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12. 呼び水の真実
……万木にパートナーとの番契約について相談されたとき、『番になんてならないほうがいい』と告げたのは、紛れもない本心からのものだった。
それでも、「どうして」と尋ねられて言葉に詰まってしまったのは、その『どうして』の源がどこにあるのか、自分でも判断しがたかったからかもしれない。理由はあまりに多く、その多ささえ理由のひとつであるほどだった。
愛はいつか冷め、けれども番は解消できない。
愛が冷めなくとも、どちらかが先に死ぬことはある。
そういうある意味『一般論』的な理由を告げても勿論問題はなくて、けれども、それが最も根底にある理由かと言われればそうではなかった──そうではないのだ。黙り込む望に、万木は問いを変えて尋ねた。
「……彼のことを、恨んでるのか?」
その問いへ答えることは簡単だった。
「恨んでますよ、そりゃ。当然でしょ」
どう言えば上手く伝わるだろう。考えながら、望は口を開いた。
「……あいつは責任感が強いから、番である僕を捨てられない。愛がなくなっても捨てられない。でも僕は、そんな理由で側にいてほしくないんです」
この話を人にするのは、もしかしたらはじめてだったかもしれない。いつもの器用さが発揮できず、ただ訥々と、思いつくままに望は喋った。
「愛が永遠なわけがなく、あるいは愛が永遠だとしても、人はいつか死んでしまう。事故や病気でアルファが先に死ぬことだって、当たり前に起こり得る。死にたくて死ぬ人なんていませんからね。……そうなると、残されたオメガの生活は悲惨です。それなりに抑制剤の研究が進んだ今でさえ、番を失ったオメガのヒートは、衰弱死に至るケースもあるぐらいだとか」
あけすけな望の表現に、万木は僅かに言葉を失ったようだった。それから、「そういえば」と思い出したように尋ねる。
「君は大学でバース研究をしていたんだっけ。……事例を知ってる、ってことか」
「そうですね。あと、親戚に当事者が……番を強制的に解除されたオメガもいるので」
「それは……」
万木は今度こそ完全に絶句した。どれほど話として知っていたとして、身近で発生した事実として突きつけられるのはやはり感覚が異なるのだろう。その戸惑うような瞳をまっすぐに見据えて、望は続けた。
「番は不可逆で、なってしまったら戻れない。そして、こういう話を聞けば……捨てられたオメガの悲惨さを知れば知るほど、善良なアルファほどそれに縛られる。愛がなくなっても、側にいなければならないと思う。……もしかしたら、その責任感を、愛なんて呼ぶことも出来るのかもしれませんけど」
望は軽く肩を竦めた。言いたいところにたどり着いた、という気がした。
オメガの不幸。それそのものは、望にとっては、本質的な問題ではなかった。
「番なんてものはね、野暮ですよ、野暮。番になったその瞬間から、『番』にとって、愛は『強制されるもの』になるんです」
今はまだ、朔也は望を愛している。幸福はたしかに存在する。けれどもいつか、朔也は『番』であることを理由にして、望を愛さなければならなくなる。望のヒートを解消するため、もう恋しくもない望を抱かなければならなくなる。
望は、少なくとも、そんなものを愛とは呼びたくない。そんなふうに愛されたいとは思わない。そしてなにより。心の一番底にある言葉は口には出さず、望は笑った。
「……アルファにとって、番にしたい相手が他のアルファを誘惑してしまう状態、番になっていない状態って、かなりのストレスなんでしょう。万木さんは、それでも理性で衝動を押し留めてる。ぜひそのままでいてください。番にしたいほど大切な相手を──絶対に残して逝きたくない相手を、それでも残していく可能性を、そうなったときの辛さを考えて、番にせずに愛し続ける。どんなに辛くても。それって愛でしょ」
それこそが、愛でしょ。
あるいは、もう決して戻れないからこそ、望には、その選択肢が眩しく見えるのかもしれなかった。望は、たしかな羨望を込めて万木を見つめた。なるべく軽く言ったつもりだったけれど、なにせ内容が内容だ。万木には脅しのように、というか、脅しにしか聞こえなかったかもしれない。
けれども望は、自分が間違ったことを言ったとは思わなかった。同じ過ちを繰り返させたいわけがない。万木はしばらく考え込んでいたふうだったが、結局、「君の言いたいことはわかった」と頷いた。
「そして、番というシステムの不平等性……オメガに与えるダメージの大きさも、改めて理解したように思う。話を聞いてよかった」
「いえいえ。……もし、万木さんのパートナーさんがなりたがってたんだとしたら、恨まれちゃいそうですが」
「いや、彼を繋ぎ止めたかったのは僕の方だよ。それが身勝手すぎる欲望だということがよくわかった。……でもね、望くん」
万木は、不意に視線を厳しくし、諌めるように望を見据えた。
「君の言い分は理解できる。……しかし、だからといって、柊くんの愛そのものを疑うのは、それこそが野暮だと僕は思うよ。彼に失礼だし、同じアルファとして同情する」
「……別に、疑ってるわけじゃあ……」
「ならなんで君は、無くすことを、諦めることを前提に話しているんだ」
「それは……」
アルファの恋はいつか冷めるからだ、と当のアルファに直接告げることは流石に躊躇われて言葉を濁すと、その濁した先もすくい取り、どこか叱るような調子で万木は言った。
「君はかつて、嫌な事例を沢山見たのかもしれないけれど……それは、彼の話じゃない。起きてもいない未来を前提に彼を恨むのは不健康だよ。やめたほうがいい」
そのとおりだ。望がぐうの音も出せずに「ハイ」としおらしく頷くと、「って、相談に乗ってくれた相手に言うことじゃなかったな」と、万木はすぐさま柔らかく笑い、先輩らしくその場を収めてくれたのだった。
……そう、あのときは、と望は思い返す。
あのとき、望の危惧は、朔也を『恨んでいる』理由は、『起きてもいない未来』に過ぎなかった。
けれども今、その未来はおそらく来てしまった。親身になって叱ってくれた万木には申し訳ないけれど、今の望なら、朔也を『恨んでいる』と言ってもいいだろう──別にそれで意趣返しができたような気分になるわけでもなく、今となっては呼び水だったかのような会話の内容に、望はただ溜息を吐いたのだった。
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