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【27】鳳鳴朝陽~僕たちはサッカー選手になれない
僕も君と同じ夢を見ていた
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「……なんかもう、みんな凄い馬鹿」
「ひっどいなー、けっこう頑張ったんだよ僕」
幾久の傍にしゃがみ込んで御堀は言った。
「そりゃーそうだろーね……こんなんなんで作れるんだよ」
「まず伝築の先輩に頼んで見積もり出して貰って」
「ちょ、最初っから作る気満々かよ」
「当然。だってそうしないと学校に話もできないだろ?伝築の先輩が面白がって見積もり作ってくれて、学校に話したけど、さすがにこの予算はいきなりでは厳しいってなってさ。じゃあいつならできるかって聞いたけど、僕らが卒業するくらいにやっと話が通るレベル。それじゃ遅いだろ?」
「いや……普通に早いだろー……」
学校施設を新しく作るなんて大変だろうし、しかもフットサルコートなんてきっと高かったに違いない。
「一応、銀行とかにも話をしたんだけど、やっぱり僕程度じゃこのレベルの投資は受けられなくてさ」
「あったりまえだぁ」
いくら優秀でお坊ちゃんでも、たかが高校一年生にどの銀行がお金を出すというんだ。
「でも思いついたんだよね。グラスエッジの先輩らなら絶対にお金持ってるし、幾の為ならいくらでも払う人がいるって」
「思いついたのは仕方ないけど実行するかな普通」
「思いついたら実行しなくちゃ」
「そーいうトコ、誉だよねえ」
それであのライヴの時、青木と話をしたのかとなるほどと納得いく事ばかりだ。
「青木先輩は快く出してくれると思ってたけど、福原先輩もサッカーの経験者だろ?で、同じく、中岡さんも参加したいって言ってくれて。外部には公表してないけど、結局グラスエッジが報国院に寄付って形になってさ」
「やべーよ、あの人らマジでおかしい」
呆ける幾久を見て、御堀は笑う。
「元々、学校に恩返しのつもりでなにかは寄付するつもりだったんだって。だからお互いに渡りに舟だよ」
「船がでかすぎる。絶対に大型客船だ」
幾久の例えが面白くて、御堀は笑ってしまった。
確かにこの船は大きかった。
「学校は敷地くれたの?」
幾久がむくりと起き上って尋ねると、御堀が首を横に振った。
「この敷地内は報国院とウィステリアの名義なんだって。だから賃貸料がかかるけど、それも学校が許可してくれた。払ってくれるってさ」
「良かった。のかな?」
うーん、と首を傾げる幾久だが、もう話が大きすぎて訳が分からない。
「良かったんだよ。おかげでおもいきりフットサルできるよ?」
「話が突然すぎてついてけない」
うううんと幾久が頭を抱えるも、御堀は膝をついて、幾久に告げた。
「ついてきて。もう部活はすぐにでも始めようと思っててさ。何なら明日からでも」
「明日!」
がばっと幾久は起き上って、きょろっとコートを見回した。
「明日から、このコート使えるの?」
「そう。なんなら今からでも。幾が『うん』って言えばすぐ」
幾久は目をきらきらさせて、コートを見渡した。
ぐるりとポールに囲まれて、真新しいネットが張られた、人工芝も上等のフットサルコート。
ここが毎日、幾久の居ていい場所になる。
「オレが、『うん』って言ったら、すぐに?」
「そう。すぐに使える」
ふっと笑う御堀は、幾久の答えを知っている。
だから笑っていられるのだ。
「ひょっとして、この春休みの間に、なにげにオレが学校に行かないようにしてた?」
「してた。内緒にしたかったし、もし判ったらつまんないだろ?」
「サプライズにもほどがあるぞ」
「うん、僕もこんなの一生に一度しかできないと思う」
「そりゃーそーだろー……」
よりにもよって、フットサルコートなんて。
小さいものなら個人でもできない事はないかもしれないが、この規模とシステムは到底無理だ。
「屋外で、学校が許す規模はここまでだったんだ。もし学校がいいって言えば、スタジアムでも作りそうな勢いだったよ青木先輩は」
「うわあああ。さすがにスタジアムは引くわ」
とはいえ、実際は全く現実的ではないが。
「確かにスタジアムは無理でも、ネーミングライツくらいならどうにかしそうだよあの先輩」
「うわ、シャレになんねえ」
そう幾久は言って、ため息をついて、笑った。
「本当に馬鹿だよな、御門の先輩って」
だけど、多分、喜ぶことも忘れるくらい嬉しい。
それは間違いなくそうだった。
幾久は今度は、力が抜けたからではなく、自分の意志でフィールドにあおむけに転がった。
背中に芝が当たる。
御門寮の庭は、広いけどデコボコがあって、寝転んでもこんなにたいらじゃない。
(―――――こうして、寝っ転がったこと、何回もあった)
多留人と一緒に、芝生に寝っ転がって、喋って、遊んで。
御堀が隣に寝っ転がった。
幾久と同じようにあおむけになって、空を見た。
「すげーな、本当にコートが出来たんだ」
「そう。本当に出来た。うまくいって良かった」
「誉スゲーわ。引くくらいスゲー」
「素直に褒めてよ。けっこう忙しかったよ。計画持って行ったけど、主な事はお前がやれって福原先輩に押し付けられて。おかげで無駄な知識が身についた」
「後期、やけに気合入れて勉強してると思ったら、こっちだったのか」
「そう、こっちだったんだよ。デザイン関係は青木先輩がやるって言って聞かなかったけど、逆に助かったよ」
はああ、と二人は同時にため息をついた。
「……去年、こんな事になるなんてちっとも思ってなかった」
去年の今頃は、報国院に通う事は決めたけれど、まだちっともどんな場所かなんて知らなかったし興味もなく、母親のお小言から逃げられるのをラッキーとしか思っていなかった。
誰と友達になるとか、誰が居るとか、そんな事も考えなかった。
「僕も似たようなもんだよ。海が見れるのが嬉しいって思ってて。あと、新入生代表の文章考えてたかなあ」
「そっか、首席が読むから」
「そう。忙しかったな」
お互いに去年の事を思い出して、そっかあ、と頷いた。
空はゆっくりと雲を運んで、遠い上を鳥が羽ばたいてゆく。
二人は暫く、鳥が空を旋回するのを眺めていた。
しばらくして、御堀が口を開いた。
「―――――ねえ、幾。僕は思い出したけど、僕も本当はサッカー選手になりたかったんだよ」
御堀がぽつりと告げた告白に、幾久は「そっか」と答えた。
「驚かないの?」
「別に。だってユース居て、かなり上手いからさ。誉が言うならおかしくないよ。トッキー先輩ともいい勝負してたし」
むしろそのほうが自然に思えた。
「サッカー選手になって、和菓子職人になるのって、別に変なことじゃないじゃん」
幾久が言うと、御堀は思い切り深く息を吸い込んだ。
「……僕は幾みたいにさ、代表とか、そんな事考えてなくって。ずっとファイブクロスでサッカーやって、大学か、社会人か、それでサッカー続けて和菓子職人の修行して、なんて考えてた」
「うん」
「でも、中学生になった頃、父に言われてね。お前の進路は経済学部だ、そうでなくても経営の勉強をしろって。僕は嫌だって答えた。父は嫌でも構わない、と言った。だったら、職人が全員、いなくなるだけだって」
幾久は言葉を失った。
「僕の家はね、和菓子屋を経営してて、他にも不動産みたいな事もやってる。和菓子屋は縮小してもいいって言う。そうだと思う。父はそこまで和菓子には興味がない。むしろ店舗を小さくして、別の経営がしたいんだろうなとも思う」
「けど、そんなの中学生に言う?」
「僕の家は言うんだ。でも多分、父も同じように祖父に言われたんだなって、その時判った」
多分、父も家を継ぎたくなかったのだろう。
御堀はそう思った。
だけど抱えている職人やその人の家庭や、会社を持っている立場ではそれは許されない。
もしくは、潰すしか。
「僕はその時、サッカー選手になりたいとか、和菓子職人になりたいとか、自分の夢は叶わないって事もだけど、結局誰も望んでない事の方が辛かった」
あんなにも応援してくれても、どんなに御堀が頑張っても、いざ生活が関わると誰も御堀の味方はしないだろう。
工場に頻繁に出入りしているからこそ、それが嫌と言う程判った。
結局、誰かの生活の為の道具の為に自分が居る。
嫌だと思うのに、動けない。
「この先、学校に行って、例えば部活でサッカーをして、そこそこの成績を収めて、ユースに居たからってもてはやされたり、嫉妬される。その生活が見えた途端―――――嫌になってさ」
「うん」
「ひょっとしたら、そういうの見えて、姉さんは僕を報国院に連れてきたのかなって、今頃思うんだ」
思えば勝手にあきらめて決めつけて、そんな自分を嫌っているくせに大人受けのいい自分を演じていた。
その結果、結局大人に侮られて馬鹿にされて、戦おうにも方法が判らなくて、年下の女の子にまで八つ当たりして。
奇麗な着物をあてがわれて窮屈な思いをしていた御堀の元に、現れたのは幾久だった。
幾久がサッカー選手になりたかった、そう苦し気に紡ぎだした時、御堀は嬉しかったのだ。
同じ苦しみを抱えているなら自分は一人ではないのだと。
それはきっと酷い感情だ。
でも、御堀が幾久の苦しみに昏い喜びを覚えたように、幾久だって御堀をそう思ってもいい。
この世界でたった一人、御堀と同じように苦しんでいる事を認められる大切な存在が手の届く場所に居る。
幾久を救う事は、自分を救う事だ。
だから御堀はどこまでも傲慢に、幾久に愛情をぶつけることが出来る。
「―――――幾」
「なに」
「僕たちはサッカー選手にはなれない」
それは、幾久にとっての厳しいけれど、事実の事だった。
幾久が望むのは、親友の多留人とやる日本代表のサッカーだった。
図々しくても馬鹿げていても、それだけが望みだった。
だけど決して叶わない。
多留人には絶対に届かない。
「いまから死ぬ気で頑張っても、絶対に無理だろ」
それは御堀の冷静な分析で、幾久も同じように頷いた。
「無理だよな」
「幾は頑張れば、まあ大学とか社会人とか?」
「―――――でも、多留人とは絶対に無理」
幾久の言葉に、御堀も「まあね」と頷く。
どこのチームでもいいから所属して、サッカー選手の肩書が欲しいというのなら、どこかには引っかかるかもしれない。
でも、多留人には遠く及ばない。
そしてそこまでの情熱は、自分にはない。
情熱がなくとも、うまくこなす才能も。
「幾は日本代表にはなれないし、僕も和菓子職人にはなれない」
「うん」
「きっと僕らは、一生こうしてくすぶるんだよ」
「うん。わかる」
「だからさ。どうせくすぶるなら、なんか面白い事やるしかないなって思ったんだ」
和菓子なんかすぐ作れるし、サッカーだってどこでもできる。
だけど、御堀が願うような、幾久が望むような、そんな夢はもう届かない。
「夢が叶わないなら、なにをやっても所詮、ごっこ遊びになるんだよ。大人になってもきっと、ずっと」
「うん」
「じゃあ、僕はプロ並みに和菓子が作れて、サッカー上手な経営者になるし、幾はプロ並みにフットサル上手くなればいいんだよ。それしか僕らには叶わないんだから」
夢を願い続ければ叶うなんて、一握りの天才と幸運な人だけだ。
大した事ないよ、やってみたらいいじゃん。
夢が叶わないなんて努力が足りないだけ。
そんな事を本気で言う奴が居たら、ただの無責任だ。
誰だって、やらなければならない事や、守らなければならないものがある。
できるならやりたかった。
そういう人を本気じゃなかった、怠け者だ、逃げたと責めるのが、夢の叶った人だというなら、きっと残酷でなければ夢なんか一生叶わないのだろう。
「ひっどいなー、けっこう頑張ったんだよ僕」
幾久の傍にしゃがみ込んで御堀は言った。
「そりゃーそうだろーね……こんなんなんで作れるんだよ」
「まず伝築の先輩に頼んで見積もり出して貰って」
「ちょ、最初っから作る気満々かよ」
「当然。だってそうしないと学校に話もできないだろ?伝築の先輩が面白がって見積もり作ってくれて、学校に話したけど、さすがにこの予算はいきなりでは厳しいってなってさ。じゃあいつならできるかって聞いたけど、僕らが卒業するくらいにやっと話が通るレベル。それじゃ遅いだろ?」
「いや……普通に早いだろー……」
学校施設を新しく作るなんて大変だろうし、しかもフットサルコートなんてきっと高かったに違いない。
「一応、銀行とかにも話をしたんだけど、やっぱり僕程度じゃこのレベルの投資は受けられなくてさ」
「あったりまえだぁ」
いくら優秀でお坊ちゃんでも、たかが高校一年生にどの銀行がお金を出すというんだ。
「でも思いついたんだよね。グラスエッジの先輩らなら絶対にお金持ってるし、幾の為ならいくらでも払う人がいるって」
「思いついたのは仕方ないけど実行するかな普通」
「思いついたら実行しなくちゃ」
「そーいうトコ、誉だよねえ」
それであのライヴの時、青木と話をしたのかとなるほどと納得いく事ばかりだ。
「青木先輩は快く出してくれると思ってたけど、福原先輩もサッカーの経験者だろ?で、同じく、中岡さんも参加したいって言ってくれて。外部には公表してないけど、結局グラスエッジが報国院に寄付って形になってさ」
「やべーよ、あの人らマジでおかしい」
呆ける幾久を見て、御堀は笑う。
「元々、学校に恩返しのつもりでなにかは寄付するつもりだったんだって。だからお互いに渡りに舟だよ」
「船がでかすぎる。絶対に大型客船だ」
幾久の例えが面白くて、御堀は笑ってしまった。
確かにこの船は大きかった。
「学校は敷地くれたの?」
幾久がむくりと起き上って尋ねると、御堀が首を横に振った。
「この敷地内は報国院とウィステリアの名義なんだって。だから賃貸料がかかるけど、それも学校が許可してくれた。払ってくれるってさ」
「良かった。のかな?」
うーん、と首を傾げる幾久だが、もう話が大きすぎて訳が分からない。
「良かったんだよ。おかげでおもいきりフットサルできるよ?」
「話が突然すぎてついてけない」
うううんと幾久が頭を抱えるも、御堀は膝をついて、幾久に告げた。
「ついてきて。もう部活はすぐにでも始めようと思っててさ。何なら明日からでも」
「明日!」
がばっと幾久は起き上って、きょろっとコートを見回した。
「明日から、このコート使えるの?」
「そう。なんなら今からでも。幾が『うん』って言えばすぐ」
幾久は目をきらきらさせて、コートを見渡した。
ぐるりとポールに囲まれて、真新しいネットが張られた、人工芝も上等のフットサルコート。
ここが毎日、幾久の居ていい場所になる。
「オレが、『うん』って言ったら、すぐに?」
「そう。すぐに使える」
ふっと笑う御堀は、幾久の答えを知っている。
だから笑っていられるのだ。
「ひょっとして、この春休みの間に、なにげにオレが学校に行かないようにしてた?」
「してた。内緒にしたかったし、もし判ったらつまんないだろ?」
「サプライズにもほどがあるぞ」
「うん、僕もこんなの一生に一度しかできないと思う」
「そりゃーそーだろー……」
よりにもよって、フットサルコートなんて。
小さいものなら個人でもできない事はないかもしれないが、この規模とシステムは到底無理だ。
「屋外で、学校が許す規模はここまでだったんだ。もし学校がいいって言えば、スタジアムでも作りそうな勢いだったよ青木先輩は」
「うわあああ。さすがにスタジアムは引くわ」
とはいえ、実際は全く現実的ではないが。
「確かにスタジアムは無理でも、ネーミングライツくらいならどうにかしそうだよあの先輩」
「うわ、シャレになんねえ」
そう幾久は言って、ため息をついて、笑った。
「本当に馬鹿だよな、御門の先輩って」
だけど、多分、喜ぶことも忘れるくらい嬉しい。
それは間違いなくそうだった。
幾久は今度は、力が抜けたからではなく、自分の意志でフィールドにあおむけに転がった。
背中に芝が当たる。
御門寮の庭は、広いけどデコボコがあって、寝転んでもこんなにたいらじゃない。
(―――――こうして、寝っ転がったこと、何回もあった)
多留人と一緒に、芝生に寝っ転がって、喋って、遊んで。
御堀が隣に寝っ転がった。
幾久と同じようにあおむけになって、空を見た。
「すげーな、本当にコートが出来たんだ」
「そう。本当に出来た。うまくいって良かった」
「誉スゲーわ。引くくらいスゲー」
「素直に褒めてよ。けっこう忙しかったよ。計画持って行ったけど、主な事はお前がやれって福原先輩に押し付けられて。おかげで無駄な知識が身についた」
「後期、やけに気合入れて勉強してると思ったら、こっちだったのか」
「そう、こっちだったんだよ。デザイン関係は青木先輩がやるって言って聞かなかったけど、逆に助かったよ」
はああ、と二人は同時にため息をついた。
「……去年、こんな事になるなんてちっとも思ってなかった」
去年の今頃は、報国院に通う事は決めたけれど、まだちっともどんな場所かなんて知らなかったし興味もなく、母親のお小言から逃げられるのをラッキーとしか思っていなかった。
誰と友達になるとか、誰が居るとか、そんな事も考えなかった。
「僕も似たようなもんだよ。海が見れるのが嬉しいって思ってて。あと、新入生代表の文章考えてたかなあ」
「そっか、首席が読むから」
「そう。忙しかったな」
お互いに去年の事を思い出して、そっかあ、と頷いた。
空はゆっくりと雲を運んで、遠い上を鳥が羽ばたいてゆく。
二人は暫く、鳥が空を旋回するのを眺めていた。
しばらくして、御堀が口を開いた。
「―――――ねえ、幾。僕は思い出したけど、僕も本当はサッカー選手になりたかったんだよ」
御堀がぽつりと告げた告白に、幾久は「そっか」と答えた。
「驚かないの?」
「別に。だってユース居て、かなり上手いからさ。誉が言うならおかしくないよ。トッキー先輩ともいい勝負してたし」
むしろそのほうが自然に思えた。
「サッカー選手になって、和菓子職人になるのって、別に変なことじゃないじゃん」
幾久が言うと、御堀は思い切り深く息を吸い込んだ。
「……僕は幾みたいにさ、代表とか、そんな事考えてなくって。ずっとファイブクロスでサッカーやって、大学か、社会人か、それでサッカー続けて和菓子職人の修行して、なんて考えてた」
「うん」
「でも、中学生になった頃、父に言われてね。お前の進路は経済学部だ、そうでなくても経営の勉強をしろって。僕は嫌だって答えた。父は嫌でも構わない、と言った。だったら、職人が全員、いなくなるだけだって」
幾久は言葉を失った。
「僕の家はね、和菓子屋を経営してて、他にも不動産みたいな事もやってる。和菓子屋は縮小してもいいって言う。そうだと思う。父はそこまで和菓子には興味がない。むしろ店舗を小さくして、別の経営がしたいんだろうなとも思う」
「けど、そんなの中学生に言う?」
「僕の家は言うんだ。でも多分、父も同じように祖父に言われたんだなって、その時判った」
多分、父も家を継ぎたくなかったのだろう。
御堀はそう思った。
だけど抱えている職人やその人の家庭や、会社を持っている立場ではそれは許されない。
もしくは、潰すしか。
「僕はその時、サッカー選手になりたいとか、和菓子職人になりたいとか、自分の夢は叶わないって事もだけど、結局誰も望んでない事の方が辛かった」
あんなにも応援してくれても、どんなに御堀が頑張っても、いざ生活が関わると誰も御堀の味方はしないだろう。
工場に頻繁に出入りしているからこそ、それが嫌と言う程判った。
結局、誰かの生活の為の道具の為に自分が居る。
嫌だと思うのに、動けない。
「この先、学校に行って、例えば部活でサッカーをして、そこそこの成績を収めて、ユースに居たからってもてはやされたり、嫉妬される。その生活が見えた途端―――――嫌になってさ」
「うん」
「ひょっとしたら、そういうの見えて、姉さんは僕を報国院に連れてきたのかなって、今頃思うんだ」
思えば勝手にあきらめて決めつけて、そんな自分を嫌っているくせに大人受けのいい自分を演じていた。
その結果、結局大人に侮られて馬鹿にされて、戦おうにも方法が判らなくて、年下の女の子にまで八つ当たりして。
奇麗な着物をあてがわれて窮屈な思いをしていた御堀の元に、現れたのは幾久だった。
幾久がサッカー選手になりたかった、そう苦し気に紡ぎだした時、御堀は嬉しかったのだ。
同じ苦しみを抱えているなら自分は一人ではないのだと。
それはきっと酷い感情だ。
でも、御堀が幾久の苦しみに昏い喜びを覚えたように、幾久だって御堀をそう思ってもいい。
この世界でたった一人、御堀と同じように苦しんでいる事を認められる大切な存在が手の届く場所に居る。
幾久を救う事は、自分を救う事だ。
だから御堀はどこまでも傲慢に、幾久に愛情をぶつけることが出来る。
「―――――幾」
「なに」
「僕たちはサッカー選手にはなれない」
それは、幾久にとっての厳しいけれど、事実の事だった。
幾久が望むのは、親友の多留人とやる日本代表のサッカーだった。
図々しくても馬鹿げていても、それだけが望みだった。
だけど決して叶わない。
多留人には絶対に届かない。
「いまから死ぬ気で頑張っても、絶対に無理だろ」
それは御堀の冷静な分析で、幾久も同じように頷いた。
「無理だよな」
「幾は頑張れば、まあ大学とか社会人とか?」
「―――――でも、多留人とは絶対に無理」
幾久の言葉に、御堀も「まあね」と頷く。
どこのチームでもいいから所属して、サッカー選手の肩書が欲しいというのなら、どこかには引っかかるかもしれない。
でも、多留人には遠く及ばない。
そしてそこまでの情熱は、自分にはない。
情熱がなくとも、うまくこなす才能も。
「幾は日本代表にはなれないし、僕も和菓子職人にはなれない」
「うん」
「きっと僕らは、一生こうしてくすぶるんだよ」
「うん。わかる」
「だからさ。どうせくすぶるなら、なんか面白い事やるしかないなって思ったんだ」
和菓子なんかすぐ作れるし、サッカーだってどこでもできる。
だけど、御堀が願うような、幾久が望むような、そんな夢はもう届かない。
「夢が叶わないなら、なにをやっても所詮、ごっこ遊びになるんだよ。大人になってもきっと、ずっと」
「うん」
「じゃあ、僕はプロ並みに和菓子が作れて、サッカー上手な経営者になるし、幾はプロ並みにフットサル上手くなればいいんだよ。それしか僕らには叶わないんだから」
夢を願い続ければ叶うなんて、一握りの天才と幸運な人だけだ。
大した事ないよ、やってみたらいいじゃん。
夢が叶わないなんて努力が足りないだけ。
そんな事を本気で言う奴が居たら、ただの無責任だ。
誰だって、やらなければならない事や、守らなければならないものがある。
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