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第一章 三鷹花魁と禿
5 偽善
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折檻が終わって部屋から出されてすぐ、兄様の元へと向かった。また、南雲に会える!まだ、南雲と兄様といられる。
嬉しさに溢れながら、兄様の元へ向かっていく途中で聞きたくないことを耳にした。
「舞菊花魁、助けて貰ったのに死んじゃったらしいよ」
南雲が……死んだ?あの後、南雲は死んだの?
聞きたくないと願えば願うほど、その女は無情に話を続けた。
「まぁ、可哀想。助けに入ったのって一緒に来た雛でしょう? 雛が気落ちしないといいけど」
「あの子が割って入った時点で助からなかったのよ。三鷹花魁がお医者様を呼んだらしいけど、間に合わなかったんだって。まだ若かったのにねぇ」
思ってもいないこと言っている花魁たちに吐き気がする。雛菊様の忘れ形見な南雲がいなくなって良かったと思っているくせに。可哀想だなんて微塵も思っていないくせに。
そんな事よりも。わっちは兄様には申し訳ないことをしてしまった。兄様に南雲の最期を看取らせてしまった。雛菊様と同じように。またわっちは兄様に負担を掛けてしまった。最初から、わっちは別の行動を取ればよかったのに。わっちが南雲を止められたら良かったのに。
視界がぼやけて、頬を液体がつたう。涙だ。悲しみの涙。後悔の涙。兄様にまた人の死を背負わせてしまったという後悔。雛菊様との約束を破ってしまったという後悔。南雲を助けられなかったという後悔。家族とも言える幼馴染の、大切な親友がいなくなったことの悲しみ。
「わっちがやった事は……ただの偽善じゃ……」
南雲を助けられず、兄様を苦しめ……わっちは雛菊様みたいになれるわけが無い。わっちなんかが雛菊様のようになれるわけが無い。
はっきりと意識すると、全身の力が抜けた。されるがままに床に座り込み、雛菊様を謳った偽善をしてしまったことに後悔する。
ごめんなさい、雛菊様。わっちは勝手な偽善で二人も傷つけてしまった。最初から、行動なんて起こさない方が良かった。
考えれば考えるほど胸の奥の痛みを感じる。痛くて、苦しい。もしかしたら、兄様もこうだったのかもと思った。
「……雛……!」
目を赤く腫らした兄様が廊下に座り込んでいるわっちを見つけてふわりと抱きしめた。わっちよりも暖かい兄様の体温が少しずつ冷たくなっていく。兄様の体温をわっちが奪っているのだ。
わっちは、兄様から奪ってばかりである。兄様だけじゃない。わっちの周りの人から、奪ってばかりだ。
「ごめんね、俺がちゃんとしてれば……」
わっちを強く抱き締めて自分を責める兄様は見ていられなかった。兄様を責めさせてしまったのはわっちの責任だ。それなのに、兄様はわっちを責めようとしない。
「……ごめんなさい、兄様っ」
心の中を罪悪感が埋める。止めたくても、涙が止まりそうにない。ごめんなさい、兄様。いくら謝罪しても、南雲は戻ってこない。兄様を責めさせてしまったことは変わらない。
兄様はわっちの背中を擦りながらすすり泣いている。グサリ、グサリと兄様の優しさが胸に突き刺さる。優しくしないで欲しい。
「雛、雛は兄様と居てね。居なくならないでね……」
小さく呟いた、悲痛の叫びはしっかりとわっちの耳に届いた。まるで呪いのように心にまとわりつく。悪いものじゃない。これはきっと自分への戒めになる。わっちは何も返さずに、心の内で誓った。――責めてもの償いに、わっちは兄様よりも先にはいなくならない――と。
止まらない涙よりも、兄様のほうが気になって、居なくならないで欲しいという念を込めて、袖の部分をぎゅっと握りしめた。
兄様はすぐに居なくならないでください。わっちは、兄様のお願いをちゃんと聞きますから……。
嬉しさに溢れながら、兄様の元へ向かっていく途中で聞きたくないことを耳にした。
「舞菊花魁、助けて貰ったのに死んじゃったらしいよ」
南雲が……死んだ?あの後、南雲は死んだの?
聞きたくないと願えば願うほど、その女は無情に話を続けた。
「まぁ、可哀想。助けに入ったのって一緒に来た雛でしょう? 雛が気落ちしないといいけど」
「あの子が割って入った時点で助からなかったのよ。三鷹花魁がお医者様を呼んだらしいけど、間に合わなかったんだって。まだ若かったのにねぇ」
思ってもいないこと言っている花魁たちに吐き気がする。雛菊様の忘れ形見な南雲がいなくなって良かったと思っているくせに。可哀想だなんて微塵も思っていないくせに。
そんな事よりも。わっちは兄様には申し訳ないことをしてしまった。兄様に南雲の最期を看取らせてしまった。雛菊様と同じように。またわっちは兄様に負担を掛けてしまった。最初から、わっちは別の行動を取ればよかったのに。わっちが南雲を止められたら良かったのに。
視界がぼやけて、頬を液体がつたう。涙だ。悲しみの涙。後悔の涙。兄様にまた人の死を背負わせてしまったという後悔。雛菊様との約束を破ってしまったという後悔。南雲を助けられなかったという後悔。家族とも言える幼馴染の、大切な親友がいなくなったことの悲しみ。
「わっちがやった事は……ただの偽善じゃ……」
南雲を助けられず、兄様を苦しめ……わっちは雛菊様みたいになれるわけが無い。わっちなんかが雛菊様のようになれるわけが無い。
はっきりと意識すると、全身の力が抜けた。されるがままに床に座り込み、雛菊様を謳った偽善をしてしまったことに後悔する。
ごめんなさい、雛菊様。わっちは勝手な偽善で二人も傷つけてしまった。最初から、行動なんて起こさない方が良かった。
考えれば考えるほど胸の奥の痛みを感じる。痛くて、苦しい。もしかしたら、兄様もこうだったのかもと思った。
「……雛……!」
目を赤く腫らした兄様が廊下に座り込んでいるわっちを見つけてふわりと抱きしめた。わっちよりも暖かい兄様の体温が少しずつ冷たくなっていく。兄様の体温をわっちが奪っているのだ。
わっちは、兄様から奪ってばかりである。兄様だけじゃない。わっちの周りの人から、奪ってばかりだ。
「ごめんね、俺がちゃんとしてれば……」
わっちを強く抱き締めて自分を責める兄様は見ていられなかった。兄様を責めさせてしまったのはわっちの責任だ。それなのに、兄様はわっちを責めようとしない。
「……ごめんなさい、兄様っ」
心の中を罪悪感が埋める。止めたくても、涙が止まりそうにない。ごめんなさい、兄様。いくら謝罪しても、南雲は戻ってこない。兄様を責めさせてしまったことは変わらない。
兄様はわっちの背中を擦りながらすすり泣いている。グサリ、グサリと兄様の優しさが胸に突き刺さる。優しくしないで欲しい。
「雛、雛は兄様と居てね。居なくならないでね……」
小さく呟いた、悲痛の叫びはしっかりとわっちの耳に届いた。まるで呪いのように心にまとわりつく。悪いものじゃない。これはきっと自分への戒めになる。わっちは何も返さずに、心の内で誓った。――責めてもの償いに、わっちは兄様よりも先にはいなくならない――と。
止まらない涙よりも、兄様のほうが気になって、居なくならないで欲しいという念を込めて、袖の部分をぎゅっと握りしめた。
兄様はすぐに居なくならないでください。わっちは、兄様のお願いをちゃんと聞きますから……。
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