おとぎ話のような恋

咲真凪

文字の大きさ
11 / 18
第1章 漁師町カリオラでの日々

11 触れる理由

しおりを挟む
 ある日の昼下がり。いつものように書斎で膨大な量の本と格闘を繰り広げていると、窓の向こうに人影が見えた。誰かが丘を登ってこの家へ向かってきているようだ。

「誰だろう。お客さんかなぁ」

 一人言のように呟くと、本棚の向こうからアルが顔を覗かせる。

「何か言った?」
「うん。誰か来たみたい。ちょっと行ってくるね」

 アルの姿を見られるわけにはいかないので、家の外で対応しようと玄関へ向かう。
 ドアを開けて数メートル離れたところまで歩いてきていたのは、フィリアがよく知っている人物だった。

「カルロじゃない。今日はどうしたの?」

 後ろ手にドアを閉めながら、子供の頃からの友人である漁師の青年に問いかけた。

「占いができるようになったって聞いてさ。ずっと心配してたから、元気になったフィリアの顔を見に来たんだ。あ、これうちでとれた野菜と果物。足りなかったらまた持ってくるから、いつでも言ってくれよな!」
「わぁ。こんなにたくさん、ありがとう」

 カゴいっぱいに盛られた野菜と果物は、どれも良い色をしていて美味しそうだ。カルロはたまにこうして家で作っている野菜を持ってきてくれる。本当は自分が獲った魚を食べてほしいらしいのだが、フィリアが魚を食べないことを知っているので、お裾分けに持ってきてくれるのはいつも野菜や果物だった。

「ところでさ。……誰か泊まらせてるんだって?男って聞いたけど、本当なのか?」

 カルロの視線が、フィリアを通り越して家の中の様子を窺うように巡らされる。アルの服を買いに行った時、男物を見繕うフィリアを不思議に思った店主に理由を尋ねられたので、訳あって遠方からやって来たお客さんをしばらく泊まらせることにしたのだと説明していた。それがカルロの耳にも入ったのだろう。
 アルの姿を見られるのはまずいが、嘘をついて存在を隠すこともないだろうと思っているので真実を告げる。

「本当だよ」
「……あー、その、大丈夫なのか?色々と」
「全然大丈夫。いい人だからね」
「……家の中、入ってもいいか?」
「それはちょっと。彼、極度の人見知りなんだ」

 なぜカルロがそこまで気にするのかわからないが、家に入れるわけにはいかない。人見知りだからなんていう理由に怪訝な顔を見せるカルロだったが、付き合いの長い彼にはフィリアが引かないことがわかったようだった。

「フィリアがそう言うのなら、わかった。今日は大人しく帰る」

 カルロは寂しげな表情で微笑んで、フィリアの方へ腕を伸ばす。ところが、伸ばしかけた腕は戸惑うように宙をさ迷った後、フィリアに触れることなく下ろされた。

「何か困ったことがあれば、なんでも言ってくれよな。いつでも駆けつけるからさ」
「うん。何かあれば、その時はよろしくね」

 そのまま踵を返して丘を下りていく後ろ姿を見送りながら、フィリアはアルの姿を見られなかったことに安堵して家の中へ戻った。
 書斎へ戻ろうと思っていたのに、なぜかリビングのソファに座っていたアルに呼び止められる。隣に座るよう促されて、きちんと一人分空いているスペースに腰を下ろす。

「あれは誰?」

 開口一番、アルにしては珍しく素っ気なさを感じる声で問われて驚いた。射抜くような鋭い瞳で見つめられる意味が理解できなくて、歯切れの悪い回答になってしまったのは仕方がないと思う。

「友達、だけど」
「へぇ…。随分仲が良さそうだったね。まさか恋人ではないだろう?」
「違うよ。カルロとは子供の頃からの友達なだけ。ていうか、見てたの?」
「たまたまそこの窓から見えたんだ」

 偶然見えたのだという言葉に違和感を感じて首を捻る。確かに、リビングの窓から覗けば玄関先で話をしていたフィリアとカルロの姿を見ることは可能だと思うが、わざわざ盗み見のような真似をするために書斎から出てきたというのだろうか。
 アルは姿を見られたくないだろうと、彼のためを思ってカルロを家の中へ入れなかったというのに。もしもカルロに見つかっていたらどうするつもりだったのか。わたしの気持ちも知らないで、とムッとするが、顔には出さないように気を付ける。

「ああいう人が好みなのかい?」
「………好みとは?」

 この人はさっきから何を言っているのだろうか。恋人がどうこうと聞いてきたと思ったら、今度は好みの話。アルの真意がわからなかった。

「見た目のことだよ」

 そう言われて、カルロの外見を思い浮かべる。身長はアルほど高くはなく、漁師という職業柄、体格がよくて日に焼けた肌は浅黒く、短髪だ。客観的に見て、快活で男らしいイメージだと思う。
 だが、それがフィリアの好みなのかと問われれば、なんだか違う気がした。そもそも、フィリアは生まれてこのかた恋をしたことがないのだ。可愛い動物たちにならいつも恋をしているが、人間に対して恋愛感情を抱いたことは一度もない。

「普通…かなぁ。好きとか嫌いとか、特に考えたこともないからわからない」
「普通か。そうか…」

 鋭かった目付きが和らぎ、いつもの穏やかな表情に戻ったアルの顔をじっと見つめる。
 耳が隠れるくらいまでのびている赤褐色の髪はふわふわで、太めの眉に形のいい唇。男の人にしては長い睫毛に縁取られた翡翠色の瞳は美しくきらめいている。シカと同じ形をした足はしなやかな筋肉と毛皮に覆われていて、歩く時に蹄がコツコツと力強い音を立てるのが実は好きだったりする。

「外見のことをいうのなら、わたしはアルのその姿、好きだよ」
「―――っ、そ、そう、なんだ。嬉しいよ……っ」

 片手で口を覆ったアルは、なぜだか俯いて肩を震わせている。髪から飛び出している三角の尖った耳も同じように震えていて、可愛いなぁと思うのだった。



***



 その日の夜。風呂上がりでリビングに入ると、読書をしていたアルが本から顔を上げて、眉をしかめた。

「ねぇ、前から思っていたんだけれど、髪はきちんと乾かした方がいいと思うな」
「え?ちゃんと乾かしてるよ」

 動きやすいようにと、いつもは片側で編んで垂らしている髪も今はおろしたまま。毛先を手にとってみると、確かにまだ水分を含んで濡れているが、特に気になるほどでもない。

「あとは自然に乾くから大丈夫」

 アルは眉間に皺を寄せたまま、手元に広げていた本を閉じてテーブルに置いた。

「ちょっとここに座りなさい」
「ん?座ればいいの?」

 言われた通り、ソファに座っているアルの隣へ腰かける。

「あっちを向いて」

 アルに背中を向けるように体をずらすと、腰の上あたりまで伸びている栗色の髪を手にとられる。

「ほら、やっぱりまだ濡れているじゃないか。綺麗な髪なんだから、きちんと手入れをしないと勿体ないよ」
「そんな大したものじゃないからいいよ。手入れとか面倒だし」

 緩くウェーブのかかった髪質なので、濡れたまま放置していて翌朝寝癖がついていたとしてもそれほど目立たない。それに、寝る時以外はひとつに編んでいるので、多少毛先が傷んでいたとしても気にならないのだ。
 ところがアルはそうは思わなかったようで、背後から小さな溜め息が聞こえてきた。

「タオルと櫛を持っておいで」
「…アルがやってくれるの?」
「あぁ。香油はあるかい?」
「香油……。確かラベンダーのがあったと思う」

 洗面所から言われたものを持って戻ってくる。ラベンダーの香りの香油は、以前注文を受けてフィリアが作ったものの余りだが、試しに一度自分で使ってみたきりで放置していたものだ。
 タオルを受け取ったアルは、髪をタオルで挟むようにして残っている水分を拭き取っていく。そうして粗方乾いたところで、香油を指先にのばして毛先を中心に揉みこむ。最後に櫛で丁寧にとかされるのを肩越しに振り返って見ながら、フィリアは感心していた。

「すごい…」
「そう?見よう見まねなんだけどね。誰かにこんなことをしてあげるのは、初めてだ。はい。できたよ」

 自分のものではないような、艶々な髪の毛がそこにはあった。

「すごい…すごいよ、アル。わたしの髪じゃないみたいだ!ありがとう!」
「どういたしまして。そんなに喜んでくれるのなら、毎日やってあげようか?」
「本当!?嬉しい!」

 しっとりと艶のある、見違えるようになった髪をくるくると指先に巻き付けて観察しながら、ぽつりと呟く。

「外見にもっと気を使った方がいいのかなぁ。化粧も全然しないし、流行りの服とかにも興味ないし…。どう思う?」

 同じ年頃の友人たちが城下で流行りの服やアクセサリーの話で盛り上がっていても、好きな男の子とデートをするのにどんなお洒落をしていこうかと話していても、フィリアにはまったく関心がなかった。相手から見て見苦しくない程度の外見で構わないと思っていたし、綺麗、可愛いと特別思ってほしい相手もいない。
 だが、アルからこうして指摘されてしまったことで、不意に不安な気持ちになる。外見に無頓着な自覚はあるので、それを見てアルが不快に感じていたらどうしようかと思ったのだ。

「そうだなぁ」

 振り向くように促される。
 アルと向かい合うように座り直せば、両頬を包まれて見つめられる。フィリアもアルの瞳をじっと見つめ返した。

「君はそのままでいい。十分綺麗だよ」

 唇にアルの指が触れる。アルは目を細めて緩く微笑みを浮かべながら、フィリアのダークブラウンの瞳を一心に見つめてくる。

「しみひとつない白磁の肌…赤くて柔らかい唇……その大きな瞳も……とても綺麗だ」
「そ、そう…っ」

 直球すぎるほどの言葉と真っ直ぐな眼差しで褒められれば、さすがにお世辞だとわかっていても照れる。今の自分の顔はきっと赤くなっているはずだ。
 アルの手から逃れるように顔を反らすが、頤を掴まれて再び瞳を覗きこまれる。

「うん。すごく可愛い」
「………もう、アルっ」

 真っ赤な顔を両手で覆って非難の声を上げるフィリアに向かって、アルは楽しそうな笑い声を上げた。

 その日以来、アルは約束通り、毎晩風呂上がりのフィリアの髪の手入れをしてくれるようになった。おかげで日に日に艶を増していく自分の髪を見ながら、フィリアは毎日感動していた。
 そういえば、髪に触れるようになったのがきっかけなのか、アルは寝る時以外にも頻繁にフィリアに触れてくるようになった。
 ふとした時に頭を撫でてきたり、家の中や庭を歩く時に腰を抱いてきたり、ソファに隣同士で座る時には肩と足が触れ合うほど近くに座る。距離が近いなぁとは思うが、それが特に不快に感じることもなく、逆に心地よささえ感じている。アルの人より高い体温に触れるのが気持ちよくて安心するのだ。
 だからフィリアはされるがまま、アルに身を任せるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない

ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。 公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。 旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。 そんな私は旦那様に感謝しています。 無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。 そんな二人の日常を書いてみました。 お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m 無事完結しました!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

惚れ薬を自作して敬愛する騎士団長に飲ませたら、なぜか天敵の副団長が一晩中私を口説いてきました

藤森瑠璃香
恋愛
宮廷魔術師の私には、密かに想いを寄せる騎士団長がいる。彼のために自作した惚れ薬を夜会の酒杯に忍ばせる…までは完璧な計画だったのに、その酒杯をぐいっと飲み干したのは、よりにもよって私の天敵である副団長のザカリー様だった! 普段は皮肉屋で私に意地悪ばかりしてくる彼が、「ずっと君だけを見ていた」なんて熱っぽい瞳で囁いてくる。薬の効果は明日の朝日が昇るまで。一晩だけの甘い悪夢だとわかっているのに、普段の彼からは想像もできない優しいキスに、私の心臓はうるさくて…。薬のせいだと割り切りたい一夜のドタバタラブコメディ。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...