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第六章 魔法のダンス

101,ロンドンダンス大会

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「叔父さん、ここって……」
 
 一時間ほどで行き着いたのは、ロンドン市内で最も大きなコンサート会場であった。以前、俺とレイがペアダンスをした際に訪れたゆかりある場所。
 今日もイベントが催されている。入り口付近には『ロンドンダンス大会』の文字が。

 ──ああ、そういうことか。叔父はハイレベルのダンサーたちの踊りを見せて、俺を元気づけようとしてくれているんだな。
 たしかに他人のダンスを見てテンションは上がるかもしれない。だけど、完全に復活するきっかけになるかは微妙だな……。

 だけどせっかく連れてきてもらったんだ。今日はとことん楽しんで、他のダンサーから学べるものがあればそれを盗んで持ち帰ろう。
 
「急げ。ヒルス。そろそろ時間だ」
「時間?」

 慌てたように叔父は急ぎ足で会場内へ入る。
 俺が大会のパンフレットがないか会場内をあちこち見ようとすると、

「早く来い!」
 
 慌ただしく手を引かれてしまう。
 
「どんなダンサーが出るのか、名前くらい確認させてくれよ」
「そんな暇はない!」
 
 焦る叔父に圧倒され、俺は言われるがまま観客席へと連れて行かれる。
 既に大会は始まっていて、歓声と熱気で大変な盛り上がりになっていた。この雰囲気に、一気に俺のテンションも高くなる。

 ちょうど次のダンサーがステージに上がろうとしているところで、MCによる紹介が始まっていた。
 
『さあ次はお待ちかね。レディース・メンズ問わず絶大な人気を誇る、キュートなダンサーの登場! リスペクトする一番のダンサーは、クールなBボーイである彼女のビッグブラザーだ! 光り輝くガールズヒップホップに注目! エントリーナンバーサーティーン、レイ・グリマルディ!』
 
 ハイテンションなMCの口から発せられたその名に、俺は目を見張った。
 
(何? レイ・グリマルディだって? まさか。レイの名前が呼ばれたのか……?)
 
 思考が追いつかず唖然としてしまう。隣に目を向けるが、叔父は楽しそうな顔をして「よし間に合った!」と言いながらステージに釘付けなんだ。

 熱い歓声を浴びながらステージ上に登場したのは、薄ピンク色の可愛らしい衣装を身に纏った一人の少女だった。みつ編みお下げ姿の清純な雰囲気のダンサーだ。

 目を擦らなくてもすぐに分かる──間違いなくそこにいたのは、レイだったから。
 
「どうして」
 
 今日は友人との約束があると言っていたはずなのに。
 音楽が流れると、レイは堂々とした様でステップを刻み始める。
 曲は世界的アーティスト、モラレスが歌う『SHINING』だった。レイが初めて個人大会に出場した日と同じ楽曲だ。
 
【雨が降っても、風が吹いても、涙を流したあとは前を向こう。晴れの日は必ずやってくるから】
 
 モラレスの凛々しい歌声で、そのような前向きな詩が歌われる。レイにとっても、俺にとっても心に染みる歌だ。

 アップテンポなリズムで、彼女の魅惑的なパフォーマンスは繰り広げられていく。腰回りのセクシーな動きと、機敏に、かつしなやかに舞う手足のダイナミックさは、大人の女性らしさも引き出されていた。十歳のレイが踊ったときとはまた違う魅力で溢れる。

 俺は感極まり、熱いものが目から溢れ出しそうになってしまう。
 
(レイ……いつの間に。こんな大きなステージに立てるなんて凄いじゃないか)
 
 毎日早朝から練習に出ていたのは、まさかこのためだったのか。

 以前よりももっと──彼女のダンスが輝いて見える。レイが技を決めるごとに、歓声によって会場中が湧いていた。

 本当に、綺麗だ。俺は彼女の舞にますます心を奪われていたんだ。
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