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第八章 それぞれの想い
157,役目を終えた母の『サルビア』
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いつもとは違う朝の目覚め。ホテルの部屋の中はまだまだ薄暗く、夜明け前なのが分かる。
身体がフワフワと火照っているような、不思議な感覚だ。ふと隣を見てみると、俺の腕の中で気持ち良さそうに眠る彼女がいた。
(レイの寝顔も可愛いな……)
たまらず彼女を抱き締め、その唇に優しくキスをする。この柔らかくてあたたかい感触に、俺はいつも夢中になっていた。他の誰でもない、レイのぬくもりだけが俺の全てを満たしてくれる。
室内には、俺が彼女に捧げる愛の音色が静かに鳴り響いた。気分が高まってしまい、レイのぬくもりから離れられずにいる。
「んんっ……ヒルス……?」
レイの瞳がゆっくり開かれていくことに気づいたが、構わず想いを重ね続けた。
彼女と初めて肌を重ねた昨晩、俺は今までに経験したことのない絶頂を知った。
レイがあんなにも高く可愛らしい声を出すなんて知らなかった。見たことのない美しい表情も、彼女の奥深くに秘める場所があれほどまでに熱くて心地が良いものだなんていうことも。
俺はあの時、レイの全てを知れた気がする。
心も体も彼女の虜になっていた俺は、朝陽が昇る前のひとときをもう一度レイと共に熱く過ごした。
◆
愛しい人との特別な時間は、無情にもあっという間に過ぎ去ってしまうもの。
フラットへ帰り、たちまち現実へと引き戻された。明日からまた忙しい日々が待ち受けている。
籠った空気が満ちた匂いが何となく苦手で、俺は帰宅するなり部屋の窓を全開にしていく。
するとレイが慌ただしく駆け寄ってきて、バルコニーの方をじっと眺めるんだ。どことなく悲しそうな声を出してぽつりと呟く。
「……やっぱり」
レイはゆっくりと、窓の外へ出る。力なくバルコニーに座り込むと、何も言わなくなってしまった。
彼女の目線の先には、大切に育ててきた『サルビア』があった。しかし、最後に残っていた一輪の花びらと葉は完全に茶色に染め上がり、力なく枯れ果てていたんだ。
「……レイ」
彼女の隣にしゃがみ、俺はそっとレイの肩に手を置く。微かにレイの体が震えている。それは、寒さからではないのだとすぐに分かった。
「とうとう枯れちゃった」
レイの声は、冷たい風にかき消されてしまう。それでいて、とてつもないほどの切なさで溢れていた。
「お母さんが残してくれた『サルビア』から採った種で育ててきたのに……。全部、枯れちゃった。もう何も、残ってない……」
生命を失った花をそっと撫でるレイを前にして、俺はどうしようもない気持ちになる。そっと、彼女の肩を抱き寄せた。
「お母さんのお花は、特別だった……。私も愛情いっぱいに育てていけば、枯れることはないのかな、なんて考えていたの。でも、やっぱり難しいね」
灰色の雲が広がる寒空。冷えきった雫がポツポツと静かに音を立てながら、俺たちの周りを荒らし始める。
──心のどこかで、俺もレイも覚悟はしていたんだ。『サルビア』は寒い時期に咲くものではない。どんなに大事に育てていても、いつかは枯れてしまうものだから。
優しくレイの頭を撫でてから、俺は静かに言葉を向ける。
「生き残りの『サルビア』を見つけたあの日から、もう二年は経つ。よく頑張ってここまで花を育てたよ。本当にレイは、凄いな」
「………」
彼女は言葉を口の中に閉じ込めたまま、じっと俺を見つめた。そして胸の中に顔を埋めてきて、両手を背中に回してくる。
「ねぇ……ヒルス。思い出は、残るんだよね?」
レイはあの会話を思い出すように、ゆっくりと話を紡いでいった。
「ヒルスの言葉はいつも私に元気をくれるよ。お花が枯れちゃっても、大丈夫。私たち家族が四人で過ごした日々だけはなくならないんだよね。そう考えれば、何も悲しくない」
そう言うレイの瞳はとても美しくて。俺の胸はドキドキを止めることが出来ない。
常に前を向こうとするレイの力強い言葉は、俺にも勇気を与えてくれる。
「なぁ、レイ」
「うん?」
「……これからも一緒に、二人で思い出をたくさん作っていこう」
右手でレイのしなやかな頬に触れ、俺は囁くように言葉を捧げた。
「俺たちは二人きりの家族だけど、これからもレイと一緒に笑い合っていきたい。特別なことなんて何もしなくてもいい。一日一日を、レイと大切に過ごしていきたい」
「……ヒルス」
俺の右手をしっかり握ると、レイはほんのり頬を赤く染め、小さく頷いた。
「私も同じ気持ちだよ」
空から溢れる雫の数が、どんなに増えていこうが関係ない。俺たちの空間だけは相変わらず熱に包みこまれているんだ。
母の『サルビア』は、役目を終えたかのように枯れてしまった。だけど、前を向くきっかけをくれた大切な花なんだ。
俺は……俺もレイも、決して忘れない。母の『サルビア』には愛情がたくさん込められていて、不思議な魔法を持っていたことを。
彼女の幸せを守るために、これからも守り抜いていきたい。
俺が改めてそう思った瞬間だった。
身体がフワフワと火照っているような、不思議な感覚だ。ふと隣を見てみると、俺の腕の中で気持ち良さそうに眠る彼女がいた。
(レイの寝顔も可愛いな……)
たまらず彼女を抱き締め、その唇に優しくキスをする。この柔らかくてあたたかい感触に、俺はいつも夢中になっていた。他の誰でもない、レイのぬくもりだけが俺の全てを満たしてくれる。
室内には、俺が彼女に捧げる愛の音色が静かに鳴り響いた。気分が高まってしまい、レイのぬくもりから離れられずにいる。
「んんっ……ヒルス……?」
レイの瞳がゆっくり開かれていくことに気づいたが、構わず想いを重ね続けた。
彼女と初めて肌を重ねた昨晩、俺は今までに経験したことのない絶頂を知った。
レイがあんなにも高く可愛らしい声を出すなんて知らなかった。見たことのない美しい表情も、彼女の奥深くに秘める場所があれほどまでに熱くて心地が良いものだなんていうことも。
俺はあの時、レイの全てを知れた気がする。
心も体も彼女の虜になっていた俺は、朝陽が昇る前のひとときをもう一度レイと共に熱く過ごした。
◆
愛しい人との特別な時間は、無情にもあっという間に過ぎ去ってしまうもの。
フラットへ帰り、たちまち現実へと引き戻された。明日からまた忙しい日々が待ち受けている。
籠った空気が満ちた匂いが何となく苦手で、俺は帰宅するなり部屋の窓を全開にしていく。
するとレイが慌ただしく駆け寄ってきて、バルコニーの方をじっと眺めるんだ。どことなく悲しそうな声を出してぽつりと呟く。
「……やっぱり」
レイはゆっくりと、窓の外へ出る。力なくバルコニーに座り込むと、何も言わなくなってしまった。
彼女の目線の先には、大切に育ててきた『サルビア』があった。しかし、最後に残っていた一輪の花びらと葉は完全に茶色に染め上がり、力なく枯れ果てていたんだ。
「……レイ」
彼女の隣にしゃがみ、俺はそっとレイの肩に手を置く。微かにレイの体が震えている。それは、寒さからではないのだとすぐに分かった。
「とうとう枯れちゃった」
レイの声は、冷たい風にかき消されてしまう。それでいて、とてつもないほどの切なさで溢れていた。
「お母さんが残してくれた『サルビア』から採った種で育ててきたのに……。全部、枯れちゃった。もう何も、残ってない……」
生命を失った花をそっと撫でるレイを前にして、俺はどうしようもない気持ちになる。そっと、彼女の肩を抱き寄せた。
「お母さんのお花は、特別だった……。私も愛情いっぱいに育てていけば、枯れることはないのかな、なんて考えていたの。でも、やっぱり難しいね」
灰色の雲が広がる寒空。冷えきった雫がポツポツと静かに音を立てながら、俺たちの周りを荒らし始める。
──心のどこかで、俺もレイも覚悟はしていたんだ。『サルビア』は寒い時期に咲くものではない。どんなに大事に育てていても、いつかは枯れてしまうものだから。
優しくレイの頭を撫でてから、俺は静かに言葉を向ける。
「生き残りの『サルビア』を見つけたあの日から、もう二年は経つ。よく頑張ってここまで花を育てたよ。本当にレイは、凄いな」
「………」
彼女は言葉を口の中に閉じ込めたまま、じっと俺を見つめた。そして胸の中に顔を埋めてきて、両手を背中に回してくる。
「ねぇ……ヒルス。思い出は、残るんだよね?」
レイはあの会話を思い出すように、ゆっくりと話を紡いでいった。
「ヒルスの言葉はいつも私に元気をくれるよ。お花が枯れちゃっても、大丈夫。私たち家族が四人で過ごした日々だけはなくならないんだよね。そう考えれば、何も悲しくない」
そう言うレイの瞳はとても美しくて。俺の胸はドキドキを止めることが出来ない。
常に前を向こうとするレイの力強い言葉は、俺にも勇気を与えてくれる。
「なぁ、レイ」
「うん?」
「……これからも一緒に、二人で思い出をたくさん作っていこう」
右手でレイのしなやかな頬に触れ、俺は囁くように言葉を捧げた。
「俺たちは二人きりの家族だけど、これからもレイと一緒に笑い合っていきたい。特別なことなんて何もしなくてもいい。一日一日を、レイと大切に過ごしていきたい」
「……ヒルス」
俺の右手をしっかり握ると、レイはほんのり頬を赤く染め、小さく頷いた。
「私も同じ気持ちだよ」
空から溢れる雫の数が、どんなに増えていこうが関係ない。俺たちの空間だけは相変わらず熱に包みこまれているんだ。
母の『サルビア』は、役目を終えたかのように枯れてしまった。だけど、前を向くきっかけをくれた大切な花なんだ。
俺は……俺もレイも、決して忘れない。母の『サルビア』には愛情がたくさん込められていて、不思議な魔法を持っていたことを。
彼女の幸せを守るために、これからも守り抜いていきたい。
俺が改めてそう思った瞬間だった。
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