逃げて、恋して、捕まえた

紅城真琴

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逃避行の先に見えたもの

試練②

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シェルターにやってきて十日が過ぎた。
私の体も大分回復し、九州の実家への移動許可も出た。
約五年住んだ東京を離れることに未練がないわけではないけれど、ここにずっといることもできず他に選択肢はない。

「九州へ帰るの?」
「はい」

病院で検診を受けた帰り、琴子さんとカフェに入った。
琴子さんの行きつけらしい小さなカフェ。
オレンジジュースと小さなケーキを注文して、私は琴子さんと向かい合った。

「やっぱり、一人で育てるの?」
「そのつもりです」

未来のある奏多の負担にはなりたくない。

「九州のご両親には?」
「まだ何も」

帰ってから叱られようと覚悟している。

「誰が何を言っても、生みたい気持ちと一人で育てる決心は変わらない?」
「はい」

どんなに止められても中絶する気はないし、一人で育てる決心をした。

「それだけ覚悟しているんならもういいわ。でも、人生の先輩として少しだけ厳しいことを言わせてもらうわね」
「はい」

驚いた私は、姿勢を正して琴子さんを見た。


「あなたは母親だからお腹の子に責任があると思うわ。一生懸命育てないとって気持ちも理解できる。でもね、子供は子供で一人の人間なの。あなたが勝手に父親を奪う権利はない」
「え?」
「一緒にいたくないとか、事情があって妊娠を告げることができないこともあるだろうけれど、芽衣ちゃんの場合は違うんじゃないかしら?」

確かに、私の場合はDVでもないし、人に言えないような不幸な妊娠でもない。
私は奏多を愛していたし、好きだから妊娠した。子供にもちゃんとそう伝えるつもりでいる。

「私自身父親が誰か知らないから言うのよ、結婚するのが嫌でも妊娠は伝えるべき。その上で、芽衣ちゃんが一人で育てるっていうなら私は反対しないわ」
「琴子さん」

琴子さんはきっと、おなかの子の父親が奏多だと気づいている。
わかっていて、妊娠を告げづに逃げるのは卑怯だと言われているんだ。

「彼の負担になりたくないんです」
自分の素直な気持ちを口にしてみた。

「バカね、何で負担なんかになるのよ」
「だって・・・」

気が付いたらボロボロと涙が頬を伝っていた。

「2人で話せるように場所をセッティングするから、一度会いなさい。そこで芽衣ちゃんの気持ちを伝えてこれからのことを話すといいわ」
「・・・」
なぜだろう、素直に「はい」の言葉が出てこない。

「会わないとダメですか?」
「イヤなの?」

うぅーん。
きっと、会ってしまえば気持ちが止まらなくなりそうでそれが怖い。

「ちゃんと静かに話せて、2人っきりにならないところを用意するから」
「でも・・・」

奏多にはお見合いの話もあるはずだし、今私が現れても迷惑かもしれないのに。

「芽衣ちゃん、赤ちゃんのためにもちゃんと話をしてきなさい」
いつになく厳しい口調の琴子さん。
「・・・はい」
私は渋々返事をした。

結局、押し切られる形で奏多と再会が決まった。
日時は三日後。
翌日には実家に帰る予定があり、東京最後の日に奏多と会うことになってしまった。
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