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第四章 あの子と共に
77,動揺
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こんな意味不明な質問に対して、フレア先生は疑問符を浮かべている。
「えっと……もしかしてずいぶん前の話をしているの?」
「あ、はい。兄が体調を崩したあの日、部屋の前で会いましたよね」
「あのことは、あまり気にしないで。ちょっと看病しようと思っただけだから」
「本当に、それだけですか?」
バカだなぁ、私。やめておけばいいのに。
フレア先生は戸惑ったような表情を浮かべながらも、ゆっくりと続きの言葉を紡いだ。
「正直に言うと──わたし、ヒルスのことが好きだったの。……ううん、違う。本当は今でも好き、なのよね」
その一言に、私の心臓がドクンと鳴った。
──ほら、やっぱり。
たちまち胸が、痛くなる。
「実は、ヒルスに告白したこともあるの」
「えっ、そうなんですかっ?」
「ええ。勢いで彼にキスしたこともあるわ。軽く、だけどね」
「そんな」
ああ、まさか。全然、知らなかった。
この気持ち、私は知ってる。フレア先生にヤキモチを妬いてしまっているの。必死に今の自分の心情を表に出さないように隠したけれど、顔が熱くなってしまう。
抑えないと。私はあくまでヒルスの妹。兄に好意を寄せてくれる素敵な女性がいるんだから、むしろ喜ぶべきだよ。
それなのに──今の私、きっと顔がひきつってる。
七歳年上の義理の兄に恋なんてするものじゃない。いつかこういうことが起こるのは、分かっていたでしょう……?
フレア先生は、スタイルがよくて気さくで優しくて素敵な人。ヒルスとお似合いだよ。
どれだけ自分に言い聞かせていても、動揺を隠しきれない。
「……だけど、わたしじゃ無理なのよ」
「無理? 何がですか?」
ついさっきまで元気いっぱいだったフレア先生が、急に静かになってしまった。
会場の突き当たりまで歩いていく。下り階段に差し掛かると、フレア先生は一度足を止めて私の顔をじっと見つめた。
「スタジオで彼をサポートすることはできても、心を支えるのはわたしの役目じゃないの」
フレア先生の表情は真剣だ。でもその瞳の奥は寂しさで埋め尽くされている。
「ヒルスを支えられるのはあなたしかいないから」
「えっ、私ですか……?」
会場内はざわざわと人々の話し声が響いているのに、私とフレア先生の周りだけは妙に静まり返っている気がした。
私の身体は硬直したように動かない。何とも言えない感情が溢れてしまいそうになる。
フレア先生はゆっくりと首を横に振った。
「あ、ごめんね。いきなり変な話をして。本番前なのに」
「いえ……」
ふと微笑むと、フレア先生はそっと私の頭をひと撫でするの。
「安心して。わたしはあっさりフラれたから」
「えっ」
「キスもわたしから一方的にしただけよ。看病のために部屋に行ったあの日もね『レイが来るから大丈夫』ってヒルスに言われちゃって。追い出されたのよ」
「……そう、なんですか?」
思わず苦笑いしてしまった。
そんなことがあったなんて。そういえば、あの日のフレア先生は泣いていた。
でもどうしてヒルスはそんなことを? 私が来るからって、わざわざフレア先生にそんな風に言わなくてもよかったんじゃないかな。
兄のことを想ってくれる人がいるのに。妹である私なんかが原因でおかしなことになってるの? これってよくない、よね。
「……ごめんなさい」
思わず暗い声になってしまった。
こんな私に対して、フレア先生は驚いた表情に変わる。
「えっ、どうして謝るの?」
「フレア先生のように素敵な女性が兄によくしてくれているのに、妹である私がいるせいで……」
この先から、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。言葉が変に濁ってしまう。
ヒルスのことが大好きだからこそ、自分のこの気持ちを打ち明けてはいけない。これからもこの先も義理の兄妹という関係は続くから、私は自分の想いよりも彼の幸せを願いたい。
それなのに、上手く伝えられなかった。
けれどフレア先生はもう一度あたたかい笑みを浮かべるの。
「あまり深く考えないで。わたしは彼とどうこうなるつもりはないわ。ヒルスはレイのことしか見えていないみたいだからね」
「……えっ?」
「どんなに辛いことがあっても、彼にはあなたがいればきっと大丈夫よ」
フレア先生は明るい声でそう言うと、私から背を向けた。でもその後ろ姿が私の目には寂しそうに映っていて。
言葉が続かなかった。私はこれからも彼の妹として生きていくの。それがヒルスにとっての幸せなんだって分かっている。どんなにヒルスの言動にドキドキさせられても、家族以外の関係になりたいと思ってはダメ。
──私はあくまでも妹として彼を支えます。
そう言おうとした。だけど、口を開く前に更衣室に到着してしまった。
扉の前で足を止め、フレア先生は私の方に振り返る。
「ここで着替えてね。その後ステージ裏へ案内するわ。わたしはジャスティン先生と観客席で応援するから」
「……はい、ありがとうございます」
このときのフレア先生の表情は、やっぱりどこか寂しさに包まれている気がした。
「えっと……もしかしてずいぶん前の話をしているの?」
「あ、はい。兄が体調を崩したあの日、部屋の前で会いましたよね」
「あのことは、あまり気にしないで。ちょっと看病しようと思っただけだから」
「本当に、それだけですか?」
バカだなぁ、私。やめておけばいいのに。
フレア先生は戸惑ったような表情を浮かべながらも、ゆっくりと続きの言葉を紡いだ。
「正直に言うと──わたし、ヒルスのことが好きだったの。……ううん、違う。本当は今でも好き、なのよね」
その一言に、私の心臓がドクンと鳴った。
──ほら、やっぱり。
たちまち胸が、痛くなる。
「実は、ヒルスに告白したこともあるの」
「えっ、そうなんですかっ?」
「ええ。勢いで彼にキスしたこともあるわ。軽く、だけどね」
「そんな」
ああ、まさか。全然、知らなかった。
この気持ち、私は知ってる。フレア先生にヤキモチを妬いてしまっているの。必死に今の自分の心情を表に出さないように隠したけれど、顔が熱くなってしまう。
抑えないと。私はあくまでヒルスの妹。兄に好意を寄せてくれる素敵な女性がいるんだから、むしろ喜ぶべきだよ。
それなのに──今の私、きっと顔がひきつってる。
七歳年上の義理の兄に恋なんてするものじゃない。いつかこういうことが起こるのは、分かっていたでしょう……?
フレア先生は、スタイルがよくて気さくで優しくて素敵な人。ヒルスとお似合いだよ。
どれだけ自分に言い聞かせていても、動揺を隠しきれない。
「……だけど、わたしじゃ無理なのよ」
「無理? 何がですか?」
ついさっきまで元気いっぱいだったフレア先生が、急に静かになってしまった。
会場の突き当たりまで歩いていく。下り階段に差し掛かると、フレア先生は一度足を止めて私の顔をじっと見つめた。
「スタジオで彼をサポートすることはできても、心を支えるのはわたしの役目じゃないの」
フレア先生の表情は真剣だ。でもその瞳の奥は寂しさで埋め尽くされている。
「ヒルスを支えられるのはあなたしかいないから」
「えっ、私ですか……?」
会場内はざわざわと人々の話し声が響いているのに、私とフレア先生の周りだけは妙に静まり返っている気がした。
私の身体は硬直したように動かない。何とも言えない感情が溢れてしまいそうになる。
フレア先生はゆっくりと首を横に振った。
「あ、ごめんね。いきなり変な話をして。本番前なのに」
「いえ……」
ふと微笑むと、フレア先生はそっと私の頭をひと撫でするの。
「安心して。わたしはあっさりフラれたから」
「えっ」
「キスもわたしから一方的にしただけよ。看病のために部屋に行ったあの日もね『レイが来るから大丈夫』ってヒルスに言われちゃって。追い出されたのよ」
「……そう、なんですか?」
思わず苦笑いしてしまった。
そんなことがあったなんて。そういえば、あの日のフレア先生は泣いていた。
でもどうしてヒルスはそんなことを? 私が来るからって、わざわざフレア先生にそんな風に言わなくてもよかったんじゃないかな。
兄のことを想ってくれる人がいるのに。妹である私なんかが原因でおかしなことになってるの? これってよくない、よね。
「……ごめんなさい」
思わず暗い声になってしまった。
こんな私に対して、フレア先生は驚いた表情に変わる。
「えっ、どうして謝るの?」
「フレア先生のように素敵な女性が兄によくしてくれているのに、妹である私がいるせいで……」
この先から、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。言葉が変に濁ってしまう。
ヒルスのことが大好きだからこそ、自分のこの気持ちを打ち明けてはいけない。これからもこの先も義理の兄妹という関係は続くから、私は自分の想いよりも彼の幸せを願いたい。
それなのに、上手く伝えられなかった。
けれどフレア先生はもう一度あたたかい笑みを浮かべるの。
「あまり深く考えないで。わたしは彼とどうこうなるつもりはないわ。ヒルスはレイのことしか見えていないみたいだからね」
「……えっ?」
「どんなに辛いことがあっても、彼にはあなたがいればきっと大丈夫よ」
フレア先生は明るい声でそう言うと、私から背を向けた。でもその後ろ姿が私の目には寂しそうに映っていて。
言葉が続かなかった。私はこれからも彼の妹として生きていくの。それがヒルスにとっての幸せなんだって分かっている。どんなにヒルスの言動にドキドキさせられても、家族以外の関係になりたいと思ってはダメ。
──私はあくまでも妹として彼を支えます。
そう言おうとした。だけど、口を開く前に更衣室に到着してしまった。
扉の前で足を止め、フレア先生は私の方に振り返る。
「ここで着替えてね。その後ステージ裏へ案内するわ。わたしはジャスティン先生と観客席で応援するから」
「……はい、ありがとうございます」
このときのフレア先生の表情は、やっぱりどこか寂しさに包まれている気がした。
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