死ぬときまでに証明するね 〜元アルファのオメガは幼馴染のアルファに愛を捧げる

逢坂常

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13. 愚者の選択


 その後、朔也に『話がしたい』と送ったLINEには『今は時間がとれない』という返信だけがつき、望の側もまた新しくドラマの撮影に入って忙しくなり、直接顔を合わせることのできない日々が続いた。

 そして、ある日の朝──ぼんやりとして熱っぽい目覚めに、望は微かに眉を寄せた。

 風邪だろうか。体温計を探し出して熱を測りながら、今日の予定を確認するためにスマートフォンを手に取る。雑誌の撮影が一件、インタビューが一件、どちらも日程調整ができないわけでもなさそうだけど、と思った瞬間、どくん、と良く見知った感覚とともに一気に身体が熱くなり、望はとっさにスマートフォンの周期アプリを開いた。
 今はまだ十月──前回のヒートから、二ヶ月しか経っていない。薬も継続して飲み続けているし、ヒートが来るような理由はない。
 薬による調整は絶対ではなく、ストレスその他の要因によってヒートが早まることそのものはありえないわけではない。なるほどストレスに心当たりはあるし、もうひとつ、番である朔也とまったく接触していないことが、番のフェロモン不足によってヒートの発生を早めたのかもしれない。可能性だけならいくらでもある。
 ともかく、今は理由について考えている余裕はなかった。
 事実として望の身体は火照り、脚からは力が抜け、後孔が濡れ、ゆるく前が勃起する──完全なヒート症状である。自分では観測できないが、朔也を呼ぶためのフェロモンも、部屋に充満しているに違いないなかった。立っていられなくなってベッドサイドに座り込み、混乱する頭で五月に連絡を入れる。

「もしもし、っ、……五月さん、ごめん、」
『はい。……望さん? その声、もしかして』
「うん、その『もしかして』……ヒートが来ちゃったみたい。だいぶ早いんだけど」

 五月は一瞬言葉を失い、それからすぐに『朔也さんのご予定は? こちらで連絡を入れますか?』と聞いてくる。望はとっさに五月を止めた。

「いや、朔也は呼ばないで。……確か、学会で東北……仙台かどっかに行ってるはずだから、邪魔できないし。そもそも朔也には頼りたくない」
『それは、……あのあと、話は』
「してない」

 込み上げてくる衝動と必死で戦いながら、望は尋ねる。

「一応聞くけど、……アルファの手配って」
『駄目です。……今回は、朔也さんに頼るしかないでしょう。望さんの推測が当たっていたとしても、彼には番としての義務がある』
「……義務」

 一番聞きたくない言葉だった。

「っ、……じゃあ、耐えられなかったら、呼ぶから。朔也のこと。五月さんはなにもしないで」
『それは』
「大丈夫だから。……じゃあ、ごめん、仕事のスケジュール、お願い。切るね」

 とにかくこの熱を解放しなければ、と、望は慌ただしく通話を切った。スマートフォンをベッドに投げ、ぬるぬるの孔に乱暴に指を突っ込む。ヒート期のためにディルドなどを準備するオメガも多いってなにかで見たな、買っておけばよかった、と後悔しながら、どうにか自分の指で自分を慰める。一度目の絶頂はすぐに訪れ、けれどもそんなものでなにも鎮まるわけがないことは、本当は最初からわかっていた。

「っ、……は、ぁ、……」

 熱い。
 さくや、と、かってに口が動いて声が溢れる。耐えられるのか、と思い、耐えなければいけないのだ、と思う。耐えなければ──朔也がいなくても大丈夫にならなければ。望はベッドサイドで身体を丸め、必死に己の性器と後孔とを擦り立てた。


 ……そうして、どれほどの時間が経っただろうか。


 熱い。暑い。苦しい。
 なんでもいい、と望は思った。なんでもいいから、この孔を満たして、中にいっぱい注いで欲しい。きつく抱きしめて、唇を塞いで、他の何にも見えないみたいな目で望を見て、望のすべてを彼でいっぱいにして欲しい。
 でもできない。

 苦しい。苦しい。──せめて、この空虚なナカを、何かに満たして欲しい。

 望はべたべたの手でスマートフォンを手に取った。五月から幾度か着信があった履歴が残されていたが、気にする余裕があるわけもない。望の中にはもはや、たったひとつの欲望しか存在していなかった。
 はやく、この熱を──この熱さをどうにかして欲しい。中を擦りたて、思い切り中に熱いものを吐き出して欲しい。


 そうしてくれるなら、誰でもいい。


 いいわけがない。いいわけがないけれど、望の中に残ったたったひとつの理性が、『誰でもいい』と望に思わせた。誰か──アルファの知り合いはそもそも多くなく、望を抱いてくれそうな相手となると更に限られる。学生時代の、望と朔也の関係を知っているような知り合いは朔也に遠慮するだろうし、万木のようにパートナーがいる相手は当然駄目だし……他に誰か、都合の良い、何も聞かずに望を抱いてくれるようなアルファがいるだろうか。連絡先をスクロールする手が、ぴた、と、こちらからは一度も掛けたことのない連絡先の上で止まる。

 ──日置。

 名前の登録のない彼とは、最初に共演したときに向こうからの強い要請でプライベートの連絡先を交換し、以来何度かメッセージや電話での誘いを受け取っていた。──彼なら、と、ぼんやりした頭で考える。
 彼は確かに望に興味を持っていたし、アルファだし、望のことを抱きたがっていた。望はさほど芸能界の噂に明るい方ではないが、芸人は特にそういった遊びに手慣れていると聞く。関係を持ったところで、仕事に差し障りが出ることもないだろう。
 考えれば考えるほど、『彼しかいない』という確信が強まっていく。思う間にも、再びせり上がってきた熱で指先は震え、目には勝手に涙が滲んできて視界がぶれる。望は床に伏せたまま、スマートフォンの画面を見ることもできず、通話のコールが鳴るのを聞いていた。

 ぷつ、と、呼び出し音が途切れる。


「日置さん。……すみません、いつもの誘いは、今も有効ですか」


 アルファである日置には、声だけで、望にヒートが来ていることがわかるだろう。ヒート中のオメガが、アルファに連絡することの意味も。助けてください。呟いた声が届いたのか否か、ぶつりと通話が切れる音が聞こえる。
 ダメだったか、あるいは仕事中だっただろうか。申し訳ないことをしたな。思ったところで、身体が限界を迎えたのだろう、急速に意識が遠のいていき──このまま死ねたらいいのに、と、すこしだけ、望は考えた。

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