【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【19】通今博古~寮を守るは先輩の義務

悪意はひとをころすのよ

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「そしてね、たとえば乃木君が運よく怪我をしなかったとして、でもボールにぶつかったとする。君たちはお客さんに何をしたのかしら?」
 黙ってしまうのは答えが判らないからだ。
「むかついて犯人探しするんじゃないんすか、今みたいに」
 野山が言うと、玉木は微笑んだ。
「僕はね、『お客さんになにをしたのか』って聞いたの。『乃木君が何をするか』じゃないのよ」
 野山は玉木の言葉の意味が理解できないようで、顔を上げた。
「いい?むかつくのは多分乃木君や、ここに居る人たちね。でも、見に来たお客さんはどう思う?せっかく二時間も舞台を見て、楽しんで、楽しかったなあって思っているときに、そんなハプニングがあったら、楽しさは一瞬で消えるわね」
 岩倉はまだ判らない様で、はあ?という顔で玉木を見ている。
 野山はだんだん、玉木の言いたいことが判り始めて、背中に汗をかきだしていた。
 玉木は微笑んだまま続けた。
「乃木君もね、ほぼ、というか完全に無理やり主役に抜擢されて、それでも引き受けたからにはって頑張ってくれて、だからみんな協力して舞台を作り上げたの。衣装だって、本当は違ったのに、乃木君と御堀君の一生懸命な姿に感動したウィステリアの先輩が、徹夜を繰り返して作り上げたものなのよ。でもそれは、地球部のみんなが、お客様に楽しんで貰いたくてやったの。目立つため、ちやほやされるため、そんな為じゃないのよ。そうじゃなければ仕事でもないのに、たった二時間、数回の舞台のために何ヶ月も必死で頑張らないわ。その努力を、あなたたち二人は一瞬で潰したの。潰れなかったのは、乃木君が子供のころからずっと努力して、サッカーが上手になったからなのよ。乃木君の貯金で、あなたたちは助かったの」
 さすがにここまで言われれば、玉木に自分たちは叱られているのだと気づく。
 謝れ、でもなく、感情をどうこうでもなく。
「にくらしい、犯人を捜して痛めつけてやれ。被害を受けたらそう思うのは当然ね。でも僕が聞いたのは『お客さん』に君たちがなにをしたのかって聞いているの。乃木君と君の憎しみはおいといて、あの場所には地球部の舞台を見に来てくれたお客さんがたくさんいて、その人達を楽しませようってみんな頑張ってやってきたの。だからお客さんはとても喜んでくれて、楽しんで、乃木君たちも頑張って交渉して、屋外の舞台をもぎ取ったの。でも君たちは、その舞台を台無しにしようとした。しかも最後の最後で。あの場所にいた、楽しそうなお客さんの気持ちを全部潰す所だったのよ」
 そこだはじめて、自分のやろうとしたことが、幾久一人に向けた悪意のはずが、あの場所に居た全員に向かっていたと理解できる。
 幾久一人しか意識していなかった野山は、ぎゅっと手を握り締める。
 急に自分がやったことが、大変なことに思えてきたからだ。
 玉木は言った。
「あなたたちはね、暴力を振るったの。乃木君だけじゃないの。準備したこの子達にも、舞台を楽しんだお客様にも」
 だらりとぬるい汗が背をつたったのが判った。
 野山は奥歯を食いしばった。
 玉木は続ける。
「無抵抗な人間に、いきなり暴力を仕掛けて、おまけに報国院にいらしたお客様への気持ちを全部潰す所だったの。自分のやったことだって、もう判るわね?」
 野山は青ざめて震えだしていた。
 いじめ、悪ふざけ、悪気。
 そんなものじゃない。暴力を振るった。
 おまえたちは犯罪者だ。そう玉木は言っているのだ。
 玉木は続けた。
「あなた達ふたりとも、自分たちは弱いし、たった二人でちょっとむかついた奴にボール投げただけだから、たいした事なんかしてないって、そう思っているわよね?」
 思っている。だからそうした。
 ちょっとボール投げてふざけてすみません、それでおしまいで笑っていられる。
 叱られても謝ればいい。そう思っていた。
 玉木は言った。
「悪意は簡単に人を殺すのよ」
 殺すなんて大げさだな、ともう岩倉は笑わなかった。
 少しずつ話をまとめていく玉木を、野山は怖いと思った。
「……すみませんでした」
 そう野山は頭を下げ、岩倉も頭をあわてて下げる。
 だが、玉木はそれに応じない。
 野山ははっとして、一番穏やかで、賢いだろう御堀を見つけた。
 この選択が大いに間違いなのは、本当の御堀を知っている面々なら考えるまでもないのだけど、あいにく野山はそれを知らなかった。
 やさしそうに見えてやわらかそうに見えて、穏やかそうで、鳳で首席なら、絶対に変なことは言わないし優等生らしい発言をするに違いない。
 先生、もういいじゃないですか、許してあげましょう、もうしないよね?野山君、岩倉君、ふたりとも報国院の仲間じゃないですか、そんな風に言うに違いない。
「御堀!本当にごめん!お前には関係ないのに巻き込んじまって!すまなかった!」
 そう野山は考えて言った。
 御堀は野山に告げた。

「僕は取引はしない」

 取引、という言葉に野山は驚き岩倉と顔を見合わせた。
 御堀はいつもの、優等生然とした雰囲気で、全く想像もしていなかった事を野山に告げた。
「だって僕に謝罪をするのは許される為だろ?絶対に僕は許さないから意味のないことだよ」
 絶対に許さない、という強い言葉に、野山は素直に驚いた。
 先生の前だぞ、だったらなんでかわいこぶらないんだ。
 そう思う野山だが、御堀はさらに続けて言った。
「謝罪したくてするなら別に止めないけど、結局は許して欲しい、なかったことにしろっていう君からの命令じゃないか。嫌だよ」
 謝ったのに命令したことだといわれ、野山は面食らった。
 そんなつもりはない。だってちゃんと謝ったのに。
 御堀はさらに続けて言った。
「桜柳祭であんなにしんどい思いしたのに、それを台無しにするところまでやっといてさ、僕はあんなにしんどかったのにこいつらは頭下げたらそれでおしまいって。取引にしても割が合わなすぎる。冗談じゃない。僕は嫌だ」
 御堀の言葉に誰か噴出していた。
 一年の鳳の面々だ。
「たしかに、みほりん辛過ぎて逃げ出したもんね」
「普、黙って」
「はーい」
 そう言って笑っているけれど、空気はちっとも和やかにならない。
 御堀がまさかここまで拒絶するとは思って居なかった野山は、もうどうすべきか判らない。
 いっそ幾久に謝ればすむのか。そう思ったところで玉木が言った。
「だったら仕方ないわね。おひらきにしましょうか」
 野山と岩倉が驚き顔を上げた。
 玉木が笑顔のまま言った。
「僕はね、この二人に自分が何をしたのか伝えたかっただけだし、謝罪を受け入れるかは、君たちの事だから好きにしたらいい。伝えるべきは伝えたから、どうなるかもう僕の管轄ではどうにもできないし」
 こんなにも人数を集めておいて、やりたかったのは二人に伝えるだけで、実際に伝え終わるともうおしまい。
 謝罪すればすむと思っていた野山は、混乱した。
 玉木はそんな野山と岩倉を気にせず、手をたたいて生徒たちに告げた。
「今日はありがとう、わざわざ呼び出してごめんなさいね。なにか不満があったら、僕に伝えてね」
 玉木の言葉に全員がはーい、とかわかりましたぁ、とか言いながらぞろぞろ講堂を出て行く。
(なんだよ、これ)
 謝ればいい、それでおしまいだったはずなのに、ただ事実を並べられておしまいになった。
 二人がどうしていいか判らず立ち尽くしていると、突如三年生が挙手した。
「先生、お願いがあります!」
 挙手したのは伝統建築科の周布だった。
「あら、なあに?」
 玉木に周布は笑って言った。

「こいつら、俺の預かりにして貰っていいっすか?」

 玉木はしばらく考えた後、にっこりと微笑んで周布に言った。
「いいわよ?じゃあ任せるわね」
「うす!」

 そうしてその場はおひらきとなり、なぜか野山と岩倉は、伝統建築科の三年、周布の預かりとなったのだった。



 それ以来、幾久はあの面倒な二人と顔を合わせることがなかった。
 試験で忙しかったというのもあるし、御堀が御門に引っ越してきたのもあるし、とにかく毎日忙しかった。
(ってことは、あいつらから避けてたってことなのか)
 いまさら幾久は気づいて、ふーんと思う。
「幾、どうしたの?」
 御堀が幾久に尋ねた。
「なんでも。しばらくあいつらの顔、見なかったなーって思ってさ」
 幾久が言うと三吉が笑った。
「そりゃ、あいつら露骨にいっくんっていうか、みほりん避けてたもん」
「そうなの?」
 御堀が言うと弥太郎がうなづく。
「避けてた。おれ、観察してたけど露骨だったし」
 あの二人を良く知る弥太郎が言うなら間違いない。
「へえ、よく気づくな。俺、ちっとも気づかなかった」
 児玉が言うと、三吉が「だろうね」と笑った。
「だってさ、みほりんがああいう、けっこう言う性格って見た目じゃわかんないじゃん。どう見ても完全優等生だし、まさか先生の前で『嫌です』とか言うなんて思わなかったんじゃないの」
 それは幾久もそう思った。
 御堀はこう見えて、けっこう言う性格で、勝気だ。
 ただ、本人が優等生を好きでやっているのであえてその部分は出さないようにしているだけで。
「誉が言いまくってる時のあの二人、呆けてたもんなあ。そりゃ見た目からじゃ、許しそうだもんね、誉って」
 すると御堀は極上のロミオ様スマイルで言った。
「絶対に許さないよ」
「うわ、コワ」
「だろーねえ、みほりん、仕事多すぎたもんねえ」
「っていうのもあるけどさ、なんか謝ればいいっていうの、僕嫌いなんだよね」
 御堀が言うと、三吉もうなづく。
「それは判る。やったことに対して一言謝って頭下げればいいっての、やられたほうからしたらそれで終わり?!ってなるよね」
「やったもん勝ちは許せないよね」
 弥太郎も言うが、幾久は胃がキリキリしはじめた。
「……ごめん、オレ、それで大失敗したことあるんで、なんかオレが言われてるみたい」
 高杉に言い過ぎてしまい、久坂を怒らせてしまい、ひたすら謝罪を繰り返した幾久にとってはこたえる言葉ばかりだ。
「でも幾だって、あいつらを許すつもりはないんでしょ?」
 御堀が言うと、幾久もうーんと考える。
「そうなんだけど、なんかこう、許すとか許さないとか、そういうんじゃなくて、引っかかるっていうか」
 許せないというのなら確かに許せないし、許したくはないとは思う。
 かといって、今でも怒りが収まらないほど感情が高ぶっているかといえばそうでもない。
 正直に言うならどうでもいい、という感情しかない。
(別に怪我もしなかったし、結果、評判良かったし)
 偶然にもあいつらが投げたボールは、華之丞のもので、結果、華之丞とも知り合い、面白い試合も出来た。
 悪いことだらけでもなかった。
 だからといって許せるともいえないし、許さないともいえない気がする。
(なんだろ、これ?)
 この気持ちをどう処理すればいいのか、幾久にはよく判らなかった。
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