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第七章 彼女を想うヒルスの物語

115,気まずい雰囲気

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「──それで、オレは強制的にお前から呼び出されたということか」

 帰宅後、俺は一人でいるのが落ち着かず、叔父のジェイクを呼び出した。ソファに座りながら叔父は大きな欠伸をする。

「ごめん叔父さん。けど、助けてほしいんだ」
「そう言われてもな。お前の気持ちの問題だろ」
「そうなんだけど」
「それにオレももうすぐアメリカに帰るしな」
「分かってる……。でもどうすればいいか一緒に考えてくれよ」

 俺が懇願する中、叔父は腕を組んで小さく唸る。

「仕方ない奴だなぁ。それにしても、お前がレイのことをそこまで大事にしているなんてな」
「えっ」
「普通の野郎ならとっくに手出してるぞ」
「な、何言うんだよ」

 叔父の言葉に冷や汗を流す。完全に手を出したわけではないが、夜な夜なレイにキスをしてしまった事実があるわけで……。
 その事を隠している自分は、心底最低な奴だと思う。

「まあ、それは冗談として。姉さんたちの想いもあるし、どうしてもレイに事実を話すのは二年先にするんだろ?」
「当たり前だよ」
「お前のそういうちゃんとした考えがあるのは偉いと思うがな。ただ、その件でお前が悩んでいたら、姉さんたちも天国で心苦しい思いをしているかもな」
「どうして?」
「お前たちが義理でも兄妹という関係じゃなければ、とっくの昔に二人は結ばれていて、はいおめでとう、ハッピーエンドで完結してると思うぞ」
「はあ?」

 叔父のその話に、俺は疑問符を浮かべるしかない。

「だがまあ……普通の関係じゃないし、簡単な問題でもないから仕方ないか。とりあえずアメリカに帰るまでは出来るだけここに留まってやる」
「ありがとう、叔父さん。助かるよ。三人だと少し狭いけど、ごめんな」
「ま、可愛い甥っ子と姪っ子の為だ。お前たちを応援すると決めたんだから、出来ることがあれば面倒でも付き合ってやるさ」

 少し乱暴な言い方ではあるが、叔父の口調だけはとても柔らかかったんだ。そんな優しさに、俺は笑みをこぼす。

「明日は三人で姉さんたちの墓参りに行くからな。それまでに仲直りしておけよ」
「ああ、分かったよ」

 ──分かったよ、なんて意気込んで言ってみたのはいいものの。レイが夕方過ぎに帰ってきた後も、相変わらず変な気まずさがあり、まともに俺とレイは会話すら交わせなかった。

「ジェイク叔父さん、今日はヒルスの部屋に泊まるんだね」
「まあな。もうすぐ向こうに帰るから、思い出づくりとしてしばらく夜は邪魔させてもらう」
「ふーん?」

 少し無理がある叔父の言い様に、レイは首を傾げた。彼女はあれこれ余計なことを問いだしたりしない性格なので、それはそれで助かったが。

 レイはその日、叔父とは普通に接しているのに俺とは目もあまり合わせてくれなかった。そんな彼女の態度に、俺の中にはどうしようもない寂しさが溢れていた。

(レイが幼い頃、俺もこんな感じで無視していたな……。あの時のレイも、こんな想いをしていたのかな)

 今になって自分の過去の態度を思い出す。どれだけ申し訳ないことをしていたんだろうという後悔が、俺の心を蝕んでいくんだ。

 今まで俺は少し調子に乗りすぎていたのかもしれない。レイと手を繋いだり、抱き締め合ったり、添い寝をしたりしていた。
 しかし、それ以上のことをしようとすればどうやら彼女に嫌われてしまうらしい。
 兄妹でそのような絡み合いをすること自体おかしな話だが、兄としての自覚がなさすぎる俺は、自分の愛情をレイが全て受け止めてくれるんだと心のどこかで勘違いしていた。
 彼女に嫌われたくない。つい最近まで笑顔で俺に向けてくれた「大好き」という言葉がほしい。
 
 俺の思いも虚しく、結局その日はレイと仲直りができず、微妙な雰囲気のまま朝を迎えてしまった。


 
 だけど家族の墓参りに行く時だけは、こんな変な空気を醸し出したままで行きたくない。
 叔父を真ん中に、俺たち三人は霊園の中を歩んでいく。

 家を出てからレイはずっと『サルビア』を大切に抱えている。それを見て俺は、思い切って彼女に話しかけてみることにしたんだ。

「なあ、レイ。その花って、あの時の……一輪だけ残ってた『サルビア』か?」

 するとレイは首を小さく横に振る。

「この前の『サルビア』はもう枯れちゃったよ」
「えっ」
「でもね、種が採れたの。それで新しく育てた花なんだよ。……バルコニーに別の『サルビア』もいくつか花を咲かせたんだけど、ヒルスはまだ見てない?」
「……ごめん、見てない」
「そう」

 どことなく暗い声でレイはそれきり何も言わなくなってしまう。

(やってしまった)

 心の中で俺が嘆くと、隣で歩いていた叔父が(墓穴掘りやがったな)と言わんばかりの顔で俺を睨むんだ。

 更に気まずい雰囲気になってしまう。こんな自分の発言にぶん殴りたくなるほど後悔した。
 それでも間に立つ叔父が、他愛ない話で何とかその場を乗り切ってくれる。この時叔父がいなければ、本当に俺たちはどうなっていたんだろう。考えただけで身震いする。

 永遠とも思われるほどの距離だった。やっとの思いで目的地へ辿り着くと、この微妙な息苦しさから解放される。

 ──父と母の墓の前で、俺たちは足を止めた。
 二人の墓は、リミィの隣に建てた。手配してくれたのはほぼ叔父なのだが。
 二人の墓は、寄り添うように立ち並んでいて──父と母の名が刻まれた墓石を見ると、ああ、本当にリミィの所へいってしまったんだな、と改めて思い知らされる。
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