当方天才魔術師、推しを王にしたら、何故か溺愛監禁孕ませ展開になった件

逢坂常

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26. 皇帝陛下の絶えなき献身・4

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 ──そのひと月後、王配を民に披露するためのパレードは、妊娠中の王配の体調を慮り、予定よりも小規模に開催された。
 王城から、貴族の館が立ち並ぶ一帯、豪商や騎士が多く住む一帯、下働き等の庶民が住む一帯──と、三つの門を挟んで真っ直ぐに伸びるメインの通りは、どこもかしこも見物人で埋め尽くされ、祝福の声が絶えることはなかったという。
 待望の王妃ではなく『王配』を得ることとなった国民の間では、当然ながら戸惑いの声も多く聞かれたが、そもそも先王をクーデターで廃して王位についた現王は、数多の戦場で勝利を上げた英雄でもある。市井での元々の好感度は高く──故に、彼らの物語は、事実と嘘とが混じり合った、以下のような形で語られた。

「王様はなあ、お妃様を迎えられる気配もなくて、せっかく国がマトモになってきたってえのに跡継ぎ問題で揉められちゃかなわねえと思ってたが……まさかまさか、あの魔術師殿とデキてたとはな。魔術師殿は魔術師殿で、自分の力で跡継ぎ問題を解決しちまうんだから、なんつーか……イカれてるというか」
「あら、素敵な話じゃない。王様は一途に魔術師殿だけを想ってたから、妾の一人も作らなくて……困り果てた官僚連中が、魔術師殿に泣きついたんでしょう? 妾を持つように進言するか、跡継ぎを作るかしてくださいって。酷い話よねえ……。なのにそれで、子どもを産むだなんて、男には不可能だろうってことをやってのけようって言うんだもの! かっこいいわあ。愛よねえ」

 なるほど、王は確かに一途だったし、魔術師は不可能を可能にした。……だが、それを語る人々は、まさか彼らがほんの一年前までは、デキているどころかキスひとつしたことがなかったなどと、とても信じはしないだろう。
 ともあれ、厳重な警備の中行われたパレードは、文句なく、祝福の空気に満ちていた。お披露目のため、天蓋のない馬車に乗り、集まった民衆に姿を見せた二人は美しかった。王はいつもの軍式の正装ではない、正式な婚礼衣装を身に着けていたし、魔術師もまたいつものローブではなく、形こそ男性の婚礼衣装であるものの、細やかなレースと刺繍とで飾られた、花嫁の白いドレスを模したような衣装を身に着けていた。
 純白の婚礼衣装に、魔術師の真紅の髪はよく映えた。
 民衆の祝福に手を振って応えていた魔術師は、どうやらひどく気分を良くして、その両手から沢山の花を散らした──花は雨のように降り注いだ。魔術師の髪と同じ真紅の花。

 ……さて、ここからはどこまで事実だろう。その花を受け止めたものは、皆、早晩恋を叶えたのだという。あるいは魔術師は、花に魔術をかけていたのかもしれない。自身の幸福のお裾分けをしたいような気持ちであったのかもしれない。もしくは、本当に、本来の意味での『奇跡』が──世界の祝福が、その花には宿っていたのかもしれない。

 ともかく──以来、帝国において、その花は、結婚式で使われる花となり、プロポーズで使われる花にもなった。月日は流れ、二人の物語は少しずつ形を変え、ロマンチックで神格化されたものへと変わっていった。そして最後には、その花言葉が『運命の恋』と『献身』となった──と知ったら、王はあるいは、少し苦い顔で笑うだろうか? 人々が語るその『献身』は、当然、魔術師のものを指していて──彼らは、実際に『献身』を捧げていたのが王であることなど知る由もないのだ。
 
 ……そして、もうひとつ、王の婚礼について、語っておくべきことがある。
 王の結婚を、またその更に七ヶ月後の王の第一子が生まれたことを祝って、首都の牢に投獄されていた罪人たちには、二度盛大な恩赦が下されることとなった。それにより、強硬派に与した者については、首謀者を除き、殆どがその罪を許されることとなる。
 以降、アリをはじめとした『元』強硬派の臣下は一層王に──また、王と王配が隠居して気ままな旅に出たことにより、ひどく苦労する羽目になる次代の王にも、大変よく尽くしたとのことである。


 * * *


 そしてこれは──それから随分と先、帝国から遠く離れた北の地で、交わされたかもしれない会話である。
 記録はなく、二人の姿を見たものもいない。
 氷の台地の上はひとつの明かりもなくて、凍てついた空気の中、澄み渡る空に星々が川のようにきらめき──空に、確かに『光の帯』と言えなくもない、不思議な光の筋のようなものが揺らめいている。なるほどおもしろいもんだな、と、ルグレアは素直に感心した。

「ルグレア」

 魔術による防寒は完璧で、だから二人は、別に身を寄せ合う必要などどこにもなかった。けれども二つの人影は、まるで元々一つのものであるかのようにぴたりとくっついている。
 そうして、吐く息も凍るようなつめたい世界の中で、あるいは世界の隅っこで、ジャフィーは空を見上げたまま、口の端を僅かに揚上げて微笑んだ。

「ね。……すごいでしょ」

 きらきらとした。
 真紅の瞳が、空を見上げる──もう老齢と言っていい年齢になってなお、彼の瞳が子どものように輝き続けているということそのものに、ルグレアは深い満足を覚えた。「ああ」と頷くと、ちらりと視線だけをこちらに寄越したジャフィーが、「見てないじゃん」と軽く笑った。細い目の、つんと吊り上がった目尻に刻まれた皺が、笑いに合わせて深くなる。もう定型化して久しいやり取り。

「いいけどね。……存分に見てればいいよ、俺のこと」
「おう」

 そうさせてもらう、と、ルグレアは笑って、宣言通りすぐ傍のジャフィーの顔を見続ける。と、「見すぎ」と軽く頬を押されて思わず笑った。前言撤回が早すぎる。仕方なくジャフィーに倣って夜空を見上げると、なるほど帝国では決して見られない景色、不可思議な色をした空から降りた布かなにかのような光が見える。

「……魔術的現象じゃない……んだよな?」
「違うよ。発生に魔力濃度は関係ないし、あの光からも魔力は感じない。ここに来るとき説明したっけ? 発生には気候が関係してるけど、原理は未だに不明……魔術じゃないんじゃ俺の手には余るから、未来の誰かが解明してくれるといいねえ」
「そうだな」

 と同意しながらも、この現象によって何が引き起こされるわけでもないのなら、原因を探る必要もまたないのではないかと思う──けれどもこれを口に出したなら、ジャフィーは『わかってないな』と言って笑うのだろう。何かを知ろうとすることに理由はない、そもそも必要がないのだと。
 理由がない。世の中は案外そういう理由がないことばかりを原動力にして動いているのではないかと、今更、ルグレアにもそれがわかってきた。
 ともかく──魔術的現象ではない、原理が不明な、ただ美しいだけのこの現象が、今まだ変わらず存在してくれていてよかった。思いながら、ルグレアは呟いた。

「……随分かかった。悪かったな」
「んー?」
「ログーナと国交が開かれてからも──結局、なんだかんだあって、これを見に来るだけに随分掛かった」
「いや、それ、俺のせいじゃん」

 ジャフィーは軽く肩を竦めた。

「俺が、正式に王配になってからも、しばらくログーナ出禁だったからでしょ。自業自得だよ。……子どもが小さいうちは、そもそも、私的な旅行どころじゃなかったし」
「それはそうだが……でも、あいつらが小さい頃に来れたら、あいつらにも見せてやれただろ?」
「見たくなったら勝手に行くよ。俺等みたいに」

 ジャフィーの回答はあっさりとしていた。

「そもそも、一家みんなでなんて、どれだけの警備が必要だと思ってるの。こんな北の果てに? 無理無理。ログーナの皆様の心痛を考えてやれよ。……だから、こうやって、お忍びで来れるようになってから来たんだろ」

 ジャフィーの言はあまりに正しい。そもそも、『隠居した先王とその王配』という本来の二人の立場を思えば、国にも誰にも行き先を告げていない二人旅など、今だって許されているわけではない。二人が勝手にやっているだけなのだ。──その勝手が許されるまでにも随分かかった、ということだ。
 護衛も何も気にする必要のない、本当の意味での『二人きり』。それこそが求めていたものである、というのもまた、嘘ではない。それでも、と思うルグレアを見て、ジャフィーはついと目を細めた。

「でも、そうだな、……嬉しいよ、俺は」
「……何が?」

 柔らかく。──愛しくてたまらない、と言いたげに。

「ルグレア、こういうの、ほんとに興味ないのにさ。……あの子達に『見せたい』って思うのは、愛だよねえ」

 まあ、あの子達は、『そんなのいいから帰ってきて仕事を手伝え』って言うかもしれないけどさ──と、ひどく楽しそうにジャフィーが笑う。その真似があまりに似ていたから、心底疲れ果てたような声音までもが脳内に蘇り、ルグレアは「違いない」と言って笑った。
 ふたりに王位を押し付けられる形になった長男は、ふたりに似ず、なのか、ふたりを一番良く見て育ったからなのか、ふたりとは正反対の生真面目な息子に育ってしまった。いい土産話を──国のためになるようなものを仕入れて一回帰国するか、と考えてから、ルグレアは話を少し戻す。

「で? なんだって? それじゃあ、お前がこうして俺を連れ回してるのも愛だって?」
「そうだよ? ……え、知らなかったの? 愛だよ、ずっと」

 胸を張るぐらいの勢いで、至極堂々とジャフィーは言った。「愛だよ」と、遠い昔、それを知らなかったことなど覚えていないみたいな顔で。

「だからこれからも、ずっと、一緒に見てくれるでしょ。色んなもの」
「……当然だろ」

 ジャフィーの瞳に、きらきら楽しげに輝く瞳に、自分の姿が映っている。
 もう随分年をとった。お互いに。国を守り、子どもたちを育て、こうして自由に動けるようになるまでに随分時間がかかった。──当然、そうして過ごした月日もあまりに得難い、愛に満ち溢れたものだったけれど。

 その果てに──今、ルグレアはやっとのことで辿り着いた。身勝手に立てた誓いを果たした。──夜空に浮かぶ光の帯。ジャフィーが、いつか見たいと言ったもの。

「ルグレア」

 そう、これは、あくまで身勝手な願い、身勝手な献身、報われる必要がないものであるのだが。

「ありがとね」

 そうやってジャフィーが微笑んで、これ以上なく幸福そうに──寒さで一層白くなった肌の、頬だけをふわりと美味しそうに赤く染めて囁いたので──いつものように勝手にルグレアは報われて、まるで子どもみたいに柔らかで、愛を伝えるためだけの触れるだけのキスを、そっと、その小さな唇に落としたのだった。


 * * *


 ……帝国暦一五〇六年、三国間の協定は無事締結され、以降、フィード大陸にはしばらく平和が訪れる。
 結婚した二人の間には三人の子が生まれ、長子が後を継ぐこととなる。彼はログーナ王国の姫君を王妃に迎え、平時の王に相応しく堅実な善政を行い、今後数百年に渡って続く王朝の基盤を築く。
 そして同時に、この王朝より、大陸では同性での妊娠を可能とする薬が普及して、同性婚もありふれたものとなった。

 ジャフィーが発明した魔術は、彼の生きた時代においては、破壊や戦闘に関するものばかりが取り沙汰されたが──後の世において彼の名は、『愛を祝福するもの』として、ともすると王であったルグレアよりも長く、語り継がれることとなる。



 そして現在。
 大陸各地には『隠居後の彼らが訪れた』という逸話が数多く遺されている。その数は、それらすべてを集結すると、人の寿命では凡そ回りきれない、と言われるほどで──けれども、『彼らならやりかねない』と皆が思うゆえだろうか。
 今なお『実際に彼らを見た』という眉唾な話さえ創作され増え続けているそれらの逸話、それにまつわる名所の殆どは『恋人たちの聖地』として、広く人々に親しまれ続けている。


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