【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【7】貴耳賎目~なんだかちょっと引っかかる

乱暴な『普通』は虐待を認めない

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 夕食を終えて、コーヒーを吉田が入れている最中のことだ。
 部屋に戻ろうとした山縣を、こともあろうに久坂が呼び止めた。
「ねえ、ガタ先輩」
 途端、立ち上がりかけていた山縣が椅子から落ちそうになり、高杉は信じられないものを見るような目で久坂を見て、吉田の動きは止まっていた。
「ガタ先輩、ってば」
「うるせえ誰だてめえ久坂の外見で久坂じゃねえな正体を現せ!」
「厨二病はおさえてよ。僕は僕だよ」
「いや、多分違う」
 と冷静な目をした高杉が言うと。
「うん、なんか中身違うよ」
 と、吉田も言う。
 そんな態度を楽しみながら、久坂はにこっと微笑んで、山縣に告げた。
「いっくん、赤根をフルボッコにしたってよ」
「!」
「えっ?」
「なん……だと?それは本当なのか?」
 仰々しく山縣が言うと、久坂は頷いた。
「そうだよ。もうそれは見事にフルボッコ。詳しくは時山先輩に聞きなよ。全部見てるはずだよ。わざわざ呼び出してやったんだから」
「えっ」
 幾久は思わず声を上げた。ひょっとして久坂先輩、そのためにわざわざ時山先輩を呼び出してたとかないよな?
「ガチかよ一年」
 山縣が言うので、幾久は「たぶん……」と言うと、山縣はどどどどど、と自室に戻り、そしてすぐにどどどどど、と音を立てて大きな枕ほどもある、うまい棒セットを抱えて戻って来た。
「え?」
「やる!」
 そう言うと、同じものを全部で三つも渡してきた。
「お前等も食え!」
 山縣が言うと、吉田が喜んで受け取った。
「わーいうまい棒だーねえいっくん、これ一袋貰って良い?」
「や、かまいませんけど」
「なんだお前、見所あんじゃねえかよ。フィギュア触るか?」
「さわんないっす」
 山縣にしてみたら最大の褒め言葉とか、最大の喜びなんだろうけれど幾久にはどうでもいい。
「やっべー!マジやっべぇ!あーなんだよてめーやっと御門らしくなってんじゃん、つかけっこう御門じゃん!」
 シンバルを持ったサルのおもちゃみたいな変な動きをしながら山縣が「ヘイ!ヘイ!」と言いながら踊っている。
「そういやガタ先輩と犬猿の中でしたっけ、赤根先輩」
「犬猿どころじゃねーよ!宇宙レベルであいつとはあわねーわ!」
 よくわからないが、とにかく互いに気が合わないのは事実なのだろう。
 突然山縣は立ち上がった。
「俺風呂!そんで寝る!めっちゃ踊る!」
 それだけ叫ぶと、どどどどど、とまた部屋に戻って言った。
「……なんだアレ」
 呆れる幾久だが、久坂も吉田も、高杉までもがどこかのんびりとした目で山縣の様子を見ていた。
「ひさびさに見たよねアレ。赤根が出て行って以来じゃない?」
「だよねぇ。ガタにとっちゃ天敵だもんね」
「仕方ねえわな。ガタの気持ちが唯一、ワシらにも理解できる内容じゃしの」
「え?先輩達、なんか……あれ?」
 全くといって良いほど話が見えない幾久だったが、先輩達はなぜか全員賢者モードに入ってしまって、やたら穏やかな夜になってしまっていた。
 真夜中、幾久は一人でちゃぶ台に乗っかった大量のうまい棒をもそもそ食べていると時山が現れた。
「ただいまー、ガタは?」
「さあ。まだ寝てんじゃないっすかね」
 夕食後、うかれて踊ってその後すぐに風呂に入り、「寝る!めっちゃ寝る!」とか誰も聞いていないのにそう宣言して、勝手に部屋に入っていったので多分宣言どおり眠っているのだろう。
 いつもなら「うるせーな」とか山縣につめたい態度の二年生も「おやすみー」とか「おう」とか、なんかとてもいつもからは想像できない穏やかさに、幾久の心は逆に大潮の夜、荒れ狂う嵐の中に浮かぶ船の船員のような気分だった。
 つまり、なにがなんだかわからない。
「なんかみんな、凄い赤根先輩の事、嫌いなんすね……」
 逆にあそこまでされると赤根に同情してしまうくらいに、皆の嫌いっぷりはすさまじかった。
「そりゃそうだろ。ほんっと天敵なんだもん」
「なんでそこまでなんすかねぇ」
 時山にお茶を出しながら幾久が尋ねると、時山が仕方ないよ、と幾久に言った。
「あいつはさ、擁護するわけでもなく、本当に、すっげえ良い奴なの」
「はぁ」
 あんなにも冷たい目で見ていたくせに?と時山を幾久は疑うが、時山は言った。
「あ、おいらの事疑ってんね?でも実際そうだよ。赤根は真面目だし、ちゃんとしてて良い奴には違いないよ。努力家だしね。だから鷹で、ユースなんだ」
「それは、否定できないっすよね」
「でもさあ。あいつ、すげー普通だから、どっちかっつうと普通じゃない連中は、本気で困るんだよ」
「―――――というと?」
 時山はうまい棒を一本とって、パッケージを開く。
「たとえばさぁ。家庭に問題がある子がいるとする。例えばだけど、親が虐待をしてるレベルだとする」
「はい」
「そんな場合さ、正直、他人はどうしようもないじゃん。行政介入のレベルならともかく、そうじゃない場合って多いし、そういうレベルでも家族で隠されたらどうにもならない」
「……なんとなくだけど、判ります」
「苦しんで親から逃げて、せめてこの学校に居る間は親の事考えたくないとか、寮で静かに暮らしてたいって思ってる奴がいるとするじゃん?」
「はい」
「そしたらいっくんはさぁ。そんな人がいたら、どーする?」
「どうするって。どうにもしないっすよね」
 そもそもが家庭の問題なら、関わることもできないし、本人から相談されたわけでもなければ、関係のない話だろう。
「だよね。どうにもできないし、どうにもしない。それが鉄則じゃん。いくら寮でも、プライバシーは必要だし」
「ですね」
「けどさ。そんな中にも平気でずかずか踏み込んで来られたら困るじゃん」
「はい」
「あとさ、家庭っていろいろあるからさ。つまり、子供を愛してる親ばっかりでもないっての、いっくん判る?」
「……判らんでもないです。考えるのヤだけど」
 幾久だって、そんなに大人なわけじゃない。
 この学校へ来て、進路を考えて、ものすごくいろいろ考えて判ったのは、実は母親はただのエゴイストなのではないか、ということだった。
 幾久のために、と必死になっているのは知っているが、それが本当に幾久のためになっているのかどうかより、自分の目的のために頑張っているだけのような気がする。
「オレん家も、ちょっと母親がうるさいから。虐待、ってことはないですけど」
「いろんな家庭があるのは判るけど、『親が子供を愛していないはずがない』とか言われてもさ、正直、困るしウザイよな」
「それは、はい」
「聞いてるかもしれないけど、御門ってけっこう特殊な家庭環境の奴が多いって、知ってる?」
 幾久は頷いた。
「栄人先輩が、そんなこと言ってました」
「別にさ、あえてそういう家庭の奴選んでいるわけじゃなくってさ。鳳までのぼりつめる奴って、そんなんが多いわけ。未成年でも報国で鳳なら、金さえなんとかなれば、三年は家から逃げられるって環境だし」
「……」
 確かに、栄人なんかの話を聞くと、選択肢がないから必死で鳳にしがみついているとはよく言っている。
「でもさあ、そんな連中が多かったらそれなりに互いに気がついたり、マナー守ったりすんだけどさ。たまーに、本当にたまに、赤根みたいな『普通に正しい』のが御門に来たりすんのな」
 時山に初めて会ったとき、そんな風なことを呟いていた気がする。
 あれは時山の事だったのだろうか。
「でさ。普通に正しい奴って、普通じゃない奴からしたら、存在自体が暴力なのな。悪気なく、本当に正しく、いろんなことやっちゃうんだよ」
「例えば?」
「簡単に言うなら、ガタの漫画を勝手に捨てようとする」
「は?」
 どういう意味だ?と幾久はわけがわからない。
「なんで勝手に?」
 時山はふうとため息をつく。
「赤根曰く、高校生にもなって漫画やアニメに夢中なのは現実が見えていないせいだから、強引にでも捨てて現実に戻したほうがいいとか」
「いやいやいや、意見はごもっともかもですけど、ガタ先輩のものなら関係ないじゃないっすか」
 他人のものを勝手に捨てるなんてマナー違反どころじゃない。
「長期休暇は自宅に帰って親孝行すべき。親は子供を大切に思っているんだから、気を使ってあげないといけない」
「それもなんか自分で勝手にやってくれって感じじゃないっすか?」
「でもさ、それって普通、だよね」
「?」
「親が子供を愛してたりさ、親に感謝したり気を使ったり。きっと努力は実るとか。そういうのって普通の考えじゃん」
「……普通、っちゃ普通、っすけど」
「赤根ってやつはさ。普通の家庭に育って、普通に生きてきて、普通に努力して、普通にそれが実ってる普通の奴なのよ。で、あんまり普通すぎるからさあ、普通じゃないってものを信じられない」
「……」
「家族とはいえ悪意を持たれることがある。普通にしていても理不尽に暴力を振るわれることがある。努力しても報われないことはあるし、大人になっても心底アニメや漫画が好きなやつも居る。つまりそれが信じられないんだな。そんで、信じられないだけならまだマシなんだけど、『そんなことはない』とかって否定すんのな、他人の事」
「……否定?」
 時山は「うん」と頷いた。
「つまり、親に虐待された、という話があったら『きっと子供にも原因があるんだそんな親がいるはずない』、暴力を振るわれたら『きっとなにか理由があるんだそんなことがあるわけない』、努力が報われない、と言えば『お前の努力が足りないだけだ、努力が報われないことがあるわけない』、漫画が好きだといえば『子供でも無いのにそんなものが好きなことがあるわけない、なにかの不満を抱えているからそんなものが好きだと勘違いしているに違いない』ね、普通だろ?」
「それが『普通』なんすか?」
「よくある『普通』だよ」
 幾久は『普通』ということが好きだ。目立たず、はみでず、誰とも同じである、ということはそこに所属している安心感があるからだ。
 だけどいま、時山が説明する『普通』からは安心なんてものはなく、むしろおぞましさすら感じてしまう。
「なんか、プライバシーとかプライベートとか、そういうのって存在しないんすか?」
「そういうのが必要なのは、触られたくないものがある人だけでさ。赤根みたいに、明るくてどこ触られても気にしない、怪我のない奴みたいなのには、きっと必要ないんじゃないのかなって思う。怪我してたらさあ、触られるの嫌じゃん。でも怪我したことない奴って、触られる痛み、わかんないじゃん」
 少しだけ幾久は判る気がした。
 きっと赤根にとって、幾久の事を他人に教えるのは、全く悪気がなく、知りたい人に伝えている、それだけのことだったのだろう。
「ああみえて、いっくんを祭りに参加させたのは、あれはあいつなりの気遣いなわけ。いっくんを見たいって人へのね。でもそこに、いっくんに対する気遣いは全くないよね。気遣いがどっちにも必要っていうのが判らない。普通だから」
「普通……」
 幾久は呟いた。
「おいらはさ、普通ってのは、一方通行のことなんじゃないのかなって思ってる。みんな同じ方向向いて、だから前しか見てない。横にも同じようなやつばっかなもんだから、対向車線の存在とか、逆走してる車が向かってくるようなデンジャラスな車線とか、そんなのがわかんないのが『普通』ってやつだと思うんだ」
 時山は続けた。
「自分の知らないことは理解できない、っていうのはある意味普通だと思う」
「……」
 時山のいう事は、全部正しい気がする。
 幾久にとって、時山の説明はなにもかもが納得できる。
 だけどそうなると、いままで幾久が好きだった『普通』の概念みたいなものが、とてもおぞましいものだと認めてしまわないといけない気がして、幾久は体を震わせた。
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