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温もり

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泣きそうな顔をした私を落ち着かせるためか、近くのベンチに2人で腰を下ろした。
風を避けるためにピタリとくっついて座ったから、敬さんから伝わる温もりが温かい。

「お父さんのこと、相談した方がいいと思うぞ」
「え?」

「あいつらはきっと、またお父さんに所に来るはずだ」

あいつらって借金取りのこと。

「真理愛だけではどうにもできないだろ?」

それはそうだけれど。

「このままじゃ、お父さんが追いつめられるだけだ」

確かにそうだけれど。

「お母さんに、相談しろ」
「イヤよ」
なぜか即答していた。

「他に頼る人はいないんだろ?」

そうだけど・・・

「ママには言わない」
「何で?」
「嫌いだから」
「はあ?」
意味が分からないって風に、敬さんが私の顔を覗き込む。

敬さんはママを知らないから。
だから「相談しろ」なんて適当なことが言えるのよ。

「ママに相談するくらいならその辺を歩いている野良猫相手に話す方がまし」

ムギュッ。

「痛いっ」
いきなり頬をつねられて、声が出た。

「どんな人でも親だろ。もっと大切にしろ」

フン。
それはきれいごと。

私の気持ちなんて誰にも分らない。



「高城先生に、俺から話そうか?」
「冗談はやめて」

そんな事すれば敬さんとのことも知られてしまうし、昨日敬さんのマンションに泊ったこともバレてしまうかもしれない。
それは嫌だ。
それに、

「もしかして、おじさんを知っているの?」

狭い街だから面識があっても不思議ではないけれど、想像もしていなかった。

「仕事で何度か一緒になったことがある。いかにも小児科医って感じの優しそうな人だったな」

うん、そうね。
確かにおじさんはとっても優しい。
でも、

「お願いだから、何も言わないでね」
そんなことされたらめんどくさいことになる。

「じゃあ、自分で話せ」
「・・・」

「真理愛」
返事をしない私に、幾分強い調子で名前を呼ぶ敬さん。

やっぱり敬さんも他の大人と一緒なのね。
「お前は子供だから」「子供にはわからない」みんなすぐにそう言う。
私は今までママに守られた記憶はないし、泣き虫で子供みたいなママを私が守ってきたのに。みんな私が悪いって言うのね。

あ、あああ、もう。

敬さんの方を見ることなく、私は立ち上がった。
たとえどんなに止められても、仮に怒鳴られたってここから一人で帰る気でいた。

「どこ行く気だ?」
鋭さの増した敬さんの声。

私は返事もせずに歩き出した。
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