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うどんと景勝地

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 水平線から段々と空の色が変わっていく。なんとか間に合った、と雪乃は後部座席へ向かい声を掛ける。

「そろそろ起きてー! お日様が出てくるよ」

 はあい、と小さな声は返ってくるがそれまでだ。すぐに沈黙が戻るので雪乃はチラリと横へ視線を流す。任せろ、と言わんばかりに隣に浮いている青年がクルリと振り返る。

「おういチビども! 起きろ! 楽しみにしていただろう? 大きな橋の上から朝日を見るって! 見逃してしまうぞ!!」

 もぞもぞとした音は聞こえる。本人達も起きたいのだろうが、それ以上に眠たくて堪らないというところか。朝早かったしなあ、と雪乃は苦笑する。もっとも後ろや横にいる彼ら、にそういった人間の生理現象が当て嵌まるのかはよく分からないけれど。それでも眠そうにしているのだから、精霊だとか妖怪だとか神だとかでも、睡眠欲はあるし眠い時は眠いのだろう。

「そうかそうか、起きられないやつは残念だが朝ご飯は抜きになるなあ。打ち立て、茹で立ての美味しいうどんが食べられないとは、いやはや可哀相に」
「おきます!!」

 途端、元気な声と共に後部座席が揺れる。バックミラーを埋め尽くす茶色の靄。何度見ても慣れない光景のはずが、悲しいかな慣れてしまった雪乃は毎度同じ言葉を掛けた、

「人間に戻ってー」

 すると「はあい」と可愛らしい声が返り、シュルシュルと空気の萎む音が上がる。やがて茶色の靄は一人の小さな女の子の姿に変わった。
 後部座席でシートベルトをしっかりと締め、ちょこんと座る姿はとても可愛らしい。少し茶色がかった髪の毛はふたつ結びでそれぞれ小さな薄いピンクのリボンが付いている。水色のワンピースに、白いボレロを着た、六歳くらいの少女。
 よもやその中身が、慰労目的で今回の旅行に連れて来られた、もうすぐ消える小さなあやかし達の集合体だとは思うまい。

「外は見える?」
「まどに、ちかづいてもいいですか?」
「いいよ。あ、そっちじゃなくて反対側。お茶碗持つ方の窓」

 ちゃんと助手席側に座らせていたのに、わざわざ反対側へと動こうとするのがミラー越しに見えて雪乃が止める。青年も助手席から後ろへと移動し、少女の隣へと腰をおろして一緒に窓へ顔を寄せた。

「しろさまは、しーとべるとは、つけないの?」
「おれはいいんだ、神だからな!」
「今は透けてるから……え、ほんとに透けてるのよね? 他の人に見える状態じゃ無いのよね!? カメラに映ってて降りる時にシートベルト違反で捕まるの嫌なんだけど!」
「大丈夫大丈夫、おれを信用したまえよ君」
「だから何一つ信用できないんだってば!」
「実体化するのに力を使うってのに、すでに小さいのを子どもの姿にしてるんだぞ。今ここでおれ自身にも力を使ったら、最終的に君へいくけどいいのか?」

 おれは構わないけど、と青年がニヤニヤと笑う。運転中で、後方は確認できないが雪乃をからかっているだろう表情は声の質から容易に想像が付く。苛立つ感情にハンドル操作が荒くなりそうになるが、雪乃はどうにか耐えた。


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