100万ドルの夜景より

月夜野レオン

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月曜の朝出社した社員達は、都築課長からすぐ会議室に集まるように言われた。
「おはよう藤堂。あれ、お前の課もか?」
先に会議室に入っていた同期の姿に声をかけると、いつもの笑顔が返ってきた。
「おす、如月。どうやら第二全体が呼ばれてるみたいだぜ」
「ということは有賀部長から何か話があるのか?でも先週は何も言ってなかったぞ」
もしも新しい方針説明や組織変更だったら、週末に有賀から通訳の話があった筈だ。
さすがに細かい話となると、あまり英語に精通していない部員もいる為、通訳しなければ理解出来ないだろう。
首を捻っている内にも、会議室にはぞくぞくと人が集まり、出張に出ている者以外の第二部員は全て集合した。
フロアの前のドアが開き、有名ブランドスーツのモデルかと思うようなイケメンが颯爽と入ってくる。
少しは見慣れても良いはずなのだが、相変わらず皆の口からは感嘆のため息が漏れる。
有賀は中央のカウンターまで来ると、おもむろにジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を捲り上げた。
仕上げにダークレッドのネクタイの結び目に指をかけてグイと緩めると、カウンターに両手をついてフロアのメンバーをぐるりと見渡した。
急に纏う空気を変えた有賀に、みんなが息をのむ。
スーツを少し崩しただけで、こうも受ける印象が変わるものか。
「うっは、すげー。いきなりワイルドイケメンになった」
藤堂が呻きながら囁くのに、裕也もコクコクと首を縦に振って合意する。
そして次の瞬間、全員のアゴがガクンと落ちた。
「みんな揃ったな。では、これから組織変更及び業務変更を通達する」
「……はっ………?」
有賀が言った内容にではなく、みんなはその言葉に驚愕していた。
裕也はあまりの驚きに、思わず立ち上がってしまった。
ガタンとイスを鳴らして立ち上がった裕也に、壇上の有賀の視線が向く。
「どうした?如月」
「に…日本語………喋れるんですか?」
有賀はいたずらが成功したやんちゃ小僧のような瞳で裕也を眺めた。
「……俺は日本語が喋れないとは一言も言ってないが?」
完璧な日本語で言い切り、口の端を軽く持ち上げるとワイルド感も更に上がる。
ギギギと音がしそうな硬さで首を都築課長の方へ回すと、課長もアゴを外して固まっていた。
都築課長も知らなかったらしい。
「まあ、ファーイースト社では個人プロフィールはプライバシー保護の為に非公開だからな。俺は父がイギリス人で母が日本人、住んだことはないが日本語は堪能だ。ちなみに三十二歳、独身。それ以外は秘密だけどな」
最後の方の言葉は、女性陣が固まっている辺りにウインク付きで投げられた。
軒並み真っ赤になる所を見ると、日本語でどんな噂話をしていたのか想像に難くない。
同時に、あちらこちらで青ざめている輩もいた。
人間、言葉が分からないと思うと、内緒話も目の前で平気でしてしまうものだ。
「多少の誤解があったが、それを敢えて訂正しなかったのは君達の本来の姿や仕事ぶりを知りたかったからだ。他意はないので心配しないでくれ。さて、では本題に移る」
有賀は真剣な表情に戻り、キーボードを操作して後ろのプロジェクターにパソコンの画面を投影した。
表示された組織図のあまりの奇抜さに、再び全員のアゴが落ちる。
元の形は影も形もなかった。
「これまで第二部は五つの課で構成されていたが、この課の枠を全撤廃する。今後は顧客別、規模別によってグループを編成し、チームで処理する形をとる。これから呼ぶメンバーは小口客先を専任で扱うチームだ」
有賀は部員達に向き直ると、名前を挙げだした。
驚いたことに、ひとりひとりの顔をちゃんと見ながら呼んでいる。
「六十人いる全員の名前と顔を二週間で覚えたっていうのか…」 
裕也は有賀の記憶力に舌を巻いた。
「大口客先は二人組のバディシステムをとる。小畑と大山はセントラル・上海ミチレイ・クイステルだ。山本と須川はマーデル・東海食品……」
次々と挙げられてゆく新編成を、各担当は強張った表情で真剣に聞いてゆく。
しかし、ペアリングと客先のマッチングを聞いていくうちに、全員の目が徐々に大きく開かれていく。
小口客先の担当にはスケジューリングや細かい発注や仕分けが得意な者を。
大口は立地や流通で併せ技が使いやすい企業を取り合わせ、相性の良い者でバディを組ませている。
「嘘だろ…モニタリングも完璧って、スーパーマンかよ」
裕也の隣で藤堂が額を押さえて呻いている。
こんなハイスキルでは、なるほどヘッドハントされる訳だと裕也も頷く。
「最後に、藤堂と如月」
「はい」
呆然と聞いていた裕也と藤堂は、はっと身体を強張らせた。
「お前達はトップ成績だから、ちょっとキツいぞ」
有賀は、ふたりを見ながらニヤリと笑う。
「まず、持っている小口の客先は先程の専任チームに回せ。藤堂は残りの大口客先の内、ブレインフードのみ高橋・河野ペアに渡せ。それから如月の持っている大口三件を全て引き継ぐ」
「ええっ、そんな……」
藤堂は仰天して思わず立ち上がってしまった。
人懐こい笑顔が売りの青年も、さすがに青ざめている。
「ぜ、全部移すのか…」
そのための要領書作成だったのかと、裕也もクラリとする。
「追い討ちをかけるようで済まないが、お前は単独だ。但し、一ヶ月間だけ社内事務処理サポートとして三咲をつける。その間に業務のスリム化と事務処理能力をアップさせろ」
「うえぇ………」
絞め殺される寸前のような声を上げながら、藤堂はイスに座り込んだ。
裕也は同情しながらも、藤堂が事務処理を苦手としていることを既に見抜いている有賀に、密かに恐怖を覚えていた。
こんなに早く、全員の能力や特性を掴めるものなのだろうか。
その有賀の目が裕也に向けられる。
「それから如月、お前は私とバディで、新規を開拓する。来週二件の大口を取りつけるぞ。まずはカイザーフードだ」
「カイザーフード……って、あのカイザーですか?もう二年以上もプッシュしているのにウチが全く食い込めない?」
「そのカイザーフードだ。来週早々にアポをとりつける、引継ぎを済ませて準備しておいてくれ」
裕也はもう言葉も出なかった。
他の担当も絶句している。
カイザーフードが難攻不落なのは、あまりにも有名な話だったからだ。
「それから、課長には各チームのリーダーとして付いてもらうが、決済権限を引き上げる。今まで一千万までが課長決済、それ以上は部長決済だったが、これではフットワークが重くなる。これからは五千万まで課長決済で通す。それ以上の場合のみ私に回すように」
それから最後に、と有賀は前置きをしたが、みんなは既に驚きの連続でマヒしていたので反応は薄かった。
「引継ぎ期間は三週間だ。その間は新規参入・受注は取らなくて良い。私が部のノルマ分は取る。そして、来月四月の売り上げは前月比三パーセントアップを目標とする」
「…ウソ……」
最後に大きなとどめを刺され、みんな声も無く悶絶する。
「以上だ」
詳細はネットに上げてあるから見るようにと言い置いて、カリスマ部長は上着を肩にかけてスタスタと会議室を出ていった。
まだ呆然としながらも、部員達は取りあえず腰を上げだした。
立ち上がれないのは、トップ成績のふたりだった。
「如月……俺、間違ってた。有賀部長…ハリウッドスターじゃねえわ。本物のスーパーマンだぜ」
藤堂の言葉に、裕也は黙って頷くしかなかった。
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