死ぬときまでに証明するね 〜元アルファのオメガは幼馴染のアルファに愛を捧げる

逢坂常

文字の大きさ
6 / 15

6. 幸福な男

■Side 一宮望

 一宮望は、自らのことを、不幸だと思ったことがない。
 「波乱万丈な人生」だと言われればそうだなと思うけれど、「可哀想」と言われれば全力で否定する。望の人生に「可哀想」なことなどひとつもない。オメガは「可哀想」な存在ではないから、望は「可哀想」ではない──というのは、短絡的にすぎる論理だし、ただの強がりだと思われる可能性のある言い分だったが、望はただ事実としてそれを言っている。


 柊朔也の手によって変えられた一宮望の人生には、ひとつの不幸も存在しない。


 あるいは望は、それを証明するために、『一宮望』としての人生を生きているのかもしれない。……そして、望は勿論自覚している。
 不幸とか、可哀想とか。──本当にそういうことに縁のない人間は、そもそも、それについて考えたりしないのだ、ということを。



 ……テレビ収録のスタジオは、煌々と焚かれたたくさんの照明のせいか、はたまた人々の発する熱のせいかで、汗ばむぐらいの熱気に満たされていた。合間の休憩中、演者用の水を一口口に含んだところで「なあ」と隣席の男に声をかけられ、余所行きの笑顔を作って応じる。

「なんでしょう、日置さん」

 男──日置は、アルファらしい精悍な顔立ちと体格、それと相反するような底抜けのボケと自虐芸とで人気のお笑い芸人である。望とは『高学歴芸能人』という括りで同じクイズ番組に呼ばれたのが最初の共演で、そこでアルファである日置がオメガである望を堂々と口説き、望があっさりとそれを袖にする──という演出が(日置の自虐芸との相性が良かったこともあり)たいへん視聴者受けたのを契機として、他のバラエティ番組にもセットで呼ばれることが増えた相手だった。
 今日は深夜帯の恋愛系トーク番組の収録で、二人セットで呼ばれたということは、つまりは同じようなやりとりを期待されているということだろう。正直なところを言えば面倒だし、放映を見た朔也が嫌な気持ちになるだろう(そしてそれを口には出さないでくれるだろう)ことを思うと一層憂鬱になるが、仕事は仕事だ。割り切るしかない、という内心はおくびにも出さずに微笑む望に、日置が尋ねる。

「さっき、何思い出してたの?」
「……さっき?」
「『幸せな恋、したことがある?』って話のとき」

 望は軽く目を瞬いた。勿論、演技である。
 彼の指摘の通り、そのとき思い出していたことはある。けれども、表情には出さなかったはずだ。「なんのことでしょう」ときょとんと答える望に、日置は「そう簡単にはいかないか」と肩を竦めた。

「食えないね、ほんと。もうちょっと隙みたいなの見せてくれてもいいのに」
「日置さんにそんなもの見せたら、すぐに食べられそうで。怖すぎます」
「食べさせてって言ってるのよ」

 日置は笑った。冗談に見せかけているが、目が笑っていない。カメラのないところでも……というか、カメラのないところでのほうが本気で口説いてくる日置に、望は最近随分手を焼かされていた。
 オメガであることを公表し、そのうえ番がいることを隠している以上、仕方のない誘いではある。特定のパートナーがいない場合、ヒート期のオメガが手近なアルファとの性行為でヒートをやり過ごすことは、ごく有り触れた出来事だからだ。望は、はっきりと日置を拒絶する。

「仕事関係の人とは寝ないことにしてる、って、何度か言ったと思うんですが」

 仕事関係、どころか番である朔也以外と寝たことなど一度もないのだが、それを口にするわけにはいかない。……けれども、ここまでしつこくされるなら、『実はパートナーがいる』ぐらいは明かしてしまったほうがいいのだろうか? 考える望に、日置がやはりしつこく食い下がってくる。

「それは聞いてるけど。でも、同業者のほうが色々楽よ? 下手に派遣のアルファとか使って変な噂立てられたくないでしょ。望ちゃんなら、表に出さないとかも余裕だろうし」
「いえいえ。これでも繊細なんです」

 『派遣のアルファ』とは、対オメガの風俗サービスのことだろう。アルファは富裕層に多いため、そのようなサービス業を行うものは当然少なく、かなり高級らしいと聞いている。あけすけな話はスルーし、胸に手を当てて大げさに言うと、「またまた」と日置は軽く笑って、けれどもこの場は逃がしてくれることにしたようだった。

「いやまあ、いいんだけどね、隙がないからこそチャレンジしがいがあるし? ……でも、番組的にはさ、もうちょい撮れ高あるトークして欲しかったんじゃないかな」

 と思ったら、今度はトークのダメ出しか。「みんなはさ、オメガならではの話を求めてるんだから」としたり顔で言われ、望はいよいようんざりした。そもそも望の本業はモデルと役者で、日置のように口が回るのが売りというわけではない。困惑しつつ、優等生の顔で応じる。

「と、言われましても……オメガにとって、恋は難しいものなんですよ」
「ってさっきも言ってたね。勿論、望ちゃんがそういうキャラなのはわかってるけどさ」
「そういう?」
「自立志向で、啓蒙主義」

 日置の指摘に、思わず苦笑する。啓蒙ときたか。その反応で『図星を突いた』とでも思ったのだろう、日置は少し得意げに笑った。

「望ちゃんは『オメガの目標になる、かっこいいオメガ』になりたいんでしょ? アルファに振り回されたりしない──僕みたいなアルファを振っちゃうようなオメガ。だから、『オメガらしく』恋に溺れたり、恋で失敗したりしない。恋バナなんてそもそもできない。……じゃあなんで受けたの? このオファー」
「考えすぎですよ。それに、オメガらしい話はできないと先に断ってあります。それでもいいと言ってきたのはディレクター側で」
「そんなの、いざカメラまわしたらいい感じに喋らざるを得ないって思ってるからだよ。わかってるでしょ?」

 日置の言い分にも正しさはあった。優等生的な解答ばかりでは、深夜バラエティを見るような視聴者は納得しない。次に繋がるような結果を求めるなら、もっとあけすけな──例えば『望のようなオメガであっても恋で失敗する』というような──トークをしたほうがいいことはわかっている。あるいはそれが、視聴者のなかにいるオメガにとっても、救いになるかもしれないということも。

 けれども望は、恋の幸福も失敗も、絶対に公の場では語れない。

 なぜなら、望にとっての恋は、たったひとつ、番である柊朔也との間にのみ存在するもので──その恋には、ただひとつの失敗さえ存在していない。存在していてはいけないからだ。望はいつもの、優等生の顔で微笑んだ。

「それじゃあ、いつもみたいに助けてくださいよ、日置さんが」

 たとえば、望が何を話すにせよ話さないにせよ、日置が『聞きたくない』あるいは『もっと聞かせて、口説くのに使うから』と大げさに反応すれば、それだけで場は十分に湧く。そもそも望は複数いるゲストのひとりなのだから、見せ場は一度か二度あれば問題ないのだ。しれっとした顔で言う望に、日置は呆れた顔をした。

「あんなあっさり袖にしておいて僕を頼るんだ? 流石に調子がいいんじゃない、それは」
「そうですか? 番組サイドの期待に応えるように言ったのは、日置さんのほうでしょう」
「……いやほんと、いい性格してるね」

 そう言いながら、日置が満更でもないのは手に取るようにわかった。人に──特に好みのオメガに──頼られたという事実は、日置のようなアルファの自尊心を大いに刺激する。ノブレス・オブリージュというわけではないだろうが、社会的強者であるアルファは、『施す』ことが好きであることが多いのだ。日置は笑った。

「了解了解。そのかわり、いいリアクション頼むよ」
「……ハードル上がったな~」
「それぐらいはね、望ちゃんにも頑張って貰わないと」

 軽く肩を叩く、というには強めに肩に触れられ軽く揉まれて、振り払うわけにもいかず望はただ苦笑する。はたからは仲の良いふたりがじゃれているように見えるのだろうし、望と日置が『実際に関係がある』という噂が流れていることも知っている。そろそろ、共演を減らしてもらうよう事務所に相談したほうがいいだろうか、と望はため息を吐いた。
 日置は、決して悪い人間ではない。けれども、彼のようなアルファに執着されることそのものが、望のような『隠し事のある』人間にとっては、どうしてもリスクになりうるのだった。それに、流石に朔也に悪いし。
 もう一度水を飲み、あたりをぐるりと見渡す。機材トラブルかなにかで中断した収録は、まだしばらく再開されそうにない。暑いな、と思い──ふと、先程の問いを思い出す。


『幸せな恋、したことがある?』


 したことがある──したことしかない。
 あるいはこの暑さが、望にヒートを連想させたのかもしれない。何度繰り返しても幸福でしかないあのときの感覚が蘇り、思わず口元に笑みが浮かぶ。それに傍らの日置が僅かに目を見開いたことにも気づかないまま、望はなんとなく『あの日』のことを……全てがはじまった幸福な日のことを、思い出していた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

αとβじゃ番えない

庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。 愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。

愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記

天田れおぽん
BL
 ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。  だけどオズワルドには初恋の人がいる。  でもボクは負けない。  ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ! ※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。 ※他サイトでも連載中 2026/01/28 第22話をちょっとだけ書き足しました。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。