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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる
はじめての鯨王寮
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「久坂先輩はわざと癖の強いとことか、意地悪いところを見せてくるからそこがね。楽しんでやってるのもタチが悪いし。あんまりしつこいとハル先輩が鉄拳制裁してくれるんだけど、なんかそれも楽しんでるみたいで」
「ふーん」
「でもなんか……赤根先輩ってなんか違うんだよな。なんか、久坂先輩みたいに、どこがどう苦手、っていうのがはっきりと判らないっていうか」
正直、赤根を苦手だと思うはっきりとした理由はないのに、なぜか妙に、苦手なのだ。
「でっかいからかなーと思ったけど、ぶっちゃけ久坂先輩のほうがでかいわけじゃん」
「確かに。相当でかいよな」
「命令口調かな?って思ったけど、久坂先輩もハル先輩も栄人先輩も基本命令口調だし」
「ま、先輩だしな」
「そこは全く気にならないんだけど、なんか赤根先輩って、なんかこう、引っかかるっていうか」
「うーん」
なにがどうなのかはわからないが、とにかくどことなく苦手な雰囲気がある。
「だから正直、タマが一緒に来てくれてめっちゃ嬉しいし助かる」
手伝いは嫌じゃないけれど、こうしていざ断りに行くとなるとなんだかすごく緊張する。
「本当は伊藤も来させたらいいんだけど、あいつ報国寮だからな。一回戻ったら出られないんだよ」
「いいよ別に。本当ならオレ一人でも行かなきゃなんだし」
本来なら、伊藤に一言「行かない」と言えば済むのかもしれないが、行かないなら直接赤根に伝えておきたい。先輩ということもあるけれど、もし本当に幾久を「見せびらかす」ために伊藤に呼ばせたのなら、はっきりと幾久の口から断っておきたかったからだ。
「ちゃんとさ、オレが断れば、この先こんなこともないだろうし」
「ま、そのあたりはわざわざ言う必要もないんじゃね?最初から幾久はただの手伝いなワケだし」
「と、思うんだけど」
なにもなければいいのに、と思っていた幾久だったが、それは少し甘い考えだった、と後から幾久は知ることになるのだった。
二人は鯨王寮に到着した。
さも社員寮といった雰囲気の寮かと想像していたが、それとは違ってスタイリッシュでデザイナーアパートのような、すっきりとした作りの寮だった。
門は開いているので先を進み、施設の中へと入っていく。
「おじゃましまーす……」
自動ドアが開き、中へ入るとそこは広いフロアだ。
サッカーの寮らしく、フロアにはいろんな器具が置いてある。
一瞬、スポーツクラブと間違えてしまいそうだ。
受付があったのだが誰もおらず、御用の方はどうぞ、とベルがあったので鳴らすと「はーい」とすぐに人が出てきた。
出てきたのはジャージ姿の、二十歳すぎくらいのお兄さんだった。
「あれ?報国院の生徒さん?」
二人は頷く。
「先輩に用事があって来ました」
児玉が言うと、お兄さんは「ああ、そうなの。だったら呼んであげるけど、誰?」と尋ねた。
幾久が赤根先輩を、と言おうとするが、児玉が先に言った。
「三年の時山先輩と、赤根先輩の二人をお願いしまス」
「え?」
なぜここで時山が関係あるのだろうか、と幾久は思ったが、児玉は「いいから」といった目で幾久を見る。
なにかあるのだろうと幾久は頷いた。
お兄さんは受付部屋の中へ入ると、マイクのスイッチをオンにして、放送をかけた。
『オーダー入りましたぁ!報国院の三年、トッキーちゃんとまこっちゃんでーす!可愛い後輩ちゃんきてるよー!玄関前までお願いシマース!』
ばちっとスイッチを切る。
「これですぐに来るよ」
「あ、ありがとう、ございます……?」
オーダー?ってなんだろうと思って不思議な顔をしていると、お兄さんが笑って教えてくれた。
「あー、ウチね、呼び出しこういう言い方すんのよ。誰かがふざけて始めたんだろうけど、それが定番になっちゃって」
「そうなんですか」
「お、来た来た。トッキーちゃんウィーッス」
時山がアロハシャツに膝丈のジーンズパンツという格好で、スリッパをぺったぺったしながら歩いてきた。
「ウィーッスシェフ。放送あざっす」
「いえいえ~じゃあ後はお若い同士でごゆっくり~」
「ウィシェーフ」
あ、オーダーだから、ウィ、シェフなんだ、と幾久はぽんと手を叩いた。
「で、一年坊主、何の用?」
肩を少し上げて、ズボンのポケットに両手をつっこんでいる時山は、気のせいでなく態度がえらそうだ。
そうこうしているうちに、赤根がやってきた。
「あれ?後輩ってお前達か。どうしたんだ?」
赤根はジャージ姿でやってきて、赤根と時山、児玉と幾久が向かい合って並んでいる格好になった。
「すんません、乃木君っすけど、今日で祭りの手伝い、終了させてください」
児玉が言うと、赤根は首をかしげた。
「え?なんかあった?」
「はい」
児玉が言うと、赤根は眉をひそめて幾久に尋ねた。
「ひょっとして、山縣になにか言われた?」
「え?」
どうしてここで山縣が出てくるのか、幾久には全く理解できない。
「ガタ先輩は、全く関係ないっすけど」
「じゃあ、どうしてやめるとか言うんだ?」
「どうして、って。それは……」
「やっぱり山縣か。それとも他の二年の連中?」
勘違いをすすめていく赤根に、幾久は慌てて首を横に振った。
「先輩達は全く、全然関係ないっす!」
「じゃあ、作業が辛かったのか?」
「それもそこまでじゃ、ないっすけど」
「じゃ、なんでやめるとか言いだすんだ?」
えぇー、と幾久は困ってしまう。
「や、あの……最初から手伝いって言われてましたし」
「手伝いだから、責任のないポジションだからつまらないのか?」
逆だ、と幾久は思う。責任のないポジションだからやめてもいいんじゃないのかな、と考えているだけなのだが。
(思った以上に赤根先輩って、面倒くさい人?)
「乃木君は、騒がれるのが嫌なんです」
児玉がきっぱりと言った。
「今日だって、なんか騒がれてしまったし、そもそも変ですよね。いつもより人が多かったのって、誰かが乃木君が来るよって言ったからじゃないんですか?」
児玉がそう言ったのだが、赤根は斜め上の回答をしてみせた。
「そりゃそうだろ。だって俺が連中に教えてやったんだからさ」
「は?」
児玉も幾久も同時に声を上げた。
「え……?なんで、っすか?」
「なんでって。だってみんな、乃木に会いたがってたからさ」
「えっ、でも乃木君は、別に会いたくない、っすよね?」
まさかの告白に児玉は動揺しつつ、そう返したが、赤根は答えた。
「そんなの当たり前だろ。乃木からしてみたら知らない人ばっかりなんだし」
「そうじゃなくて」
あれ。ひょっとして赤根先輩って、実はものすごくずれている人なんじゃ。
幾久は思ったが、児玉もそう思ったらしい。
ここは早く切り上げるが勝ちだ。二人ともそう思って、結論を急ぐことに決めた。
「とにかく、乃木君は今日で手伝い終わりなんで」
「だからどうして?なんか問題あった?」
だから、それはさっき理由言いましたよね?とつい幾久は口をついて出そうになったのを堪えた。
「だから、人に騒がれるのが嫌、というか」
「だったらもう大丈夫だろ。今日騒がれたからもうおしまいだよ。明日からは静かになるって」
「や、そうではなく」
「そんないつまでも乃木をちやほやしたりしないって。気にしすぎだろ」
「あの、」
駄目だ。これまったく話通じないパターンだ。
幾久は意を決して、断った。
「理由がなんであれ、とにかくオレ、行かないんで」
すると赤根は、また思いがけない事を言った。
「なんだ、けっこう無責任なんだな乃木。御門の連中ってやっぱそうなるのか」
はあ、と失礼にも目の前でため息をつく赤根に、幾久は思わず拳を握っていた。
一方的に手伝いを頼まれて、引き受けた責任はあるかもしれないけれど無償できちんとやるべきことはやってきたはずだ。
それなのにどうしてこんな事を言われなければならないのだろうか。
せめて「いままでありがとう」くらい、礼儀として求めるのはおかしいのだろうか。
だが、そんな幾久の肩をさっと児玉が軽く引いて自分に寄せると幾久の両肩を支え、赤根に言った。
「問題があるなら責任は全部取るって赤根先輩に伝えて欲しいと」
「責任?誰が?お前がか?」
ふんと呆れるような様子の赤根に、児玉はきっぱりと、どこか勝利を確信したかのように赤根に向かい、はっきりと告げた。
「雪ちゃん先輩、桂雪充先輩がそう赤根先輩に伝えろと。そう言われました」
「!」
途端、赤根の表情がこわばり、一層不機嫌そうに眉をひそめられた。
「……桂が?」
児玉は頷く。
「そのかわり、何があったのか、どういうことなのか、責任の所在はどこでだれにあって、何が原因かは絶対に確認する、って言ってました」
「……」
蛇に睨まれたカエルというか、水戸黄門の印籠を出された悪者というか、まるでいきなりそんな風になった赤根に幾久は驚く。児玉は続けた。
「あと、桂先輩、今海外留学に出てるんで、くれぐれも勉強の邪魔はしないで欲しい、帰ってから聞く、とのことでした」
「判った」
赤根が言うと、ずっと黙ったままだった時山が赤根に尋ねた。
「じゃあ、この一年坊主共は明日から来ねーってことでいーんだな?」
「あ、俺は参加しますんで。地元の祭りだし。参加しねーとうちのじじーに殺されるんで。家庭の事情っす」
児玉が手を上げてけろっとそう言うので幾久は驚いたが、時山は「フーン」とまるで犬が匂いをかぐように児玉に近づいた。
「ま、いーんじゃね?桂相手じゃ面倒くせーし、手伝いなんて誰でもいーじゃん。許してやれよ」
時山の言葉に赤根が返した。
「別に俺は怒ってなんか」
「じゃあいいじゃん。責任だって桂が取る、つってんなら問題ねーでしょ?なんの責任かは知らんけど」
時山のどこか冷たい言い方に、幾久は目を丸くした。
この時山は、久坂の冷たさとちょっと似ている。
幾久をからかうときの、あの冷たさではなく、告白しにきた女の子を振り払った時のような、あの侮蔑に近い目だ。
(本当に親友なのか?)
幾久が疑っていると、時山がにっこり笑って言った。
「もう用事は済んだろ?帰っていいぞ一年坊主ども。桂にヨロシク言っといて。あ、オベンキョの邪魔にならない時にな」
「はいっす」
児玉がそう答えたので、幾久も一応ぺこりと頭を下げる。
「短い間っしたけど、お世話になりました」
「……ああ」
赤根が幾久を一瞥したが、そこには感謝の色なんてなにもなかった。
だけどそれでも幾久はいいや、と思っていた。
「突然寮にすみませんでした。先輩達、あざっした!」
児玉はそう言うと、ぺこりと頭を下げ、幾久にももう一度頭を下げさせると、「ご無礼しまっす!」と逃げる様に鯨王寮を出てきたのだった。
「ふーん」
「でもなんか……赤根先輩ってなんか違うんだよな。なんか、久坂先輩みたいに、どこがどう苦手、っていうのがはっきりと判らないっていうか」
正直、赤根を苦手だと思うはっきりとした理由はないのに、なぜか妙に、苦手なのだ。
「でっかいからかなーと思ったけど、ぶっちゃけ久坂先輩のほうがでかいわけじゃん」
「確かに。相当でかいよな」
「命令口調かな?って思ったけど、久坂先輩もハル先輩も栄人先輩も基本命令口調だし」
「ま、先輩だしな」
「そこは全く気にならないんだけど、なんか赤根先輩って、なんかこう、引っかかるっていうか」
「うーん」
なにがどうなのかはわからないが、とにかくどことなく苦手な雰囲気がある。
「だから正直、タマが一緒に来てくれてめっちゃ嬉しいし助かる」
手伝いは嫌じゃないけれど、こうしていざ断りに行くとなるとなんだかすごく緊張する。
「本当は伊藤も来させたらいいんだけど、あいつ報国寮だからな。一回戻ったら出られないんだよ」
「いいよ別に。本当ならオレ一人でも行かなきゃなんだし」
本来なら、伊藤に一言「行かない」と言えば済むのかもしれないが、行かないなら直接赤根に伝えておきたい。先輩ということもあるけれど、もし本当に幾久を「見せびらかす」ために伊藤に呼ばせたのなら、はっきりと幾久の口から断っておきたかったからだ。
「ちゃんとさ、オレが断れば、この先こんなこともないだろうし」
「ま、そのあたりはわざわざ言う必要もないんじゃね?最初から幾久はただの手伝いなワケだし」
「と、思うんだけど」
なにもなければいいのに、と思っていた幾久だったが、それは少し甘い考えだった、と後から幾久は知ることになるのだった。
二人は鯨王寮に到着した。
さも社員寮といった雰囲気の寮かと想像していたが、それとは違ってスタイリッシュでデザイナーアパートのような、すっきりとした作りの寮だった。
門は開いているので先を進み、施設の中へと入っていく。
「おじゃましまーす……」
自動ドアが開き、中へ入るとそこは広いフロアだ。
サッカーの寮らしく、フロアにはいろんな器具が置いてある。
一瞬、スポーツクラブと間違えてしまいそうだ。
受付があったのだが誰もおらず、御用の方はどうぞ、とベルがあったので鳴らすと「はーい」とすぐに人が出てきた。
出てきたのはジャージ姿の、二十歳すぎくらいのお兄さんだった。
「あれ?報国院の生徒さん?」
二人は頷く。
「先輩に用事があって来ました」
児玉が言うと、お兄さんは「ああ、そうなの。だったら呼んであげるけど、誰?」と尋ねた。
幾久が赤根先輩を、と言おうとするが、児玉が先に言った。
「三年の時山先輩と、赤根先輩の二人をお願いしまス」
「え?」
なぜここで時山が関係あるのだろうか、と幾久は思ったが、児玉は「いいから」といった目で幾久を見る。
なにかあるのだろうと幾久は頷いた。
お兄さんは受付部屋の中へ入ると、マイクのスイッチをオンにして、放送をかけた。
『オーダー入りましたぁ!報国院の三年、トッキーちゃんとまこっちゃんでーす!可愛い後輩ちゃんきてるよー!玄関前までお願いシマース!』
ばちっとスイッチを切る。
「これですぐに来るよ」
「あ、ありがとう、ございます……?」
オーダー?ってなんだろうと思って不思議な顔をしていると、お兄さんが笑って教えてくれた。
「あー、ウチね、呼び出しこういう言い方すんのよ。誰かがふざけて始めたんだろうけど、それが定番になっちゃって」
「そうなんですか」
「お、来た来た。トッキーちゃんウィーッス」
時山がアロハシャツに膝丈のジーンズパンツという格好で、スリッパをぺったぺったしながら歩いてきた。
「ウィーッスシェフ。放送あざっす」
「いえいえ~じゃあ後はお若い同士でごゆっくり~」
「ウィシェーフ」
あ、オーダーだから、ウィ、シェフなんだ、と幾久はぽんと手を叩いた。
「で、一年坊主、何の用?」
肩を少し上げて、ズボンのポケットに両手をつっこんでいる時山は、気のせいでなく態度がえらそうだ。
そうこうしているうちに、赤根がやってきた。
「あれ?後輩ってお前達か。どうしたんだ?」
赤根はジャージ姿でやってきて、赤根と時山、児玉と幾久が向かい合って並んでいる格好になった。
「すんません、乃木君っすけど、今日で祭りの手伝い、終了させてください」
児玉が言うと、赤根は首をかしげた。
「え?なんかあった?」
「はい」
児玉が言うと、赤根は眉をひそめて幾久に尋ねた。
「ひょっとして、山縣になにか言われた?」
「え?」
どうしてここで山縣が出てくるのか、幾久には全く理解できない。
「ガタ先輩は、全く関係ないっすけど」
「じゃあ、どうしてやめるとか言うんだ?」
「どうして、って。それは……」
「やっぱり山縣か。それとも他の二年の連中?」
勘違いをすすめていく赤根に、幾久は慌てて首を横に振った。
「先輩達は全く、全然関係ないっす!」
「じゃあ、作業が辛かったのか?」
「それもそこまでじゃ、ないっすけど」
「じゃ、なんでやめるとか言いだすんだ?」
えぇー、と幾久は困ってしまう。
「や、あの……最初から手伝いって言われてましたし」
「手伝いだから、責任のないポジションだからつまらないのか?」
逆だ、と幾久は思う。責任のないポジションだからやめてもいいんじゃないのかな、と考えているだけなのだが。
(思った以上に赤根先輩って、面倒くさい人?)
「乃木君は、騒がれるのが嫌なんです」
児玉がきっぱりと言った。
「今日だって、なんか騒がれてしまったし、そもそも変ですよね。いつもより人が多かったのって、誰かが乃木君が来るよって言ったからじゃないんですか?」
児玉がそう言ったのだが、赤根は斜め上の回答をしてみせた。
「そりゃそうだろ。だって俺が連中に教えてやったんだからさ」
「は?」
児玉も幾久も同時に声を上げた。
「え……?なんで、っすか?」
「なんでって。だってみんな、乃木に会いたがってたからさ」
「えっ、でも乃木君は、別に会いたくない、っすよね?」
まさかの告白に児玉は動揺しつつ、そう返したが、赤根は答えた。
「そんなの当たり前だろ。乃木からしてみたら知らない人ばっかりなんだし」
「そうじゃなくて」
あれ。ひょっとして赤根先輩って、実はものすごくずれている人なんじゃ。
幾久は思ったが、児玉もそう思ったらしい。
ここは早く切り上げるが勝ちだ。二人ともそう思って、結論を急ぐことに決めた。
「とにかく、乃木君は今日で手伝い終わりなんで」
「だからどうして?なんか問題あった?」
だから、それはさっき理由言いましたよね?とつい幾久は口をついて出そうになったのを堪えた。
「だから、人に騒がれるのが嫌、というか」
「だったらもう大丈夫だろ。今日騒がれたからもうおしまいだよ。明日からは静かになるって」
「や、そうではなく」
「そんないつまでも乃木をちやほやしたりしないって。気にしすぎだろ」
「あの、」
駄目だ。これまったく話通じないパターンだ。
幾久は意を決して、断った。
「理由がなんであれ、とにかくオレ、行かないんで」
すると赤根は、また思いがけない事を言った。
「なんだ、けっこう無責任なんだな乃木。御門の連中ってやっぱそうなるのか」
はあ、と失礼にも目の前でため息をつく赤根に、幾久は思わず拳を握っていた。
一方的に手伝いを頼まれて、引き受けた責任はあるかもしれないけれど無償できちんとやるべきことはやってきたはずだ。
それなのにどうしてこんな事を言われなければならないのだろうか。
せめて「いままでありがとう」くらい、礼儀として求めるのはおかしいのだろうか。
だが、そんな幾久の肩をさっと児玉が軽く引いて自分に寄せると幾久の両肩を支え、赤根に言った。
「問題があるなら責任は全部取るって赤根先輩に伝えて欲しいと」
「責任?誰が?お前がか?」
ふんと呆れるような様子の赤根に、児玉はきっぱりと、どこか勝利を確信したかのように赤根に向かい、はっきりと告げた。
「雪ちゃん先輩、桂雪充先輩がそう赤根先輩に伝えろと。そう言われました」
「!」
途端、赤根の表情がこわばり、一層不機嫌そうに眉をひそめられた。
「……桂が?」
児玉は頷く。
「そのかわり、何があったのか、どういうことなのか、責任の所在はどこでだれにあって、何が原因かは絶対に確認する、って言ってました」
「……」
蛇に睨まれたカエルというか、水戸黄門の印籠を出された悪者というか、まるでいきなりそんな風になった赤根に幾久は驚く。児玉は続けた。
「あと、桂先輩、今海外留学に出てるんで、くれぐれも勉強の邪魔はしないで欲しい、帰ってから聞く、とのことでした」
「判った」
赤根が言うと、ずっと黙ったままだった時山が赤根に尋ねた。
「じゃあ、この一年坊主共は明日から来ねーってことでいーんだな?」
「あ、俺は参加しますんで。地元の祭りだし。参加しねーとうちのじじーに殺されるんで。家庭の事情っす」
児玉が手を上げてけろっとそう言うので幾久は驚いたが、時山は「フーン」とまるで犬が匂いをかぐように児玉に近づいた。
「ま、いーんじゃね?桂相手じゃ面倒くせーし、手伝いなんて誰でもいーじゃん。許してやれよ」
時山の言葉に赤根が返した。
「別に俺は怒ってなんか」
「じゃあいいじゃん。責任だって桂が取る、つってんなら問題ねーでしょ?なんの責任かは知らんけど」
時山のどこか冷たい言い方に、幾久は目を丸くした。
この時山は、久坂の冷たさとちょっと似ている。
幾久をからかうときの、あの冷たさではなく、告白しにきた女の子を振り払った時のような、あの侮蔑に近い目だ。
(本当に親友なのか?)
幾久が疑っていると、時山がにっこり笑って言った。
「もう用事は済んだろ?帰っていいぞ一年坊主ども。桂にヨロシク言っといて。あ、オベンキョの邪魔にならない時にな」
「はいっす」
児玉がそう答えたので、幾久も一応ぺこりと頭を下げる。
「短い間っしたけど、お世話になりました」
「……ああ」
赤根が幾久を一瞥したが、そこには感謝の色なんてなにもなかった。
だけどそれでも幾久はいいや、と思っていた。
「突然寮にすみませんでした。先輩達、あざっした!」
児玉はそう言うと、ぺこりと頭を下げ、幾久にももう一度頭を下げさせると、「ご無礼しまっす!」と逃げる様に鯨王寮を出てきたのだった。
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