牛丼屋から始まる恋愛

いびつなきのこ

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出会いはいつ始まるかわからない

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 仕事終わり、販売員の俺は帰りの時間はいつも10時を回る。この時間になると飲食店もあまり空いてはいない。

 空いていないというよりは、気軽に済ます所が無いという方が正しい。調理器具が家にほとんど無い俺はカップ麺やレトルトで済ます事が多かった。

 しかしそんな俺は今、家に可愛い女の子が来ている。それも、シャワーを浴びる彼女を待っているというどう考えてもハッピーエンドな状況だ。

 それもこれも、なんとなく牛丼屋に行った事から始まった。





 この日棚卸しを終えた俺は普段より帰りが遅くなっていた。一人暮らしをしている奴ならわかると思うが仕事の後、コンビニでカップ麺を買って疲れた身体で3分待つのはかなり辛い。酷い時はそのまま寝落ちしてしまう事もあった。

 そんな事もあり遅くなった時は近くの牛丼屋で飯を済ます事が多い。俺は暗い夜道を歩き、煌々と光るオレンジ色の看板の店に入る。店内は夜遅くという事もありあまり客は居なかった。

 スマートフォンを開きなんとなくニュースを見る。時間は二十三時を回っている。

「はぁ……」

 すると二つ離れた店の端でため息が聞こえる。ピッタリとしたTシャツに同じくピッタリとしたデニム。深夜の牛丼屋には似つかわしく無い明るい髪をした女の子がテーブルの上で溶けていた。

(珍しいな……)

 俺は横目で彼女を見ながら牛丼を頼む。もちろん卵もトッピングしている。彼女も今来たばかりなのかほぼ同時に牛丼が出された。

(いただきます)

 小さく呟き箸を割る。いつもの様に卵を落とし、七味唐辛子をこれでもかという位に入れていると、隣の彼女も同じ様に入れ始めた。

 なんとなく七味の量では負けたく無い俺は、彼女が入れ終わるまで入れようとすると、思っていた以上に彼女はてんこ盛りにした。

「ちょっと、入れすぎだろ!」

 つい俺は声を漏らしてしまう。すると彼女はそれに反応する様に返事した。

「君も充分入れてると思うよ?」
「ま、まぁ」
「ここの七味美味しいよね!」
「辛すぎないし、牛丼に合うんだよ」
「わかる!」

 思わぬところで共感する。だがそれだけだ、所詮は見知らぬ他人。少し話しただけでさよならというのが当たり前だ。

 しかし……。

「私の顔に何かついてる?」
「いや、思ったより美人だったからつい」
「何? ナンパ?」
「牛丼屋でナンパとかおかしいだろ」
「あはは、確かに! でも素直に言っちゃう所がナンパしてるのと同じだよねー!」

 店内に2人の声が響く。店員さんも他に客がいないからか特に気にする様子は無く置いてあるテレビを眺めていた。

 俺は少し笑い返し、牛丼に箸をつけると緊張感の無い沈黙が流れた。なんとなくこの距離感を心地良く感じていると彼女が口を開いた。

「この辺に住んでる人?」
「ん、まぁ近いけど……君も近いの?」

 唐突な質問ではあったが、販売員の俺は聞き返す事で話を繋げられると経験が言っていた。

「んー、あたしは美濃加茂」
「ちょっと、今から帰れるの?」
「難しいかな。本当は友達の家に泊まるつもりだったからねー」

 彼女に何かあったのだろうか。少し切ない雰囲気が気になった。

「そっか……」

 そう呟くとなんとも言えない空気になる。心地良かった沈黙も気まずい雰囲気になる。だけどそんな事は気にしないと言っているかの様に彼女は黙々と牛丼を頬張ると、

「それじゃ、お先!」

 あっという間に食べ終わると、そう言って彼女は店をでて行った。この後どうするつもりなのだろうと気になったもののたまたま席が近くになっただけの俺にはどうする事も出来なかった。

「あの子、可愛いかったなぁ」

 俺はそう呟きながらレジでお金を払い、少し残念な気持ちで店をでた。大袈裟なのかも知れないけれど、普段とは違う日常にドキドキしていたのも事実だった。

「よっ! 食べ終わった?」
「え、何で?」
「だからぁ、行くとこ無いっていったじゃん?」
「そう聞いたけど」

 八月も手前、夜とはいえ風が無ければ蒸し暑い。彼女もそうなのだろう、Tシャツをパタパタと広げながら火照った様な顔をしている。

「暑いよね」
「もう、汗がベタついて気持ち悪い……」
「このまま始発まで待つつもり?」
「まぁ、そうなるかどうかは目の前の君がいい人かどうかで変わるかな?」

 そう言って少し前屈みに上目遣いをする。目を逸らすと彼女のTシャツの中からピンク色の下着が少しだけ見え、顔を逸らした。

「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ?」
「どっちでもあり得ると思うんだけど?」
「何が?」
「だから俺がいい人でも悪い人でも……その、アレだよ」

 彼女は俺の顔を覗き込む。それからニヤニヤと笑い尋ねた。

「なるほど。それで、君はどっちなの?」

 恐怖心はないのだろうか?
 あったばかりの、それも偶然牛丼を近くで食べていただけの相手に答えを委ねるつもりなのか?

「じゃあ、うちに来る?」
「どちらかは言わないんだ?」
「それは、まぁ……」
「いいよ! 悪い人ならもっとスムーズに誘うだろうし、少なからず好意は感じだから」
「本気で来るの?」
「嫌だった?」

 俺は首を振り、彼女のペースに持っていかれているのが分かる。家がワンルームというのは分かっているのだろうか。

 しかし彼女には警戒している様子もなく、家に向かう俺に付いてくる。近くも無く遠くもない距離感で街頭の光で時々彼女の姿がハッキリと見えた。

 一体何を考えているのだろう。
 彼氏とかはいないのだろうか?
 きっと、帰りの時間を逃しただけで、都合のいい泊まり先が見つかったくらいにしか思ってはいないのだろう……。

「急に喋らなくならないでよ?」
「そんな事言われても、色々気になるだろ?」
「あ、変な事考えてるんでしょ?」
「そ、そんな事ないし」

 期待していないと言えば嘘になる。だけどそれを見透かされた様な言葉は俺の胸にはチクリと刺さる。だけど、彼女の反応に少しは期待していいのかも知れないと思った。

「ここなんだけど……」

 そうこう話しているうちにマンションに着いた。小さなどこにでもあるマンションは、彼女のおかげでいつもとは違う様に見えた。

「意外といい所じゃん!」
「そうかな、普通の一人暮らし用のマンションなんだけどな」
「いやいや、もっとボロボロな所もあるし」
「そりゃあるだろうけど」

 階段を上がり三階に着くとすぐ近くのドアが俺の部屋だった。鍵を開け電気をつける、一人暮らしの八畳のワンルームが露わになる。

「ふむふむ、急に来た割にはそれほど散らかってはいないね」
「来るってわかってたら掃除位はしたんだけどね」

 部屋に入ると彼女は小さな鞄を置いた。俺もとりあえず荷物をパソコンデスクに置く。

「ベッドに座っていい?」
「うん、そこかこの椅子位しか座る所ないからね」

 牛丼屋で見た時も思ったのだが、明るい場所で見る彼女はやはりかなり美人というか可愛い。ただ何もする事がない分、コンビニでお菓子でも買って来ればよかったと後悔する。

 回りをキョロキョロと見渡すと彼女はTシャツが積んである所で目を止めた。

「ねぇ、Tシャツ借りていい?」
「いいけど、どうするの?」
「出来れば、シャワーも借りたいんだけど」
「まぁ、それは構わないけど……」

 彼女に風呂場を案内すると、恥ずかしそうに言う。

「後ろ向いててよ」
「あ、ごめん」

 服を脱ぐ気配と布の擦れる様な音が想像力を掻き立てる。今後ろを向けは下着、いやもしかしたら裸なのだろうか?

 少しずつ股間が膨らむのを感じ、すかさずポジションを直した。すると、ドアを開ける音がしてすぐにシャワーの音が聞こえてきた。

 なんだ、この状況は。
 女の子が、しかもとびきり可愛い子が俺の部屋でシャワーを浴びている。正直手を出しても誰も責めたりはしないであろう状況だ。

 だが、出会ってまだ一時間も経っていない。しかしエッチまではいかなくてもあと二つ位はいい事があるかもしれない。

 彼女がシャワーを浴びている数分が、物凄く長く感じる。すると中から声が聞こえてきた。

「シャンプーとか使ってもいい?」
「ああ、適当に使って構わないよ」
「はーい!」

 色々考えていたせいで、普通の会話にもドキドキしてしまう。すぐに出てくるのだろうか?

 ガチャ……

「やっぱり、後ろ向いててよ」
「あ、ごめん」

 シャワーを浴び、濡れた髪の彼女がひょっこりと顔を出していた。俺の中でドキドキと興奮が大きくなり我慢の限界が近い。

「はい、いいよー」

 振り向くと彼女は俺のTシャツを着てワンピースの様な姿になっていた。

「かわいい?」
「うん、似合ってるよ」

 彼女は嬉しそうに笑うと近づいてくる。

「ねぇ、お礼何がいい?」
「お礼?」
「うん、タダで泊まるのは悪いじゃん?」
「いいよ別に、気にしなくて」
「それは良くないよ」

 とはいえ、こういう時のお礼って何を頼めばいいのだろうか? 男同士なら飯や酒でも奢ってもらう所かも知れない。そう悩んでいると彼女が尋ねた。

「何か欲しいものある?」
「え、うーん……」
「あんまり高いのは無理だよ?」
「じゃあ、彼女が欲しい」

 少し驚いた顔をする。彼女はすぐに鞄からスマートフォンを出すと何やらポチポチとやり始めた。

「はい、この中ならどの子がいい?」
「うーん、この子かな?」
「えっとそれ、あたし……じゃあこっちの写真ならどう?」
「こ、これかな?」

 そう言うと彼女は目を細める。

「ねぇ、ワザとやってるでしょ?」
「だってこの子が一番かわいいから」
「……さき」
「へ?」
「だから、この子の名前!」

 俺はこの時、初めて彼女の名前を知った。正直名前なんて知らなくても良いと思っていた。だけど、さきがそう言った瞬間、彼女が自分の人生の登場人物になった様な気がした。

「いい名前。それじゃさきがいいかな」
「……もう」

 そう言うと彼女は手を軽く広げる。

「何?」
「……おいで? 彼女欲しいんでしょ?」
「え、いいの?」
「やっぱりダメ」
「えー、」
「ちゃんと言って!」

 恥ずかしそうに目を逸らす彼女に、俺は止まらず言った。

「さき、彼女になってくれませんか?」
「……いいよ?」

 そう言って近づくと彼女はギュっと抱きしめて言った。

「君の名前も教えて?」
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