咲く君のそばで、もう一度

詩門

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第四章

108.あの日を追いかける

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 瞼を開けると、真っ暗だった。
 見慣れた部屋の天井も、窓から漏れる街明かりも、君の顔も何も見えない。

 ……暗い。

 どうしてここに俺はいるのだろう。
 闇の中でも、はっきりと見える手のひらを見つめ考える。
 
 最後の記憶を呼び起こす。
 寝ないという決意のもと、ベッドの中でリナリアのことをひたすらに考えていた。
 俺の手の上に乗せるだけの小さな手。
 距離を取られているようで、思いが離れていくようで、満たされなくて握ろうとした。
 途端、彼女の温もりが全身に巡り出して……。
 ぼうっとし出す頭。
 肌触りの良い柔らかな布に包まれるような心地よさに落ち、今はただ途方もない暗闇の中にいる。
 
 だからこれはきっと、夢だ……夢!?
 しまった、寝てしまったのか!
 あぁもう何やってんだ!あんなに寝ないと、いや、むしろ眠くはなかった。
 過った可能性。
 ……まさか、彼女が?

 この闇のような深い落胆。
 胸を切りつけられたような痛みが、彼女への思いを霞ませ、更にこの状況が俺を追い詰める。
 何も見えない。
 何も触れられない、感じない。
 なのに心は冷たくて、寂しくて、苦しい。
 
 ここにいたくない。
 
 どうしたらこの夢から覚めるのか、抜け出せるのか。
 抜け出しても、もう彼女はそばにいないのか。

 変わらない景色の中をひたすらに走る。
 どこへ進んでいるのか、目覚めから遠ざかっているのかも分からない。
 誰もいない。
 誰もそばにいない、一人ぼっちだって……誰がそばにいなければ感じることのなかった孤独が襲う。

 
 どこかへ向かっていた足を止める。
 現実も……大して変わらなかった。
 訳も分からず両親を奪われ、自分は人とは違うからと隠れるように生きてきて。
 誰も信用せず、一人で生きて行くことが最善だと思っていた。父のように誰かに裏切られ殺される未来が見えたから。
 それでも、キルとカイトがそばにいてくれて、リナリアが好きだと言ってくれて。

 なのに、俺を置いて大切な人はどこかへ行ってしまう。
 だから、得るのが怖かったのに。
 闇の者である俺には、放つ瞬さに惹かれずにはいられなかった。
 
「――ン」

 声が聞こえた。

「ヴァン」

 闇の中、誰が俺を呼ぶ。
 幼子の声だが、聞き覚えのある懐かしい声。
 胸が熱くなる。
 そう、分かってる。この声は……。

「カイト」

 確信を持って顔を上げる。
 いつからそこにいたのだろう。幼き姿のカイトが、揺らぐ瞳で俺を見上げている。
 夢だと言うのに、感情が溢れ出る。
 自分の作り出した幻想だとしても、こうして会えたことが嬉しくて、悲しくて。
 いつも背を押してくれた友人は、なぜ今現れたのだろう。
 カイトが近寄ってくる。
 小さな手は俺の服の裾を引っ張り、不安げだった表情は消えにっこりと笑う。

「キルがね、蝶々見つけたよ。こっちだよ、着いてきて」
「……蝶?」

 なんだ、急に?
 でも既視感のようなそんな感覚。
 違う、そうだ。昔、キルが。

「おーい! こっちだっ! 早くしないと逃げちまうぞっ!」

 闇の先から飛んできた声。
 タモを持ち手を振っているキルも幼い姿。しかし、カイトの影よりも一層朧げ。
 
 最近会ったばかりなのに、どうしてこうも懐かしい気持ちに……。
 
 キルのさらに先に、一つ小さな光が現れる。
 それはふわふわと宙を浮遊し飛んでいく。

「ほら、早く」

 カイトが手を離し、キルの方へと駆け出していく。 
 これは……昔の思い出。
 キルが蝶を取りたいからと、付き合わされたあの日。見つけたからと、寝ていた俺をこうしてカイトが起こしてくれたんだ。
 何故今、あの時を見るのか。
 そんな事を考えていても答えは出るはずもなく、それよりも二人の姿がどんどんと離れていく。

 ま、待ってくれ!!

 二人は夢中で浮遊する光を追いかける。
 闇の中、全力で走って二人を追いかける。
 なのに、どうしてっ。
 どんなに懸命に走っても、距離が詰められない。

「キル、カイトっ!」

 叫んでも、二人は振り向きもしない。
 
 置いていかれる、置いていかないでくれ。
 
 走りながら浮遊する光へとキルが、タモを振り光を追いまわす。

 俺には、他に何もないんだ。
 
 キルが一回大きくタモを振る。
 網はその光を捉えて、二人はやっと足を止めた。
 網をぎゅっと握りながらキルはそれを掲げ、二人の弾んだ声が離れているのによく聞こえる。

「捕まえたぞっ!」
「よかったね、キル。わぁ、本当に綺麗な蝶々だね」
「だろっ! なんて蝶なんだろうな?」
「帰ったら図鑑で調べてみようよ。それよりもう見れたんだし、可哀想だから逃がしてあげよう」
「えぇ!? 嘘だろ! 俺は持って帰りたい」
「狭い籠の中に閉じ込めたら可哀想だよ。きっとすぐに死んじゃう」
「いや、でもなぁ~こんなに頑張ったのに」
「キル」
「……ちぇっ、分かったよ」

 キルは渋々掴んでいた網を離し、光を解放する。
 確かめるようにして網から出て昇っていく光を、二人は目を輝かせながら見上げている。

「知ってるか。蝶って希望の象徴なんだ」
「そうなんだ。なら尚更、自由にしてあげないとね」
「まぁ、そうか」

 もう少し、あと少しで追いつく。
 そんな二人へと手を伸ばすと、カイトがこちらを向く。
 その姿は最後、会話を交わした時のカイトのまま。
 夢なのか、それともカイトは本当に会いに来てくれたのか?そんな淡い期待に俺は声を上げる。

「カイトがリナリアのところへ導いてくれたのか!?」

 切なそうに微笑むだけで、カイトは何も答えない。
 蝶が二人の間を飛び、先に光が広がりだす。
 この光に入ったら目が覚めると直感した。
 だから……立ち止まろうとした。
 なのにカイトは首を振る。

 眩い光が、闇を晴らす。

 細めた視界で見た二人。
 キルは上を見上げ、カイトはそんなキルのそばで真っ直ぐに俺を見ていた。

――風が吹くから――

 カイトがそう言ったのが聞こえた。
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