【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【27】鳳鳴朝陽~僕たちはサッカー選手になれない

生意気後輩の名前

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 北九州空港に到着して、全員は車から降りる。
 幾久にとっては何度も来た事がある場所だ。
 小さな地方の空港だが、奇麗で使いやすく、小さいがゆえに空港内の移動はわずかだ。

「到着かー!」
 車を降りて伸びをするも、乗り心地が良かったので全く疲れはない。
 宇佐美の車に乗っていた面々も降りてきた。
「幾!ロールスの乗り心地はどう?」
 御堀が尋ねる。
「いやースゲーよ。静かだし時々本当に走ってんのか判んないくらい。高い車ちげーわ。金持ち凄い」
「運転手の柄が悪いのがキズじゃの」
 高杉が言うと毛利が「俺の事?」とむっとして返す。
 こういうやりとりも、成程、高杉と毛利も兄弟っぽいと幾久は思った。

 三吉の車から山縣が降りてきて、幾久と目が合うと、幾久にリュックを投げてきた。
「うわっ!何するんスか!」
「持って来い、我がしもべよ」
「誰がしもべだ!」
 幾久が山縣にリュックを投げ返そうとすると、山縣が走り出し、幾久はその後を追いかけた。
「あーあ、幾久、結局リュック運んでんじゃん」
 呆れて笑う児玉に御堀も頷いた。
「ああいうとこ、幾だよねえ」
 ちょっと考えたら、そこらへんにほったらかす事も考えていいのに、山縣に癇癪を起した幾久は考えもしないらしい。
 山縣は信じられないくらいの速さで空港へ向かって走り去り、幾久は「まてぇえええ!」と怒鳴りながらその後を追いかけた。

 山縣は慣れた空港で、あっという間に手続きを済ませる。
 イベントごとにこの空港から出かけていたので当然だ。
「おい山縣、手荷物はそれだけか?」
 先生らしく毛利が山縣に尋ねた。
 幾久に持たせたリュックだけで、あとは何もない。
「はい。全部もう送ってるんで」
 山縣の住まいは報国院の経営する寮になり、大学を無事合格した山縣は堂々と寮から通える。
「しっかしお前が東大とはなあ」
 三吉が苦笑するが、山縣は胸を張った。
「ま、狙いが良かったってことですね!」
「ズルっすよ。東大行ってる人にコツ教わるとか」
 幾久がむっとした。
 山縣を東大にやる為に、東大に通っている大佐が山縣の為にチームを結成し、友人たちと会議をしまくって最短の合格ルートを作って狙ったのだから幾久からしたらまるでチートだ。
「いいじゃねーか。受かれば。報国院だって株上げたろ?」
「そうっすかもっすけど、どうせ留年するのに」
 幾久の言葉に、聞いていた面々が皆噴き出す。
「退学にさせられる前に自主退学してくださいね」
「てめーホントにむかつくな」
 相変わらずの幾久と山縣に、御門寮の面々も「あーあ」と苦笑する。
「ちゃんと留年もせずに立派に報国院の誉とやらになったらあ」
「ぜってー無理なんで」
 ふんと幾久が言い放つ。
 御堀が山縣の前に出て、頭を下げた。
「僕は短い間でしたけど、お世話になりました」
「おー」
 桜柳寮から御門寮に御堀が移る際、山縣と梅屋が裏でタッグを組んでいたことは皆知っていた。
「ま、このクソ狸が御門壊さねーように見張っといてくれや」
 幾久を指差しながら山縣が言うと、御堀は「はい」と頷く。
「なにがクソ狸だ」
 ぶつくさ文句を言う幾久だが、児玉も頭を下げた。
「俺も、お世話になりました。本棚も」
「ま、うまくやりゃいーんじゃねえの」
 児玉は山縣に本棚を譲って貰っているので、頭を下げた。
 ふと、幾久が気づいて声を上げた。
「タマは本棚貰ってるのに、オレなんも貰ってない!」
「お前……ゲーム本体やったろーが」
 幾久が居間でいつも遊んでいるゲーム本体は山縣からのおさがりだった。
 ちゃっかりいろんなゲームをダウンロードして貰って遊んでいるのに、と呆れる山縣に幾久は首を横に振った。
「あれもうオレのなんで」
「馬鹿か」
 そう言いながらも、山縣は楽し気だ。
「おい」
 山縣は顔を上げ、二年連中を一瞥して言った。
「世話んなったな。お前らのおかげで楽しかったわ」
 すると、山縣を毛嫌いしている高杉が前に出て、山縣に手を伸ばした。
「お世話になりました、山縣先輩」
 そう言ってぺこりと頭を下げた。
 高杉の言葉に、山縣はバカみたいに喜ぶかと幾久は思ったが、山縣はニッと笑って「おう」と高杉の手を握り返しただけだった。
 久坂、栄人もぺこりと頭を下げる。
 それがまるで、儀式のようでいつもの御門寮の雰囲気とは全く違った。
 本当に卒業してお別れなんだな、と実感がわいてくる。
 なにせ山縣は学校からの頼まれたことがあるとかで、春休みの間もずっと御門寮に住み着いて、学校と寮を往復してばっかりだったし、寮の部屋の荷物を運び出したのもこの数日の事だった。
 だから本当に、いなくなるという実感が幾久にはなかった。
 雪充が言った。
「なにかまたあったら頼むよ」
「できる事ならな」
 ふと笑う山縣と雪充に、幾久はやっぱり同じ学年は何か雰囲気が違うなと思う。
 桜柳祭や、御堀が御門寮に来るあたりから、急にこの二人の関りが増えてきた気がするが、ひょっとして幾久が知らないだけでこの二人はずっと前から仲が良かったのでは。
「なに難しい顔してんだよ、後輩」
 山縣が言うと、幾久は真剣な表情で、山縣と雪充に言った。
「二人って、ひょっとして、仲良しっスか?」
 唐突な質問に、御堀が吹き出した。
「幾、まさかそんな事ずっと考えてたの?」
「だってガタ先輩なんか誰とも仲いいはずないし」
「そこは否定しねーよ?」
 山縣も言うが、雪充が苦笑しながら言った。
「山縣が言うから余計にややこしくなるだろ。いっくん、別に仲が良くなくったって、寮の運営はできるよ?」
「それは雪ちゃん先輩が大人だからっスね」
 ふむ、と頷く幾久に、菫が口を押えた。
「……やばい……いっくん可愛い……」
「菫。足踏んでる。俺の足に穴空く。踵はやめて」
 毛利が言うと菫は足を上げ、再び降ろそうとしたところで毛利はさっと足を避けた。

 空港内にアナウンスが流れる。
 山縣が乗る飛行機の搭乗手続きが始まったという内容だった。
「ガタ先輩、手続き始まりましたよ」
「判ってるけどいま人が多いだろ。ギリに行くわ」
 そう言って山縣は毛利や三吉に頭を下げた。
「三年間、お世話になりました」
「……元気にやれ」
「報国寮では助かったよ。いろいろありがとう」
 毛利と三吉が言うと山縣は頷いた。
「後の事は服部らに任せてあるんで、安心してください」
「おお。丸投げするわ」
 服部ということは恭王寮の服部の事だろうか。
 そんな所にまで手を出していたとは知らなかった。
 幾久は呆れて山縣に言った。
「ほんっと、どこにでも首突っ込んでるんスね」
「俺様の美技に酔いな」
「さっさと行け」
 幾久がそう言って山縣の尻を足で蹴っ飛ばした。


 搭乗手続きに並んでいた人が減り始めたので、山縣は並ばずに手続きに入れるなと判断した。
「じゃあ、行くわ」
 そう言って軽く手を挙げて搭乗口へと向かう。
 リュックを降ろそうとして、なにかに気づき、山縣は叫んだ。
「幾久!」
 突然、一度も名前を呼ばれたことのない幾久は驚いて、思わずきょろっと周りを見渡した。
 山縣は苦笑してもう一度叫んだ。
「いーくーひーさ。こっち」
 なんだよ、
 いきなり名前なんか呼んでと驚く幾久と同じように、御堀も児玉も、他の面々も驚いていた。
 幾久は名前を呼ばれて、渋々山縣の所へ向かっていく。
 驚かないのは雪充だけで、なにか言いたげに雪充を見つめる高杉に、雪充はにこっと微笑んだ。
「いつもの事だよ。僕らの前ではああだった」
「―――――成程のう」
 これはしてやられた、と高杉は苦笑した。

 まだ雪充も高杉も中学生だった頃、高杉と久坂が教師に嫌がらせを受けたことがあった。
 あの時、山縣は登校拒否児で、雪充とも面識がなかった。
 だけどその後、高杉と久坂を救うために山縣のトリッキーな技を習い、誰にも内緒で三年以上、ずっと裏で繋がっていた。
 多分高杉もその事は、少しくらいは判っていたはずだ。
「想像以上、だったの」
「そっか。ま、アイツ、引きこもってたからね」
「でもまあ、考えてみたら判らなんでもないか」
 久坂が苦笑した。
 思えば、あの面倒くさがりで高杉を異様に好きな山縣にしてはよく動いていた。
 高杉に心酔しているからとあまり深くは考えていなかったが、成程、かなりあの一年に入れ込んでいたという事か。
 だったら、児玉を受け入れたのも、御堀を受け入れたのも、ひょっとしたら御門寮の為というより、幾久の為だったのかもしれない。
「―――――甘やかしてんなあ」
 自分たちも割と、甘やかしているかと思っていたが、三年の山縣もそうだったとは、今の今まで気づかなかった。
 久坂の気持ちが理解できた雪充は笑って言った。
「だから御門は続くんだよ。僕だってお前らを甘やかしたろ?」
「いやー、そうでもないかな。雪ちゃんけっこう厳しいし」
「先輩が凄かったからなあ。僕が締めとかないと崩壊するよ」
 思えば、御門の先輩はどの人もファンキーだった。
 特に雪充の上はとんでもない面々ばかりで。
「始末書僕がどれだけ書いたと思ってるの」
「あはは。やっと卒業できるじゃん」
「それだけは嬉しいかな」
 後輩や先輩のやらかしをどうやって学校に報告すればうまく片付くか、その言い訳ばっかり探していた気がする。
 思えば三年になって、忙しくはあったし、トラブルもまあありはしたが、御門の頃のように滅茶苦茶ではなかった。
 あんなに忙しくて滅茶苦茶だったのに、やっぱり雪充は御門に帰りたかった。
 数日とはいえ、それも叶った。
 後輩ともたっぷり遊んで旅行にも行けた。
 失った過去は取り戻せないが、新しく得るものは心をあたたかくしてくれる。
「僕も本当に、楽しかった」
 面倒な事は山ほどあったし、怒鳴った事もあったけれど、報国院の三年間はなにより楽しかった。
 この先楽しい事があっても、きっとこの三年間は特別だ。
 それだけは断言できるほど。
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