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第九章 悪夢の再来
176,ヒルスの想いと両親の願い
しおりを挟むどんなに疲れていたとしても、俺はいつもと変わらない夢を見るんだ。亡き大切な家族と過ごしている、楽しいあの夢を。
今日は家族で外食に来ているようだった。
どこの店だろう。曖昧な背景でよく分からない。焼き魚とか、煮物料理だとか、普段はあまり食べないものが並んでいる。味はよく知らないけれど、何となく美味しいものなんだと認識できた。
『お兄ちゃんってさ、彼女といつ結婚するの?』
食事中、隣に座る俺の妹がそんなことを訊いてくる。相変わらず姿がぼやけていて、容姿が分からないんだ。
目の前に座る父と母も、ニコニコしながら口を開く。
「そうね、長くお付き合いしているんだから、待たせてしまうのも良くないわ」
「ヒルス、ちゃんと考えているんだろうな?」
父と母は、夢の中でさえもレイを気にかけているみたいだ。
そうだよな。二人とも生きていた頃、あんなにレイを溺愛していたんだ。心配させてはいけないよな。
父と母の目を真っ直ぐ見ながら、俺はしっかりと答えた。
「彼女の誕生日にプロポーズするから安心して」
その言葉に、父と母は嬉しそうに微笑んだ。
もしも、なんてことを考えたって虚しくなるのは分かってる。でもたまになら、想像するだけならいいかな。
父と母がもし今も生きていたら──俺がレイとの将来を本気で考えていると話をした時。二人は応援してくれるだろうか。
いや、きっと喜んでくれると思う。
父も母も、いつだってレイの幸せを一番に考えていた。
俺は母が生前言っていたことを思い出す。
あれはたしか……俺が二十二歳位のときか。自分自身がレイに恋心を抱く前──いや、自覚する以前の話だ。
ある日、母と二人きりでレイのことを話していたんだ。
「ヒルス、正直に話してくれる?」
「何を?」
「あなたはこれまで一度もレイを妹だと思ったことがないのよね」
「……ああ。でも、家族だとは思ってるよ」
精一杯の言葉だった。妹と思えないどころか、それ以上の存在だと想い始めているかもしれないなんて絶対に言えなかった。
しかしそんな俺の心配をよそに、母は思いもよらないことを口にしたんだ。
「勘違いだったらごめんなさい。ヒルスはあの子に、恋をしているわよね?」
「……えっ?」
俺は驚き、焦り、言葉を失くす。それと同時に、物凄く恥ずかしい想いに襲われた。
「こんなこと今訊くことじゃないわよね。でもね、最近のあなたたちを見てると、そう思わずにはいられないのよ。母の勘ってやつかしら。レイと話していると、時折愛しさでいっぱいの表情をあなたがしているから」
「母さん、やめてくれよ。俺は……」
次の言葉がなかなか出てこない。頭で考えると、なぜか否定する理由が出てこなかった。
母とこんな話をしたことがないし、何となく心やましいような変な感じがしてしまう。
レイはその時はまだ十五歳で、俺は自分の本心に蓋をしていたんだ。
冷や汗を流しつつ、俺は動揺しながらどうにか言葉を繋げた。
「恋なんてしてない。たしかに俺にとってレイは誰よりも大切な存在だし、幸せになってほしいと思う。それに何かあったら支えてやりたい。それほど俺にとって特別だから……」
正直な気持ちを話しているはずが、俺は何だか自分の中で違和感を覚える。
この台詞は義理の妹に対してではなく、家族としての想いがあるには違いない。だが、それ以外の意味もある気がしてならない。
だけど母は偉大だ。俺の心の中に引っかかり続ける絡まった糸を、いとも簡単に解いてしまった。
あたたかみのある笑顔で、母は俺に優しい声で言う。
「深く考えすぎなくていいのよ。わたしもお父さんも、あなたとレイの幸せだけを願っているから。そのゆく先がどんな形であっても応援するわ」
あの頃の俺には、母のその言葉の真意を受け止めることは決して出来なかった。
でも……。
「レイの幸せが何なのか、ヒルス自身にとって何が一番なのか、いつか答えが見つかるといいわね」
──母が口にしたひとことひとことが印象的で、俺は決して忘れることはない。今なら素直にあの言葉を受け止められるんだ。
それに父も、レイに宛てた手紙にこう綴っていたな。
『レイが好きになった人で大切にしてくれる人なら、たとえどんな相手でも応援するよ』
──父さん、母さん。俺、二人の言葉を真に受けるからな。正直に言うよ。世界中どこを探しても、レイのことをこんなにも想っているのは俺しかいないって。彼女を幸せに出来るのは俺だけなんだって、本気で思ってるからな。
俺の気持ちを父と母に伝えようとしたが、目の前はいつの間にか真っ暗な世界になっていて、誰もいなくなっていた。
そうだ、いつも忘れてしまうが、レイを思い出すと夢は終わるんだ。
でも俺は寂しくなんかない。夢の中でも、また家族に会いに行けるから。
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