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第七章 彼女を想うヒルスの物語
113,機嫌の悪い彼女
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重い瞼を開くと、なぜか俺は自分のベッドの上で横たわっていた。全身が熱く、脱力感が半端じゃない。頭の中を継続的に軽い力で誰かに殴られているような気分だ。
(おかしいな、昨日パブで飲んでたんだよな……)
記憶が途中から全くない。トイレに行ったところまでは覚えているが、その後はどうしたか。
思い出せない事態に、俺は嫌な予感がした。
よろめく足をなんとか立たせ、ベッドから起き上がると、キッチンで料理をしているレイの姿が目に映る。
「……レイ」
小さく俺が声を掛けるが、レイは気付いていないのだろうか、手を止めることなく料理に集中している。わざと視界に入るようキッチンに近づくと、彼女はやっとこちらに目を向けてくれた。
「……おはよう。起きたんだね」
「うん、おはようレイ」
気のせいだろうか。レイの声が冷たいように感じる。笑いもしない。いつもなら可愛らしい笑顔を向けてくれるのに。
ああ、まずいな。胸騒ぎがする……。
俺は恐る恐るレイに昨日のことを聞いてみた。
「なあ、レイ。昨日の帰り……どうしたんだっけ」
そう問われると、レイは一度料理をする手を止める。
「あの後、ヒルスが寝ちゃったからタクシーで家まで帰って来たんだよ。ジャスティン先生とジェイク叔父さんに手伝ってもらったの」
無表情で話すレイを前に、俺は心の中で叫んだ。「やってしまった」と。
「そうか、ごめん。俺、あんまり酒強くなくて……」
「それは仕方ないよ。そんなの私じゃなくて先生と叔父さんに謝るだけでいいし」
「えっ」
「それよりさ、ヒルスは……他に、言うことはない?」
野菜スープの入った鍋をかき混ぜながら、レイは怒っているような、いや、不機嫌そうな表情でいるんだ。
(何だ? 他に何か悪いことしたかな)
未だに働こうとしない頭を必死に叩き起こし、記憶を掘り起こすが──思い当たる節がない。
何も答えられないでいると、レイはコンロの火を止めて小さくため息を吐く。
「……覚えてないんだね。それならもういいよ」
レイは、俺に背を向けて洗い物をさっさと済ませていた。
未だに寝ぼける頭のままで考えたところで、本当に思い出せないんだ。
機嫌が悪そうなレイと話しづらくなってしまった俺は、逃げるように洗面所に向かって歯を磨き始める。
(滅多なことで怒らないレイが、どうしてあんなに冷たいんだろう)
ぼんやりしながら俺が思考を巡らせていると、レイが俺の隣にやって来た。上着を羽織り、肩にバッグを下げて、今から外出する様子だった。
「私、これから出掛けるね」
「どこへ行くんだ?」
「……友達と約束があるの」
「そうか。じゃあ夕飯は俺が用意しておくから、ゆっくり楽しんでこいよ」
「別に楽しむようなことじゃないんだけどね」
「うん?」
「ごはん作っておいたから食べてね。もうすぐランチタイムだし」
レイに言われて俺はそこで初めて時計を確認した。既に十一時を回っている。……どれだけ眠っていたと言うんだ。
「ごめん、レイ。こんなに遅くまで寝てたなんて。それで、怒っているのか?」
「怒っているわけじゃないよ。今日はお休みなんだから、別に寝坊してもいいんじゃない」
そう言ってくれるレイだが、やはり話しかたがいつもより冷たい気がした。
「行ってくるね」
最後まで俺に笑みを向けてくれることもなく、レイは出掛けて行った。ゆっくりと玄関ドアが閉まると、俺は妙な寂しさを感じてしまう。
──その後一人で黙々とブランチを食べていると、俺のスマホが着信音を鳴り響かせる。画面を確認してみると、フレアからのテキストメッセージだった。
《今日時間ある?》
俺はスープを飲みきってから返信を打ち込む。
《暇だよ》
《分かった。ヒルス、今からスタジオ近くのカフェに来なさい》
フレアからの突然の呼び出しに俺は少し戸惑う。しかし、今日は特にやることもないので、俺はフレアの誘いに応じることにした。
そこでも俺はなぜか冷たい態度を取られるはめになるんだ。
数分後に待ち合わせのカフェを訪れると、既にフレアが席に着いて待っていた。
眉間に皺を寄せ、腕を組み、笑顔なんて程遠い表情を浮かべるフレアは明らかに機嫌が悪い。
「急にどうしたんだよ」
「うん。まあ座って。何頼む? 紅茶?」
「そうだな」
俺が向かいの席に座ると、フレアはコーヒーを一口飲んで鋭い目つきになるんだ。
「ヒルス……昨日はやらかしたわね」
「ええと? 帰りのことか」
「帰りに先生やジェイクに迷惑かけたことはもちろんだけど、それよりももっと大変なことをしたじゃない」
「えっ? フレアまでなんだよ」
レイにもフレアにも責められているような気がして俺は頭を抱える。どんなに考えても俺の記憶は甦らないのだからどうしようもない。
「まさか、覚えてないの?」
「何の話をしているのかさっぱりだ」
目線を下に落とし、俺は小さく頷くしかない。そんな俺の前で、フレアは大きく息を吐く。
「あなたがお酒に弱いのは分かっているけど、昨日はいつもより酔いが早かったわね」
「そうだな。二杯しか飲んでいなかったはずなのに」
フレアは無表情で俺の顔を見つめ、小声で言うんだ。
「帰ったらレイちゃんに謝ったほうがいいわよ」
「だから何を」
「だってあなた昨日──」
俺はフレアの話を聞いて驚愕した。それと同時に、自分自身の行動が許せなく、殴り飛ばしたくなるほどの怒りが込み上げてくる。
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