【海峡の全寮制男子高校】城下町ボーイズライフ【1年生】

川端続子

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【27】鳳鳴朝陽~僕たちはサッカー選手になれない

いなくったって寂しくないけどちょっと失敗しただけで

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 関門橋を抜ければ、報国町は十五分もすれば到着する。
 幾久と御堀は朝と同じく、御門寮の前で降ろして貰った。
「じゃあいっくん、みほりん、今日は雪充の為にありがとうね」
 車の助手席で菫が頭を下げた。
「いいえ、一緒に雪ちゃん先輩の見送り出来て、嬉しかったです」
 雪充を楽しく見送れたし、ロールスにも乗れた。
 中々貴重な体験だったし、毛利からは差し入れで肉まん、菫はおいしいと評判のケーキを大量に御門寮へと差し入れてくれた。
「お土産もこんなに」
「いーのよ、麗子さんと一緒に食べてね」
「ありがとうございました」
 御堀も深々と頭を下げる。
「いいのよ。雪充もいなくなって寂しいし、またお姉さんと遊んでね!」
 そう言ってウィンクする菫に、幾久は「喜んで!」と頷く。
「お前は居酒屋か」
 そう毛利は呆れつつ、幾久と御堀に言った。
「じゃあ出るから、下がってろ。今日はお疲れだったな」
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたー!」
 御堀と幾久が頭を下げると、ロールスは長くホーンの音を鳴らし、御門寮の前を出て行ったのだった。

「いやー、貴重な体験だった。ロールスロイスとかやばいな」
 幾久が言うと御堀も頷く。
「凄いよね。流石、ああ見えて毛利の殿様って感じだった」
 御堀も感心していると、車が入って来た。
 宇佐美のレンタルしたミニバンだ。
「あ、先輩らだ」
 高速を使わず、一般道路を通ったのだろう、こちらよりもやや遅い到着だ。
 宇佐美の車が止まり、ドアが開く。
「おかえりなさーい」
 幾久の声に、皆がぞろぞろ降りてきた。
「ケーキ食べましょ、ケーキ!」
 幾久がそう言って菫から貰った箱を掲げると、皆が頷いた。


 宇佐美も寮でお茶を飲んで帰るとの事なので、幾久は御堀とコーヒーや紅茶を入れ、先輩達へと給仕をしていた。
 居間でにぎやかにケーキを食べ始めた先輩達への支度が終わり、幾久はトイレへ向かう。
 手洗いを済ませ、幾久はふと気づいた。
(そういやガタ先輩、呼んでなかった)
 ほとんど無意識でそう思い、廊下を歩き、いつものようについ山縣の部屋の扉を開けてしまった。
「ガタ先輩、菫さんがケーキ……」
 扉を開けて、そこにあったのは、がらんどうになった山縣の部屋で、幾久は驚いた。
 これまで本棚や、フィギュアの棚や、パソコンにベッドでぎゅうぎゅうだった山縣の部屋は閑散として何もない。
 本棚がひとつ、残っているだけだ。

 さっき自分で見送ったばかりだというのに、その事をすっかり忘れていた。
 幾久が扉を開けて、ガタせんぱーい、と呼んで、かったるそうに「おー」と返ってくるのが日常だった。
 宇佐美や御門のOBやらが、寮あてになにかを届けたり、差し入れを持ってくるのはよくある事で、幾久もそれに慣れていた。
 部屋に居る事が多い山縣に声をかけるのは幾久で、それが染みついていたから、今もそうしてしまった。

「……間違えた」

 なんか馬鹿だなあ、と思うと同時に別の気持ちも浮かんで、幾久はなんだか困ってしまい、広い山縣の居た部屋の前でたたずんでいた。
「幾、なにやってんの」
「……誉」
 がらんどうの元山縣の部屋の扉を開けている幾久を見て、御堀は困ったように笑った。
「―――――うっかりしちゃったんだ?」
 御堀が尋ねると、幾久は頷く。
「うん。うっかりしてた」
 山縣の部屋の片づけを手伝ったのは幾久なのに、その事も忘れてしまっていた。
「すぐ慣れると思ったのに、そうでもないんだな」
 幾久が言うと御堀も「そうだね」と頷く。
「寂しい?」
 尋ねる御堀に、幾久はまさか、と言おうとして、山縣の部屋をじっと見つめた。
 御門寮に来て山縣と喧嘩になって。
 その後久坂に脅されて、山縣の部屋に逃げ込んで、フィギュアを倒してお説教された。
 時山が遊びに来て知らずに脅されて、夜中にコーヒーを飲みながらお喋りして。
「―――――うん。すごく寂しい」
 あんなにも騒がしいのは嫌だったのに、勝手なものでいなくなると寂しいと思う。
 だけど感情を素直に口に出すと、幾久の心につかっかっていたものがすうっと消えた。
 寂しさは残るのに、苦しさはない。
「これまでと部屋が違うの、なんかヤだなって思う。いるのもヤダけど」
「じゃあ、幾がこの部屋使ったら?」
「え?ヤダよ。それにオレ、部屋なんかいらないし」
「だよね」
 いまだに幾久と児玉には個人の部屋というものがない。
 寝る時に使っている和室が、幾久と児玉の部屋といえばそうなのかもしれないが、寝る時以外には使っていない。
「でもガタ先輩がいないなら、ケーキの取り分増えるよ?」
「それはいいな!」
 急に元気になった幾久に、御堀は笑った。
「現金」
「そりゃそうだろ!あ、あとパシリにもされなくて済むし!」
 山縣はコンビニに寄ってイチゴ牛乳買って来いとか、お菓子買って来いとか幾久に命令が多かった。
「いないのは寂しいけど、いなくて良い事もある」
「確かにね」
 面倒でややこしい先輩ではあったが、トラブルがあれば助けてくれたし、三年生が居るという安心感はあった。
「次の三年は三人も居るし、全員しっかりしてるから問題ない」
 幾久が言うと、御堀が頷く。
「あとは僕らだけ?」
「なに言ってんだ。一年に丸投げだよ。オレら先輩になるし!」
「それって山縣先輩とやること変わらなくなるんじゃない?」
 御堀が突っ込むと、幾久は考え込んでしまった。
「うわあ、いやだ、パワハラは絶対禁止にしないと!」
「あはは、やっぱり兄弟だね」
「ちげえ!」
 幾久が抗議すると、御堀が楽しそうに笑った。


 皆でケーキを食べ、いつものようにお喋りをする。
「え、じゃあ明日にはどんな後輩が来るか、判るんスか?」
 驚く幾久に、高杉が「そうじゃぞ」と頷く。
 山縣が卒業し、高杉が名実ともに御門寮の総督となった。
 といってもこれまで山縣は殆ど総督としての仕事はせず、高杉に丸投げだったのでこれまでと違うのは表立っての名前だけだ。
「明日、寮の代表が呼ばれて名簿が渡される。報国寮や敬業なんかは人数が多いけ、とっくに名簿は渡っちょるがの」
 報国院では寮がいくつもあるが、その中でも突出して人数が多く、半分近くが所属しているのが報国寮だ。
 管理人もだが、実際に教師の毛利と三吉が住んでいて、報国寮を支配している。
 その次が、ホーム部の志道(しじ)が所属している敬業寮で、鳩クラスの生徒が多い。
「自治じゃない寮は人数が半端ないからね。まとめて管理するしかないし、選んでもいられないし」
「自治領だったらやっぱそういうの大事なんすか?」
 幾久が質問すると、久坂が「当たり前だろ」と答えた。
「十把一絡げの報国寮や敬業寮と違って、他の寮は自治領で人数もそこまで多くない。一人、妙なのが居るとがらっと空気が変わったりするし、その逆もある。だから雪ちゃんが恭王寮に取られたんだろ?」
「そっか。そんなに影響あるんだ」
 最初は一年生たった一人で御門寮に来た幾久にしてみたら、先輩との関わりをどうするかばかり混乱していて、自分がどう影響するかなんて考えてもいなかった。
 それに、御門の先輩たちは揃いも揃って個性的だったし、自分が入る事で何かが変わるとも思えなかった。
 実際はきっと、なにかいろんな事が変わったのだろうし、児玉と御堀が来てからは、思い切り違った方向へ進んだのかもしれない。
「御門は特に考えておかないと、自由度が高い分、変なのが来たら困る」
 久坂はそう言うが、幾久は鼻で笑った。
「そーいうの来たら追い出すんでしょ」
「当然。僕らは三年になるんだからね。邪魔されたらたまったもんじゃない」
 すでに進路を雪充の大学へ決めてしまったのは良いが、いくら高杉と久坂の二人とはいえ、難なく入れるレベルの大学ではない。
 だったら、勉強する時間も増えるだろうし、それに桜柳祭の事もある。
「けっこう忙しいっスね。ばたばたしてたらあっという間だ」
「そうじゃぞ。お前が来る、決まった時もそりゃあ忙しかった」
 それに、と高杉は言う。
「明日、リストを貰ったら誰を来させるかを判断してもらわにゃいけん」
 そっか、と幾久は頷く。
「オレらが選ぶんでしたっけ」
 どの寮でも、新しい一年生を選ぶのは二年生最初の仕事だと聞いた。
 三年と一年が派閥を組む予防であったり、二年に自分が選んだ事で責任を考えさせるのが目的だ。
 つまり、御門寮では、幾久、御堀、児玉の三人が、新しい一年生を選ぶ決定権を持つ。
「大まかには決まってくるが、希望者が多い場合は選ぶ必要があるじゃろうの」
「でも御門って全然メジャーじゃないんでしょ?だったら希望者なんかあるんスか?」
 幾久が高杉に尋ねると、高杉は苦笑して児玉の方を顎でしゃくった。
「お前、児玉の前でそれを言うか?」
「あっ」
 すっかり忘れてしまっていたが、児玉はずっと御門寮が憧れで、入りたいと希望をずっと出していた。
「ごごごごごごめんタマ」
「いや、別に今は構わねーよ。御門入れたし、幾久のおかげみたいなもんだし」
「いやいやいや」
「でも、御門に希望者はあるんですか?」
 御堀が素直に疑問を伝えると高杉は「さあのう」と肘をつく。
「御門なんぞ小さい上に目立たん寮は、知っちょるもんがそもそも少ない。大抵ワシ等みたいに兄がおるとか、父親がそこだったとか、そういった理由が殆どじゃ」
「パンフレット見たら確かに報国寮の写真しかなかったっスもんね」
 報国院の公式サイトなら、寮の紹介もそれなりにあるが、乗っているのは桜柳寮くらいだ。
「サイトみても、一般生徒と進学コースで寮が違うんだなくらいしか思わないっスよね」
 実際幾久も御堀も、パンフレットでしか報国院を見ていないので、寮はずっと報国寮に所属するものだとばかり思っていた。
「パンフレットで見たら報国寮ってスゲーいい寮に見えますもんね」
 Wi-Fiは自由、寮の中にはジムみたいなシステムもあるし大きなモニターもあって映画だって見放題で漫画喫茶みたいに漫画が置いてあるコーナーも存在する。
 幾久もそういった施設を見て「いいな」と思ったものだ。
 実際は三年生の独壇場で、もしくは三年生にコネがある二年、一年優先で、一旦学校から寮に帰れば外出絶対禁止、どこでも騒がしくて食事すらとり損ねるほど人数が多くてカオス。
 合えば合うらしいのだが、報国寮が合わないと判断した生徒は早々に勉強を頑張って、敬業あたりに移るらしい。
「やっぱパンフレットだけじゃ報国寮が圧倒的だよね」
 詐欺みたいなもんだけど、と幾久が言うと御堀も「だよね」と頷く。
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