【全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【長編】

川端続子

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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

ていだん!

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「じゃあ、後は任せるね」
 そういって久坂と高杉が立ち上がった。
 その時、玄関に人影が見えた。
「誰か来たんか?」
 高杉が玄関の扉を開けると、そこには御堀が立っていた。
「誉!」
「ああ、良かった。入れ違ったらどうしようかと」
「早かったね、もっと遅くなるかと思った」
 連絡はさっき入れたばかりなのに、と幾久が驚く。
「急ぎっぽかったからすぐ支度したんだ。それより久坂先輩、高杉先輩、僕が乗ってきたタクシーを門の前に待たせてます。そのまま使って下さい。すでに代金も支払い済ですので」
 なるほど、御堀が早く到着したのは、すぐに支度を済ませた上に、タクシーを使ったかららしい。
「なんとも、準備のいい後輩だね、ハル」
「救援としては頼もしい限りじゃの」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 いつもの二人に戻っていて、幾久はそこにほっとした。
「じゃあスマンが御堀、詳しくはそいつらに聞いてくれ。お前が居てくれるのはありがたい」
「頼りになる派遣で期待してる」
「いい結果が出るよう頑張ります」
 そういって御堀は頭を下げ、二人は入れ替わりで出て行った。
 玄関の扉を閉めてしまうと、全員はなんとなく顔を見合わせて、にっと笑った。


 御堀の荷物を引き上げると、全員は居間に集合した。
 長井は部屋にこもったまま、出てくる様子がないのでお茶を入れ、御堀が持ってきた和菓子を食べながら作戦会議となった。
「成程、久坂先輩のお兄さんの後輩なんですね」
 御堀に大まかに話をすると、さすがあっという間に内情を理解してくれた。
「そういうこと。んで、オレが他人のそら似でそのお兄さんに似てるらしくって、いまとばっちりの真っ最中ってわけ」
「あの先輩たちが言い返せないって、なんだか妙だな」
 御堀のいう事はもっともで、幾久も頷く。
「そうなんだけど、やっぱり子供の頃の事って引っかかるんじゃない?しかも瑞祥先輩のお兄さんは亡くなってるのに、そこにおもくそ嫌味ぶち込んでくるのは人としてどうかだよね」
「そこは確かに許せないな」
 御堀も頷く。
 大人からしてみたら、高校生なんかまだ子供の範疇だろうに、あの大人げのなさはなんだと思う。
 山縣が言った。
「アイツの経歴を見て判断するに、どうもアイツの祖父ってのがけっこうな実力者らしいな。警察関係者で肩書たんまり持ってやがった。俗にいう地元の名士、つー奴だが、十年くらい前に報国院での問題に関与してて、それで隠居してたみてーだな」
「報国院での問題?」
 なんだそれ、と幾久が首を傾げると、栄人が言った。
「報国院ってさ、おエラ方の母校でもあるじゃん?そんであまり素行のよくない、肩書だけ立派な奴が上に立った時があってさ。十年くらい前に、旧校舎を建て直すって案があったんだよ」
 報国院の校舎は、鳳から鷹、鳩の一部が所属する旧校舎と、それ以外の新校舎に別れている。
 旧校舎というが、歴史のある立派な建物で改築もされている、美しい校舎だ。
 一方新校舎も広いし明るいし、まるでカフェのような学食があるのは新校舎の方だ。
「どっちにしろ、校舎は建て直す案があったらしいんだけど、当時の学院長が建築会社とか政治家とかと癒着して、報国院の金使って私服を肥やそうとしたんだ。地元の新聞でも大騒ぎになったし、一瞬全国区にもなったことがあるんだよね」
「そんなことがあったんすか」
 へーっと幾久は驚く。
「なんかイメージではずっとうまくやってるような雰囲気なのに」
「歴史があるってことは、いいも悪いもあるってことだろうね。その時にその癒着メンバーの中に長井のおじいさんや、長井の一家も含まれていたらしい」
「栄人先輩、どっからそんな情報仕入れるんすか」
 御堀が答えた。
「経済研究部でやるんだよ。まず学校がどう運営されてきたかを学ぶから」
「そーなんだ!」
 てっきりお金儲けしかしないと思っていた幾久は驚く。
 山縣が言った。
「その長井一家に出てきた唯一の芸術枠が奴ってわけだな。つーか、芸術枠に仕立て上げられたっていうか」
「どういう事っすか?」
 幾久が尋ねると山縣が言った。
「おい優等生。お前ならわかんだろ」
 御堀にふると、御堀は頷いた。
「はい。幾、まずこういう手合いはね、お金が欲しい。お金持ちになったら、権力が欲しい。権力が手に入ったら、次は尊敬が欲しくなるんだよ」
「尊敬?」
「そう。成金にはないもの。歴史、知性、そして一番手に入りにくいのが、才能」
 才能、と言われても幾久にはぴんと来ない。
「なんかよく判らない」
「そう?サッカーで例えたら判るんじゃない?お金持ちが権力を持って、サッカーチームを買いあさってるのはなんで?」
「!そういう事?!」
「そういう事」
 納得した幾久だが、今度は児玉が挙手した。
「すまん判らん。説明してくれ」


「じゃあ、権力の次からでいい?」
 御堀が尋ねると児玉が頷く。
「ああ。金持って、その次に権力くらいまでは判る。政治家とかそんなの居るよな」
 御堀が頷く。
「そう。お金を守るために権力が必要っていうのもあるけど、そこは今はおいといて、金と権力が手に入ったら、そうだね、男なら何を欲しがる?」
「え、えー……?男なら?」
「独身なら?」
 うーん、と児玉は考えていたが、御堀のヒントに、はっと気づく。
「嫁さん!きれいな嫁さんが欲しい!」
「正解。たとえばそれが、歴史のある家のお嬢さんで、美人で、その家にお金がなかったりすると?」
「なるほど!ドラマでよくあるやつだ!金持ちのおっさんに買われてしまう不幸な娘さん的な!」
「それ以外にも芸能人であるとか、モデルであるとか、芸術家であるとか。つまり、そういったものを欲しがるよね当然」
「成程、成程、そういうことか」
 児玉もその説明なら判ったらしい。
「そういうみせびらかす用の妻をね、『トロフィーワイフ』っていうんだ」
「なんかヤな言葉」
 幾久が表情を歪めると、御堀は笑った。
「どこだってそういうのはあるよ。つまり、歴史や芸術、尊敬なんて美人の妻を貰えば一気に手に入る。あとはそうだね、古美術なんかも似てるけど」
「それとサッカーはどう関係があるんだ?いや、単に好奇心なんだけどさ」
 児玉の問いに、今度は幾久が答えた。
「いまヨーロッパサッカーって、原油国の金持ちがスポンサーになることが多いんだ。元々はサッカーって、地元のチームは地元で運営するものなんだけど、そう上手くいかない所はやっぱスポンサーを募るんだ。強いチームなら有名な監督や選手も引っ張ってこないといけないし、そうなると金かかるし。サッカーは歴史のあるチームも多いし、世界的にも知名度はあるから、歴史と尊敬は絶対に手に入るから」
 幾久の説明に、児玉は成程、と頷いた。
 山縣が言った。
「つまりそういう枠の為に育てられたのがあの長井だ。金も権力も持ってても、教養がなければただの成金だ。でも教養も報国院では持ってて当たり前。だとしたら、センスがあると証明出来るのは芸術だけ。芸術は金持ってりゃある程度は伸ばせる」
 御堀が頷いた。
「芸術とお金は切り離しては考えれらないし」
 児玉が尋ねた。
「それは判ったけど、じゃあなんでアイツは肩書に弱えーんだ?」
 山縣が鼻でふんと笑った。
「アイツの祖父、報国院出身なんだけど、最高クラスが鷹だ。そしてアイツは入学時のみ鳳だったが、その後鷹落ちして、更に落ちてずっと鳩。肩書に執着持つタイプだったみてーで、余計な肩書大量に抱えてたぞ」
「でも肩書って、なんだかんだ、信頼とか信用とかないと貰えないもんなんじゃねーんすか?」
 児玉の問いに山縣は言った。
「その信頼と信用を金で買うんだよ。NPOやら宗教関係なんて、寄付すりゃ大抵肩書くれるからな」
「成程……ちょっと俺、考えが足りないっすね」
 御堀が言った。
「企業でもそういうのは多いよ。昔はできなかったけど、今では自分の会社の株も持てるようになったから。株を持ってるっていうことは会社の首根っこ捕まえてるのと同じだし」
「世の中金なのかよ」
 児玉が呆れて言うと、栄人と御堀が同時に言った。

「当然」

「ま、それはいいとしてだ。随分と肩書欲しがるじいさんって事は当然孫にも求めるだろうと思って調べたら案の定」
「なにをどうやって調べたんすか」
 山縣に幾久が呆れると、山縣が言った。
「バーカ。自分のサイトにおもくそ書いてあったわ」
 ほら見ろ、と山縣がタブレットを開くと、嫌味なあの長井のサイトが出てきた。
 音楽活動をしているので当然公式のサイトがあり、そこには事細かに経歴が書いてあった。
「いろいろ見たけど、どうでもいい肩書までこまかーく書いてたからな。その割に、報国院での事は入学時の事しか書いてねえ」
「本当だ」
 報国院出身で、鳳クラスで入学、としか書いていない。
 これではまるでずっと鳳クラスであったかのように思ってしまう。
「ミスリードじゃないッスか」
「つまり、肩書大好きだな」
 なるほどなあ、と幾久は感心する。
「アイツの父親、東大受験して落ちてんだよ。んで大学は私立。そのことにスッゲ―コンプレックスあったらしい。父親、つまりアイツの祖父とも不仲だったらしいな。アイツは父親には東大に行けとプレッシャーかけられていたけど、祖父には音楽のほうへ行けと言われた、とプロフィールには祖父への感謝が書いてある」
「だったらいい話じゃないんすか?」
 勉強しろと煩い父親からかばってくれて、音楽の道へ進みたいのを後押ししてくれるなんて。
 だが山縣は言う。
「そう見えるのはそう見せてるからだろ」
 な、と御堀に言うと、御堀も頷く。
「結局、本当はどっちも求められていたけれど、逃げるために楽な方を選んだっていう考え方もできますよね」
「考えすぎじゃなくて?」
 意地悪な見方な気もしないでもないが、と幾久は思うが、御堀は言った。
「そう?サッカーでも同じじゃないかな。勉強を強制されて、それが嫌でたまんない時に、割とサッカーではいい成績だったり、ユースに選ばれたりしたら、そっちに行こうってなるの普通じゃない?」
「―――――それもそうだけど」
 幾久には嫌と言うほど覚えのある事だ。
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