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第五章 『サルビア』の奇跡
93,優しい叔父
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※
その日のレッスン終わり。いつもなら寄り道もせずにフラットへ帰るけど、その日は違った。
ダンススタジオを出ると、建物の前で叔父が煙草を吸いながら待っていた。私の存在に気がつくと、すぐに煙草の火を消す。
手を振り、私は叔父のそばへ駆けていった。
「レイから夕食に誘ってくるなんて、珍しいな」
顔を綻ばし、叔父はスーツのポケットに手を入れる。
私は頷きながらも内心、突然呼び出して悪いな、という気持ちがあった。
でも叔父のジェイクは十年前と変わらなく優しい。
「どこに行きたいんだ?」
私は声が出せない代わりに、携帯電話を鞄から取り出して画面を見せた。
『ここのパブに行きたいの』
スタジオから歩いていける距離に、食事が充実しているパブがある。お酒も色んな種類があるので、叔父も喜ぶと思った。
叔父は二つ返事で賛成してくれた。
日はすっかり沈み、私のお腹がご飯を求めてる。
早足でパブに向かっている途中、ヒルスからテキストメッセージが届いた。
《レイ、今日は何時に帰るんだ?》
あっ、まずい。レッスンが終わったらすぐ連絡しようと思っていたのに、忘れてた。
ヒルスに心配させないよう返信をしてから、再び携帯電話を鞄にしまう。
「ヒルスからか?」
叔父は怪訝な顔でそう訊いてくるの。こくりと私が首を縦に振ると、なぜか叔父は大きくため息を吐いた。
「オレが部屋を訪ねても、あいつはいつも寝ているばかりだ。いい加減呆れる。放っておけ」
明らかに不機嫌そうだ。叔父がこんなに冷たく言うのは珍しい。
私は思わず苦笑してしまう。
「今日オレを呼び出したのは、あいつのことで話があるからだろう?」
あっという間にパブの前に行き着いた。
叔父は立ち止まり神妙な面持ちになる。
まだ何も伝えてないのに。ジェイク叔父さんには分かっちゃうんだね。
私は頷いて、事前に書いたメッセージを叔父に手渡した。
「なんだ?」
渋い顔をしながらも、叔父は無言になって私のメッセージを読み始める。熟読しているみたいだ。
やがて低い声で唸ると、こちらに目線を戻して問いかけてきた。
「──なるほどな。でもレイは大丈夫なのか? まだ完全に気持ちが復活したわけじゃないだろう」
(私は大丈夫だよ)
心の中でそう答える。
叔父はメッセージのメモを丁寧に折ると、スーツの懐に仕舞った。
「レイの考えは分かったよ、仕方がないな。オレも協力してやる」
叔父のその返事を受け取り、私は嬉しくなった。胸がたちまち熱くなる。「ありがとう」と言えない代わりに、勢いよく抱きついた。
やっぱり、ジェイク叔父さんはいつだって私たちに優しくしてくれる素敵な人だ。
私が小さかった頃、頼りになる叔父さんのことが大好きだった。なんでも知っているし格好いいし憧れだった。あの頃は姪としての想いもあったけれど──密かに特別な感情も抱いていた。
幼いときに初めて知った、小さな恋心。今思い返すと、十年前の自分自身に笑ってしまう。
歓喜する私の耳元で、叔父は小さくため息を吐くの。
「レイにとっても、あいつは特別なんだよな。どうやらオレは余計なことを言わない方がよさそう
──どうしたんだろう? ……余計なことって?
叔父は変わらない笑みを浮かべているけど、目はどことなく寂しそう。小首を傾げる私に優しい眼差しを向けて、叔父はまた明るい声に戻った。
「なんでもない。──よし。今日はたくさん食べろ。旨いもので腹を満たせば、レイたちの『プラン』もきっと上手くいくさ」
その日のレッスン終わり。いつもなら寄り道もせずにフラットへ帰るけど、その日は違った。
ダンススタジオを出ると、建物の前で叔父が煙草を吸いながら待っていた。私の存在に気がつくと、すぐに煙草の火を消す。
手を振り、私は叔父のそばへ駆けていった。
「レイから夕食に誘ってくるなんて、珍しいな」
顔を綻ばし、叔父はスーツのポケットに手を入れる。
私は頷きながらも内心、突然呼び出して悪いな、という気持ちがあった。
でも叔父のジェイクは十年前と変わらなく優しい。
「どこに行きたいんだ?」
私は声が出せない代わりに、携帯電話を鞄から取り出して画面を見せた。
『ここのパブに行きたいの』
スタジオから歩いていける距離に、食事が充実しているパブがある。お酒も色んな種類があるので、叔父も喜ぶと思った。
叔父は二つ返事で賛成してくれた。
日はすっかり沈み、私のお腹がご飯を求めてる。
早足でパブに向かっている途中、ヒルスからテキストメッセージが届いた。
《レイ、今日は何時に帰るんだ?》
あっ、まずい。レッスンが終わったらすぐ連絡しようと思っていたのに、忘れてた。
ヒルスに心配させないよう返信をしてから、再び携帯電話を鞄にしまう。
「ヒルスからか?」
叔父は怪訝な顔でそう訊いてくるの。こくりと私が首を縦に振ると、なぜか叔父は大きくため息を吐いた。
「オレが部屋を訪ねても、あいつはいつも寝ているばかりだ。いい加減呆れる。放っておけ」
明らかに不機嫌そうだ。叔父がこんなに冷たく言うのは珍しい。
私は思わず苦笑してしまう。
「今日オレを呼び出したのは、あいつのことで話があるからだろう?」
あっという間にパブの前に行き着いた。
叔父は立ち止まり神妙な面持ちになる。
まだ何も伝えてないのに。ジェイク叔父さんには分かっちゃうんだね。
私は頷いて、事前に書いたメッセージを叔父に手渡した。
「なんだ?」
渋い顔をしながらも、叔父は無言になって私のメッセージを読み始める。熟読しているみたいだ。
やがて低い声で唸ると、こちらに目線を戻して問いかけてきた。
「──なるほどな。でもレイは大丈夫なのか? まだ完全に気持ちが復活したわけじゃないだろう」
(私は大丈夫だよ)
心の中でそう答える。
叔父はメッセージのメモを丁寧に折ると、スーツの懐に仕舞った。
「レイの考えは分かったよ、仕方がないな。オレも協力してやる」
叔父のその返事を受け取り、私は嬉しくなった。胸がたちまち熱くなる。「ありがとう」と言えない代わりに、勢いよく抱きついた。
やっぱり、ジェイク叔父さんはいつだって私たちに優しくしてくれる素敵な人だ。
私が小さかった頃、頼りになる叔父さんのことが大好きだった。なんでも知っているし格好いいし憧れだった。あの頃は姪としての想いもあったけれど──密かに特別な感情も抱いていた。
幼いときに初めて知った、小さな恋心。今思い返すと、十年前の自分自身に笑ってしまう。
歓喜する私の耳元で、叔父は小さくため息を吐くの。
「レイにとっても、あいつは特別なんだよな。どうやらオレは余計なことを言わない方がよさそう
──どうしたんだろう? ……余計なことって?
叔父は変わらない笑みを浮かべているけど、目はどことなく寂しそう。小首を傾げる私に優しい眼差しを向けて、叔父はまた明るい声に戻った。
「なんでもない。──よし。今日はたくさん食べろ。旨いもので腹を満たせば、レイたちの『プラン』もきっと上手くいくさ」
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