【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

御門寮のそっくり兄弟

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 一方、御門寮では今夜と明日にかけて、入念な準備が行われていた。
「アイツのコンサートがある明後日、調べたらこの日、学校でコンサートが終わるとすぐに、アイツは空港に向かうらしい。東京でのコンサートの準備があるとの事だ。ということは、寮に居るのは明後日の朝まで、ということになるな」
 明後日、つまり勤労感謝の日は、本来なら休日だが報国院は登校日だ。
 その代り、翌日の土曜日が代休となる。
 午前中に授業があり、昼食後、全生徒が講堂に集められ、長井のコンサートを聴かされるとのことだ。
「明日は俺が休むから、俺の部屋で勝手はさせねーし、寮の中の事は麗子さんに頼もう。お前らが帰ってくるまでは気合入れておくけど、そのかわり頼みがある」
「何スか?」
「明日、お前ら授業終わったらすぐに帰って来てくれ。俺、多分落ちる」
「落ちるって、大学っスか?」
 幾久の問いに山縣が言った。
「バッカ、てめーとんでもねーこと言いやがるな。寝落ちするって言ってんだよ!俺は今日は寝ずの番人で明日も起きとくが、夕方までが限界値だ。だから早めに帰ってきてくれ。そしたら俺は安心して眠れるし、夜中に起きて朝まで見張れるだろ。今夜と明日をやりすごせば明後日はコンサート当日だ。そん時眠れりゃどうにかなる」
 さすが変則的な寝方には定評のある山縣だ。
 とんでもないことを思いつく。
「こういうときのガタ先輩の仕事方法って、ほんとクソっぷりが見事っすよね」
「誉めるか貶すかどっちかにしやがれクソが」
「でも誰かが起きてると警戒にもなるし、いい方法だと思う。山縣先輩なら余計だよ。部屋の住人なんだし」
「誉が言うと急に説得力上がるなあ」
「お前俺の事嫌いだな?」
 山縣が言うと、児玉が笑った。
「やっぱ二人とも、兄弟っすよね」
 すると山縣と幾久の二人が同時に言った。
「誰が!マジで!ないわ!こいつだけは!」
 一言一句全く同じで、さすがに二人が口を閉じると、児玉も御堀も栄人も、爆笑したのだった。


 後輩たちが楽しげに笑っている声を聞いて、長井は舌打ちした。
(うるせえな)
 なにが面白くてなにがおかしいのか。
 馬鹿ばっかりだ。昔から同じだ。
 そのくせ成績だけはちゃっかり良かったり、全く意味が判らない。
(なんで俺ばっかり)
 努力しているはずだし、負けるはずがないのに、いつだって勉強の結果は長井を打ちのめしたし、音楽だって思い通りにはならなかった。
『お前は長井家の誇りだ』
 そう祖父は言っていた。
 そうだとも自分は父親みたいな落ちこぼれとは違う。東大に行ってやる。そんな風に言っていた。
 だけど入学時、鳳だったはずが早々に落とされ、あっという間に鳩クラス。
 当然、祖父は激怒したが、音楽に集中したいと告げると、急に猫なで声に変わっていった。
 おお、そうかそうか、おまえは芸術家になりたいのか、夢があってええ、それじゃあ仕方がない、勉強ではない、芸術家のお前に合わせた場所を用意してやろう。
 祖父は多分判っていた。
 自分には東大に行く頭もなければ、才能もないということも。
 だったら芸術家崩れのほうがまだマシと思ったのだろう。
 そこで初めて、結局祖父は、自分に期待なんかしていなかったのだと知った。
 長井家の誇り。
 長井家の一員として。
 長井家とは。
 お前は長井家のものだと忘れるな。
 報国院からすばらしい音楽家がとうとう出るぞ。
 そんな風に言われていたのに、よりにもよって同じ寮の、たったひとつ年下の連中が『音楽家』の肩書すら奪い去った。
(つまらねーよ)
 青木の名前は昔から知っていた。
 地元では有名な大きな青木医院の跡取り息子。
 外見は美しく、音楽の才能もあって、バイオリンにピアノでは、地元の賞を全てかっさらっていった。
 あれほどの才能は見たことがない、おまけに綺麗な子で頭も良い、いまから私に育てさせてくれ。
 興奮しながら青木を奪い合う大人たちを横目で見ながら、自分には才能がないのだと痛感した。
 同じ音楽教室で、青木の才能に浮かれた講師が、全部やってみなさいと、さまざまな楽器をさせてみた。
 どの楽器もあっという間に使いこなした。
 だけど唯一、チェロは「地味、やりたくない」と文句を言っていた。
 だから選んだ。
 チェロなら、青木に脅かされずに済む。
 子供の頃の、せめてもの抵抗だった。
 そのうち青木はピアノ教室を辞めた。
 やっと逃げられたとほっとしていたのに、まさか寮に来るなんて思ってもいなかった。
(しかもロックだと。ばっかじゃねえの)
 あんな才能のかけらもないセンスもない、認められても居ない、バカ騒ぎしたい奴がわめくだけのもののどこがいいんだ。
 それなのに青木は毎日楽しげに音楽と遊んでいた。
 あんなに自由で楽しそうな青木は、教室でも一度も見たことがなかった。
 寮でずっと、暇さえあれば練習している自分と、気が向いたときだけ寮のピアノを鳴らす青木。
 自分のほうが勝っているはずなのに、どんなにチェロを鳴らしても、勝てた、という音は一音も鳴らせなかった。
(なんで誰も助けてくんねえんだよ)
 どんなに長井が祖父にプレッシャーをかけられているか、どんなに長井家という圧力を押し付けられているのか。
 どんなにピアノ教室の先生が、失望したまなざしで長井をみつめているのか。
 努力しているのに、頑張っているのに。
 誰も可愛そうだと言ってくれない。
 誰もお前は頑張ってると言ってくれない。
 こんなにもこんなにもこんなにも、嫌な事をずっとずっとやっているのに。
 ちょっと口がうまいだけで、久坂なんか寮の責任者をやらされて、年上だからっていばってられるのに勘違いしやがって。
 宇佐美だって、久坂に気を使ってるだけじゃねえか。
 自分が表に出たら、久坂のほうが負けちまうから。
(なんであいつばっかり、気をつかってもらえるんだよ)
 年上だからって。
 ちょっと甘やかすからって。
 寮生といいながら、いつだって長井はのけ者だった。
 ちょっとした冗談も、他の連中は笑ってすますのに、自分はいつも責められていた。
 自分だけ、悪い事を言っているといつも謝罪させられた。
 ばかげてる。
 頭が悪くて冗談のわからない連中ばかりだった。
 だからこんな学校も、こんな寮も大嫌いだ。
 なのにわざわざ来ないといけない。
(クソババアが余計な事しやがって)
 祖父が亡くなったと聞いたとき、どうしようと思ったのに、誰もかれも自分自身にばかり夢中で、あとは金の話しかしていなかった。
 あれだけ周りに自慢しまくって、あれだけ見下して、肩書を手に入れて、大枚はたいてご立派な葬式をして、結局、なにが残ったのだろう。
 棺桶の中の、しょぼくれ、干からびたような老人を見て、自分はこんなものが怖いと思って戦わずに逃げていたのかと、笑いたくなった。
 まったくご立派なお方でした、というそらぞらしい言葉を何度聞いたことか。
 あなたのことを自慢にしていたのですよ。
 ああ、知ってる。
 どうせ俺は、その存在価値しかないから。

 誰一人、かわいいお孫さんだって、そう言っていたとは言わなかった。
 なぜなら、一度だって、自分は祖父に可愛がられたことなんかないのだから。

(うぜーんだよ)
 杉松に似ているアイツも、杉松の弟の瑞祥も、弟分の呼春も。
 なんの価値もねえくせに、ただ弟がいるってだけで弟から愛される。
 なんの価値もねえくせに、宇佐美がたまたま知り合ったからって。
 なんの価値もねえくせに。
 バイクに乗って警察につかまりまくった連中を、こっちに対する嫌がらせのように友人としておいている。
(俺が警察関係者に近いからって、ビビりやがって)
 こっちはどんな情報だって握れる。調べられる。
 ちょっと祖父が言えば簡単に個人情報なんか調べて晒してくれるのだ。
 こういう時は田舎で良かった、と思う。
 都会じゃ通用しないばかげた付き合いも、田舎では簡単に通ってしまう。
 こっちが親切に、言いふらさないでおいてやってるだけの事を、なにを偉そうに。
(どうせ兄貴が死んだって、同情誘ってんだろ)
 いま、報国院には毛利と三吉が教師として居るという。
 久坂と高杉が鳳にいるのも、そのコネで入っているに違いない。
(すました顔して、ほんっときたねー連中)
 いい子ぶりっ子で守られて、努力もせずにのんきなものだ。
 おまけに生命保険に遺産ときたら、あとはやりたい放題ではないか。
(あいつらの将来なんか、所詮遺産でニートとかだろ。早くそうなればいいのに)
 大学だってコネで入って、就職先もどうせコネだ。
 だけど世の中、コネだけで生きていけると思うなよ。
 社会は実力がねーとどうにもなんねーんだよ。
 甘やかされて、努力もせずに、学生の身分のくせに自由と金をたんまり与えられて、しかも後輩の子分ときたら、そんな連中に心酔しきってこの寮から追い出した。
 後輩様は官僚様の息子様なんだってさ、そりゃ凄いコネをお持ちで笑いが止まらねーだろうよ。
(エリート気取りが。クソくらえよ)
 生まれたときから恵まれて自由で、好き勝手やりまくってるくせにみんなからチヤホヤされる人生なんて、どれだけ楽ちんなんだか。
 だから罰があたって死んじまうんだよ。
 神様はちゃんと平等だ。
「ざまあねーわ」
 頑張らない奴なんか、とっとと消えてしまえばいい。
 あの憎たらしい杉松のように。
 あのうるせえ後輩の、バンドなんかやってる連中も。
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