ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓

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Episode.06

その先は (終)

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 顔見せのためのパーティも終わり、鷹也は一足先にホテルの部屋に戻った。裕二と鷹也、2人のために用意された部屋だ。
 鷹也が着慣れないスーツをクローゼットにしまい、糊で固まった浴衣に着替えたタイミングで、裕二も部屋に戻ってきた。
 「つかれたー」
 そう言って、裕二は後ろから鷹也に抱きつき、そのまま、項に顔を押しつけながら、匂いを嗅ぐ。
 「えっ ちょっと、まって」
 慌てて離れようとする鷹也を、裕二は、いつもより強い力で抱きしめ、離そうとしない。
 「…… 他のアルファの匂いがする」
 「甥っ子たちのですか?」
 「それだけじゃない」
 裕二が戻る前にシャワーだけでも浴びておけばよかった、と鷹也は思った。

 パーティ会場で、斎藤氏が去った後、少し間を置いてから、鷹也は大規模牧場主やG1重賞馬を抱える馬主たちに囲まれていた。
 彼らは、鷹也が祖父の後を継いで、畜産獣医をしていることを何度も確認し、方々の牧場へ往診していることを知ると、安心と戸惑いの混ざった表情を見せた。それから、自分の牧場が近ければ提携を打診してきた。さらに、三ツ橋家畜医院を大きくし、中核畜産獣病院として事業を広げることを持ちかける者も少なくなかった。
 鷹也は、これらの話は加藤教授目当てたと思って対応していた。が、すぐにそうではないことに気がついた。
 先刻の斎藤氏か、二人の会話を聞いていた誰かが広めたのだろう。彼らは鷹也が裕二の、征一郎の弟のパートナーだとわかって、話しかけてきたのだ。
 若くして家業を継ぎ、世界企業に押し上げた時代の寵児の、その弟のパートナー。しかも、浮ついた様子も、増長した態度もなく、堅実な職に就いている。しかもその職業が、うまくすれば、自分たちの利益にも繋がるかもしれない。それだけで顔をつなぐ価値があると判断されたのだろう。さらに、存在自体が希少な男性オメガだ、興味を持たれない方がおかしい状況なのだ。
 目端の利く敏い人物は、高ランクのアルファであることが多い。鷹也は意図せず、政財界の気鋭が集まるパーティ会場で一番の注目を集めていた。
 つまり、彼の意思に関係なく、騒がしい会場で、肩が触れるほどの距離で高ランクアルファと長時間会話をしていたのだ。フェロモンを含む移り香があるのは仕方がなかったのかもしれない。

 「シャワー浴びてきますね」
 裕二に気使いながら、鷹也がそっと、ゆっくりと離れようとする。が、ムキになっているのか、裕二は腕の力を緩めず、鷹也はまったく動けなかった。
 「裕二さん、着替えましょう
 それから、ゆっくりお風呂にしましょう」
 そう、なだめるうちに落ち着いたのか、裕二は腕の力を緩め、ゆっくりと鷹也を離した。

 「不甲斐なくて、ごめん」
 広い風呂で、2人一緒にくつろいだ後、ダブルベッドの中で、再び鷹也を背中から抱きしめ、裕二が言った。
 「え?」
 驚いて振り返ろうとした鷹也の項に、裕二は額を押し付けながら、言葉を続ける。
 「…鷹也が家を継いで、地元で頑張っているから信用してもらえるなんて、本末転倒だ」

 そのパーティに鷹也を同伴するようにと誘ったのは、兄の征一郎だった。名目は、高遠家が揃うので顔合わせをしよう、というもの。が、おそらく、道内政財界の有力者への顔見せも目論んでいたのだろう。
 新興グループ企業CEOの弟のパートナーが現れるのかどうかとうゴシップは、TAKATOが台頭し始めた直後から注目されていた。当然のように、グループ内で発言力も持つことが予想され、その座を狙う者も多くいたからだ。そして、それは裕二が意識していたよりもずっと、重かったのかもしれない。
 学業や研究分野では優秀な裕二も、兄に比べれば、政治的駆け引きは得意ではない。そもそも、裕二は征一郎のTAKATOとは距離を置くつもりだった。それが、征一郎にいつの間にか絡め取られ、事業の責任者にさせられていたのである。
 裕二にとっては、会場内で多くのアルファたちと卒なく会話する鷹也の方がうまく立ち回っているように見えていた。
 実際には、裕二のプレゼンテーションは大変好評で、裕二に心象をよく覚えてもらうために、鷹也に近づいた人物も多かったのだが。

 ベッドの上で鷹也が強引に振り返り、その胸に裕二の顔を抱きしめる。
 「ボクだけが知る、裕二さん、だ」
 少し嬉しそうに、鷹也が笑った。珍しく気弱になっている裕二の様子が、鷹也の庇護欲を刺激したのかもしれない。誰にも見せない姿を、自分だけが知ることが、嬉しかった。

 翌日、2人は札幌で暮らす鷹也の両親の元を訪れた。
 それから、裕二の車で十勝へ帰る。

 運転を交代しながら、まっすぐな道をひたすら走る。
 雑談はもちろん、助手席で居眠りしたり、食事と休憩がてらに車を停め、風景や互いの写真を撮ったりしながら家路へと、車を走らせる。

 夜更けになり、ようやく十勝の、2人の暮らす町の灯りが見えた時、ハンドルを握る裕二がつぶやいた。
 「このまま、2人でドライブ旅行を続けたいな、
 永遠に」
 助手席でうつらうつらしていた鷹也は驚いて、からだを大きく起こした。それから、暗がりに浮かぶ裕二の横顔を、まじまじと見つめる。
 「そうだね、2人でゆっくり休暇を取って
 北海道だけじゃなくて、日本一周、
 いや、世界一周しよう!
 じいちゃんが元気でいるうちに!!」
 「だな」

 先のことは、まだ、わからないけれど、2人で同じ方を見て、笑っていければそれでいい。
 裕也も鷹也も、オマハ同じ風景を見て、同じことを考えていた。




   終
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