日は早く出たいし、もう寝るか。
寝よう。
寝よ。
……明日、リナリアに会えるだろうか。
彼女に会えるかもしれないと思うと、胸がそわそわして落ち着かない。先日の夜もそうだった。リナリアと会う約束をしたあの夜も。だから、やっぱり眠むれないんだな。
俺は起き上がり、あの夜と同じようにまた本棚に手を伸ばし、迷わず一際は色褪せた一冊の本を手に取る。もう読むつもりはなかったのに、何故また読もうと思ったのか。それはキルとカイトが似ていると言った主人公のこの男が、最後どうなったのかが気になったから。
ベッドの脇に置いた小さな机の上にあるランプに火を灯し、ベッドに座り壁に寄りかかりる。小さく揺らめく炎に照らされながら、褪せたページをパラパラと捲る。ふわりと古い紙の匂いが漂う。どこか懐かしい匂いに、昔の思い出が呼び起こされる。幼いキルとカイトが、楽しそうにこの本を読む情景を思い起こしながら続きを探す。
ここからだったかな?
確か男が女に好意を抱き始めたあたり。男の行動があの時の自分に似ていて嫌で、認めたくなくて読むのを止めた。はぁ。
見つけた冒頭をじっと見つめる。なんだか妙な緊張感。よく分からない勇気を振り絞り、眉間を寄せながら綴られた文字を辿る。
初めのうちは胸がドキドキしていた。不安と期待が混濁した様な気持ち。また、自分に似た様な事が書かれていて、恥をかくのだろうか。でも、同じであったら今の状況を、打開できるようなヒントが書いてあるかもしれない。
しかしそんな思いは、読み進めていくうちに徐々に消えていった。
物語を読んでいる。
当たり前なんだけどそんな遠く、離れていく気持ちになっていく。
どれくらい時間が経っただろう。最後の一文を読み終え、そっと本を閉じる。読んだ感想。やっぱりこうなんだ。男はいろんな困難を乗り越え最後、想い人である女と結ばれる。ハッピーエンド。なのにこの晴れない気持ちは何だろう。もうこの男へ自分を重ねられない事……自分にはない未来を迎えた切望なのだろうか。
本を枕元に置き、当てもない視線で下を向く。この話を読んだところで、結局何も得られない。
だってこれは、よくある話だ。
神や悪魔なんて出てこない。普通の人間の男女の恋物語。俺はと言えば、ややこしくて……今日一日中考えていたが、答えはでなかった。
そもそも俺だけじゃない。リナリアが俺を守ろうとしてくれていたのも、お互いにある母の影響のせいだったんだ。彼女がくれた言葉も、優しさも、全部がなかったかもしれないなんて。もうずっとこんな思いばかりで苦しい。煩わしい。はぁ、こんな事になるなら。
『会わなければ良かったと、思ってるの』
リナリアの悲しそうな声が、頭の中でした。でも、こんなにも切ない声なのに、叱咤されている様にも聞こえた。この言葉は、カイトを亡くし現実から逃げ出そうとした俺に、リナリアがかけてくれた言葉だ。
小さな灯火が照らす部屋を見渡し、あの時ここで彼女につねられた頬に手を当てる。
でも、確かに彼女との思い出はあった。
俺はリナリアに会えたから笑えた。彼女が見ているものに胸を馳せた。彼女の言葉に俺は、生きようって思えた。救われたんだ。だから、少し自分の生きる意味を、探してみようと思った。
『大切な人には笑ってほしいでしょ?』
カイリはそう言っていた。いつだってリナリアには、笑っていて欲しいと思っている。理不尽な運命から解放され彼女の夢、世界を見て回る夢を叶えて欲しい。でも、他にも笑って欲しいと思う人はいる。
『相手にどう思って欲しいですか? 僕はそれが答えなんじゃないかと思います』
アルの言葉胸に響く。前から分かっていた。彼女の存在は俺にとって特別なんだ。でも、それが本当に悪魔の言う通り、母のせいなのかが分からない。ダメだ。結局、堂々巡りで答えが出せない。
ランプの明かりを消し、落ちる様にベッドへ寝転がる。ひたすら闇に染まった天井をぼうっと眺めた。街中の音は、もうずっと前から聞こえない。何もない。この部屋の闇に溶けていくように、徐々に自分の存在は何なのか分からなくなってきた。
人なのか、それとも悪魔なのか。
そんなジレンマを抱え生きてきた。俺が生きている世界はずっと、靄のかかったように先が見えない。
頭の中で見えるそんな不安定な世界にふっ、とキルとカイトが現れる。微笑む二人。この二人だけがずっと俺の希望だった。
だけど。
キルとカイトの背後にぽつぽつと、隊員達の姿が霞んで現れる。
そう。最近増えたんだ。
いつの間にか自身が思うよりも、きっとみんなの事を信頼してる。いつか自分の事を知ってもらえたら、認めてもらえたら……なんて、愚かな期待すら抱いてしまうくらいに。
それでも、色のない世界。そこへふわりとリナリアが現れる。彼女がいるだけで霧がかった世界が晴れ、色が鮮明に見えた気がした。世界が広がる感覚。リナリアは俺に微笑む。
『ヴァンはヴァンだよ』
リナリアは俺にそう言ってくれた。彼女の敵、悪魔の血が流れていようと俺自身を認めてくれた。それが嬉しかったんだ。
自分が信じる道をいけばいい、っと俺を信じて言ってくれた友の言葉を思い出した。自然と口角が上がった。当たり前の事に気がついたから。誰を信じたいかは明白だった。悪魔の言葉なんかじゃない。俺は彼女を信じたい。それにカイトが言った通り、俺の世界は変わったんだ。俺の信じてる人の言葉を信じればいい。そうか、そうなんだ。それが答えなんだ。胸が煌めいた。やっと見つけられた。
俺は彼女が……好きなんだ。
ようやく向き合えた自分の気持ち。ずっと誤魔化してきた彼女への想いをやっと、素直に認める事ができた。本当はずっと好きだった。それが嬉しくて、急に彼女への愛おしさが溢れる。
でも、この想いはやっぱり伝える事は出来ない。
リナリアは男に想われるのを嫌がっているし、悪魔の血が流れる俺は彼女のそばにはいられない。込み上げる切なさを押し込む。
それでいい。
リナリアは悪魔に言われた事で俺を今、どう思っているのかは分からない。でも会う事ができたらせめて、力になりたいと伝えたい。守らせて欲しい。君が呼んでくれれば、助けに行くから。あと、ありがとうって。君に救われた。会えてよかった。この気持ちが行き着く先は分からないけど、それだけ伝えれば十分なんだ。なのに、ヘイダムの言葉がズカズカと俺の決意を踏み潰す。
『相手に男ができてからじゃ、遅いんだぞ!!』
うるさいな。だってしょうがないじゃないか。リナリアの隣に俺はいられないんだから。
でも、もし他の男と……。
嫌な想像は無理矢理掻掻き消す。これ以上考えたら、固めた意思が揺るぎそうになる。自分が女々しくて堪らない。今度こそ寝よ。
布団に潜り込む前、なんだか窓の外が明るくなり始めているのに気がついた。……朝なのか。
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