ゆめ

にっしょん

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本1

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祖母の家に引っ越し、転校した。高校2年の梅雨前という微妙な時期だ。母は自然が豊かだと、ここが落ち着くというが、みかん畑が近くにあるというだけで、特段、田舎というほどの田舎でもなく、今までと変わらない。田んぼの畦道を通ってなどということもない、歩道が整備されて街路樹が影を作るアスファルトの上を履き慣れた靴で歩く。

迷うこともなく、ひとりで学校に着き、担任だと言う女の先生についていった。紹介され、名前を名乗ってよろしくおねがいしますと一礼する。特に何も言わなかった。指定された席に着く。先生のすぐ前の席、1番前の真ん中だった。後ろからの視線を感じるが振り返ることはしなかった。初日はホームルームのみで、そのあと別の先生に呼ばれて教科書類などを渡され帰された。

だから、きっかけが全くわからなかった。
翌朝、昨日指定されたばかりの席の机がひっくり返っていた。よくわからないまま元に戻して授業を受けた。誰からも話しかけられず、挨拶も声を出す前に背を向けられる。帰りに靴箱をあけると、靴が片方、明らかに幼児サイズのものに変えられていた。
いじめだ、と理解した。

授業を受けるのに致命的ないじめはなかった。怪我をすることもない。無視されて靴や服がいつのまにか隠される。その程度だった。エスカレートすることもないが、止むこともない。不気味ではあったが、幸い、部活に入る必要もなく授業も受けれて、物もたいていきれいなまますぐ見つかる。1人で過ごすことに苦痛はなかった。誰に相談するでもない。

犯人探しではないがクラスの人間くらいは覚えようと少しずつ教室全体を眺めるようになった。女子は女子で廊下側の前の方の席にかたまり、男子は男子で窓際の後ろの方の席でかたまっているようだ。派手なやつはいない。どちらかと言えば全員が陰気だと感じた。見渡していても絶対に目が合うことはない。

聞き耳をたてているが話している内容がわからなかった。言葉としては頭に入ってくる。なんとなく昨日のドラマがどうとか、今週の漫画がどうとか、そんな話をしている気がするのだが、なぜか理解できない。方言でもない、全員標準語だ。陰口は俺のことを含めて一切ない。全員が付かず離れず仲がいい。
いじめ以上に不気味だと思った。

授業をうけ、暇な時は自席から教室を眺めて聞き耳を立てる。そんな日々が何日か過ぎた頃、異変が起きた。
真ん中の列の1番後ろの席に青色のA4サイズの、台本のような冊子が置かれていた。全面が青色で、絵はなく、タイトルのようなものが飾り気のない文字で書かれている。
朝は置かれていただけだった。昼になると男子の塊が群がっていた。夕方にはおそらく読まれたのだろう、少し雑に置かれていた。

流石に気になった。教室にはまだ全員が残っていたが、1番後ろの席まで歩く。
初日以来初めて、クラスの全員の視線が自らに向いているのが分かった。しかも静まり返っている。さっきまでの意味のないおしゃべりはどうしたというのか。
しかし、恐怖よりも好奇心が勝った。
視線が怖くて顔は上げなかったが、その台本のような冊子を手に取った。

立ったまま、冊子を開く。
気づいたら最後のページをめくっていた。
視線も時間も音も忘れて気づかないまま熱中して読んでいたらしい。最後の文字を読み終え、ハッと顔を上げて見渡すと、数人の男子だけが残っており、目があった。
冊子を閉じて机に置く。そういえばこの席が誰のものだったかは思い出せない。

「どうだった?」

初めてクラスメイトに話しかけられた。とげがあるわけでもない、試されているふうでもない単純に質問されている。しかし、どうだったか、適切な言葉が思いつかなかった。少し考えてから返す。

「分からないけど、すごく興奮したというか、熱中して読んだ。」

言いながら、よく考えたら内容が全然思い出せないことに気づく。時間も忘れて読んでいたのに。
質問してきたやつがふーんと言いながら俺から目を外すと、残っていた全員の視線が外れた。じゃあ、と言ってその場を離れたが返事はなかった。
その日の帰りも靴は片方なくなっていた。

翌朝、初めてクラスメイトと話したことでいじめに何か変化があるかと多少期待したが、朝から上履きを探すルーティンは変わらなかった。
昨日の、会話のような何かは夢だったのかと思うほど何も変わらなかった。
冊子が緑になったこと以外は。

夕方になってからまた、冊子を読みたくて後ろの席へ向かう。この日も全員が残っていたが、女子は興味を失ったのか、向けられる視線はクラスメイトの半分だった。特に誰にも止められない。冊子を手に取る。色以外は見た目に変化はない。なぜ青色の冊子の内容を覚えていないのか不思議に思いながら、今度は…とページをめくる。

タイトルが書いてある。全て縦書きで、章節の間に番号だけが振られている。そんなに分厚くはない。二十数ページ程。どうやらドラゴンの話のようだ。
気づくとまた、最後のページだった。パタンと冊子を閉じ机に置く。「ドラゴンの話」ということしか覚えていない。流石に不気味で呼吸が浅く速くなる。

「どうだった」

思わず勢いよく振り返った。昨日と同じ数人のクラスメイトがこちらを見ている。昨日と同じく、他のクラスメイトは帰ったらしい。

「ドラゴンの話、だった…。少し怖くて、でも昨日と同じように熱中して読んだよ」

少しどもり気味に、しかし素直に返した。
すると別のクラスメイトがニヤリと笑った。

ふと、続きが気になる、と思った。手を添えていた冊子をひっくり返して表紙を見ると、タイトルに1と番号が振られている。

「そりゃよかったな」

ニヤニヤと笑いながら返してくる。決して嫌な笑いではないが理解が追いつかない。じゃあ、と短く言い、逃げるように自席に振り返った。背中から、またな、と聞こえたような気がしたが、振り返ることもなく足早に帰った。片方の靴がまた小さくなっていたので、探す羽目になったが。

翌朝、冊子のことでもう頭がいっぱいだった。内容が思い出せないのに読みたくてたまらない。
しかし靴箱を開けると、まだ時期ではないだろうに、カブトムシの成虫がもぞもぞとひっくり返っていた。迷い込んだとも言えなくないだろうが、扉は閉められていた。いじめなのだろう。ツノを指で挟み、羽を広げられないよう全体を包み込むようにして持ってから玄関で手放すとどこかの木に向かって飛んでいった。

また、緑の冊子が置いてある。昨日の1なのか、続編なのか気になった。朝は様子を見たが、昼には我慢できず、思わず弁当も食べずに後ろの席へゆく。
すると、いつも残っている数人の男子から声をかけられた。

「読みにきたのか。一緒に読もうじゃないか。」

驚いたが、読めるならなんでもいいと思って頷く。どうやら2と振ってあるので続編のようだ。数人の男子と一緒に、冊子を囲んで覗き込んだ。ニヤニヤと笑っていたやつか、俺かのどちらかがページをめくったが、誰も止める者も急かす者もいなかった。俺自身、ちょうどいいタイミングで読めていた。
途中途中、この表現はどうだとか、こんな展開なのかとか、自然とその数人で会話が弾んだ。

昼のうちに読み切り、読後感に興奮していた。ニヤニヤと笑っていたやつは、よかったなと俺の背中を叩きながらカラカラと笑っていた。今回のもよかった、と返し、弁当を食わないとと言って自席に戻った。
しかし弁当の中身は空になっていた。出した覚えもないのに机の上に弁当が広げられ、誰かに食べられていた。
読後感の興奮で恍惚とした気分の俺は、まあいいかと弁当を片付け、授業を受けた。
その日は流石に腹が減ったので、夕方は教室を見渡すことなく飛び出した。また片方の靴を探すことには流石に舌打ちが出たが。

翌朝、上履きを玄関の隅で拾い上げてから冊子のことを考える。やはり、内容を覚えていない。あんなに盛り上がって話が弾んで面白いと思っていたはずなのに、どんな話だったかさっぱり思い出せない。
みんなは覚えているのだろうか?気になった。

しかし、今日は冊子がなく、代わりに担任の先生が、うちの実家で採れた~といいながらみかんのような何かをクラス全員に配った。
この日は誰とも話すことなく、数人の男子に目を向けても目線が合うこともなく、仕方なくみかんを持って教室を出た。靴箱を開けると、靴の代わりに紙袋が入っていた。中を覗くと、ご丁寧に大きなジップロックに入ったみかんたちだった。当然靴はない。
最早いじめなのかなんなのか分からなく思いながら、靴を探し、先生からもらったみかんを紙袋に追加して家に持って帰った。

母は随分と喜んでいた。
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2023.08.14 ユーザー名の登録がありません

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