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新人対抗戦編
都合の良い耳
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「いってきます」
「ルシウス、くれぐれも力を抑えるのよ」
「わかってますよ。母さん」
今日はついに対抗戦だ。帝国が何かしてくるとは思うんだが、結局それをどうにかする方法なんて思いつかず、今日を迎えてしまった。
試合以外でも気をつけないといけないな。みんな王級魔術を使えるようになったとはいえ、不意打ちを受ければ魔術師は脆い。レウスとレーナは身体強化メインの前衛だからある程度反応できるだほうが、他の三人は特に気にする必要があるな。
対抗戦の会場は王都のアリーナだ。いつも通っている魔法学園からだと徒歩数分といったところだ。
アリーナは何百年も前から変わっていないらしい。それも大昔の魔術師が、今では解析不可能な難解な魔法陣を駆使して、特別な術式を組み込んでいるらしい。それは致命傷となる傷を負うと、それを治癒した上で舞台の外へ転移させるというもの。
ファンタジー系の話でよく見る仕組みだが、本当にあることを知った時は素直に凄いと感心した。それが本当なら今の俺でも仕組みが分からない魔法式が使われているってことだ。
できればチラッとでいいから魔法式を見せてもらえないだろうか。というかこれだけ巨大なアリーナのどこに魔法陣が刻まれているのか想像もできない。
「あ! ルウー! ここだよー!」
レーナは小さいが、俺を見つけると大声で呼んでくれる。探し回らないでも向こうが見つけてくれるからとても重宝している。
何を隠そう俺はとても方向音痴なのだ。同じ道を通らないと、まともに目的地にたどり着く自信がない。
その点ではこの世界は素晴らしいと思う。困ったら空を飛んで見渡せばいいし、そのまま飛んで行けば迷うことも無い。俺の飛行魔法の一番多い使用用途は正にこれだろう。ちなみにこの話をしたらみんな呆れていた。
フン、どこに行ってもどっちが北かすぐ分かるほうがおかしいんだ。みんな体に方位磁石でも入ってんじゃないのか?
「みんな早いな」
「だってよ! 対抗戦だぜ! 訓練の成果を試すには最高の場だろ!」
強くなりすぎて試せない可能性があることは黙っておこう。それはそれで自分たちが新人対抗戦のレベルじゃないことが分かるだろうしな。
「強くなったボクを見ろー!」
いつも通りやかましい二人で安心した。緊張しすぎると本来の力が出せなくなるからな。
「お前らー、そろそろ控え室に入ってろよー」
アドルフ先生もいつも通りの適当な感じでとてもいい。周りが緊張して引きずられたりしても困るからな。まぁそもそもこの先生に緊張なんて言葉は無縁な気はするが。
なんて考えていると服の裾をちょいちょいと引っ張る感触があった。
「ルウ君……私みんなの足引っ張らないかな……」
アリス、君はやることなすこと可愛いな。これで狙ってるわけじゃないんだから、マジ天使。もしアリスのこれが全て計算づくだとしたら俺は人間不信に陥るだろう。きっと今日の対抗戦でも使い物にならなくなるに違いない。
「大丈夫。あんなに訓練しただろ? それにアリスだって王級魔術を使えるようになったじゃないか」
「うん……でも接近戦は怖くて……」
「アリスは強い! なんたってこの俺が教えたんだからな! 安心しろ。怖がる必要なんかないさ。もしそれでも怖いっていうなら俺が頭を撫でてあげよう」
ちょっとした冗談を交えてみる。これでアリスの気が少しでも楽になればいいんだけどな。
「えっと……じゃあお願いします」
なんですと? 何をお願いされたんだろうか。まさか頭を撫でることじゃないだろうし……
アリスが頭を下げて撫でられるのを待っていますという体勢をとっている。マジで? 撫でてもいいの? 捕まらない? いや、これ以上はアリスに恥をかかせることになってしまう。覚悟を決めろルシウス!アリスの頭に手を……
「あー! ルウがアリスとイチャイチャしてるー!」
先に行ったはずのみんなが戻ってきていた。俺はアリスの頭に手を伸ばしかけた状態でフリーズしている。イチャイチャだと? これがイチャイチャするということなのか。
「ルウ? アリスに何をしようとしてたのかなぁ?」
伸ばしかけていた手を急いで引っ込める。エリーは時々笑っているのに怖いことがある。今もそうだ。笑顔のはずなのに、何故か怖いのだ。何か俺も知らないような魔法を使っているのだろうか。
「はぁ……ほら、ルウもアリスも行くわよ」
「あ…う、うん」
あぁ……俺が悩んでいたせいでアリスの頭を撫でることができなかった。我が右手が不甲斐ない脳に怒りを感じている。このっ! 優柔不断な脳め!
「ちょっとルウ? 何してるのよ」
「行く、行くさ!」
次があれば俺はもう迷わない。我が右手よ、不甲斐ない俺を許してくれ。
◆
「それで、最初は誰が出るんだ?」
「ボクー!」
「レーナ、それをみんなで決めるんでしょう?」
「そうだったそうだった」
てへへと首を傾げるレーナ。年下にしか見えないレーナだが、時折こんな仕草を見せる。きっと女はすべからく魔性の女なのだ。
「でもホントにどうする? ルウが最後なのは確定ね」
さいですか。まぁそれは俺はどこでもいいんだが。みんなまだ勘違いしてるみたいだが、多分誰がどこに出ても同じ結果だろうしな。
「最初に出たい人はいるか?」
とりあえず希望を募ってみる。まずは候補者を絞らないとな……って全員かい。どうするか……
「もうルウが決めてよ。とりあえず初戦の先鋒。それならみんな文句ないでしょ?」
「俺はいいぜ」
「ボクもー!」
「私も勿論構いません」
「ルウ君が決めてくれるなら任せるよ」
ふむ、どうするか。レウスかレーナかなと思ってたんだが、さっきのアリスの件があるからな……よし決めた。
「先鋒は……アリスだ!」
「わ、わたし!?」
「嫌か?」
「う、ううん。でも、できればさっきの……」
さっき? もしかして撫で撫でか!? みんなの前で!? まさかラスボスは味方にいたのか。難易度ベリーハードモードだ。正直に言おう。深淵に遭遇した時並に焦っている。
「もうわかったよ。ほら、ルウも。アリスがそれでできるなら何か知らないけど、早くしてあげなさい」
えぇいままよ!
「ふわぁぁ……」
アリス……君はふわふわ系だな。髪の毛も一切指に引っかかることなく手触りが素晴らしい。ずっと撫でてたい。対抗戦なんかどうでもいい。このまま時を止めたい。
「むー! アリスだけずるいー! ボクもー!」
レーナも入ってきて、残っている俺の手を自分の頭に持っていった。おお……レーナの髪もサラサラだな。両手が幸せな感触に包まれている。
念のため言っておくが、一切卑猥な感情はない。単純に可愛いものを愛でているという感情だ。今は。……はて、エリーから殺気のようなものが……
「ひぃ!?」
般若が! 般若がいる! いかん! これはいかんぞ! このままでは対抗戦に出る前に戦闘不能になってしまうかもしれない!
「よ、よーし! も、もういいな? がんばれ! アリスならできる!」
視線をアリスへ向けることができない。気をつけよう。エリーはこういうふわふわした空気が嫌いなのかもしれない。
「ルウ……」
エリーが耳元で囁く。
「後で私にも……」
「え? 何だって?」
「……なんでもないわよ!」
あぁ神よ……俺が一体何をしたというのか。慈悲など無いというのか。
そして対抗戦の一回戦が始まろうとしていた。
「ルシウス、くれぐれも力を抑えるのよ」
「わかってますよ。母さん」
今日はついに対抗戦だ。帝国が何かしてくるとは思うんだが、結局それをどうにかする方法なんて思いつかず、今日を迎えてしまった。
試合以外でも気をつけないといけないな。みんな王級魔術を使えるようになったとはいえ、不意打ちを受ければ魔術師は脆い。レウスとレーナは身体強化メインの前衛だからある程度反応できるだほうが、他の三人は特に気にする必要があるな。
対抗戦の会場は王都のアリーナだ。いつも通っている魔法学園からだと徒歩数分といったところだ。
アリーナは何百年も前から変わっていないらしい。それも大昔の魔術師が、今では解析不可能な難解な魔法陣を駆使して、特別な術式を組み込んでいるらしい。それは致命傷となる傷を負うと、それを治癒した上で舞台の外へ転移させるというもの。
ファンタジー系の話でよく見る仕組みだが、本当にあることを知った時は素直に凄いと感心した。それが本当なら今の俺でも仕組みが分からない魔法式が使われているってことだ。
できればチラッとでいいから魔法式を見せてもらえないだろうか。というかこれだけ巨大なアリーナのどこに魔法陣が刻まれているのか想像もできない。
「あ! ルウー! ここだよー!」
レーナは小さいが、俺を見つけると大声で呼んでくれる。探し回らないでも向こうが見つけてくれるからとても重宝している。
何を隠そう俺はとても方向音痴なのだ。同じ道を通らないと、まともに目的地にたどり着く自信がない。
その点ではこの世界は素晴らしいと思う。困ったら空を飛んで見渡せばいいし、そのまま飛んで行けば迷うことも無い。俺の飛行魔法の一番多い使用用途は正にこれだろう。ちなみにこの話をしたらみんな呆れていた。
フン、どこに行ってもどっちが北かすぐ分かるほうがおかしいんだ。みんな体に方位磁石でも入ってんじゃないのか?
「みんな早いな」
「だってよ! 対抗戦だぜ! 訓練の成果を試すには最高の場だろ!」
強くなりすぎて試せない可能性があることは黙っておこう。それはそれで自分たちが新人対抗戦のレベルじゃないことが分かるだろうしな。
「強くなったボクを見ろー!」
いつも通りやかましい二人で安心した。緊張しすぎると本来の力が出せなくなるからな。
「お前らー、そろそろ控え室に入ってろよー」
アドルフ先生もいつも通りの適当な感じでとてもいい。周りが緊張して引きずられたりしても困るからな。まぁそもそもこの先生に緊張なんて言葉は無縁な気はするが。
なんて考えていると服の裾をちょいちょいと引っ張る感触があった。
「ルウ君……私みんなの足引っ張らないかな……」
アリス、君はやることなすこと可愛いな。これで狙ってるわけじゃないんだから、マジ天使。もしアリスのこれが全て計算づくだとしたら俺は人間不信に陥るだろう。きっと今日の対抗戦でも使い物にならなくなるに違いない。
「大丈夫。あんなに訓練しただろ? それにアリスだって王級魔術を使えるようになったじゃないか」
「うん……でも接近戦は怖くて……」
「アリスは強い! なんたってこの俺が教えたんだからな! 安心しろ。怖がる必要なんかないさ。もしそれでも怖いっていうなら俺が頭を撫でてあげよう」
ちょっとした冗談を交えてみる。これでアリスの気が少しでも楽になればいいんだけどな。
「えっと……じゃあお願いします」
なんですと? 何をお願いされたんだろうか。まさか頭を撫でることじゃないだろうし……
アリスが頭を下げて撫でられるのを待っていますという体勢をとっている。マジで? 撫でてもいいの? 捕まらない? いや、これ以上はアリスに恥をかかせることになってしまう。覚悟を決めろルシウス!アリスの頭に手を……
「あー! ルウがアリスとイチャイチャしてるー!」
先に行ったはずのみんなが戻ってきていた。俺はアリスの頭に手を伸ばしかけた状態でフリーズしている。イチャイチャだと? これがイチャイチャするということなのか。
「ルウ? アリスに何をしようとしてたのかなぁ?」
伸ばしかけていた手を急いで引っ込める。エリーは時々笑っているのに怖いことがある。今もそうだ。笑顔のはずなのに、何故か怖いのだ。何か俺も知らないような魔法を使っているのだろうか。
「はぁ……ほら、ルウもアリスも行くわよ」
「あ…う、うん」
あぁ……俺が悩んでいたせいでアリスの頭を撫でることができなかった。我が右手が不甲斐ない脳に怒りを感じている。このっ! 優柔不断な脳め!
「ちょっとルウ? 何してるのよ」
「行く、行くさ!」
次があれば俺はもう迷わない。我が右手よ、不甲斐ない俺を許してくれ。
◆
「それで、最初は誰が出るんだ?」
「ボクー!」
「レーナ、それをみんなで決めるんでしょう?」
「そうだったそうだった」
てへへと首を傾げるレーナ。年下にしか見えないレーナだが、時折こんな仕草を見せる。きっと女はすべからく魔性の女なのだ。
「でもホントにどうする? ルウが最後なのは確定ね」
さいですか。まぁそれは俺はどこでもいいんだが。みんなまだ勘違いしてるみたいだが、多分誰がどこに出ても同じ結果だろうしな。
「最初に出たい人はいるか?」
とりあえず希望を募ってみる。まずは候補者を絞らないとな……って全員かい。どうするか……
「もうルウが決めてよ。とりあえず初戦の先鋒。それならみんな文句ないでしょ?」
「俺はいいぜ」
「ボクもー!」
「私も勿論構いません」
「ルウ君が決めてくれるなら任せるよ」
ふむ、どうするか。レウスかレーナかなと思ってたんだが、さっきのアリスの件があるからな……よし決めた。
「先鋒は……アリスだ!」
「わ、わたし!?」
「嫌か?」
「う、ううん。でも、できればさっきの……」
さっき? もしかして撫で撫でか!? みんなの前で!? まさかラスボスは味方にいたのか。難易度ベリーハードモードだ。正直に言おう。深淵に遭遇した時並に焦っている。
「もうわかったよ。ほら、ルウも。アリスがそれでできるなら何か知らないけど、早くしてあげなさい」
えぇいままよ!
「ふわぁぁ……」
アリス……君はふわふわ系だな。髪の毛も一切指に引っかかることなく手触りが素晴らしい。ずっと撫でてたい。対抗戦なんかどうでもいい。このまま時を止めたい。
「むー! アリスだけずるいー! ボクもー!」
レーナも入ってきて、残っている俺の手を自分の頭に持っていった。おお……レーナの髪もサラサラだな。両手が幸せな感触に包まれている。
念のため言っておくが、一切卑猥な感情はない。単純に可愛いものを愛でているという感情だ。今は。……はて、エリーから殺気のようなものが……
「ひぃ!?」
般若が! 般若がいる! いかん! これはいかんぞ! このままでは対抗戦に出る前に戦闘不能になってしまうかもしれない!
「よ、よーし! も、もういいな? がんばれ! アリスならできる!」
視線をアリスへ向けることができない。気をつけよう。エリーはこういうふわふわした空気が嫌いなのかもしれない。
「ルウ……」
エリーが耳元で囁く。
「後で私にも……」
「え? 何だって?」
「……なんでもないわよ!」
あぁ神よ……俺が一体何をしたというのか。慈悲など無いというのか。
そして対抗戦の一回戦が始まろうとしていた。
応援ありがとうございます!
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