シロクロ

aki

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⒈出会って一日目

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4月18日。俺はとある政治家を撃った。とある女性からの依頼で、その政治家は強姦をした挙句訴えを揉み消したらしい。しかも何人も。強姦された辛さは俺には分かり得ないが女性の心身ともに傷付けた『悪人』である事は分かる。それでも、そんな酷いやつであっても殺しては行けないなんて分かりきっている事だ。でも、俺は罪を罪だと思っていない人に対して同情なんてしない。
俺が撃った政治家ソイツは上手い具合に心臓を貫かれほとんど痛みもなく死んで行っただろう。位置的に声が聞こえないのが惜しい。スコープで俺が貫いた心臓から流れ出る血を眺める。俺は『死』だけは皆平等だと思う。どんなに偉いやつでも心臓や脳を刺されれば死ぬし、不老不死なんてこの世には無いのだから。
あぁ、痛そう。なんて他人事のように思っていれば一人の男と目が合った。誰よりも艶やかな黒髪に空みたいな真っ青な目を持つ男...。彼は確か警視庁捜査一課の警部補『城白誠生』。28であるにも関わらずたくさんの成果を上げ、驚異の昇進をしている男。
澄まし顔で、でもまるで獲物を見つけた獣のような彼の目。俺を捕まえると言わんばかりのその目に捉えられ全身に快感が走るような感覚に陥った。あぁ、面白くなりそう...!
どこかへと走り出した彼は恐らく俺の所へ来るだろう。幾らスピード出世している男であっても幸せフツウの世界を生きている彼は俺の敵では無いし、脅威になることもない。何より彼に興味が湧いたのだ。
俺は逃げられる時間があれどスナイパーライフルを仕舞うだけで逃げる事はしなかった。一度会って話をしてみたい。俺の歪んだ好奇心が彼を待つことを選んだ。
頭の中で俺が知っている彼の情報を思い起こしながら待っていれば音を立てて扉が開いた。
やっとお出ましか...。
銃口を俺に向け、バチバチに警戒する城白誠生に彼は根っからの善人だ。なんて思いながら、嫌味を込めて俺は口角を上げる。彼のような悪を悪だと思って疑わない善人は俺の嫌いなタイプである。
「いらっしゃい、お巡りさん。」
まるで女を誘惑して殺す時のような甘ったるい声で俺がそう言えば城白誠生の表情が歪み殺意が零れるように出てきた。その殺意になんだ殺意こんなのも持っていたのか...。と無意識下で自分でも分かるくらいに目を見開いた。殺し屋に通じるものでは無いにしろ、警察官らがだすほど生温い殺意ではない。と、思えば城白誠生から殺意が完全に消えた。こんな完璧に消すなんて永らく裏社会に居ない限りは無理だぞ...?!なんて動揺する。
俺は彼をよく知らなさ過ぎたのだという答えにたどり着けば笑いが込み上げてきた。彼は俺の嫌いなタイプの善人じゃなかった!少なくとも悪を悪だとは思っていないのだろう。かと言って善悪の区別が着いていない訳でもない。中途半端なのだ。何もかも。彼は警察官としての意識がある。逆に言えば彼にはそれしか無い。色で例えるならまだ何も知らない染めがいのある真っ白だ。
「何笑っているんだ?」
至って冷静にそう聞かれる。彼は器用だ。仮にもカタギの人間であるのに何一つ動揺していない。その上殺意までもしまって...。俺は声を上げて笑った。
「すごいね!殺意が消えたよ。君はプロのお巡りなんだね。でも残念だなぁ。顔を見られたら殺すって決めてるんだ。」
俺はポケットから拳銃を取りだし城白誠生に向ける。一応持ってきておいて良かったとは思うがはっきりいってまだ撃つ気は無い。
「死んで...って言いたいところなんだけど、面白いモンが見れたから俺と友達になってくれるなら見逃してあげる。もちろん、そうなったら情報は流さないでね...。」
俺がそう持ちかければ城白誠生は顔を歪めた。冷静に考えている彼に対しておかしな提案を持ちかけたという事は理解はしていたが俺は悪いとは思っていない。命を俺に取られるくらいなら俺と友達になった方がいいだろうし、俺も自分とは違う世界を生きているのに殺気を消すことが出来ている人なんて興味しか湧かないのだ。利害の一致と言うやつである。断られなかった場合ではあるが…。
「…分かった。要求を飲む。」
渋々と言った様子でそう言った城白誠生に対して俺は嬉しくなり笑う。殺さずに済んだから嬉しいのか、友達ができたから嬉しいのかは分からないがとにかく嬉しい。
「じゃ、俺帰るね!近々君に会いに行くから逃げないでよね?城白誠生くん。」
俺はスナイパーライフルの入った鞄を持ち柵を乗り越え飛び降りる。結構な高さがあった気がするが日々鍛練を繰り返していればこの程度は容易い事だ。降りれば知り合いが車で待っており、手招きされるがまま車に乗り込む。
「遅かったわね。何か面白い事でも?」
そういうこいつの名前は名護蜜柑なごみかん。ちなみにこの名前は源氏名で本来は名護貴之なごたかゆき。彼女ではなく彼である。女装は趣味だとか…。
「面白い警察官がいたんだ。蜜柑こそ俺を迎えに来るなんて珍しい。何か面白い事でも?」
俺が自分でも分かるような悪魔みたいな笑みを浮かべそう聞けば蜜柑はため息を吐き紙の束を俺に渡した。紙をめくり中を見る。
「あ、城白誠生。」
中には刑事の情報が載っており、その中にはさっき友達になったばかりの城白誠生の名前もあった。「あら知り合い?」と聞く蜜柑に「さっき友達になった面白い警察官。」と返す。驚かれたのは言うまでもないだろう。殺しの現場で友達を作るやつなんて世界中を探しても俺だけだろう。
「…それは他の組織が殺しにかかる警察官よ。知り合いなら守ってでもあげれば?」
「他の連中ね…。守る必要ないと思うけど。彼強いし。」
その俺の言葉に蜜柑が「殺し専門の奴らとカタギの警官じゃ勝手が違う」と言ったがはっきりいって彼はその枠を超えつつある。まぁ、まだ教えてないけども。
「…まぁ、注意してね。」
蜜柑は続けて「人間いつ死ぬか分からないんだから。」と言った。少し陰り帯びている蜜柑に「俺は死なねぇよ。」と返す。俺は人間だからいつかは死ぬが今は死ぬ気は無い…と言うだけなのだけども。蜜柑は「ばーか。」なんて俺に悪態づいた。子供かよ…と思ったのは内緒だ。
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