死ぬときまでに証明するね 〜元アルファのオメガは幼馴染のアルファに愛を捧げる

逢坂常

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4. 見過ごされた罪


 ……病室のベッドの上の望は、まだ何も変わっていないはずなのに、小さく華奢になっているみたいに見えた。
 白く細い首に包帯が巻かれているのが見えて、朔也は思わず俯いた。フェロモンの発生が収まった後、ことのあらましは全て医師から説明を受けていた。

 医師は朔也に『事故だ』と言った。不運だった、と。

 そもそも、バースの発現時期は個人差が大きい。そして、バースがはじめて発現した際は、フェロモンの制御ができなくなるため、周囲への影響を与える可能性が高くなり──自然、事故も発生しやすくなる。
 そのため、事前検査でアルファやオメガである可能性が高いとわかっている子どもに関しては、極力接点が少なくなるよう、同じ空間にいないようにするなどの措置が行われる。
 けれども、望はそもそも、アルファであるとされていた。今回、改めて望のバース因子の精密検査が行われ、確かに彼がオメガ因子の保有者であったことが確認されたが、それは通常のバースの発現に至る量の百分の一以下だった。故に、たとえ望が事前に精密検査を受けていたとしても、事態を想定することは難しかった──というようなことを、恐らくは朔也が気に病むことがないようにと、ごく淡々とした口調で医師は語った。
 すべてはバースのせいであり、フェロモンのせいであり、不運が重なった結果であった、と。


 けれども──ただひとり、朔也本人だけが、これがただの『事故』でも『不運』でもないことを知っていた。


 望にもともとオメガ因子があったことが、根本原因ではあるのかもしれない。それでも、この事態を引き起こした直接の原因は、朔也の中に元々存在していた欲望、望に対する恋心であるに違いなかった。
 謝らなければ。……けれども、これは、謝ってどうにかなるようなことなのだろうか? 罪悪感に押しつぶされて俯く朔也に、いつもと変わらない、のんびりしすぎているような声で望は言った。

「こんなことがあるなんて、びっくりだよねえ」

 その声の朗らかさに、弾かれるように顔を上げる。もしかして──もしかして、望は気がついていないのか? 朔也の罪に? そう思ったら、言葉は勝手に転がり落ちた。

「俺が悪い」

 望が、きょとんと目を見開く。やはり、ことの重大さをまだ認識していないのかもしれない、と朔也は思った。オメガになってしまったということ──朔也の番になってしまったということの重大さを。朔也はもう一度「俺が悪いんだ」と繰り返した。

「俺が、望のことが好きだったから」
「えっ」
「アルファ性が発現したとき……アルファはふつうヒートにはならないけど、フェロモンの制御ができないうちは、自分のフェロモンに中てられて発情することがあるっていうだろ。それで、……欲情したんだ、望に」

 望はぱちぱち目を瞬いた。

「その……自分のフェロモンに中てられるっていう話は、『アルファになったときに気をつけること』として、お前とおんなじ授業で聞いたから知ってるけど」

 そう、どこかふわふわとした口調で言って、少し考えてから望は尋ねた。

「じゃあ……朔也が俺のこと噛んだのは、偶然ってわけじゃなかったってこと? 発現時に同じ部屋にいたのが『たまたま』オメガ因子を持つ奴だったから……ってわけじゃなく?」
「……ああ」

 朔也は頷いた。証明する手段はないが、朔也自身としては、そうであるとしか思えなかった。
 望の持つオメガ因子は、精密検査でなければ感知できないような微々たるものだった。そのうえ、そもそも発現もしていなかったそれが、朔也の発情を促したと考えることは難しい。つまり、すべては朔也が起因で発生したことであり──何より、朔也の側には自覚があるのだった。

 望のことを、抱きたかった。他の誰にも渡したくなかった。
 己のものに、したかったのだ。

 そういう自覚が、確かにあった。朔也の短い肯定に、望は「そっか……」と少し視線を下げた。朔也は待った。糾弾とか断罪とか、そういうものを。けれども望は、朔也の予想に反し、すぐに顔を上げてにこりと笑った。

「なら、問題ないね。なんにも」
「…………え?」
「え? って……いや、こっちが『え?』なんだけど。朔也は俺が好きで、俺と番になりたくて、結果として番になれたわけでしょ? なら、何の問題もないじゃん」
「いやいやいやいや」

 望があまりにもいつもと変わらないものだから、朔也も自然といつもの調子になった。

「あるだろ、問題は」
「……何?」
「何、じゃなくて! お前はいいのかって話だよ!」

 そういえば望は少しばかり──いやかなり──楽観的というか、のんびりしているというか、そういうところがあるのだった。思わず声が高くなる朔也に、「俺?」と望が首を傾げる。そんな望に、朔也は勢いのままに詰め寄った。

「オメガにされたんだぞ、お前は!? アルファになるはずだったのに!」
「……された、って」

 望はきゅっと形のいい眉根を寄せた。

「そういう言い方は良くないだろ。朔也がオメガ差別主義者だなんて思わなかった」
「それは、……そういう問題じゃないだろ! オメガの性質が、アルファに比して社会的不利益を被りやすいことは、単なる事実だ」
「オメガにしかできないこともあるよ」

 望はきっぱりとそう言った。
 その真っ直ぐな視線で、彼が、『オメガになったこと』を不幸とは見なしていない、不幸と見なさないようにしていることがわかった。それは彼らしい姿勢だった。
 バースは個人の選択を超えたところに存在し、オメガであることそのものが『よくないこと』であるかのような朔也の言い分は、たしかにオメガ差別的ではある。けれども、だからといって納得できるわけではなかった。どんなお為ごかしを口にしようと、現実は現実としてそこにある。オメガにはヒートという肉体的不利があり、オメガ差別という社会的不利があるのだ。朔也がそれを口にする前に、望は続けた。

「勿論、現実として、『オメガが生きにくい社会である』という問題は、まだ解決されてはいないと思う。でも、オメガであることそのものが、アルファであることより劣っているとは思わない。……それに、俺個人についてだけ言うのなら、朔也の番になっていることで、『生きにくさ』に関する問題も解決されてる」

 淡々とした口調で望は語り、朔也はつい先刻の『のんびりしている』という評価を即座に改めた。
 望は、朔也よりずっと冷静に現実を受け止めて、正しい見方で現状を見つめようと努めているのだ。その聡明さに殴られたような心地になる朔也の前で、望はただ事実を重ねていく。

「番がいれば、他のアルファをフェロモンで誘引することもないし、朔也以外のフェロモンに当てられることもない。きちんと性行為を行うことでヒート周期は安定するし、ヒートの程度も軽くなるっていう研究結果もあったはずだ」

 その上、その小さな口であけすけに『性行為』と言われ、朔也が知らなかった論説まで持ち出されて、朔也は完全に打ちのめされた。調べたのか? この短期間で? 「詳しいんだな」と驚きを隠さず言うと、望はごく小さく苦笑した。

「偶然だよ。バース問題には前から興味があって、ちょっと知ってただけ。……ともかく」

 望は小さく息を吐き、厳しくしていた表情を緩めた。

「朔也は悪くない。……俺も、きっと、朔也のことが好きだった。だから、相乗効果みたいなことが起きて、互いにフェロモンを誘発し合うような状態になったんじゃないかと思う。だからこそ『番』が成立するところまで行ったんだろうし……じゃなかったら、いくらフェロモンに当てられたからって、流石にもっと抵抗してるよ」

 そうだろうか。朔也としては、その言葉を鵜呑みにすることは難しかった。理性では抗えない代物だからこそ『フェロモン』と呼ばれるのだし、フェロモンに当てられたオメガは基本的にはアルファに逆らえないという現実がある。だからこそ、オメガは首輪という物理的な防止策を講じる必要があるのだ。難しい顔をする朔也の前で、「それに」と、望は、今までとは違うふうに口を開いた。

「あのとき、……あんまり、ちゃんとは覚えてないんだけどさ」

 恥ずかしそうに──照れくさそうに。


「俺、すごい、……幸せだったんだ」


 囁くように──秘密を打ち明けるように、けれどもはっきりと望は言った。朔也は僅かに目を見開いた。そんな朔也に、すこし不安そうに望が尋ねる。

「……朔也は、そうじゃなかった?」

 弾かれるように首を横に振った。
 幸せでないはずがなかった。あのときが──望に口づけ、その体を腕の中に抱いたあのときが、朔也の人生で最も幸福な時間であったことは間違いなかった。そう、朔也にとっては、あの時間は、押し殺してきた恋の開放を伴う、ただただ幸福なだけのものだったけれど──思いながら、朔也は言った。

「幸せだった。……今までで一番」
「だよね」

 望は、ほっとしたみたいにあけすけに笑った。そうであるならば、懸念事項はひとつもない。心底そう思っているような顔だったので、朔也は言うべきことが言えなかった。
 望のその『幸せ』は、異常とも言える多幸感は、おそらく、朔也のフェロモンが見せた幻覚だった。
 アルファのフェロモンは、オメガにとって、それほど強力なものなのだ。けれども──時を戻せない以上、朔也と望がもう番以外のものになれない以上、その事実を望に突きつけるのは、ただ残酷なだけであるような気もした。

 望が幸せだと感じたのなら──望が朔也のことを好きだと今思えているのなら、わざわざそれが『アルファのフェロモンによって作られたものだ』という容赦のない真実を突きつける必要はない。そう自分自身に言い訳をして、朔也はぎこちなく微笑んだ。
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