79 / 111
第三章
79.夢の世界(リナリア視点)
しおりを挟む
今の悪夢が頭の中に張り付いていて、言われた言葉の意味をまだ理解できない。
あの人の記憶って、言ったのかな。
それは、誰のことだろう。
あの人、あの人、あの人。
呼ぶように繰り返し、掘り起こしながら今までの記憶を漁っていくと、一人思いある人に辿り着つく。
ひょっとして、私に力を与えた神様のこと?
そうなの?っと胸の内で尋ねながら、階段下で立っている男の子を見つめる。
そもそも突然現れたけど、この子は誰?
私と同じくらいの背丈なのは分かるけど、フードを深く被っていて顔がよく見えない。
着ている服は目を細めてしまうくらい鮮やかなオレンジ色で、白い空間には尚のこと映えて見える。
元々ゆったりとした服なんだろうけど、太ももまで覆う裾と、指先も見えない袖の長さ、顔を隠しているフードの大きさから、明らかにこの子の体に服のサイズが合ってない。
そして気になるのが、前を閉め合わせている線状の金属の留め具。
これを私は見たことがないし、ローブとも違うこの服をなんて呼ぶのかも分からない。
よく目を凝らすと、上着の左の胸に何かの絵が描かれてる。
何だろう?ここからじゃ、よく見えない。
フードのせいで見えていないはずなのに、私を見上げるようにしている男の子が首をかしげる。
「まだ、混乱していますか?」
「あの、貴方は誰なの」
「そうですか。会ったばかりなのに、もう忘れてしまいましたか。貴方の心に僕は、残らないようですね」
厚手の生地のフードの縁を摘み上げ、男の子は顔を見せる。
見えた顔に、私の体が一瞬で凍りつき、息が止まる。
「……フォニ」
恐怖よりも、うんざりとした重い気持ちに、思わず頭を抱えてしまう。
なんで、さっきから……この夢はなんなの。どうして今度は悪魔が出てくるの。
でも、なんだろう?
フードを頭の半分に被せ、よく見えるようになったフォニの顔に違和感を覚える。
本当にフォニなの?
丁寧な口調の中には悪意が篭っていたけど、今はただ物腰が柔らかな感じで、張り付いたように常に浮かべていた不気味な笑みも、あどけない少年のように無垢に見える。
あと一番の違いは、瞳の輝き。
塗り潰したような真っ黒な角膜だったのが、夕暮れのような淡いオレンジ色の虹彩が見え、それに生気を感じ、全くの別人に見える。
私の知らないフォニ。
もうこんな夢、見たくない。
「なんで、さっきから変な夢ばっかり見るの……悪魔の夢なんて、見たくないのに」
「僕は夢でも幻想でもありませんよ。貴方に残るマリャに干渉し、接触しています。僕たちは、繋がっていますからね」
「へっ? なら、貴方は本物なの? 本当にここにいるの?」
「えぇ、そうですよ」
これは、夢の中の現実。
そう理解した瞬間、咄嗟に椅子から立ちあがろうとする私に向け、フォニが制止するように手をかざす。
「貴方は是非、そこへ座っていて下さい」
「……私を、殺しに来たの」
「いいえ。僕は貴方と話をしに来ました」
「私は貴方と話す事なんて何もないし、したくないっ」
「そう言わないで下さい。父さんは寡黙だと言われていましたが、本当は口下手なだけで、お喋りが好きなんですよ」
「だ、だからなんなのっ!」
「だから、僕もって事です」
私の怒気を微塵も気にする様子もなくフォニは微笑むけど、それがあまりにも綺麗で、何かが欠落しているような作りモノに見えてしまうのは、やっぱりフォニだからなのかな。
「話をする為に来ましたが、それと他に気になる事がありまして」
「……なに、それ」
「この世界の結界ですよ。この世界は他の世界と比べ非常に繋がり辛く、天界の者は立ち入ることすらできない。それはマリャの拒絶のせいかと思ったのですが、果たしてマリャにそれほどの力があるのか、そして何故あの人は解く事ができないのか」
なんだろ、急に頭がズキズキする。
それがぐわんぐわんと、押し付けるような痛みに変わり、気持ちが悪くなってきた。
体を横にして休みたい……でも、敵を前にしてそんなことできない。
「……あの人、悪魔を封印した神様のこと」
「手間を取りましたが、父さんはこの世界に繋がる事ができました。マリャがいくら拒絶しようとも……ですが、天界の者は今だ拒絶されたままです。貴方のことは如何なる犠牲を払おうと、神々にとって守らなくてはならない存在なのにですよ。ですからもっと強い何か特別な力がこの世界にあると、先日貴方と会った時に僕はそう感じたのです」
「神様を拒絶する別の力? それは、なんなの」
「マリャに干渉すれば分かるのかと思いましたが、こうして貴方に接触することも困難でしたので、僕にもまだそれが何か分かりません。ただ分かったのは、貴方の精神の状態にマリャの力は、大きく左右されるということですかね」
「私の? どういうこと」
「貴方の気持ちが揺らぐと、マリャの力も弱くなる。ですから、僕はこうして貴方の前に立つことができた。貴方が強くあろうとするのも、そういうことなのですかね」
「なに……それ。マリャがそうさせてるって、言いたいのっ」
そんなはずないっ。
みんなを守れるように、大切な人を守れるように、どんなに辛いことがあっても、いつだって強い自分でいようとしてきたのは、間違いなく私がそう思ってきた。
だって、そうじゃなければ私は。
「いえ、すみません。貴方はもともとそういう人だ。まぁ、この話はこのくらいにしておきましょうか。僕は、貴方と別の話をしたかった」
「ミツカゲを傷つけた貴方と、話すことなて何もないっ! 早くここから出て行ってよっ! それに私は、早く目を覚ましたい」
「貴方を見上げていると、不思議な気持ちになります。僕にはない記憶なのに、懐かしさや喜び。そして、絶望を感じてしまう」
「なんの話……私の話を、聞いてるの」
「他人の記憶を見る。僕と貴方は似ていますね」
「やめてよ。私は、貴方と同じじゃない。もう話したくない」
痛いっ、頭が割れそう。
我慢できなくて、フォニを前に頭を押さえ塞ぎ込む。
痛い、痛い、怖い。
ただ痛いだけじゃなくて、頭の中を誰かに覗かれているような、おかしな感覚がする。
これ以上は、嫌……聞きたくない。
早く目を覚まして、ミツカゲとトワに会いたい。
ジュンちゃんとダイヤに会いたい。
ヴァンに会いたい。
会いたいよ。
「無駄ですよ、マリャ。今の貴方に、僕を追い出すことはできないでしょう」
頭を押さえながら顔を少し上げ、私ではなくマリャに語りかけたフォニを見下ろす。
階段の下にいるフォニの体が、薄くなったり、濃くなったり、不安定な色を繰り返したあと、何事もなかったように元の色に戻る。
マリャがここからフォニを、追い出そうとしたの?
でも、それはフォニがいうように失敗してしまったみたい。
「しかしこれ以上貴方の状態が悪くなれば、話をするどころではなくなってしまいますね。少し気晴らしに、貴方の好きな話でもしましょうか」
「私の、好きな話? なんの話」
「どうでしょう。他の世界の話なんて」
「私は貴方にそんな事言ってない! 適当なこと言わないでっ!」
本当はそうだけど。
苦笑するフォニを睨んでいると、私から視線を外し何もない宙を見上げる。
懐かしむような目で虚空を見つめ、ずっと作っている笑みをしたまま口を開く。
「貴方のいるこの世界は、不思議ですよね」
何、突然。
この世界が不思議?
今までこの世界で生きてきたから、何がどう不思議なのか、言われても私には分からない。
「不思議?」
「えぇ。たくさんの世界を巡ってきましたが、加護の力、ですか。人ならざるものにしか、扱うことができない力を与えられている世界は、ここだけですよ。他の世界では、まるで本の中で描かれるような御伽の世界」
フォニの話に頭の痛みと、気持ちの悪さが和らいだ。
本当に?
私にとって当たり前だけど、他の世界ではそうじゃないの?
他の世界って、どんなとこなんだろう?
そこに住む人達は、どんな生活を送っているのかな?
食べ物や服装。言葉や価値観は、私の世界とどう違うの?
考えてもその答えを、知ることはない。
だって他の世界を見る事は、私には何をしたってできないのだから。
「他の世界は……どんなところなの?」
抑えきれない好奇心が、口から溢れてしまう。
フォニは私に視線を戻し嬉しそうに笑うから、負けた感じがしてなんか悔しい。
「そうですね。例えばこの世界での移動手段は、地上では徒歩か馬、馬車などですが、他の世界では車や電車という乗り物があるんですよ」
「くるまに、でんしゃ? なにそれ?」
「人が発明した機械の乗り物ですよ」
「機械の、乗り物」
どんなものか、想像してみる。
まず形は、乗り物なら馬車みたいな感じかな。
機械って聞くと、機械式の時計を思い出す。
馬車を動かすくらいだから、大きな歯車がたくさん付いてて、動かす時はぜんまいを一生懸命に巻いて、それで車輪が動いて……うん!動き出した!
でも、なんだか遅いよ。
歯車がうるさいな。
あぁ、坂道を転がってく!止まらないっ!
私の作ったくるまは、向きも変えれず木にぶつかって大破してしまった。
無惨に転がる歯車……出来上がったのはなんだかいまいち。
本物のくるまって、何で動くのかな。
「……くるまって、どうやって動かすの?」
「車は石油を精製したガソリンや軽油、電気ですよ。それらをエネルギーにして動かす。簡単に言えばそう言うことです。平地を走るのなら馬よりも断然に早く、長い距離を走行できます」
「へ、へぇ。そうなの……凄いんだね。方向を変える時は、どうやるの?」
「方向ですか? ハンドルというもので、操縦できるのですよ。タイヤ……車輪と連動し傾けると、方向も変わるわけです」
「はんどる、なるほど」
「ふふ、細かいところが気になるのですね」
「――っ! あ、あとは、どんな乗り物があるのっ!?」
「飛行機という乗り物で、空も飛べるんですよ。それで他国へ、簡単に行き来できます」
「空が飛べるのっ!?」
す、すごいっ!
それこそ本当に、魔法みたいっ!
空も飛べて、簡単に他の国に行けるなんていいな。
空から地上を見るって、どんな風に見えるのかな?
「空だけではなく、人類は宇宙にだって到達しています」
「う、宇宙!? それって空よりももっと高い、星があるところだよね」
胸のわくわくに、何も履いていない足が自然と動かされる。上下にゆらゆらと、小さく揺れる足先を見つめながら、私は他の世界に胸を馳せる。
星までいけちゃうなんて、他の世界の文明は信じられないほど発展しているんだなぁ。
それを思うと、この世界は飛躍的な進歩というものはないように思える。まるでずっと同じ時を生きているみたいに。
「あとは連絡手段でしょうか。手紙はありますがね、他にも電話やメールといわれるものがあるのですよ。それで離れている相手と話すこと、文章を送ることが出来ます。携帯電話という物でいつでも、すぐに」
「連絡って、精霊が力を貸さなくてもできるの?」
「そうですよ。精霊ではなく電波で」
「でんぱ?」
「音声や文字を電気信号に変え電波に乗せ、基地局や交換局を介して」
説明してくれてるけど、推測もできないほどの知らない言葉、知らない仕組みで理解なんて到底無理だと諦めてしまう。
そもそも、でんぱってなんだろう?
全く想像がつかないなぁ。
「あと、テレビなんてものも」
「てれび?」
「それはですね」
フォニは他の世界の話をたくさんしてくれた。
私は自分の夢を乗せながら、作り話かと思ってしまうほど、想像と遥かに違っていた他の世界の話に耳を傾ける。
ずっと胸が踊らされて、やっぱり世界って素敵だな。
「いいなぁ。映画って楽しそうだね。他には?」
「そうですね。戦う手段も違いますよ。この世界では剣や加護の力ですが、他の世界では銃です」
銃?
確か異物を元に、再現しようとしている道具の名前と同じ……まさか他の世界と、同じ呼び名だったなんて。
鉄でできた筒の先端から、弾を発射する武器だったかな?
私も何度か異物として見たことあるけど、瘴魔の体内から出てくるそれらは、ほとんどひしゃげたり潰れていたりしていて、どれも状態は悪かった。
でも、完成させたい人は世界中にたくさんいて、加護のない人達は自分たちの解放のための武器だと言い、国の偉い人たちは他国を出し抜き、優位に立つためにこぞって銃の元本を欲しがっている。
南の帝国も、銃の製作に着手したって噂を耳にしたな。
状態の良い物は高値で取引されるから、それに目をつけたハンターと呼ばれる異物を売り捌く人たちの、素行の悪さも問題にもなった。特にこの辺りは瘴気の発生が多かったから……それは、私のせいだったけど。
はぁ、トワが新しい武器は争いの火種になるから良くない言ってたけど、他の世界の人はその武器をどうして作ったのかな?
誰に向けていたのかな……。
悪魔の封印が解かれて、他の世界にも闇ビトが現れたのなら、闇ビトかな?
「他の世界の人は、銃で闇ビトと戦ってたの?」
「闇ビト……それはこの世界での、父さんの漏れ出た気の名称でしたかね。そだけではないと思いますが、僕たちにもその武器で向かってきましたよ。他にも爆発物を使用していました。僕自身に危険は感じませんでしたが、人間の恐ろしさを見た気がします。どちらが世界を破壊しているのか、分からないほどに」
人の怖さという知りたくない現実に、胸を馳せていた世界の景色が、少し褪せてしまう。
それでもその世界の人たちは何も悪くないのに、ただ普通に生活をしていただけだったのに、悪魔は自分勝手な思いのために、素敵な世界を壊してきた。
「全部……他の世界も、そこに住む人達も貴方達が壊してしまった。一番恐ろしいのは、やっぱり悪魔だよ」
「そうですね」
「気になってたんだけど、貴方が来ている服見たことない。もしかして、他の世界の服じゃないの?」
「……えぇ」
「殺した人の物を」
殺した人たちの物を身につける精神は、尋常じゃない。どんなに繕った笑みをしても、フォニの本質は悪魔なんだ。
私は間違ったことを言っていない。
なのにフォニは、悲しみに堪えるような目をしながら無理に口角を上げ、作りものの笑みをまた作ろうとする。
それがあまりにも痛々しくて、私が悪い気さえしてしまう。
あの人の記憶って、言ったのかな。
それは、誰のことだろう。
あの人、あの人、あの人。
呼ぶように繰り返し、掘り起こしながら今までの記憶を漁っていくと、一人思いある人に辿り着つく。
ひょっとして、私に力を与えた神様のこと?
そうなの?っと胸の内で尋ねながら、階段下で立っている男の子を見つめる。
そもそも突然現れたけど、この子は誰?
私と同じくらいの背丈なのは分かるけど、フードを深く被っていて顔がよく見えない。
着ている服は目を細めてしまうくらい鮮やかなオレンジ色で、白い空間には尚のこと映えて見える。
元々ゆったりとした服なんだろうけど、太ももまで覆う裾と、指先も見えない袖の長さ、顔を隠しているフードの大きさから、明らかにこの子の体に服のサイズが合ってない。
そして気になるのが、前を閉め合わせている線状の金属の留め具。
これを私は見たことがないし、ローブとも違うこの服をなんて呼ぶのかも分からない。
よく目を凝らすと、上着の左の胸に何かの絵が描かれてる。
何だろう?ここからじゃ、よく見えない。
フードのせいで見えていないはずなのに、私を見上げるようにしている男の子が首をかしげる。
「まだ、混乱していますか?」
「あの、貴方は誰なの」
「そうですか。会ったばかりなのに、もう忘れてしまいましたか。貴方の心に僕は、残らないようですね」
厚手の生地のフードの縁を摘み上げ、男の子は顔を見せる。
見えた顔に、私の体が一瞬で凍りつき、息が止まる。
「……フォニ」
恐怖よりも、うんざりとした重い気持ちに、思わず頭を抱えてしまう。
なんで、さっきから……この夢はなんなの。どうして今度は悪魔が出てくるの。
でも、なんだろう?
フードを頭の半分に被せ、よく見えるようになったフォニの顔に違和感を覚える。
本当にフォニなの?
丁寧な口調の中には悪意が篭っていたけど、今はただ物腰が柔らかな感じで、張り付いたように常に浮かべていた不気味な笑みも、あどけない少年のように無垢に見える。
あと一番の違いは、瞳の輝き。
塗り潰したような真っ黒な角膜だったのが、夕暮れのような淡いオレンジ色の虹彩が見え、それに生気を感じ、全くの別人に見える。
私の知らないフォニ。
もうこんな夢、見たくない。
「なんで、さっきから変な夢ばっかり見るの……悪魔の夢なんて、見たくないのに」
「僕は夢でも幻想でもありませんよ。貴方に残るマリャに干渉し、接触しています。僕たちは、繋がっていますからね」
「へっ? なら、貴方は本物なの? 本当にここにいるの?」
「えぇ、そうですよ」
これは、夢の中の現実。
そう理解した瞬間、咄嗟に椅子から立ちあがろうとする私に向け、フォニが制止するように手をかざす。
「貴方は是非、そこへ座っていて下さい」
「……私を、殺しに来たの」
「いいえ。僕は貴方と話をしに来ました」
「私は貴方と話す事なんて何もないし、したくないっ」
「そう言わないで下さい。父さんは寡黙だと言われていましたが、本当は口下手なだけで、お喋りが好きなんですよ」
「だ、だからなんなのっ!」
「だから、僕もって事です」
私の怒気を微塵も気にする様子もなくフォニは微笑むけど、それがあまりにも綺麗で、何かが欠落しているような作りモノに見えてしまうのは、やっぱりフォニだからなのかな。
「話をする為に来ましたが、それと他に気になる事がありまして」
「……なに、それ」
「この世界の結界ですよ。この世界は他の世界と比べ非常に繋がり辛く、天界の者は立ち入ることすらできない。それはマリャの拒絶のせいかと思ったのですが、果たしてマリャにそれほどの力があるのか、そして何故あの人は解く事ができないのか」
なんだろ、急に頭がズキズキする。
それがぐわんぐわんと、押し付けるような痛みに変わり、気持ちが悪くなってきた。
体を横にして休みたい……でも、敵を前にしてそんなことできない。
「……あの人、悪魔を封印した神様のこと」
「手間を取りましたが、父さんはこの世界に繋がる事ができました。マリャがいくら拒絶しようとも……ですが、天界の者は今だ拒絶されたままです。貴方のことは如何なる犠牲を払おうと、神々にとって守らなくてはならない存在なのにですよ。ですからもっと強い何か特別な力がこの世界にあると、先日貴方と会った時に僕はそう感じたのです」
「神様を拒絶する別の力? それは、なんなの」
「マリャに干渉すれば分かるのかと思いましたが、こうして貴方に接触することも困難でしたので、僕にもまだそれが何か分かりません。ただ分かったのは、貴方の精神の状態にマリャの力は、大きく左右されるということですかね」
「私の? どういうこと」
「貴方の気持ちが揺らぐと、マリャの力も弱くなる。ですから、僕はこうして貴方の前に立つことができた。貴方が強くあろうとするのも、そういうことなのですかね」
「なに……それ。マリャがそうさせてるって、言いたいのっ」
そんなはずないっ。
みんなを守れるように、大切な人を守れるように、どんなに辛いことがあっても、いつだって強い自分でいようとしてきたのは、間違いなく私がそう思ってきた。
だって、そうじゃなければ私は。
「いえ、すみません。貴方はもともとそういう人だ。まぁ、この話はこのくらいにしておきましょうか。僕は、貴方と別の話をしたかった」
「ミツカゲを傷つけた貴方と、話すことなて何もないっ! 早くここから出て行ってよっ! それに私は、早く目を覚ましたい」
「貴方を見上げていると、不思議な気持ちになります。僕にはない記憶なのに、懐かしさや喜び。そして、絶望を感じてしまう」
「なんの話……私の話を、聞いてるの」
「他人の記憶を見る。僕と貴方は似ていますね」
「やめてよ。私は、貴方と同じじゃない。もう話したくない」
痛いっ、頭が割れそう。
我慢できなくて、フォニを前に頭を押さえ塞ぎ込む。
痛い、痛い、怖い。
ただ痛いだけじゃなくて、頭の中を誰かに覗かれているような、おかしな感覚がする。
これ以上は、嫌……聞きたくない。
早く目を覚まして、ミツカゲとトワに会いたい。
ジュンちゃんとダイヤに会いたい。
ヴァンに会いたい。
会いたいよ。
「無駄ですよ、マリャ。今の貴方に、僕を追い出すことはできないでしょう」
頭を押さえながら顔を少し上げ、私ではなくマリャに語りかけたフォニを見下ろす。
階段の下にいるフォニの体が、薄くなったり、濃くなったり、不安定な色を繰り返したあと、何事もなかったように元の色に戻る。
マリャがここからフォニを、追い出そうとしたの?
でも、それはフォニがいうように失敗してしまったみたい。
「しかしこれ以上貴方の状態が悪くなれば、話をするどころではなくなってしまいますね。少し気晴らしに、貴方の好きな話でもしましょうか」
「私の、好きな話? なんの話」
「どうでしょう。他の世界の話なんて」
「私は貴方にそんな事言ってない! 適当なこと言わないでっ!」
本当はそうだけど。
苦笑するフォニを睨んでいると、私から視線を外し何もない宙を見上げる。
懐かしむような目で虚空を見つめ、ずっと作っている笑みをしたまま口を開く。
「貴方のいるこの世界は、不思議ですよね」
何、突然。
この世界が不思議?
今までこの世界で生きてきたから、何がどう不思議なのか、言われても私には分からない。
「不思議?」
「えぇ。たくさんの世界を巡ってきましたが、加護の力、ですか。人ならざるものにしか、扱うことができない力を与えられている世界は、ここだけですよ。他の世界では、まるで本の中で描かれるような御伽の世界」
フォニの話に頭の痛みと、気持ちの悪さが和らいだ。
本当に?
私にとって当たり前だけど、他の世界ではそうじゃないの?
他の世界って、どんなとこなんだろう?
そこに住む人達は、どんな生活を送っているのかな?
食べ物や服装。言葉や価値観は、私の世界とどう違うの?
考えてもその答えを、知ることはない。
だって他の世界を見る事は、私には何をしたってできないのだから。
「他の世界は……どんなところなの?」
抑えきれない好奇心が、口から溢れてしまう。
フォニは私に視線を戻し嬉しそうに笑うから、負けた感じがしてなんか悔しい。
「そうですね。例えばこの世界での移動手段は、地上では徒歩か馬、馬車などですが、他の世界では車や電車という乗り物があるんですよ」
「くるまに、でんしゃ? なにそれ?」
「人が発明した機械の乗り物ですよ」
「機械の、乗り物」
どんなものか、想像してみる。
まず形は、乗り物なら馬車みたいな感じかな。
機械って聞くと、機械式の時計を思い出す。
馬車を動かすくらいだから、大きな歯車がたくさん付いてて、動かす時はぜんまいを一生懸命に巻いて、それで車輪が動いて……うん!動き出した!
でも、なんだか遅いよ。
歯車がうるさいな。
あぁ、坂道を転がってく!止まらないっ!
私の作ったくるまは、向きも変えれず木にぶつかって大破してしまった。
無惨に転がる歯車……出来上がったのはなんだかいまいち。
本物のくるまって、何で動くのかな。
「……くるまって、どうやって動かすの?」
「車は石油を精製したガソリンや軽油、電気ですよ。それらをエネルギーにして動かす。簡単に言えばそう言うことです。平地を走るのなら馬よりも断然に早く、長い距離を走行できます」
「へ、へぇ。そうなの……凄いんだね。方向を変える時は、どうやるの?」
「方向ですか? ハンドルというもので、操縦できるのですよ。タイヤ……車輪と連動し傾けると、方向も変わるわけです」
「はんどる、なるほど」
「ふふ、細かいところが気になるのですね」
「――っ! あ、あとは、どんな乗り物があるのっ!?」
「飛行機という乗り物で、空も飛べるんですよ。それで他国へ、簡単に行き来できます」
「空が飛べるのっ!?」
す、すごいっ!
それこそ本当に、魔法みたいっ!
空も飛べて、簡単に他の国に行けるなんていいな。
空から地上を見るって、どんな風に見えるのかな?
「空だけではなく、人類は宇宙にだって到達しています」
「う、宇宙!? それって空よりももっと高い、星があるところだよね」
胸のわくわくに、何も履いていない足が自然と動かされる。上下にゆらゆらと、小さく揺れる足先を見つめながら、私は他の世界に胸を馳せる。
星までいけちゃうなんて、他の世界の文明は信じられないほど発展しているんだなぁ。
それを思うと、この世界は飛躍的な進歩というものはないように思える。まるでずっと同じ時を生きているみたいに。
「あとは連絡手段でしょうか。手紙はありますがね、他にも電話やメールといわれるものがあるのですよ。それで離れている相手と話すこと、文章を送ることが出来ます。携帯電話という物でいつでも、すぐに」
「連絡って、精霊が力を貸さなくてもできるの?」
「そうですよ。精霊ではなく電波で」
「でんぱ?」
「音声や文字を電気信号に変え電波に乗せ、基地局や交換局を介して」
説明してくれてるけど、推測もできないほどの知らない言葉、知らない仕組みで理解なんて到底無理だと諦めてしまう。
そもそも、でんぱってなんだろう?
全く想像がつかないなぁ。
「あと、テレビなんてものも」
「てれび?」
「それはですね」
フォニは他の世界の話をたくさんしてくれた。
私は自分の夢を乗せながら、作り話かと思ってしまうほど、想像と遥かに違っていた他の世界の話に耳を傾ける。
ずっと胸が踊らされて、やっぱり世界って素敵だな。
「いいなぁ。映画って楽しそうだね。他には?」
「そうですね。戦う手段も違いますよ。この世界では剣や加護の力ですが、他の世界では銃です」
銃?
確か異物を元に、再現しようとしている道具の名前と同じ……まさか他の世界と、同じ呼び名だったなんて。
鉄でできた筒の先端から、弾を発射する武器だったかな?
私も何度か異物として見たことあるけど、瘴魔の体内から出てくるそれらは、ほとんどひしゃげたり潰れていたりしていて、どれも状態は悪かった。
でも、完成させたい人は世界中にたくさんいて、加護のない人達は自分たちの解放のための武器だと言い、国の偉い人たちは他国を出し抜き、優位に立つためにこぞって銃の元本を欲しがっている。
南の帝国も、銃の製作に着手したって噂を耳にしたな。
状態の良い物は高値で取引されるから、それに目をつけたハンターと呼ばれる異物を売り捌く人たちの、素行の悪さも問題にもなった。特にこの辺りは瘴気の発生が多かったから……それは、私のせいだったけど。
はぁ、トワが新しい武器は争いの火種になるから良くない言ってたけど、他の世界の人はその武器をどうして作ったのかな?
誰に向けていたのかな……。
悪魔の封印が解かれて、他の世界にも闇ビトが現れたのなら、闇ビトかな?
「他の世界の人は、銃で闇ビトと戦ってたの?」
「闇ビト……それはこの世界での、父さんの漏れ出た気の名称でしたかね。そだけではないと思いますが、僕たちにもその武器で向かってきましたよ。他にも爆発物を使用していました。僕自身に危険は感じませんでしたが、人間の恐ろしさを見た気がします。どちらが世界を破壊しているのか、分からないほどに」
人の怖さという知りたくない現実に、胸を馳せていた世界の景色が、少し褪せてしまう。
それでもその世界の人たちは何も悪くないのに、ただ普通に生活をしていただけだったのに、悪魔は自分勝手な思いのために、素敵な世界を壊してきた。
「全部……他の世界も、そこに住む人達も貴方達が壊してしまった。一番恐ろしいのは、やっぱり悪魔だよ」
「そうですね」
「気になってたんだけど、貴方が来ている服見たことない。もしかして、他の世界の服じゃないの?」
「……えぇ」
「殺した人の物を」
殺した人たちの物を身につける精神は、尋常じゃない。どんなに繕った笑みをしても、フォニの本質は悪魔なんだ。
私は間違ったことを言っていない。
なのにフォニは、悲しみに堪えるような目をしながら無理に口角を上げ、作りものの笑みをまた作ろうとする。
それがあまりにも痛々しくて、私が悪い気さえしてしまう。
0
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる