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二章【転生乙女(30)、心臓が爆発する】

01

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私が転生してから一ヶ月が過ぎようとしていた。暦を破けば5月という文字が私の視界に映る。

現実は上手く進んでいるようで進んでいない。一応漫画通りには進んでいる。だが何故かナツハナフラグが立たないのだ。漫画通りに行けば、4月にあったサッカー部の交流試合で二人の距離が近付く筈なのだが、全くと言って良い程縮まっていない。

寧ろ私と夏目先生の距離が近付いているような気がしないでもないのだが。

定期的に行われる二人きりの飲み会のお陰か、はたまた加藤先生という起爆剤の存在のお陰か。

それとも、彼女の振りをしているお陰、か。

いや、言わずもがな後者ですよね。分かります。
本当ならば断る予定だった。自分から言い出しておいて無責任だとは思うけれど、ね。私の存在はあくまでナツハナを推すモブなのだから。

けれど――…

「思い出すだけで頭が痛い…はぁ…」

先日起きたとある事件を思い出してズキズキと痛む頭を抱える。

――そう。私は断る筈だった。なのにあのデラックスクソビッチ…じゃなくて加藤先生が凄まじい爆弾を私達に投げて寄越したのだ。




*****




「――以上が健康診断の流れになります。前年と流れは変わりないですが何か質問はありますか?」

職員室でずらりと先生が集まる中、私はプリントを配りながら声をあげた。
生徒達が入学して数週間が過ぎたある日、健康診断がある。私は養護教諭の為、その準備で大忙しだ。手続きやら手配やらプリント作成やら何やら。

質問が無い事を確認して、教師の朝礼を終える。
朝礼の準備をした先生方がゾロゾロと職員室を出る中、私も…と立ち上がった時、肩をポンと叩かれた。

「加藤先生…」
「七瀬せんせぇ、質問あるんですけどぉ」
「は、はぁ…」

いや、お前健康診断関係無いだろと口に出そうになったがすんでの所で堪えながら曖昧に返事すれば身体をクネクネと動かしながら変な事を言い出した。

変な事過ぎて言葉が出なかったよ。うん。

「あのぉ、七瀬先生ってぇ、男子生徒クンの身体触るんですよねぇ?イヤらしくないですかぁー?」
「……………………は?…は?」
「だからぁ、欲求不満の七瀬先生が男の子の身体触って襲ったりしないか心配してるんですぅー」

鳩に豆鉄砲喰らう顔とはこういう表情では無いだろうか。だから、と言われたが全く理解が出来ない。何を言っているのかね?

ぽかんとしている私の顔を見て何故か勝ち誇っている加藤先生。まさか私が図星を突かれて無言になったと思ってる?

「あ、あの。加藤先生…」
「いやっ!汚らわしい!」

誤解を解こうと伸ばした手をバチンと叩かれる。そして大袈裟な怯え。他の先生も居るのにそんな事をされてどうしろと。

回りを見渡せば残っていた先生が眉を顰めている。加藤先生のおかしな茶番に顰めていて欲しいところだが…。
私の隣に座っている夏目先生ですらポカンとしているよ。

何か言おうとしても加藤先生はわざとらしく私の言葉を遮る。
あの、と言えばいやぁ!
えぇ…と言えばやぁ!

呆れて溜息を吐けば大きな瞳を潤ませ、私を睨む。グスグス鼻を鳴らしながら何故か夏目先生に目配せしている。

おい、夏目先生はこれから朝礼に行かなきゃいけないんだぞ?邪魔するなよ…

俯いている夏目先生から気を逸らせようと加藤先生に声を掛けた時だった。
恐ろしい程の低い声が夏目先生の口から発せられた。

正直、誰の声って思ったよね。だって何時も朗らかで優しい声の持ち主である夏目先生があんな魔王のような声を出すんだもの…。驚いたさ。

「――いい加減にしてくれませんか」
「え?」

言葉と同時に不快な感情を露わにした夏目先生が顔を上げた。怒っている。間違い無く怒っている。

「先程から何を言ってるんです?七瀬先生が生徒を襲う?貴女、自分で何を言っているか理解していますか?」
「え…夏目先生…?」

静かに怒りを露わにする夏目先生に気圧された加藤先生が震えながら信じられないと言うような表情を浮かべている。
まさか自分に怒りが向いているとは思っていなかったのだろう。

夏目先生が立ち上がり庇うように私を背中に隠す。
そんな私に殺意を込めた視線で睨まれるが夏目先生の冷たい視線によって遮られた。

――彼女は私が気に入らないのだろう。自分の思い人である彼と仲が良いから。

分からないでも無い。好きな相手の側に違う異性が居たら嫌だよね。でもこれはやり過ぎだと思う。
きっと彼女は最悪、の事を考えていない。

だって彼女は自分の事しか考えていないのだから。だから嫌がる夏目先生にしつこく出来るし、私にこういう処刑に近い事も出来るのだ。

「理解しているのか、って聞いてるんです。もしも此処に生徒が居たらどうなると思いますか?きっとその生徒は言いふらすでしょうね。七瀬先生が生徒をイヤらしい目で見ている、とね。その後どうなりますか?そのスカスカのおつむでも分かりますよね?」
「あ…ぇ…」
「貴女の嘘のせいで七瀬先生は最悪な事になります。この学校も。それを貴女は自身の醜い感情でやってのけたのですよ」

職員室がシン、と静まる。

「…これ以上、七瀬先生を傷付けないで頂きたい」
「は、どうして…どうしてですか!どうして夏目先生は…っ!!」

言葉にするのも嫌なのか、黙って唇を噛みしめ夏目先生の後ろに隠れる私を睨む。そんな彼女に夏目先生が溜息を漏らし、私の腕を引いて肩を抱きしめた。

そんな夏目先生の行動に私も加藤先生もきっと他の先生も驚きを隠せないでいた。

――そして落ち着きを取り戻した夏目先生が職員室に散弾銃を放ったのだ。

「どうして?僕達付き合ってるんで。まぁ、それ以前にどう見ても貴女が悪いですよね?」




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