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第六章 魔法のダンス

103,叔父としての想い②

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 可愛い甥のリアクションに、ジェイクはふと笑みを溢す。 
 ヒルスは首を大きく横に振り、眉を潜めた。  

「そう言う叔父さんはどうなんだよ。レイのことを特別に思ってると言っていたけど、単に姪っ子としての意味じゃないだろ?」 
「ああ、そうだよ。十年ぶりに会ってあんなに美人に成長していたんだ。惚れない理由がないだろう?」 
「お、おい……叔父さん。嘘だろ」 

 何の躊躇もなく答えるジェイクに、ヒルスは固まってしまう。 
 どうやら本気にしているようだ。 
 たまらず、ジェイクはケラケラと笑い転げる。 

「ははは。ジョークだよ、真に受けるな」 
「やめてくれよ……」 

 このとき、ジェイクはふと彼女が幼い頃を思い出した。
 あれは、アメリカへ赴任するのが決まった直後のことだ。
 当時六歳だったレイと「小さな約束」を交わした記憶が甦る──


「ねぇ、おじさん」 
「うん? 何だ?」 
 
 ジェイクが姉夫婦の家に訪れると、必ずと言っていいほどレイは抱っこをせがんできた。六歳でも身軽だったレイは、抱き上げられるといつも嬉しそうな顔をするのだ。

「あのね、おじさん。レイはね、ジェイクおじさんがだいすきだよ」 
「叔父さんもレイのことが大好きだぞ」 

 ジェイクは軽々とレイを高く抱き上げる。 

「わぁ、たかいたかい! たのしい!」 

 キャッキャとはしゃぎながら、レイは両手を広げる。
 彼女がグリマルティ家の娘になってから三年の月日が流れる。この天使のような笑顔に、ジェイク自身も癒されてきた。身近で見守ってきたからこそ、この子には幸せな人生を歩んでほしいと願っている。
 もう一度、レイを抱きしめた。海外へ飛んでしまえばしばらく一緒に遊んでやれなくなる。この可愛らしい笑顔を、直接見ることもできなくなる。
 優しく彼女の背中をさすり、ジェイクはため息を吐いた。

「おじさん」
「うん?」
「どうしたの? かなしいの?」

 レイはつぶらな瞳を向けて、顔をじっと見つめてくるのだ。

「いや、悲しくないよ」
「ほんとうに……? もしかなしかったら、レイがキスしてあげる」
「……へっ?」

 うっかり声が裏返ってしまう。
 構わずに、レイは至って真剣な顔で話を続けるのだ。

「あのね、パパとママはいつもキスしてるんだよ。おくちにチューしたあとね、うれしそうにわらうの」

 ジェイクは目を丸くした。
 よく大人のことを見ている。レイはなんて観察力があって鋭いんだ、と妙な関心を抱く。
 思わず咳払いした。

「キスってだいすきなひととするんだよね! パパとママがいつもいってるよ!」
「レイ……」

 少々困りながらも、ジェイクは何も否定できずにいる。

「レイはおじさんのことだいすきで、ジェイクおじさんもレイがすきでしょう? だからキスしてあげるね! そうしたらげんきになってわらってくれる?」

 六歳の女の子というのは、こんなにもませた話をするものなのか。甥のヒルスとはまるで違う。
 ヒルスが六歳くらいのときは、ひたすら車に乗りたいとか、ドライブに連れて行ってやれば森で遊びたいとか、そういうのばかりだった。ダンスを始めたらそのことに夢中になったりして、レイのように大人びた話なんて一切口にしなかった。
 女子特有の話に困惑しながらも、ジェイクはレイの頭を優しく撫でる。それから小さく頷いてみせた。

「元気だから、大丈夫だよ。キスは将来結婚したいと思う相手ができたときまで取っておいたらどうだ?」
「レイはおじさんとけっこんするよ!」
「ははは、そうか。それは嬉しいなぁ」
「レイしってるよ。けっこんって、すきなひととするんだよね。パパとママみたいに!」
「そんなことまで知っているのか。大したもんだな。それじゃ、レイが大人になってから叔父さんと結婚するか」
「レイはいますぐしたい!」
「大人になってからじゃないとできないんだよ」
「えー、そうなんだ? それじゃあレイがおとなになるまでまっててね! けっこんしたらおじさんにキスしてあげる」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「やくそくね!」
「約束」

 ──あの日のことを思い出すと、無意識にため息が漏れる。
 別に本気で交わした約束ではないし、レイ自身も覚えていないと思う。
 ジェイクは叔父という立場を決して忘れずに、亡き姉の大切な子供たち──自分にとって可愛い甥と姪の幸せをこれからも願っていくのだと心に決めていた。
 未だに顔を赤くするヒルスに向かって、ジェイクは柔らかい口調になる。

「安心しろ。何度でも言うが、どうやら今のレイはお前のことしか見えていないようだ。オレはこれからもお前たち二人を見守っていく。親戚の一人としてな」 

 ジェイクの言葉を聞くと、ヒルスの口元が綻びる。

「叔父さんには本当に頭が上がらないよ」 
「あっ?」 
「こんなダメな甥なのに、いつもそうやって優しくしてくれるじゃないか。叔父さんがいてくれて本当に良かったと思ってる。もちろんレイも俺と同じ気持ちだと思う」 

 甥からの、思いがけない想いだった。 
 ヒルスは二十三歳で肉親を失くした。大人のように思えても、まだまだ若い。十年ぶりに会って身体だけは立派に成長していたとしても、ジェイクにとってはいつまでも小さくて可愛い甥だ。
 ヒルスの髪の毛に手を伸ばし、わしゃわしゃとかき乱してやった。

「うわっ、いきなり何するんだ!」
「お前が可愛くて仕方がないんだよ」
「……はぁ?」
「お前たちの今後が楽しみだな」
 
 ヒルスは自分の気持ちに気づいていないのか、はたまた否定しているのか知らないがジェイクはある確信を抱いている。おそらく、彼らを見守る周りの人々も分かっているだろう。焦れったい二人を応援するのも悪くない。
 髪の毛を整える甥を眺めながら、ジェイクは密かに笑みを溢した。
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