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第1章 漁師町カリオラでの日々
11 触れる理由
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ある日の昼下がり。いつものように書斎で膨大な量の本と格闘を繰り広げていると、窓の向こうに人影が見えた。誰かが丘を登ってこの家へ向かってきているようだ。
「誰だろう。お客さんかなぁ」
一人言のように呟くと、本棚の向こうからアルが顔を覗かせる。
「何か言った?」
「うん。誰か来たみたい。ちょっと行ってくるね」
アルの姿を見られるわけにはいかないので、家の外で対応しようと玄関へ向かう。
ドアを開けて数メートル離れたところまで歩いてきていたのは、フィリアがよく知っている人物だった。
「カルロじゃない。今日はどうしたの?」
後ろ手にドアを閉めながら、子供の頃からの友人である漁師の青年に問いかけた。
「占いができるようになったって聞いてさ。ずっと心配してたから、元気になったフィリアの顔を見に来たんだ。あ、これうちでとれた野菜と果物。足りなかったらまた持ってくるから、いつでも言ってくれよな!」
「わぁ。こんなにたくさん、ありがとう」
カゴいっぱいに盛られた野菜と果物は、どれも良い色をしていて美味しそうだ。カルロはたまにこうして家で作っている野菜を持ってきてくれる。本当は自分が獲った魚を食べてほしいらしいのだが、フィリアが魚を食べないことを知っているので、お裾分けに持ってきてくれるのはいつも野菜や果物だった。
「ところでさ。……誰か泊まらせてるんだって?男って聞いたけど、本当なのか?」
カルロの視線が、フィリアを通り越して家の中の様子を窺うように巡らされる。アルの服を買いに行った時、男物を見繕うフィリアを不思議に思った店主に理由を尋ねられたので、訳あって遠方からやって来たお客さんをしばらく泊まらせることにしたのだと説明していた。それがカルロの耳にも入ったのだろう。
アルの姿を見られるのはまずいが、嘘をついて存在を隠すこともないだろうと思っているので真実を告げる。
「本当だよ」
「……あー、その、大丈夫なのか?色々と」
「全然大丈夫。いい人だからね」
「……家の中、入ってもいいか?」
「それはちょっと。彼、極度の人見知りなんだ」
なぜカルロがそこまで気にするのかわからないが、家に入れるわけにはいかない。人見知りだからなんていう理由に怪訝な顔を見せるカルロだったが、付き合いの長い彼にはフィリアが引かないことがわかったようだった。
「フィリアがそう言うのなら、わかった。今日は大人しく帰る」
カルロは寂しげな表情で微笑んで、フィリアの方へ腕を伸ばす。ところが、伸ばしかけた腕は戸惑うように宙をさ迷った後、フィリアに触れることなく下ろされた。
「何か困ったことがあれば、なんでも言ってくれよな。いつでも駆けつけるからさ」
「うん。何かあれば、その時はよろしくね」
そのまま踵を返して丘を下りていく後ろ姿を見送りながら、フィリアはアルの姿を見られなかったことに安堵して家の中へ戻った。
書斎へ戻ろうと思っていたのに、なぜかリビングのソファに座っていたアルに呼び止められる。隣に座るよう促されて、きちんと一人分空いているスペースに腰を下ろす。
「あれは誰?」
開口一番、アルにしては珍しく素っ気なさを感じる声で問われて驚いた。射抜くような鋭い瞳で見つめられる意味が理解できなくて、歯切れの悪い回答になってしまったのは仕方がないと思う。
「友達、だけど」
「へぇ…。随分仲が良さそうだったね。まさか恋人ではないだろう?」
「違うよ。カルロとは子供の頃からの友達なだけ。ていうか、見てたの?」
「たまたまそこの窓から見えたんだ」
偶然見えたのだという言葉に違和感を感じて首を捻る。確かに、リビングの窓から覗けば玄関先で話をしていたフィリアとカルロの姿を見ることは可能だと思うが、わざわざ盗み見のような真似をするために書斎から出てきたというのだろうか。
アルは姿を見られたくないだろうと、彼のためを思ってカルロを家の中へ入れなかったというのに。もしもカルロに見つかっていたらどうするつもりだったのか。わたしの気持ちも知らないで、とムッとするが、顔には出さないように気を付ける。
「ああいう人が好みなのかい?」
「………好みとは?」
この人はさっきから何を言っているのだろうか。恋人がどうこうと聞いてきたと思ったら、今度は好みの話。アルの真意がわからなかった。
「見た目のことだよ」
そう言われて、カルロの外見を思い浮かべる。身長はアルほど高くはなく、漁師という職業柄、体格がよくて日に焼けた肌は浅黒く、短髪だ。客観的に見て、快活で男らしいイメージだと思う。
だが、それがフィリアの好みなのかと問われれば、なんだか違う気がした。そもそも、フィリアは生まれてこのかた恋をしたことがないのだ。可愛い動物たちにならいつも恋をしているが、人間に対して恋愛感情を抱いたことは一度もない。
「普通…かなぁ。好きとか嫌いとか、特に考えたこともないからわからない」
「普通か。そうか…」
鋭かった目付きが和らぎ、いつもの穏やかな表情に戻ったアルの顔をじっと見つめる。
耳が隠れるくらいまでのびている赤褐色の髪はふわふわで、太めの眉に形のいい唇。男の人にしては長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳は美しくきらめいている。シカと同じ形をした足はしなやかな筋肉と毛皮に覆われていて、歩く時に蹄がコツコツと力強い音を立てるのが実は好きだったりする。
「外見のことをいうのなら、わたしはアルのその姿、好きだよ」
「―――っ、そ、そう、なんだ。嬉しいよ……っ」
片手で口を覆ったアルは、なぜだか俯いて肩を震わせている。髪から飛び出している三角の尖った耳も同じように震えていて、可愛いなぁと思うのだった。
***
その日の夜。風呂上がりでリビングに入ると、読書をしていたアルが本から顔を上げて、眉をしかめた。
「ねぇ、前から思っていたんだけれど、髪はきちんと乾かした方がいいと思うな」
「え?ちゃんと乾かしてるよ」
動きやすいようにと、いつもは片側で編んで垂らしている髪も今はおろしたまま。毛先を手にとってみると、確かにまだ水分を含んで濡れているが、特に気になるほどでもない。
「あとは自然に乾くから大丈夫」
アルは眉間に皺を寄せたまま、手元に広げていた本を閉じてテーブルに置いた。
「ちょっとここに座りなさい」
「ん?座ればいいの?」
言われた通り、ソファに座っているアルの隣へ腰かける。
「あっちを向いて」
アルに背中を向けるように体をずらすと、腰の上あたりまで伸びている栗色の髪を手にとられる。
「ほら、やっぱりまだ濡れているじゃないか。綺麗な髪なんだから、きちんと手入れをしないと勿体ないよ」
「そんな大したものじゃないからいいよ。手入れとか面倒だし」
緩くウェーブのかかった髪質なので、濡れたまま放置していて翌朝寝癖がついていたとしてもそれほど目立たない。それに、寝る時以外はひとつに編んでいるので、多少毛先が傷んでいたとしても気にならないのだ。
ところがアルはそうは思わなかったようで、背後から小さな溜め息が聞こえてきた。
「タオルと櫛を持っておいで」
「…アルがやってくれるの?」
「あぁ。香油はあるかい?」
「香油……。確かラベンダーのがあったと思う」
洗面所から言われたものを持って戻ってくる。ラベンダーの香りの香油は、以前注文を受けてフィリアが作ったものの余りだが、試しに一度自分で使ってみたきりで放置していたものだ。
タオルを受け取ったアルは、髪をタオルで挟むようにして残っている水分を拭き取っていく。そうして粗方乾いたところで、香油を指先にのばして毛先を中心に揉みこむ。最後に櫛で丁寧にとかされるのを肩越しに振り返って見ながら、フィリアは感心していた。
「すごい…」
「そう?見よう見まねなんだけどね。誰かにこんなことをしてあげるのは、初めてだ。はい。できたよ」
自分のものではないような、艶々な髪の毛がそこにはあった。
「すごい…すごいよ、アル。わたしの髪じゃないみたいだ!ありがとう!」
「どういたしまして。そんなに喜んでくれるのなら、毎日やってあげようか?」
「本当!?嬉しい!」
しっとりと艶のある、見違えるようになった髪をくるくると指先に巻き付けて観察しながら、ぽつりと呟く。
「外見にもっと気を使った方がいいのかなぁ。化粧も全然しないし、流行りの服とかにも興味ないし…。どう思う?」
同じ年頃の友人たちが城下で流行りの服やアクセサリーの話で盛り上がっていても、好きな男の子とデートをするのにどんなお洒落をしていこうかと話していても、フィリアにはまったく関心がなかった。相手から見て見苦しくない程度の外見で構わないと思っていたし、綺麗、可愛いと特別思ってほしい相手もいない。
だが、アルからこうして指摘されてしまったことで、不意に不安な気持ちになる。外見に無頓着な自覚はあるので、それを見てアルが不快に感じていたらどうしようかと思ったのだ。
「そうだなぁ」
振り向くように促される。
アルと向かい合うように座り直せば、両頬を包まれて見つめられる。フィリアもアルの瞳をじっと見つめ返した。
「君はそのままでいい。十分綺麗だよ」
唇にアルの指が触れる。アルは目を細めて緩く微笑みを浮かべながら、フィリアのダークブラウンの瞳を一心に見つめてくる。
「しみひとつない白磁の肌…赤くて柔らかい唇……その大きな瞳も……とても綺麗だ」
「そ、そう…っ」
直球すぎるほどの言葉と真っ直ぐな眼差しで褒められれば、さすがにお世辞だとわかっていても照れる。今の自分の顔はきっと赤くなっているはずだ。
アルの手から逃れるように顔を反らすが、頤を掴まれて再び瞳を覗きこまれる。
「うん。すごく可愛い」
「………もう、アルっ」
真っ赤な顔を両手で覆って非難の声を上げるフィリアに向かって、アルは楽しそうな笑い声を上げた。
その日以来、アルは約束通り、毎晩風呂上がりのフィリアの髪の手入れをしてくれるようになった。おかげで日に日に艶を増していく自分の髪を見ながら、フィリアは毎日感動していた。
そういえば、髪に触れるようになったのがきっかけなのか、アルは寝る時以外にも頻繁にフィリアに触れてくるようになった。
ふとした時に頭を撫でてきたり、家の中や庭を歩く時に腰を抱いてきたり、ソファに隣同士で座る時には肩と足が触れ合うほど近くに座る。距離が近いなぁとは思うが、それが特に不快に感じることもなく、逆に心地よささえ感じている。アルの人より高い体温に触れるのが気持ちよくて安心するのだ。
だからフィリアはされるがまま、アルに身を任せるのだった。
「誰だろう。お客さんかなぁ」
一人言のように呟くと、本棚の向こうからアルが顔を覗かせる。
「何か言った?」
「うん。誰か来たみたい。ちょっと行ってくるね」
アルの姿を見られるわけにはいかないので、家の外で対応しようと玄関へ向かう。
ドアを開けて数メートル離れたところまで歩いてきていたのは、フィリアがよく知っている人物だった。
「カルロじゃない。今日はどうしたの?」
後ろ手にドアを閉めながら、子供の頃からの友人である漁師の青年に問いかけた。
「占いができるようになったって聞いてさ。ずっと心配してたから、元気になったフィリアの顔を見に来たんだ。あ、これうちでとれた野菜と果物。足りなかったらまた持ってくるから、いつでも言ってくれよな!」
「わぁ。こんなにたくさん、ありがとう」
カゴいっぱいに盛られた野菜と果物は、どれも良い色をしていて美味しそうだ。カルロはたまにこうして家で作っている野菜を持ってきてくれる。本当は自分が獲った魚を食べてほしいらしいのだが、フィリアが魚を食べないことを知っているので、お裾分けに持ってきてくれるのはいつも野菜や果物だった。
「ところでさ。……誰か泊まらせてるんだって?男って聞いたけど、本当なのか?」
カルロの視線が、フィリアを通り越して家の中の様子を窺うように巡らされる。アルの服を買いに行った時、男物を見繕うフィリアを不思議に思った店主に理由を尋ねられたので、訳あって遠方からやって来たお客さんをしばらく泊まらせることにしたのだと説明していた。それがカルロの耳にも入ったのだろう。
アルの姿を見られるのはまずいが、嘘をついて存在を隠すこともないだろうと思っているので真実を告げる。
「本当だよ」
「……あー、その、大丈夫なのか?色々と」
「全然大丈夫。いい人だからね」
「……家の中、入ってもいいか?」
「それはちょっと。彼、極度の人見知りなんだ」
なぜカルロがそこまで気にするのかわからないが、家に入れるわけにはいかない。人見知りだからなんていう理由に怪訝な顔を見せるカルロだったが、付き合いの長い彼にはフィリアが引かないことがわかったようだった。
「フィリアがそう言うのなら、わかった。今日は大人しく帰る」
カルロは寂しげな表情で微笑んで、フィリアの方へ腕を伸ばす。ところが、伸ばしかけた腕は戸惑うように宙をさ迷った後、フィリアに触れることなく下ろされた。
「何か困ったことがあれば、なんでも言ってくれよな。いつでも駆けつけるからさ」
「うん。何かあれば、その時はよろしくね」
そのまま踵を返して丘を下りていく後ろ姿を見送りながら、フィリアはアルの姿を見られなかったことに安堵して家の中へ戻った。
書斎へ戻ろうと思っていたのに、なぜかリビングのソファに座っていたアルに呼び止められる。隣に座るよう促されて、きちんと一人分空いているスペースに腰を下ろす。
「あれは誰?」
開口一番、アルにしては珍しく素っ気なさを感じる声で問われて驚いた。射抜くような鋭い瞳で見つめられる意味が理解できなくて、歯切れの悪い回答になってしまったのは仕方がないと思う。
「友達、だけど」
「へぇ…。随分仲が良さそうだったね。まさか恋人ではないだろう?」
「違うよ。カルロとは子供の頃からの友達なだけ。ていうか、見てたの?」
「たまたまそこの窓から見えたんだ」
偶然見えたのだという言葉に違和感を感じて首を捻る。確かに、リビングの窓から覗けば玄関先で話をしていたフィリアとカルロの姿を見ることは可能だと思うが、わざわざ盗み見のような真似をするために書斎から出てきたというのだろうか。
アルは姿を見られたくないだろうと、彼のためを思ってカルロを家の中へ入れなかったというのに。もしもカルロに見つかっていたらどうするつもりだったのか。わたしの気持ちも知らないで、とムッとするが、顔には出さないように気を付ける。
「ああいう人が好みなのかい?」
「………好みとは?」
この人はさっきから何を言っているのだろうか。恋人がどうこうと聞いてきたと思ったら、今度は好みの話。アルの真意がわからなかった。
「見た目のことだよ」
そう言われて、カルロの外見を思い浮かべる。身長はアルほど高くはなく、漁師という職業柄、体格がよくて日に焼けた肌は浅黒く、短髪だ。客観的に見て、快活で男らしいイメージだと思う。
だが、それがフィリアの好みなのかと問われれば、なんだか違う気がした。そもそも、フィリアは生まれてこのかた恋をしたことがないのだ。可愛い動物たちにならいつも恋をしているが、人間に対して恋愛感情を抱いたことは一度もない。
「普通…かなぁ。好きとか嫌いとか、特に考えたこともないからわからない」
「普通か。そうか…」
鋭かった目付きが和らぎ、いつもの穏やかな表情に戻ったアルの顔をじっと見つめる。
耳が隠れるくらいまでのびている赤褐色の髪はふわふわで、太めの眉に形のいい唇。男の人にしては長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳は美しくきらめいている。シカと同じ形をした足はしなやかな筋肉と毛皮に覆われていて、歩く時に蹄がコツコツと力強い音を立てるのが実は好きだったりする。
「外見のことをいうのなら、わたしはアルのその姿、好きだよ」
「―――っ、そ、そう、なんだ。嬉しいよ……っ」
片手で口を覆ったアルは、なぜだか俯いて肩を震わせている。髪から飛び出している三角の尖った耳も同じように震えていて、可愛いなぁと思うのだった。
***
その日の夜。風呂上がりでリビングに入ると、読書をしていたアルが本から顔を上げて、眉をしかめた。
「ねぇ、前から思っていたんだけれど、髪はきちんと乾かした方がいいと思うな」
「え?ちゃんと乾かしてるよ」
動きやすいようにと、いつもは片側で編んで垂らしている髪も今はおろしたまま。毛先を手にとってみると、確かにまだ水分を含んで濡れているが、特に気になるほどでもない。
「あとは自然に乾くから大丈夫」
アルは眉間に皺を寄せたまま、手元に広げていた本を閉じてテーブルに置いた。
「ちょっとここに座りなさい」
「ん?座ればいいの?」
言われた通り、ソファに座っているアルの隣へ腰かける。
「あっちを向いて」
アルに背中を向けるように体をずらすと、腰の上あたりまで伸びている栗色の髪を手にとられる。
「ほら、やっぱりまだ濡れているじゃないか。綺麗な髪なんだから、きちんと手入れをしないと勿体ないよ」
「そんな大したものじゃないからいいよ。手入れとか面倒だし」
緩くウェーブのかかった髪質なので、濡れたまま放置していて翌朝寝癖がついていたとしてもそれほど目立たない。それに、寝る時以外はひとつに編んでいるので、多少毛先が傷んでいたとしても気にならないのだ。
ところがアルはそうは思わなかったようで、背後から小さな溜め息が聞こえてきた。
「タオルと櫛を持っておいで」
「…アルがやってくれるの?」
「あぁ。香油はあるかい?」
「香油……。確かラベンダーのがあったと思う」
洗面所から言われたものを持って戻ってくる。ラベンダーの香りの香油は、以前注文を受けてフィリアが作ったものの余りだが、試しに一度自分で使ってみたきりで放置していたものだ。
タオルを受け取ったアルは、髪をタオルで挟むようにして残っている水分を拭き取っていく。そうして粗方乾いたところで、香油を指先にのばして毛先を中心に揉みこむ。最後に櫛で丁寧にとかされるのを肩越しに振り返って見ながら、フィリアは感心していた。
「すごい…」
「そう?見よう見まねなんだけどね。誰かにこんなことをしてあげるのは、初めてだ。はい。できたよ」
自分のものではないような、艶々な髪の毛がそこにはあった。
「すごい…すごいよ、アル。わたしの髪じゃないみたいだ!ありがとう!」
「どういたしまして。そんなに喜んでくれるのなら、毎日やってあげようか?」
「本当!?嬉しい!」
しっとりと艶のある、見違えるようになった髪をくるくると指先に巻き付けて観察しながら、ぽつりと呟く。
「外見にもっと気を使った方がいいのかなぁ。化粧も全然しないし、流行りの服とかにも興味ないし…。どう思う?」
同じ年頃の友人たちが城下で流行りの服やアクセサリーの話で盛り上がっていても、好きな男の子とデートをするのにどんなお洒落をしていこうかと話していても、フィリアにはまったく関心がなかった。相手から見て見苦しくない程度の外見で構わないと思っていたし、綺麗、可愛いと特別思ってほしい相手もいない。
だが、アルからこうして指摘されてしまったことで、不意に不安な気持ちになる。外見に無頓着な自覚はあるので、それを見てアルが不快に感じていたらどうしようかと思ったのだ。
「そうだなぁ」
振り向くように促される。
アルと向かい合うように座り直せば、両頬を包まれて見つめられる。フィリアもアルの瞳をじっと見つめ返した。
「君はそのままでいい。十分綺麗だよ」
唇にアルの指が触れる。アルは目を細めて緩く微笑みを浮かべながら、フィリアのダークブラウンの瞳を一心に見つめてくる。
「しみひとつない白磁の肌…赤くて柔らかい唇……その大きな瞳も……とても綺麗だ」
「そ、そう…っ」
直球すぎるほどの言葉と真っ直ぐな眼差しで褒められれば、さすがにお世辞だとわかっていても照れる。今の自分の顔はきっと赤くなっているはずだ。
アルの手から逃れるように顔を反らすが、頤を掴まれて再び瞳を覗きこまれる。
「うん。すごく可愛い」
「………もう、アルっ」
真っ赤な顔を両手で覆って非難の声を上げるフィリアに向かって、アルは楽しそうな笑い声を上げた。
その日以来、アルは約束通り、毎晩風呂上がりのフィリアの髪の手入れをしてくれるようになった。おかげで日に日に艶を増していく自分の髪を見ながら、フィリアは毎日感動していた。
そういえば、髪に触れるようになったのがきっかけなのか、アルは寝る時以外にも頻繁にフィリアに触れてくるようになった。
ふとした時に頭を撫でてきたり、家の中や庭を歩く時に腰を抱いてきたり、ソファに隣同士で座る時には肩と足が触れ合うほど近くに座る。距離が近いなぁとは思うが、それが特に不快に感じることもなく、逆に心地よささえ感じている。アルの人より高い体温に触れるのが気持ちよくて安心するのだ。
だからフィリアはされるがまま、アルに身を任せるのだった。
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