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【22】内剛外柔~天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝
全身全霊でやっつけます☆彡
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一方、御堀は唇をかみしめる。
自分がどんなに馬鹿にされて見下されても、幾久を見下されるのは絶対に許せなかった。
御堀にライバルなんかいるはずがない。
いつだって御堀は立場ばかり見られて、それに合わせて生きてきた。
だけど今は違う。
(僕は、思いっきり、本気で誰かと遊びたかった)
優れているから超えるお手本ではなく、ただ一緒に競いたい。
一緒に、ずっと過ごしたい。
ライバルで、友達で、親友で、家族で、信頼できる仲間がどうしても欲しかった。
(僕は、見つけたんだ!)
自分で見つけたのだ、幾久を。そして選んで、選ばれた。
それは御堀にとって、何よりの勲章だった。
だから幾久を傷つけ、笑う人はどんな人でも許せなかった。
御堀の言葉に急に不機嫌になった中年男は、ふんと笑った。
「失礼なのはそっちじゃろう?なんだ、突然邪魔しに来て」
例えば、これまでの御堀なら、きっと大人ぶって、そうだよ、余計な事をするなよ乃木君、君と僕は格が違うんだ、そんな風に中年男の機嫌を損ねないように、この場をやり過ごしただろう。
もしそうであっても、きっと幾久は後で御堀を笑いながら許すだろう。
(僕は嫌だ)
上手なやり口だと思っていた方法は、自分を安売りする事だったと気づいた。
だから相手は勝った気になって喜ぶし、事はうまく運んでいけた。
もうそんな事はしたくない。
幾久が認めてくれる自分なら尚更。
「なんじゃあ、坊ちゃんは、変な学校に行かれてずいぶんと行儀が悪くなられたが、頭の方もレベルが下がられたんか!」
中年男は御堀を馬鹿にしてそう貶し笑った。
御堀は真っ蒼になって怒りに震えていたが、そんな御堀の手を、幾久がぎゅっと握ると、御堀ははっとして幾久を見た。
幾久は笑っていた。
気にするな。そんな風に。
そして御堀から手を離すと、幾久を庇うように立っていた御堀を逆に自分の背後へとやった。
芙綺は、はらはらしながら幾久を見つめたが、そこでも幾久は笑って頷いた。
中年男は、御堀より背の低い幾久が出てきたので、おやっと面白そうに表情を緩めた。
幾久はにこにこ笑いながら、中年男に言った。
「ほんと見たまんまで、外見も中身もキモいおっさんっすねー」
中年男の表情がこわばって固まり、芙綺は驚いて目を見開き、御堀はなぜか、終わった、と思った。いろんな意味で。
幾久に『キモいおっさん』と呼ばれ、中年男の顔は真っ赤だ。
「……なんじゃ、生意気なガキが!」
「オレにとっても痛いオッサンっすね。誰アンタ」
「誰、誰、誰、って」
あまりに意識していな言葉を言われ、中年男は震えだした。
成金で一気にこの界隈に出てきた男は、金の作り方は知っていても礼儀と歴史を知らない。
御堀も小早川も随分と煮え湯を飲まされたものだが、それは両親の立場があるからだ。
両親の立場もなく、愛する報国院を馬鹿にされ、幾久が笑顔でも心底腹を立てているのは判るのだが、それにしたって恐れ知らずだ。
「このワシが、誰か知らんのかあ!」
「オレに判るのは、オッサンが無礼で不躾で汚い小太りって事くらいですね、あはは」
にこやかに笑う幾久だが、御堀は思わず片手で額を押さえた。
(ああ、まずい。物凄く幾が)
怒っている、なんてものじゃない。
というより、怒っているのと、遊んでいいおもちゃが見つかったので好きにしていいと思っている。
今日の幾久の格好はいつもより一層大人しく見えるファッションで、御堀に会うためにお行儀よく見えるように選んできたのは想像がつく。
ただでさえ、そこまで強気に見えない、柔らかそうな雰囲気だというのに、服装までお坊ちゃんっぽい幾久が、まさか調子に乗らせればキラーパスをよこすなど誰が知っているだろう。
「大人に向かって、その態度はなんじゃ!」
中年男は怒鳴るも、幾久はどこ吹く風だ。
「いやそっちこそ、初対面の子供に向かって怒鳴るとか、その態度なんなんすか」
ぽんぽんと調子よく返す幾久の態度に御堀は頭を抱えた。
そう、幾久は御門寮でやたらめったら頭の回転が速い先輩たちに毎日毎日鍛えられて、その返し方も半端なくスピードと中身が求められる。
よって、威張るしか能がない、周りはイエスマンばかりの耄碌した中年男が勝てるはずもない。
だが、能力が低い者は、自らがそうと気づかないからこそ、負けるまで勝負に深入りする。
「子供は大人に従え!」
そう怒鳴るも幾久は言った。
「別に小遣いくれた訳でもないし、親みたいに面倒みて貰って訳でもないし、そもそも知らないオッサンになんで従う必要あるんすか?しかもスゲー失礼なのに。意味わからん」
「た、た、立場を弁えろ!」
「弁えてますよ?言ってるじゃないっすか。オレにとってアンタは知らないオッサンだって」
幾久のぽんぽんと出てくる言葉に、中年男は顔が真っ赤だし、芙綺は驚いたまま固まっている。
(そりゃそう、か)
御堀は、報国院の授業と部活のシステムを思い出していた。
報国院の授業は、一方的に先生が教えてくれるのは千鳥までで、鳩以上はクラスのレベルによって、対話形式のものが多くなる。
つまり毎日教師との話があり、授業内容をしっかり理解しておかないと答えられない。
要するに、大人と喧々囂々で話をするのに慣れている。
(おまけに寮の先輩も、あれじゃなあ)
先輩達に鍛えられ、六花にも相手をされ、毛利や三吉、玉木にも鍛えられてきた幾久にとって、子供だと侮る中年男の相手など容易い。
芙綺は御堀の隣に並ぶと、袖をつまんで引っ張った。
「だ、大丈夫なの?」
こそっと尋ねた芙綺に御堀は頷き、小さく言った。
「全然平気だよ。幾は負けない」
「そうじゃなくて、あのオッサン、絶対完敗するでしょ」
あ、そっちのほうか、と御堀は納得し、ぽつりと言った。
「完敗どころか、立ち上がれたらいい方じゃない?」
なんたって毎日、特にあの山縣に物凄い勢いで喧嘩を売られ、売り返し、丁々発止のやり取りをしているのだ。
負けるはずがないが、気になるのはやりすぎだけだ。
だが御堀は当然、そうなる前に止めるつもりなど毛頭なかった。
(幾を馬鹿にするからだ)
さあ、思い知るがいい。
御堀がライバルと認め、一緒に本気を出せる相手に喧嘩をしかけるなんて馬鹿な事をするとどんな目に合うか。
「それに、本気の幾なんてサッカー以外でそう見れないからね。僕は見ていたい」
すると芙綺は御堀に尋ねた。
「あの人、サッカーするの?」
「するどころか、ルセロの元ユースだよ。今は落ちたそうだけど、到底敵わないよ。レベルが違う」
ファイブクロスで圧倒的な強さを誇っていて、更に負けず嫌いも甚だしい御堀が、『敵わない』と言い切るとは。
芙綺はわくわくしながら、幾久を御堀と見守った。
幾久は中年男を睨みつけていた。
なにか言えば、すぐ返してやる、というポーズで待っていると、中年男も自分の不利が判って黙っている。
多分、いい悪口をいま考えている所なのだろう。
誰が手を緩めるものか。
中年男を睨みながら、幾久はそう思っていた。
(誉を奪うんだ)
場所じゃない。
過去でもない。
御堀自身が縛られている場所から動けないなら、幾久が助けなければならなかった。
(戦う相手を見誤るな)
児玉の時は、それが判らなかった。
だから児玉と争うしかなかった。
野山や岩倉との戦いの時に六花に教わった本質を思い出さなければならない。
(間違えるな、オレ)
絶対に今日だけは負ける訳にはいかない。
どんな汚い手段を使っても、勝たなければ御堀は取り戻せない。
「―――――なんじゃあその目は!」
はいキタコレ、と幾久は玉木に教わった事を思い出していた。
『あのね、馬鹿は常にコールされないとレスポンスできないの』
意味が分からず首をかしげる幾久に、玉木は教えてくれた。
『つまり、頭のいい子はね、こういう事がしたいから、どうしたらいいですか、とか自分から発して尋ねることが出来るの。でもお馬鹿さんはね、相手の反応にのっかるしかできないの。例えば喧嘩になっても、こっちは黙っててごらんなさい。こう言うわよ』
(―――――なんだその目つきは、か。玉木先生の言う通りだ)
ふっと頬を歪ませた幾久に、馬鹿されたと思った男は、かっとなって近づいてきたが、幾久はくるっと体を躱して男を避けた。
結果、男は勢い余って転びそうになり、膝をつく。
倒されたことに気づくと男は立ち上がり、手を伸ばした。
「こいつ!」
「なんだよ触んな!」
ばしっと幾久の手が男の手を弾き、男は今度は尻をついたが、傍にいた芙綺の振袖を乱暴につかんで立ち上がろうとした。
「きゃっ、」
小太りの中年男の体重をいきなりかけられた芙綺は、当然膝を曲げ倒れそうになる。
それを見て幾久は男を突き飛ばした。
「触るな!」
着物の袖をひったくり、芙綺を背後に隠し中年男を睨みつける。
すると男はニヤニヤ笑って幾久に言った。
「女の前で格好つけたいんか」
幾久はさらっと言った。
「当たり前だろ。彼女に触るな汚いオッサンが」
すると男はなにがおかしいのかげらげらと笑い出した。
「そんな女にもなっちょらん、服を脱がせば男みたいなガキんちょになぁに興奮しちょるんか」
「は?」
幾久の背後で立っている芙綺は、幾久のコートをぎゅっと掴んだ。
顔を見なくても判った。
(―――――悔しいんだ)
きっと言い返したいだろうし、自分がこいつを殴りたいだろう。
でもきっと、怖くてなにも言えないのだろう。
幾久は静かに言った。
「性犯罪者がうるせえよ」
男はフンと鼻を鳴らした。
「なにが性犯罪か」
「女性に触ったり暴言吐くのは立派に性犯罪だけど。知らないのかよ」
中年男は、一層大げさにげらげらと笑って芙綺を指さして怒鳴るように喚いた。
「女性って、このガキがか!女性!!!じょせい!!はー、どっちが胸かもようわからん、男も悦ばせきらん男女が、女性!」
ぐっと幾久のコートを持つ芙綺の手が震えている。
幾久は、いますぐコイツを殴りたいな、と思ったけれど、じっと男を睨みつけた。
(敵を見ろ)
怒りにまかせて殴るのは簡単だ。
去年の幾久はそうやって失敗した。
殴ったことはいまだに後悔はしていない。
だけどあれが最善だったとも思えない。
(間違えるかよ)
今日は絶対に間違えたりしない。
御堀と、この可愛い女の子を傷つけた連中をまとめてこてんぱんにしてやるまで絶対に負けない。
自分の怒りは二の次だ。
まずはきちんと復讐してやる。
幾久はくるりと背後を向くと、芙綺に向かって言った。
「あいつはどーしようもない見た目も中身も汚いオッサンで、君は世界一可愛いよ」
そしてくるりと中年男に向かい、怒鳴った。
「そんなの言わなくても見たら判るんだけどさ!」
自分がどんなに馬鹿にされて見下されても、幾久を見下されるのは絶対に許せなかった。
御堀にライバルなんかいるはずがない。
いつだって御堀は立場ばかり見られて、それに合わせて生きてきた。
だけど今は違う。
(僕は、思いっきり、本気で誰かと遊びたかった)
優れているから超えるお手本ではなく、ただ一緒に競いたい。
一緒に、ずっと過ごしたい。
ライバルで、友達で、親友で、家族で、信頼できる仲間がどうしても欲しかった。
(僕は、見つけたんだ!)
自分で見つけたのだ、幾久を。そして選んで、選ばれた。
それは御堀にとって、何よりの勲章だった。
だから幾久を傷つけ、笑う人はどんな人でも許せなかった。
御堀の言葉に急に不機嫌になった中年男は、ふんと笑った。
「失礼なのはそっちじゃろう?なんだ、突然邪魔しに来て」
例えば、これまでの御堀なら、きっと大人ぶって、そうだよ、余計な事をするなよ乃木君、君と僕は格が違うんだ、そんな風に中年男の機嫌を損ねないように、この場をやり過ごしただろう。
もしそうであっても、きっと幾久は後で御堀を笑いながら許すだろう。
(僕は嫌だ)
上手なやり口だと思っていた方法は、自分を安売りする事だったと気づいた。
だから相手は勝った気になって喜ぶし、事はうまく運んでいけた。
もうそんな事はしたくない。
幾久が認めてくれる自分なら尚更。
「なんじゃあ、坊ちゃんは、変な学校に行かれてずいぶんと行儀が悪くなられたが、頭の方もレベルが下がられたんか!」
中年男は御堀を馬鹿にしてそう貶し笑った。
御堀は真っ蒼になって怒りに震えていたが、そんな御堀の手を、幾久がぎゅっと握ると、御堀ははっとして幾久を見た。
幾久は笑っていた。
気にするな。そんな風に。
そして御堀から手を離すと、幾久を庇うように立っていた御堀を逆に自分の背後へとやった。
芙綺は、はらはらしながら幾久を見つめたが、そこでも幾久は笑って頷いた。
中年男は、御堀より背の低い幾久が出てきたので、おやっと面白そうに表情を緩めた。
幾久はにこにこ笑いながら、中年男に言った。
「ほんと見たまんまで、外見も中身もキモいおっさんっすねー」
中年男の表情がこわばって固まり、芙綺は驚いて目を見開き、御堀はなぜか、終わった、と思った。いろんな意味で。
幾久に『キモいおっさん』と呼ばれ、中年男の顔は真っ赤だ。
「……なんじゃ、生意気なガキが!」
「オレにとっても痛いオッサンっすね。誰アンタ」
「誰、誰、誰、って」
あまりに意識していな言葉を言われ、中年男は震えだした。
成金で一気にこの界隈に出てきた男は、金の作り方は知っていても礼儀と歴史を知らない。
御堀も小早川も随分と煮え湯を飲まされたものだが、それは両親の立場があるからだ。
両親の立場もなく、愛する報国院を馬鹿にされ、幾久が笑顔でも心底腹を立てているのは判るのだが、それにしたって恐れ知らずだ。
「このワシが、誰か知らんのかあ!」
「オレに判るのは、オッサンが無礼で不躾で汚い小太りって事くらいですね、あはは」
にこやかに笑う幾久だが、御堀は思わず片手で額を押さえた。
(ああ、まずい。物凄く幾が)
怒っている、なんてものじゃない。
というより、怒っているのと、遊んでいいおもちゃが見つかったので好きにしていいと思っている。
今日の幾久の格好はいつもより一層大人しく見えるファッションで、御堀に会うためにお行儀よく見えるように選んできたのは想像がつく。
ただでさえ、そこまで強気に見えない、柔らかそうな雰囲気だというのに、服装までお坊ちゃんっぽい幾久が、まさか調子に乗らせればキラーパスをよこすなど誰が知っているだろう。
「大人に向かって、その態度はなんじゃ!」
中年男は怒鳴るも、幾久はどこ吹く風だ。
「いやそっちこそ、初対面の子供に向かって怒鳴るとか、その態度なんなんすか」
ぽんぽんと調子よく返す幾久の態度に御堀は頭を抱えた。
そう、幾久は御門寮でやたらめったら頭の回転が速い先輩たちに毎日毎日鍛えられて、その返し方も半端なくスピードと中身が求められる。
よって、威張るしか能がない、周りはイエスマンばかりの耄碌した中年男が勝てるはずもない。
だが、能力が低い者は、自らがそうと気づかないからこそ、負けるまで勝負に深入りする。
「子供は大人に従え!」
そう怒鳴るも幾久は言った。
「別に小遣いくれた訳でもないし、親みたいに面倒みて貰って訳でもないし、そもそも知らないオッサンになんで従う必要あるんすか?しかもスゲー失礼なのに。意味わからん」
「た、た、立場を弁えろ!」
「弁えてますよ?言ってるじゃないっすか。オレにとってアンタは知らないオッサンだって」
幾久のぽんぽんと出てくる言葉に、中年男は顔が真っ赤だし、芙綺は驚いたまま固まっている。
(そりゃそう、か)
御堀は、報国院の授業と部活のシステムを思い出していた。
報国院の授業は、一方的に先生が教えてくれるのは千鳥までで、鳩以上はクラスのレベルによって、対話形式のものが多くなる。
つまり毎日教師との話があり、授業内容をしっかり理解しておかないと答えられない。
要するに、大人と喧々囂々で話をするのに慣れている。
(おまけに寮の先輩も、あれじゃなあ)
先輩達に鍛えられ、六花にも相手をされ、毛利や三吉、玉木にも鍛えられてきた幾久にとって、子供だと侮る中年男の相手など容易い。
芙綺は御堀の隣に並ぶと、袖をつまんで引っ張った。
「だ、大丈夫なの?」
こそっと尋ねた芙綺に御堀は頷き、小さく言った。
「全然平気だよ。幾は負けない」
「そうじゃなくて、あのオッサン、絶対完敗するでしょ」
あ、そっちのほうか、と御堀は納得し、ぽつりと言った。
「完敗どころか、立ち上がれたらいい方じゃない?」
なんたって毎日、特にあの山縣に物凄い勢いで喧嘩を売られ、売り返し、丁々発止のやり取りをしているのだ。
負けるはずがないが、気になるのはやりすぎだけだ。
だが御堀は当然、そうなる前に止めるつもりなど毛頭なかった。
(幾を馬鹿にするからだ)
さあ、思い知るがいい。
御堀がライバルと認め、一緒に本気を出せる相手に喧嘩をしかけるなんて馬鹿な事をするとどんな目に合うか。
「それに、本気の幾なんてサッカー以外でそう見れないからね。僕は見ていたい」
すると芙綺は御堀に尋ねた。
「あの人、サッカーするの?」
「するどころか、ルセロの元ユースだよ。今は落ちたそうだけど、到底敵わないよ。レベルが違う」
ファイブクロスで圧倒的な強さを誇っていて、更に負けず嫌いも甚だしい御堀が、『敵わない』と言い切るとは。
芙綺はわくわくしながら、幾久を御堀と見守った。
幾久は中年男を睨みつけていた。
なにか言えば、すぐ返してやる、というポーズで待っていると、中年男も自分の不利が判って黙っている。
多分、いい悪口をいま考えている所なのだろう。
誰が手を緩めるものか。
中年男を睨みながら、幾久はそう思っていた。
(誉を奪うんだ)
場所じゃない。
過去でもない。
御堀自身が縛られている場所から動けないなら、幾久が助けなければならなかった。
(戦う相手を見誤るな)
児玉の時は、それが判らなかった。
だから児玉と争うしかなかった。
野山や岩倉との戦いの時に六花に教わった本質を思い出さなければならない。
(間違えるな、オレ)
絶対に今日だけは負ける訳にはいかない。
どんな汚い手段を使っても、勝たなければ御堀は取り戻せない。
「―――――なんじゃあその目は!」
はいキタコレ、と幾久は玉木に教わった事を思い出していた。
『あのね、馬鹿は常にコールされないとレスポンスできないの』
意味が分からず首をかしげる幾久に、玉木は教えてくれた。
『つまり、頭のいい子はね、こういう事がしたいから、どうしたらいいですか、とか自分から発して尋ねることが出来るの。でもお馬鹿さんはね、相手の反応にのっかるしかできないの。例えば喧嘩になっても、こっちは黙っててごらんなさい。こう言うわよ』
(―――――なんだその目つきは、か。玉木先生の言う通りだ)
ふっと頬を歪ませた幾久に、馬鹿されたと思った男は、かっとなって近づいてきたが、幾久はくるっと体を躱して男を避けた。
結果、男は勢い余って転びそうになり、膝をつく。
倒されたことに気づくと男は立ち上がり、手を伸ばした。
「こいつ!」
「なんだよ触んな!」
ばしっと幾久の手が男の手を弾き、男は今度は尻をついたが、傍にいた芙綺の振袖を乱暴につかんで立ち上がろうとした。
「きゃっ、」
小太りの中年男の体重をいきなりかけられた芙綺は、当然膝を曲げ倒れそうになる。
それを見て幾久は男を突き飛ばした。
「触るな!」
着物の袖をひったくり、芙綺を背後に隠し中年男を睨みつける。
すると男はニヤニヤ笑って幾久に言った。
「女の前で格好つけたいんか」
幾久はさらっと言った。
「当たり前だろ。彼女に触るな汚いオッサンが」
すると男はなにがおかしいのかげらげらと笑い出した。
「そんな女にもなっちょらん、服を脱がせば男みたいなガキんちょになぁに興奮しちょるんか」
「は?」
幾久の背後で立っている芙綺は、幾久のコートをぎゅっと掴んだ。
顔を見なくても判った。
(―――――悔しいんだ)
きっと言い返したいだろうし、自分がこいつを殴りたいだろう。
でもきっと、怖くてなにも言えないのだろう。
幾久は静かに言った。
「性犯罪者がうるせえよ」
男はフンと鼻を鳴らした。
「なにが性犯罪か」
「女性に触ったり暴言吐くのは立派に性犯罪だけど。知らないのかよ」
中年男は、一層大げさにげらげらと笑って芙綺を指さして怒鳴るように喚いた。
「女性って、このガキがか!女性!!!じょせい!!はー、どっちが胸かもようわからん、男も悦ばせきらん男女が、女性!」
ぐっと幾久のコートを持つ芙綺の手が震えている。
幾久は、いますぐコイツを殴りたいな、と思ったけれど、じっと男を睨みつけた。
(敵を見ろ)
怒りにまかせて殴るのは簡単だ。
去年の幾久はそうやって失敗した。
殴ったことはいまだに後悔はしていない。
だけどあれが最善だったとも思えない。
(間違えるかよ)
今日は絶対に間違えたりしない。
御堀と、この可愛い女の子を傷つけた連中をまとめてこてんぱんにしてやるまで絶対に負けない。
自分の怒りは二の次だ。
まずはきちんと復讐してやる。
幾久はくるりと背後を向くと、芙綺に向かって言った。
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