【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

文字の大きさ
297 / 416
【19】通今博古~寮を守るは先輩の義務

楽になって勝ち逃げしよう。そう思っていたのに。

しおりを挟む
 黙った御堀に、幾久が静かに言った。
「―――――オレの話だろ」
「……そうだね」
 不満そうではあった。
 だが、言葉をとめた御堀を幾久は軽く抱きしめ、体を軽く叩いた。
 サッカーのとき、そうするように。
 黙った御堀の腕を軽く幾久が叩き、前へ出る。
 野山の前に幾久が立ち、そしてまっすぐに野山を見据えた。
「お前の言い分はわかったし、オレだってお前なんか嫌いだよ。謝られたって、許すつもりもないし、忘れるつもりもない」
 はっきりと幾久に言われると、だろうな、としか野山は思わなかった。
 幾久は続けて言った。
「あの舞台は、本当にいろんな人が沢山助けてくれたから。だからオレは許さない」
 そうだろう、だからわざわざ玉木は野山と岩倉の目の前に、あれだけの人を用意したのだ。
 結局、野山にはそのとき、何のことだか全く判らなかったが。
 そして今だって、わかっているとは言いがたいが。
 本当は幾久に謝罪する意思なんかないことを、多分みんな判っている。
 自分が楽になる為の謝罪で、そのうち野山が退学になったのを知ったら、ああだからか、そう思うだろう。
(なんか、だっせーなあ)
 楽になるために一番上手な方法を選んでみたはずだったのに、ちっとも楽じゃないし、むしろもうやった事を後悔している。
 ボールを投げたことではなく、こうして頭を下げたことだ。
 幾久は野山に言った。
「けど、お前の謝罪はわかった、受け止めはする。受け入れはしないけど」
 幾久の言葉は、多分最大の譲歩だ。
 とりあえず、野山の希望は通った。
 勝ちのはずだ。
 だけど、ちっとも勝った気なんかしなかった。
 それでも、表立って謝罪したという面目を保つために、野山は幾久に頭を下げた。
 これでもう、こいつらの顔を見なくて済むのだ。
 もういい。終わりだ。

「……サンキュ」

 そう言って野山が去ろうとしたその時だった。
 山田が野山に声をかけた。

「周布先輩にも謝っとけよ。お前らの塗った土塀、夜中に塗りなおしてるの周布先輩なんだからな」

(―――――え?)
 ―――――不意だった
 本当にまさか、そんな事をしているなんて全く知らなかったし思いもしなかった。
 どうせお前らの嘘だろ、脅しやがって。
 そう言いたくても、確かに自分たちの土塀の塗り方はいい加減だし、一生懸命やっても下手だし、でも翌日には綺麗に乾いていたから、乾けばそうなるものとばかり。
 そういえば、周布の姿を最近、夜に見なかったのは。

 野山ははっとして山田を振り返った。

 やっぱり知らなかったのか、呆れた。
 そんな顔を、山田も三吉も、品川も、していた。



 放課後になり、いつものように野山と岩倉は周布のところへ行ったのだが、周布の姿が見えない。
「周布先輩は」
 野山が伝築の先輩に尋ねると、二年の先輩は言った。
「たまきんに呼ばれてるから、遅れるってさ」
「そうっすか」
 これはいよいよ、退学のお知らせでもあるのか。野山が思っていると、岩倉が言った。
「なあ、やっぱ退学になんのかな、俺ら」
「さあな」
 そんなのは判らない。自分たちが退学かどうかなんて、野山には判るはずもない。
 ただ、決まってしまったなら、嫌と言っても逃げようもないのだろう。
「じゃあ、周布先輩が来るまでなにしてたらいいですか」
 野山が尋ねると、二年の先輩は言った。
「さぼってれば?お前ら好きだろ、さぼんの」
 そう言って二年たちがくすくす笑っている。
 すると岩倉がいやな顔で言い返した。
「なんだよ、後輩にいじめかよ」
 二年が返した。
「だってそんくらい言いたくなるだろ。お前らの仕事って全然仕事になってねえしさ。邪魔なんだよ」
 邪魔。
 はっきりとそう言われたのは初めてだ。
 岩倉は言い返した。
「おれらは周布先輩に無理やり捕まってんだけど」
 二年が再び言い返した。
「だってまさか、これだけ使い物になんねーとは思わなかったもんなあ。ヒデーよお前ら。小学生の手伝いのほうがもっとマシなことするぜ」
 なるほど、これが本音か。野山は納得した。
 周布が野山と岩倉にかかりきりになっているのを、他の伝築の生徒が面白くなさそうに見ているのは知っていた。
 それでも黙っているので、統率が取れているのかと思っていたが、単純に周布の前では我慢していただけらしい。
「だったらやらせんなよ!お前もそう思うだろ?!なあ!」
 岩倉が野山に同意を求め、振りかえる。
 ニヤニヤと二年生連中がこちらの様子を見ているのは判った。
(―――――これが、児玉の見た光景か)
 なるほど、児玉が相手にしないわけだ、と野山は今更気づいた。
「おい?!」
 岩倉が言うも、野山は首を横に振った。
「周布先輩がくるまで、待ってればいいだけだろ。座ってろよ」
 そう言って野山は腰を下ろす。二年も岩倉も、おや、という風に驚いて野山を見た。
「さぼってりゃいいって言われてんだから、そうすりゃいい」
 体中からどっと力が抜ける。
(―――――同じじゃねえか)
 バンドTシャツを児玉が盗んだと言いがかりをつけ、実際は自分たちが隠した事がバレ、児玉をあおるも、児玉は『雪ちゃん先輩が帰るのを待とう』と言った。
 あの時の児玉と今の自分は、全く同じ行動をしている。
 ばかみたいだ。
 あんなにも児玉を嫌って、追い詰めたつもりになって、喧嘩を売って。
 児玉を追い詰めたなんて事はなかった。
 ただ、面倒を押し付けただけだった。
 岩倉は野山に合わせて、ずっとしゃがんだまま隣に居る。
 スマホを見るでもない野山はひざを抱えたままぼうっとしていた。
(終業式までに、荷物全部片付くんかな)
 はあ、とため息をついていると周布が現れた。
「わりーな、ちょっと野暮用でさあ」
 二年生がういーっす、とか乙でーっす、と挨拶している。
 周布は後輩に今日の仕事を話すと、すぐ伝築は動き始めた。
「よお、逃げずに待ってたのか。えれーじゃん」
 周布の言葉に、野山は立ち上がった。
「今日は、なにしたらいいんすか」
「昨日と同じで土塀塗りかなー」
「どうせ先輩が夜中に塗りなおすのに?」
 野山が言うと周布はおやっという顔になった。
「なんだ、ばれたのか」
「一年の鳳のやつらが」
「あー、あいつらな」
 仕方ねえなあ、といいながら、周布は道具を抱えた。
「ま、いいじゃん。どうせやるこた一緒だ。おまえらも塗れよ。やんなくてもいいけど」
 そう言って周布は早速仕事に取り掛かった。
 野山は、周布の隣に腰を下ろして尋ねた。
「俺ら、退学になるんすか。たまきんの話って、それっすよね」
「あー、まあなあ」
 えっと岩倉が驚く。
「マジで、本当に?」
 が、周布が言った。
「……ったはずなんだがなあ。良かったな、お前ら、首の皮一枚でなんとかなったな。とりあえず中期で退学はねーってよ。後期の後はわかんねーけど」
 岩倉はへなへなと腰を抜かして座りこんだ。
「なんで退学にならなかったんすか」
 野山が尋ねると岩倉が答えた。
「本当は退学命令書まで作ってあったんだけどな。児玉が、たまきんにそういうのは嫌だって言ったんだよ」
 驚く野山に、周布は言った。
「勘違いすんなよ。児玉が居たのは偶然で、お前らの為に言ったわけじゃない。児玉は本気で、ただ自分が気分が悪かったからそういうのが嫌だってたまきんに言って動いただけだ。俺もな」
 周布はこれまでとは段違いの手際のよさで、ざっざっざ、と音を立てながら土塀の修復をやっていく。
 野山と岩倉が居たとき、どうせ塗りなおすから手を抜いていただけだったのだと、野山はやっと気づいた。
「……周布先輩って、俺らのこと、嫌いだったんすね」
 周布が二人を強引に引っ張った理由。
 それは、別に野山と岩倉のことを考えたからではなく、たぶん、自分たちみたいな連中は、報国院を首になったら土塀を壊しまくるだろうとか、そういった理由に違いない。
 周布は言った。
「お前らさ、どこに好かれる要素があんの?」
 あまりに遠慮のない言葉に岩倉は絶句し、野山は何も言えずに黙っていると、周布は続けて言った。
「寮では問題おこす、他人の努力は邪魔をする、先輩にも先生にも同級生にも、てめーの親に対するみたいな態度をとって、思い通りにならなけりゃ癇癪起こす。そんなん親でも、無条件に愛するってそろそろ難しい年齢じゃないか?」
 そうして壁を塗りながら周布は続けた。
「お前ら、あと数年で自分らが大人になるって判ってるか?」
 大人って、と野山が呟くと周布は言った。
「そう大人。なにもかも全部、自分で考えて自分で責任取って、自分で考えて行動しなくちゃなんねえの。いつまでも子供でいられねーんだよ。なのに、なにずっと子供やってんの?」
 周布の言葉に、岩倉も野山も黙る。
「お前ら、自分が親に愛されてるとか、大事にされてるとか思ってない?」
「そりゃ、だって普通親って子供には無償の愛があるだろ」
 岩倉が言うと、周布が噴出した。
「無償の愛なんかねえよ。この世界はなにもかも取引で出来てんだ。あるとしたらお天道様くらいじゃねえか?悪人の上にも善人の上にも、平等に雨が降り、日が差し、やがて生まれたものは全部死ぬ。お前の親だって、自分の子供だから仕方なく面倒みてんだよ」
「んなはず」
「だってお前の親、お前が二人居てさ、鳳と鳩だったらどっちの子供がいいかって言ったら絶対に鳳のほう選ぶだろ?」
 岩倉は口ごもる。
 そりゃ、そうだけど、と野山は思う。
「お前らってたった壁塗り数時間の努力がひっくり返されて、ヒステリー起こすじゃん。そのどこが、『きちんと親に愛された』んだ?大人になる為の教育なんかされてないから、報国院がしんどいんだろ」
 思いがけない視点からの話に、野山は驚いて目を見張った。
「それでもまあ、しょうがねえよ。入ったばっかりなら、この前まで親元で中学生やってんだから、先輩だってフォローはする、けどさすがにこの時期になってまではねえよ」
 そうして、長いため息をふーっとついた。
「せっかく三年も飼い主から離れられるんだぞ。とっとと身の程わきまえろ。少なくとも報国院の先生たちは、お前の『飼い主』じゃねえよ。生徒を手荒に扱いはするけど、ペット感覚で甘やかしたりはしねえからな」
 野山は唐突に思った。

 判った。
 この人は、自分たちの事を嫌っているのじゃない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...