82 / 111
第三章
82.私の希望①(リナリア視点)
しおりを挟む
眠っていた頭が、覚めだしたようだった。
気がつけば私は王座にだらりと座り、静かに涙を流していた。
止めることも、拭うこともせず、濡れたままにしている頬は冷え切っていて、肘置きへと放り出された手のひらを、どのくらい見つめているのか分からない。
覚醒し出した意識を、再び虚へ落とそうとした。
現実への抗いが私に瞼を落とさせたが、その裏では意に反して先ほどの悪夢が流れ続け、逸らすことも叶わなくなったそれは、ついに眼前まで迫る。
嫌だと言っているのに、震える瞼を無理にこじ開けようとする行為は、私の性格が故の虚勢なのか。
逃げ続ける私は本当はちっぽけで、それ以上でもそれ以外でもないというのに。
それでも、例え見せかけだとしても、そうあろうとすることは強さなのか。
もう私の許容はとうに超え壊れてしまったのに、それでも一番知りたくない現実から目を逸らすなと、私は言っているのかな。
……。
対比な思いが拮抗しだしたせめぎわ、やけに重たい瞼を開いたのをきっかけに、堰き止めていた最悪がついに決壊した。
わっと湧いた、激情。
体が小刻みに、震え出す。
喉の奥から、引き攣った声が漏れる。
自分を抱きしめながら体を丸め、泣き叫びたい声を懸命に押し殺し、肩を震わす。
私は……消えちゃうの?
その疑問は、否定に近い。
この期に及んで分からないフリをして、現実を否定している。
魂を一つにしたらどうなってしまうのか……それを理解したから、私は泣いているのに。
だけど、理解と容認は違う。
そして理解したことが、真実なのかも。
誰か、答えて欲しい。
今、目を背けている曖昧な可能性に私は、一人で受け止めることができない。
救いを求めるように顔を上げ、目に映った濃色なオレンジに目を細める。
他の世界の服を身に纏い、静かに佇むフォニはこの白の空間のように無表情で、下を見る双眸もまた、映す白のように感情という色を宿していない。
融解してしまいそうな儚さを漂わせる、そんなフォニを、鮮やかなオレンジ色の服が繋ぎ止めているように見え、その姿が……私に重なる。
虚。だけど、何かが個を作る。
フォニはこの服で、なら私には、何が私である事を留めていてくれるのだろう。
ふと、お守りにしているあの本が、脳裏に浮かぶ。
淡く胸に、灯火が宿る。
それにもたらされたのは、小さな、希望。
目の前にいるフォニへと、私は私に問うように尋ねる。
「マリャを消したら私、どうなるの」
それは私の考える最悪なのか、それとも知らない希望が残されているのか。
フォニは下げていた頭をおもむろに上げ、小さく吐息を吐く。
「結界の元であるマリャが消えるので、あの人が貴方を迎えにくるでしょうね」
「それは、私は……消えてしまうの」
感情というものを失っていた顔が、困惑をつくる。
眉を寄せ、私を見る瞳の奥には煩いという、迷いが見えた。それが私を、絶望の一歩手前まで追いやり、芽生えた灯火が吹いたら消えてしまう、か細い存在にさせる。
「その答えは、僕にとって非常に難しいのです」
「えっ」
「魂の消滅が死というのなら、ルゥレリアと魂を共にすることは、死とは呼べない。ですが、貴方自身が消えてしまうことが、死というのなら、そうなのでしょうね」
もう感情というものを忘れてしまった私の顔は、乾いた笑いが出そうになったことすら理解していない。
そう……やっぱり、そうなんだ。
死って、いつも突然やってくる。
戦いに身を置いてきた私は、それをよく分かっていたはず。
自身の身に、降る覚悟だってしていた。
なのに、そうなんだ。
本当に、突然なんだね。
でも、私は……っと、膨れそうになった思いは、私の悪い癖が振り払う。
ううん、ダメだよ。
私が消されてしまえば、神様は力が戻らずに悪魔に負けてしまう。それこそ、最悪な未来。
なら私がしなければいけないことは、早くエリン様のところへ行って、浄化でマリャを消してもらい神様と一つになって、そして悪魔を倒すこと。
正しい行いを並べ、咀嚼するように繰り返し、繰り返すけど、飲み込めない。
それは、ずっと燻る未練のせい。
でも……だって、やっぱり、私まだ、やりたいことがあったのに。
世界を見てみたい。
胸にずっと抱き続けていた、夢の先に続く思い。
世界を、ヴァンと一緒に見たかった。
初めて好きになった人と一緒に、世界を見たかった。でもそれは夢を理由に、ただ彼と一緒にいたいだけなのかもしれない。
全て終わったら彼に、会いに行こうと思っていた。約束も叶えたかった。
でも、それはもう泡沫。
もう、何もできないんだ。
こんなに……好きだったのにっ。
こんなことになるのなら、伝えておけばよかったかな。
一緒にいたい、貴方と一緒に生きたかったかったって。
切なる願いが、神の片割れである私を貶めていく。
未練がましいのかな。
これが神の長である、ルゥレリアの片割れだと聞いたら、みんな呆れてしまうのかな。怒るかな。
何故、世界のために自分の身を、すぐに投げ出さないのかと。
世界が全部なくなっちゃったら、生きたいと思う意味すらないのに、それでも果敢に死へと向かうことができない。
それを今恥だと思う余裕すらなくて、悪魔に懺悔に似たようなことを言ってしまう。
「私は、しなくちゃいけないことは分かってる。でも、消えたくない……って、嫌だって、思ってしまう私は、酷い人なのかな」
「……いいえ。それは生きている者ならば、当然に思うことでしょう。しかし、貴方自身はルゥレリアへ還えらなければならないと、分かっているはずです」
「私は、知らない」
「そう。そうして貴方に全てを忘れさせたのは、マリャですよ」
放たれた言葉の余韻さえ、体を萎縮させてしまう冷徹な声。
背に虫が這うようにぞわぞわとし、震え上がらせさせたのはフォニではない。
な、なに……。
これは恐怖からの妄想なのか。背後に黒が現れ、それがふわりと私の背に身を寄せる。悍ましさに瞼が硬直し、逸らしたらいけないという強迫観念に似たものが、敵意を孕むフォニへと焦点を合わせ続けさせる。
それは、私の背後を見る双眸からの心象なのか。固い視界の左右から黒い腕が伸び、細く枝のような指先が私の両目を覆い隠し、砂嵐の中にいるような視界にオレンジ色が見えなくなる。
――リナリア――
それは幻聴ではなく、まるで脳へ巣食うように確かに私に届いた。
マリャ、だ。
まるで目隠し遊びをするように名を呼び、私を振り向かせようとするのは、引き返させようと、また消そうとしているんだ。
星が瞬くような、一瞬の迷い。
消してもらったら、楽になるかもしれない。
だけど真実を知ってしまった今、貴方が言ったようにもう後戻りなんてできないんだよ。
消えて、っとぎゅっと目を閉じ、祈りを唱えながら
開く。そこには小さく首を横に振るフォニがいるだけで、他には何もない。やっぱり幻だったの。だけどこの場に漂うものには、淀のようなものを微かに感じた。
「マリャ……は、なんで、ここまでするの」
「全てお兄さんを、守るためです。マリャの力は、貴方の思いの強さに、強く関係している。貴方が宿命を受け入れては、結界の力が弱くなるのでしょう」
「でも神様まで拒絶したら、ヴァンだって危険なのに」
「ルゥレリアは悪魔に堕ちた父さんを、憎んでいるでしょう。あの人だけではなく、神々にとっても脅威である父さんの血を引くお兄さんを、放っておくと思いますか? 間違いなく殺されますよ。そしてきっと、貴方も」
「私が、なに」
「半身である貴方も同じ。ですから、貴方に忘れさせ、逆に守らせようと利用したのです」
わなわなと震える怒りが胸に湧き、抜け殻のように力の入らなかった掌を、震わせながら握り込む。
「私が、ヴァンを傷つけるって、貴方はそういうことを言っているの」
「えぇ」
「――っ私の気持ちなんて、何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよっ! 私は、そんなことしないっ!」
「それは、どうでしょうかね」
吐き捨てるように言い、見据える眼光は私を撥ね付けるように、冷たかった。
「人と自覚させたのは、お兄さんを守らせるのに、その方が都合が良かったからなのでしょう」
「さっきから何でもかんでも、マリャのせいにしないでよっ!」
「なら貴方に、生きる希望を与えたものは何ですか。人として生きようとしたことが、マリャの仕業でないというのなら、貴方自身が生きたいと思ったということです。しかし人形であった貴方に、そう思わせる何があったというのですか」
「――っ」
握っていた拳が、大きく震え出す。
いいように言われているのに、言い返すこともできない。
悔しいっ。
常に誰かに操られ、踊らされ、私なんていないと言われているのに、それを否定できる確かなものをフォニに見せることができない。
そしてそれが証明できないことが、証明なんだ。
本当に私は、いないの。
私の人格も、志も、夢も、希望を持って生きてきたことも、全て偽りなの。
私を作るもの……私の、希望。
希望という言葉に、さっきからちらつく記憶がまた蘇るけど、その先はまだ黒い手が目隠していて見えない。
だけど、声が聞こえる。
お守りにしている本、押し花の栞を挟んでいるページの一文。
何よりも好きで、何度も繰り返し読んだ一文を、私じゃない、誰かが読んでくれる。
――いつか君にとって、希望になる人が現れる。その本に、そう書いてあったんだ――
優しい男の子の声は、懐かしさを思わせるけど、その子が誰なのか、思い出せない。
でも、大切なこと、私が私であろうとした大切なことな気がする。
だからもう、私に思い出させて欲しい。
全てを知っても必ずヴァンを守るから、私はちゃんといたのかどうかを教えて欲しいの、マリャ。
目隠しをする黒い手の上に、私は自分の手を乗せる。その手は開くのを拒むから、私は手を握り一緒に開こうと力を入れる。
黒い手の向こう側から徐々に光が漏れ出し、開かれる光景に身を委ねるように、私は瞼を閉じる。
気がつけば私は王座にだらりと座り、静かに涙を流していた。
止めることも、拭うこともせず、濡れたままにしている頬は冷え切っていて、肘置きへと放り出された手のひらを、どのくらい見つめているのか分からない。
覚醒し出した意識を、再び虚へ落とそうとした。
現実への抗いが私に瞼を落とさせたが、その裏では意に反して先ほどの悪夢が流れ続け、逸らすことも叶わなくなったそれは、ついに眼前まで迫る。
嫌だと言っているのに、震える瞼を無理にこじ開けようとする行為は、私の性格が故の虚勢なのか。
逃げ続ける私は本当はちっぽけで、それ以上でもそれ以外でもないというのに。
それでも、例え見せかけだとしても、そうあろうとすることは強さなのか。
もう私の許容はとうに超え壊れてしまったのに、それでも一番知りたくない現実から目を逸らすなと、私は言っているのかな。
……。
対比な思いが拮抗しだしたせめぎわ、やけに重たい瞼を開いたのをきっかけに、堰き止めていた最悪がついに決壊した。
わっと湧いた、激情。
体が小刻みに、震え出す。
喉の奥から、引き攣った声が漏れる。
自分を抱きしめながら体を丸め、泣き叫びたい声を懸命に押し殺し、肩を震わす。
私は……消えちゃうの?
その疑問は、否定に近い。
この期に及んで分からないフリをして、現実を否定している。
魂を一つにしたらどうなってしまうのか……それを理解したから、私は泣いているのに。
だけど、理解と容認は違う。
そして理解したことが、真実なのかも。
誰か、答えて欲しい。
今、目を背けている曖昧な可能性に私は、一人で受け止めることができない。
救いを求めるように顔を上げ、目に映った濃色なオレンジに目を細める。
他の世界の服を身に纏い、静かに佇むフォニはこの白の空間のように無表情で、下を見る双眸もまた、映す白のように感情という色を宿していない。
融解してしまいそうな儚さを漂わせる、そんなフォニを、鮮やかなオレンジ色の服が繋ぎ止めているように見え、その姿が……私に重なる。
虚。だけど、何かが個を作る。
フォニはこの服で、なら私には、何が私である事を留めていてくれるのだろう。
ふと、お守りにしているあの本が、脳裏に浮かぶ。
淡く胸に、灯火が宿る。
それにもたらされたのは、小さな、希望。
目の前にいるフォニへと、私は私に問うように尋ねる。
「マリャを消したら私、どうなるの」
それは私の考える最悪なのか、それとも知らない希望が残されているのか。
フォニは下げていた頭をおもむろに上げ、小さく吐息を吐く。
「結界の元であるマリャが消えるので、あの人が貴方を迎えにくるでしょうね」
「それは、私は……消えてしまうの」
感情というものを失っていた顔が、困惑をつくる。
眉を寄せ、私を見る瞳の奥には煩いという、迷いが見えた。それが私を、絶望の一歩手前まで追いやり、芽生えた灯火が吹いたら消えてしまう、か細い存在にさせる。
「その答えは、僕にとって非常に難しいのです」
「えっ」
「魂の消滅が死というのなら、ルゥレリアと魂を共にすることは、死とは呼べない。ですが、貴方自身が消えてしまうことが、死というのなら、そうなのでしょうね」
もう感情というものを忘れてしまった私の顔は、乾いた笑いが出そうになったことすら理解していない。
そう……やっぱり、そうなんだ。
死って、いつも突然やってくる。
戦いに身を置いてきた私は、それをよく分かっていたはず。
自身の身に、降る覚悟だってしていた。
なのに、そうなんだ。
本当に、突然なんだね。
でも、私は……っと、膨れそうになった思いは、私の悪い癖が振り払う。
ううん、ダメだよ。
私が消されてしまえば、神様は力が戻らずに悪魔に負けてしまう。それこそ、最悪な未来。
なら私がしなければいけないことは、早くエリン様のところへ行って、浄化でマリャを消してもらい神様と一つになって、そして悪魔を倒すこと。
正しい行いを並べ、咀嚼するように繰り返し、繰り返すけど、飲み込めない。
それは、ずっと燻る未練のせい。
でも……だって、やっぱり、私まだ、やりたいことがあったのに。
世界を見てみたい。
胸にずっと抱き続けていた、夢の先に続く思い。
世界を、ヴァンと一緒に見たかった。
初めて好きになった人と一緒に、世界を見たかった。でもそれは夢を理由に、ただ彼と一緒にいたいだけなのかもしれない。
全て終わったら彼に、会いに行こうと思っていた。約束も叶えたかった。
でも、それはもう泡沫。
もう、何もできないんだ。
こんなに……好きだったのにっ。
こんなことになるのなら、伝えておけばよかったかな。
一緒にいたい、貴方と一緒に生きたかったかったって。
切なる願いが、神の片割れである私を貶めていく。
未練がましいのかな。
これが神の長である、ルゥレリアの片割れだと聞いたら、みんな呆れてしまうのかな。怒るかな。
何故、世界のために自分の身を、すぐに投げ出さないのかと。
世界が全部なくなっちゃったら、生きたいと思う意味すらないのに、それでも果敢に死へと向かうことができない。
それを今恥だと思う余裕すらなくて、悪魔に懺悔に似たようなことを言ってしまう。
「私は、しなくちゃいけないことは分かってる。でも、消えたくない……って、嫌だって、思ってしまう私は、酷い人なのかな」
「……いいえ。それは生きている者ならば、当然に思うことでしょう。しかし、貴方自身はルゥレリアへ還えらなければならないと、分かっているはずです」
「私は、知らない」
「そう。そうして貴方に全てを忘れさせたのは、マリャですよ」
放たれた言葉の余韻さえ、体を萎縮させてしまう冷徹な声。
背に虫が這うようにぞわぞわとし、震え上がらせさせたのはフォニではない。
な、なに……。
これは恐怖からの妄想なのか。背後に黒が現れ、それがふわりと私の背に身を寄せる。悍ましさに瞼が硬直し、逸らしたらいけないという強迫観念に似たものが、敵意を孕むフォニへと焦点を合わせ続けさせる。
それは、私の背後を見る双眸からの心象なのか。固い視界の左右から黒い腕が伸び、細く枝のような指先が私の両目を覆い隠し、砂嵐の中にいるような視界にオレンジ色が見えなくなる。
――リナリア――
それは幻聴ではなく、まるで脳へ巣食うように確かに私に届いた。
マリャ、だ。
まるで目隠し遊びをするように名を呼び、私を振り向かせようとするのは、引き返させようと、また消そうとしているんだ。
星が瞬くような、一瞬の迷い。
消してもらったら、楽になるかもしれない。
だけど真実を知ってしまった今、貴方が言ったようにもう後戻りなんてできないんだよ。
消えて、っとぎゅっと目を閉じ、祈りを唱えながら
開く。そこには小さく首を横に振るフォニがいるだけで、他には何もない。やっぱり幻だったの。だけどこの場に漂うものには、淀のようなものを微かに感じた。
「マリャ……は、なんで、ここまでするの」
「全てお兄さんを、守るためです。マリャの力は、貴方の思いの強さに、強く関係している。貴方が宿命を受け入れては、結界の力が弱くなるのでしょう」
「でも神様まで拒絶したら、ヴァンだって危険なのに」
「ルゥレリアは悪魔に堕ちた父さんを、憎んでいるでしょう。あの人だけではなく、神々にとっても脅威である父さんの血を引くお兄さんを、放っておくと思いますか? 間違いなく殺されますよ。そしてきっと、貴方も」
「私が、なに」
「半身である貴方も同じ。ですから、貴方に忘れさせ、逆に守らせようと利用したのです」
わなわなと震える怒りが胸に湧き、抜け殻のように力の入らなかった掌を、震わせながら握り込む。
「私が、ヴァンを傷つけるって、貴方はそういうことを言っているの」
「えぇ」
「――っ私の気持ちなんて、何も知らないくせに、勝手なこと言わないでよっ! 私は、そんなことしないっ!」
「それは、どうでしょうかね」
吐き捨てるように言い、見据える眼光は私を撥ね付けるように、冷たかった。
「人と自覚させたのは、お兄さんを守らせるのに、その方が都合が良かったからなのでしょう」
「さっきから何でもかんでも、マリャのせいにしないでよっ!」
「なら貴方に、生きる希望を与えたものは何ですか。人として生きようとしたことが、マリャの仕業でないというのなら、貴方自身が生きたいと思ったということです。しかし人形であった貴方に、そう思わせる何があったというのですか」
「――っ」
握っていた拳が、大きく震え出す。
いいように言われているのに、言い返すこともできない。
悔しいっ。
常に誰かに操られ、踊らされ、私なんていないと言われているのに、それを否定できる確かなものをフォニに見せることができない。
そしてそれが証明できないことが、証明なんだ。
本当に私は、いないの。
私の人格も、志も、夢も、希望を持って生きてきたことも、全て偽りなの。
私を作るもの……私の、希望。
希望という言葉に、さっきからちらつく記憶がまた蘇るけど、その先はまだ黒い手が目隠していて見えない。
だけど、声が聞こえる。
お守りにしている本、押し花の栞を挟んでいるページの一文。
何よりも好きで、何度も繰り返し読んだ一文を、私じゃない、誰かが読んでくれる。
――いつか君にとって、希望になる人が現れる。その本に、そう書いてあったんだ――
優しい男の子の声は、懐かしさを思わせるけど、その子が誰なのか、思い出せない。
でも、大切なこと、私が私であろうとした大切なことな気がする。
だからもう、私に思い出させて欲しい。
全てを知っても必ずヴァンを守るから、私はちゃんといたのかどうかを教えて欲しいの、マリャ。
目隠しをする黒い手の上に、私は自分の手を乗せる。その手は開くのを拒むから、私は手を握り一緒に開こうと力を入れる。
黒い手の向こう側から徐々に光が漏れ出し、開かれる光景に身を委ねるように、私は瞼を閉じる。
0
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる