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2月14日の未来・・・
①
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side 敬
あれから何年経っただろうか。
俺と真理愛が初めて会った時、真理愛はまだ高校生だったし、俺は研修医が終わったばかりの社会人一年目で、今思えばお互いに未熟だった。
それでも、あの時はあの時なりに必死に生きていた。
そんな自分たちを否定する気はない。
ウ、ウゥ―ウー。
医局の椅子に座ったまま、両手を突き上げて体を伸ばす。
あぁー、疲れた。
平日のくせに昨日の夜はやたらと急患が多くて、救急外来も混んでいた。
お陰で仮眠をとることができなかった。
「杉原先生、これ、ここでいいですか?」
研修医が手に持って現れた大きな紙袋。
「ああ、ありがとう。そこに置いてくれる?」
「はい」
昨日は2月14日。バレンタインデー。
今は職場で義理チョコを贈る習慣も薄れてきているようだが、うちの病院ではスッタッフや業者からのチョコがたくさん届く。
何度か断ろうとしたが、「気持ちですか」と言われると無下にはできず、黙認することにしている。
「あら、大漁ね」
たまたま近くにいた同期の消化器科医、皆川環が紙袋の中を覗いている。
「欲しかったらやるぞ」
「結構よ。うちにもたくさんあるわ」
だろうな。
環の旦那は俺よりもモテから。
「それに、おばさまからも頂いたしね」
「ああ」
チョコは家にもあるんだった。
環の言うおばさまって言うのは、副院長夫人のこと。
要するに俺の血と分けたおじさんの奥さん。
縁あっておじさん夫婦の家に居候していた環は、今でも実の子供のようにかわいがられている。
「それにしても環、その格好どうにかならないか?」
俺と同じく夜勤明けで化粧っ気もなく髪も後ろに一本結びにしただけの姿に、つい説教じみた口調になる。
「何でよ、誰も見ていなんでしょ」
「しかし・・・」
そんなに素材が悪いわけではないんだから、もう少し気を遣えばいいのに。
「大丈夫よ、患者さんの前に出る時には白衣を着るから。そうすれば平気よ」
「それはそうだが、お前が着ているそのセーターって皆川先生のだろ?」
さすがに旦那の服を着て仕事に来るっておかしい気がする。
「いいじゃない、言わなきゃわからないわよ。それに、事情があるの」
え?
俺は環の頭からつま先までを改めて見直した。
靴はかかとのないフラットなシューズ。
ズボンは、デニムだろうか?随分ゆったりしている。
普段、動きやすさを重視してすっきりした服を選ぶ環にはめっずらしいチョイスだ。
そして、セーターは少し前に皆川先生が着ていたもの。
やはり大きめで環のお尻のあたりまで隠れている。
あれ、これって・・・
「もしかして、2人目?」
「シー、言わないで」
慌てて俺の口を塞ごうとする環。
そうか、そう言うことか。
2年前に結婚した環は先日産休明けで仕事に復帰したばかり。
さすがにこのタイミングでの2人目妊娠は言い出しにくいんだろう。
「お願い、黙っていてね」
「ああ。でも時間の問題だぞ」
「わかっているわ」
少しだけ環の顔が暗くなった。
ごめんな環。
実は俺もお前に報告があったんだが、今は言い出せない。
もう少し時間がたって2人とも安定期になったら話すよ。
お互いに肉親の縁が薄い俺たちの家族が増える話だから、もっと明るく笑えるタイミングで話したい。
fin
あれから何年経っただろうか。
俺と真理愛が初めて会った時、真理愛はまだ高校生だったし、俺は研修医が終わったばかりの社会人一年目で、今思えばお互いに未熟だった。
それでも、あの時はあの時なりに必死に生きていた。
そんな自分たちを否定する気はない。
ウ、ウゥ―ウー。
医局の椅子に座ったまま、両手を突き上げて体を伸ばす。
あぁー、疲れた。
平日のくせに昨日の夜はやたらと急患が多くて、救急外来も混んでいた。
お陰で仮眠をとることができなかった。
「杉原先生、これ、ここでいいですか?」
研修医が手に持って現れた大きな紙袋。
「ああ、ありがとう。そこに置いてくれる?」
「はい」
昨日は2月14日。バレンタインデー。
今は職場で義理チョコを贈る習慣も薄れてきているようだが、うちの病院ではスッタッフや業者からのチョコがたくさん届く。
何度か断ろうとしたが、「気持ちですか」と言われると無下にはできず、黙認することにしている。
「あら、大漁ね」
たまたま近くにいた同期の消化器科医、皆川環が紙袋の中を覗いている。
「欲しかったらやるぞ」
「結構よ。うちにもたくさんあるわ」
だろうな。
環の旦那は俺よりもモテから。
「それに、おばさまからも頂いたしね」
「ああ」
チョコは家にもあるんだった。
環の言うおばさまって言うのは、副院長夫人のこと。
要するに俺の血と分けたおじさんの奥さん。
縁あっておじさん夫婦の家に居候していた環は、今でも実の子供のようにかわいがられている。
「それにしても環、その格好どうにかならないか?」
俺と同じく夜勤明けで化粧っ気もなく髪も後ろに一本結びにしただけの姿に、つい説教じみた口調になる。
「何でよ、誰も見ていなんでしょ」
「しかし・・・」
そんなに素材が悪いわけではないんだから、もう少し気を遣えばいいのに。
「大丈夫よ、患者さんの前に出る時には白衣を着るから。そうすれば平気よ」
「それはそうだが、お前が着ているそのセーターって皆川先生のだろ?」
さすがに旦那の服を着て仕事に来るっておかしい気がする。
「いいじゃない、言わなきゃわからないわよ。それに、事情があるの」
え?
俺は環の頭からつま先までを改めて見直した。
靴はかかとのないフラットなシューズ。
ズボンは、デニムだろうか?随分ゆったりしている。
普段、動きやすさを重視してすっきりした服を選ぶ環にはめっずらしいチョイスだ。
そして、セーターは少し前に皆川先生が着ていたもの。
やはり大きめで環のお尻のあたりまで隠れている。
あれ、これって・・・
「もしかして、2人目?」
「シー、言わないで」
慌てて俺の口を塞ごうとする環。
そうか、そう言うことか。
2年前に結婚した環は先日産休明けで仕事に復帰したばかり。
さすがにこのタイミングでの2人目妊娠は言い出しにくいんだろう。
「お願い、黙っていてね」
「ああ。でも時間の問題だぞ」
「わかっているわ」
少しだけ環の顔が暗くなった。
ごめんな環。
実は俺もお前に報告があったんだが、今は言い出せない。
もう少し時間がたって2人とも安定期になったら話すよ。
お互いに肉親の縁が薄い俺たちの家族が増える話だから、もっと明るく笑えるタイミングで話したい。
fin
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待ってました。敬先生の話ですね。上司が終わったばかりなのにとても嬉しい😆です。無理のない程度で更新をして下さい。楽しみができて良かった🎉
ノン母さん
感想、うれしいです。ありがとうございます。
まだ書き始めたばかりで更新もままなりませんが、気長にお付き合いください<(_ _)>