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第四章
41・体調不良?
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──けれど、やっぱり何かおかしくて。
数日経っても体の火照りが収まらなかった。徐々に体が重くなり、食欲も減ってきてしまう。
どうしたんだろう、私。
なんとか毎日出勤しては、顔に出さないようにお客様の施術に入る。
十二月中旬。
その日、朝からボディケアのお客様の施術に二連続で入り、たくさん汗をかいた。
午後になるといつにも増して疲労感がすごい。ランチもあまり食べられなかった。
よくわからない。この気持ち悪さは何……?
次の施術は三時から沢田様のご予約が入っている。コース継続の意思をお伺いしないといけないし、バテている場合じゃない。
「──ここに来るついでにダロワイヨのマカロンを買ってきたの。後でお渡しするから、みなさんで食べてね」
今日も沢田様の明るいトークが繰り広げられている。いつもは楽しく聞かせてもらっているが、なかなか話が頭に入ってこない。
けれどもフェイシャルマッサージは丁寧に。どんなに調子が悪くても、手を抜くのは絶対にダメ。エステティシャンとしてしっかり勤めないと。
「ああ、それと。ビュート化粧品を一式買わせていただいてもいいかしら?」
「あ……はい。ぜひ!」
「ベル・フルールでビュート化粧品を扱ってもらえて本当に嬉しいわ。これからも定期的に購入するわね」
「ありがとうございます。あっ、でもビュート化粧品を購入できるのはコースに通われている方のみで。沢田様は間もなくコース契約が終わってしまいますが、継続はどうされますか?」
「それも言おうと思ってたの。継続するつもりよ」
よかった。ついでにコース継続を聞き出すことができた。
コース内容はこのまま同じにするのか新しい工程に入るのか。本来はここで軽くカウンセリングするのだが、今の私には余裕がない。
ごめんなさい、沢田様。
「のちほど阿川から今後の方針についてお話させていただきますね。お帰りの際、三十分ほどお時間いただいてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
フェイシャルマッサージが終わったあと、スチームを当てながらフェイシャルパックをお肌に塗布する。
十分の間、いつもなら沢田様とお話ししたりケアアドバイスなどをするけれど、今日は無理だった。
気持ち悪さが、限界に近づいている。
「では一度、失礼しますね……」
沢田様のお返事を聞く前に、私は素早く施術室から出て行く。
なんなの? 頭がクラクラしてる。胃の中も気持ち悪くて……まずい。吐き気が、する。
口を押さえ、私はトイレへ駆け込んだ。
便器に向かって項垂れると、口の中から大量の唾液が溢れ出た。ランチに唯一口にできたトマトスープを全て吐き戻してしまう。
嘘……。
まさか胃腸炎? ノロウイルス? 最近、変なもの食べちゃったかな……。
しばらくトイレから出られなかった。戻す物がなくなるくらい吐き、気持ち悪さに悶え続ける。
ずっとここにいるわけにはいかない。
そろそろ沢田様のパックの時間が終わっちゃう。施術は最後までしないと。
長く、長く深呼吸をする。
気分が悪くても、絶対に顔に出さないように。私はエステティシャンなんだから。
しっかりして!
意を決してトイレから出ると──ちょうどコハルが通りかかった。
「あっ。幸せ者のアスカ! お疲れーって……あれ? どうしたの!?」
満面の笑みだったコハルの表情は瞬時に焦燥の色に変わる。
「すごい顔してるよ。大丈夫!?」
「うん……大したことない」
「唇も真っ青じゃん! 休んでなよ!」
「でも、沢田様が」
「──鈴本さんっ?」
騒ぎを聞きつけたであろう店長まで私のところへ駆けつけてきた。
せめて沢田様の施術が終わるまで、と訴えたが阿川店長に「無理をしてお客様に迷惑をかけるのは一番やってはいけないこと」と厳しめに言われ、私は泣く泣くコハルに引き継いだ。
しばらく施術用のベッドで横にさせてもらったが、一向に体調はよくならない。
この頃から私の中で、ある「違和感」が湧いた。
店長から連絡を受けたジンさんが、閉店間際にサロンまで来てくれた。
そのときの彼の焦った表情が忘れられない。
サロンのみんなに心配されながら、私はジンさんの車に乗せてもらいマンションへと帰った。
「アスカ、大丈夫か? 阿川から聞いたぞ。施術中に気分が悪くなったと」
ジンさんはベッドルームまで私を運び、横にさせてくれた。
不安そうな顔をして私の頬に手を添える。
そんな彼の手を握りしめ、小さく頷いて見せた。
「心配かけてごめんなさい」
「病院で診てもらおう」
「明日もよくならなかったら行ってみます」
「俺が連れていくよ」
「お仕事はどうするんです?」
「休む」
それは……ダメ。
病院くらい一人で行ける。仕事と私情を混ぜてはいけないでしょう?
私が言うと、ジンさんは複雑な表情になる。
「例の件、まだ解決してないだろ」
「そうですね……」
タクトが執着して、ジンさんのお店に迷惑かけている件だよね。
「一人で病院へ行かせるのはさすがに心配だ。もしアスカの身に何かあったらどうする。明日は俺が病院に連れていくから。午前の用を済ませたらすぐに帰るよ」
「わかりました」
ジンさんは微笑み、そっと私を抱きしめてくれた。
心地いい……。
彼がそばにいてくれるからか、少しだけ体調がよくなった気がする。本当はまだ頭はクラクラしているけれど。
心が落ち着く。
ただ──やっぱり食欲がない。
ジンさんが梅のお粥を作ってくれたのに二口しか食べられなかった。それどころか、ご飯の匂いがキツく感じて食べたものを吐いてしまう。
「ジンさん、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに」
「いいんだよ。そんなことより、アスカの体調が心配だ。今からでも夜間救急に行くか?」
「ううん。今日はこのまま休んでいたい」
フラフラして、目まいもして、吐き気がとまらない。
どうして? ジンさんは元気なのに。朝と夜は同じ物を食べているから、もしかして昼食で変な物を食べてしまったかもと最初は思っていた。
だけど……そういうことじゃない。私の中であるひとつの可能性が頭の中に浮かんだ。
──生理が、遅れている。
数日経っても体の火照りが収まらなかった。徐々に体が重くなり、食欲も減ってきてしまう。
どうしたんだろう、私。
なんとか毎日出勤しては、顔に出さないようにお客様の施術に入る。
十二月中旬。
その日、朝からボディケアのお客様の施術に二連続で入り、たくさん汗をかいた。
午後になるといつにも増して疲労感がすごい。ランチもあまり食べられなかった。
よくわからない。この気持ち悪さは何……?
次の施術は三時から沢田様のご予約が入っている。コース継続の意思をお伺いしないといけないし、バテている場合じゃない。
「──ここに来るついでにダロワイヨのマカロンを買ってきたの。後でお渡しするから、みなさんで食べてね」
今日も沢田様の明るいトークが繰り広げられている。いつもは楽しく聞かせてもらっているが、なかなか話が頭に入ってこない。
けれどもフェイシャルマッサージは丁寧に。どんなに調子が悪くても、手を抜くのは絶対にダメ。エステティシャンとしてしっかり勤めないと。
「ああ、それと。ビュート化粧品を一式買わせていただいてもいいかしら?」
「あ……はい。ぜひ!」
「ベル・フルールでビュート化粧品を扱ってもらえて本当に嬉しいわ。これからも定期的に購入するわね」
「ありがとうございます。あっ、でもビュート化粧品を購入できるのはコースに通われている方のみで。沢田様は間もなくコース契約が終わってしまいますが、継続はどうされますか?」
「それも言おうと思ってたの。継続するつもりよ」
よかった。ついでにコース継続を聞き出すことができた。
コース内容はこのまま同じにするのか新しい工程に入るのか。本来はここで軽くカウンセリングするのだが、今の私には余裕がない。
ごめんなさい、沢田様。
「のちほど阿川から今後の方針についてお話させていただきますね。お帰りの際、三十分ほどお時間いただいてもよろしいですか?」
「もちろんよ」
フェイシャルマッサージが終わったあと、スチームを当てながらフェイシャルパックをお肌に塗布する。
十分の間、いつもなら沢田様とお話ししたりケアアドバイスなどをするけれど、今日は無理だった。
気持ち悪さが、限界に近づいている。
「では一度、失礼しますね……」
沢田様のお返事を聞く前に、私は素早く施術室から出て行く。
なんなの? 頭がクラクラしてる。胃の中も気持ち悪くて……まずい。吐き気が、する。
口を押さえ、私はトイレへ駆け込んだ。
便器に向かって項垂れると、口の中から大量の唾液が溢れ出た。ランチに唯一口にできたトマトスープを全て吐き戻してしまう。
嘘……。
まさか胃腸炎? ノロウイルス? 最近、変なもの食べちゃったかな……。
しばらくトイレから出られなかった。戻す物がなくなるくらい吐き、気持ち悪さに悶え続ける。
ずっとここにいるわけにはいかない。
そろそろ沢田様のパックの時間が終わっちゃう。施術は最後までしないと。
長く、長く深呼吸をする。
気分が悪くても、絶対に顔に出さないように。私はエステティシャンなんだから。
しっかりして!
意を決してトイレから出ると──ちょうどコハルが通りかかった。
「あっ。幸せ者のアスカ! お疲れーって……あれ? どうしたの!?」
満面の笑みだったコハルの表情は瞬時に焦燥の色に変わる。
「すごい顔してるよ。大丈夫!?」
「うん……大したことない」
「唇も真っ青じゃん! 休んでなよ!」
「でも、沢田様が」
「──鈴本さんっ?」
騒ぎを聞きつけたであろう店長まで私のところへ駆けつけてきた。
せめて沢田様の施術が終わるまで、と訴えたが阿川店長に「無理をしてお客様に迷惑をかけるのは一番やってはいけないこと」と厳しめに言われ、私は泣く泣くコハルに引き継いだ。
しばらく施術用のベッドで横にさせてもらったが、一向に体調はよくならない。
この頃から私の中で、ある「違和感」が湧いた。
店長から連絡を受けたジンさんが、閉店間際にサロンまで来てくれた。
そのときの彼の焦った表情が忘れられない。
サロンのみんなに心配されながら、私はジンさんの車に乗せてもらいマンションへと帰った。
「アスカ、大丈夫か? 阿川から聞いたぞ。施術中に気分が悪くなったと」
ジンさんはベッドルームまで私を運び、横にさせてくれた。
不安そうな顔をして私の頬に手を添える。
そんな彼の手を握りしめ、小さく頷いて見せた。
「心配かけてごめんなさい」
「病院で診てもらおう」
「明日もよくならなかったら行ってみます」
「俺が連れていくよ」
「お仕事はどうするんです?」
「休む」
それは……ダメ。
病院くらい一人で行ける。仕事と私情を混ぜてはいけないでしょう?
私が言うと、ジンさんは複雑な表情になる。
「例の件、まだ解決してないだろ」
「そうですね……」
タクトが執着して、ジンさんのお店に迷惑かけている件だよね。
「一人で病院へ行かせるのはさすがに心配だ。もしアスカの身に何かあったらどうする。明日は俺が病院に連れていくから。午前の用を済ませたらすぐに帰るよ」
「わかりました」
ジンさんは微笑み、そっと私を抱きしめてくれた。
心地いい……。
彼がそばにいてくれるからか、少しだけ体調がよくなった気がする。本当はまだ頭はクラクラしているけれど。
心が落ち着く。
ただ──やっぱり食欲がない。
ジンさんが梅のお粥を作ってくれたのに二口しか食べられなかった。それどころか、ご飯の匂いがキツく感じて食べたものを吐いてしまう。
「ジンさん、ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに」
「いいんだよ。そんなことより、アスカの体調が心配だ。今からでも夜間救急に行くか?」
「ううん。今日はこのまま休んでいたい」
フラフラして、目まいもして、吐き気がとまらない。
どうして? ジンさんは元気なのに。朝と夜は同じ物を食べているから、もしかして昼食で変な物を食べてしまったかもと最初は思っていた。
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──生理が、遅れている。
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