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第三章

夢と現実の自分

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『コウキの望み、叶うといいね。ミャオ』

 どこからともなく、高い声が聞こえてきた。

『チャコ!』

 すべり台の真下にちょこんとチャコが座っていた。いつものあのまん丸の目でこっちを見上げるんだ。
 伸びをしながら立ち上がると、チャコはひょいとジャンプしてきて、僕たちの足もとに着地した。

 チャコが生きていた頃も、よくこうやって軽快なジャンプをして高いところに登ってたよな。

 見れば見るほど、夢の中のチャコが本物そっくりだ。茶色い瞳でウインクをして、僕の顔をじっと見つめてくる。口元に、何かを咥えていることにふと気がついた。

『チャコ、何を持っているの?』
『お守りだよ』

 よく見ると、それは──ハートの形をしたひとつ葉のクローバーだった。僕は思わず「あっ」と声を漏らす。

『ビックリした。チャコが夢の中でお守りになったみたいだな』
 
 そっとチャコを抱きかかえ、僕はひとつ葉のクローバーにそっと触れた。僕の拳くらいサイズがあるクローバー。こんなに大きなものは、夢の中でしか見られないだろう。グリーンにキラキラと光り輝く葉が、とっても綺麗だ。

『ひとつ葉のクローバーに、いっぱい願いをこめるよ。現実の世界で、コウキが必死に戦ってるから』
『ん? どういうこと?』
『今、コウキは眠っているけど、身体はとっても頑張ってる。チャコには分かる』
『あ、そっか……』

 夢に浸りすぎて忘れていた。本当の僕は正に今、手術を受けている真っ最中なんだってこと。

夢の中ここにいるときは何も感じないから大丈夫。でも、目を覚ましてからが踏ん張りどころ。コウキ、負けないで』

 可愛らしい声色で、チャコはそんなことを言うんだ。
 僕はふと微笑んでみせる。 

『平気だよ。とっくに覚悟を決めてるから。この世界の僕のようになれるなら、どんなことだって乗りこえてみせるよ』

 むしろ、ワクワクしているんだ。好きなように大地を駆け出して、自由自在に身体を動かせたらって思うと、どんなことにだって負ける気がしない。
 ロフストランド杖も装具も全部外して、どこまでも歩いていきたい。
 考えるほど、笑みがあふれる。

 チャコはそっと腕の中から離れていった。足もとに降りて、僕に身体を擦りつけてきた。

『前向きなコウキ、立派だね』

 そう言葉をかけてくれるけど、なんだろう──チャコは切ない顔をしている気がする。
 その隣で、彼女も僕に語りかけるんだ。

『ここでは望み通りの自分になれるから、嬉しいよね。でもね、ここが現実とは違うこと、決して忘れないで』
『えっ?』

 僕は首を傾げながら彼女を見つめた。

 いや、ちゃんと分かってるよ。所詮、僕は夢を見ている。自由に歩けるのが今の自分じゃ叶わないってことくらい、理解しているさ。でも未来の僕なら、夢と同じようになれるかもしれないだろ?
 そう、返事をしようとした。

 だけど次の瞬間、辺りが眩しい光に包まれてしまった。目を細めると、たった今までいたはずの彼女とチャコの姿が見えなくなった。

 ──コウキ君。

 突然遠くの方から、いや……すぐ近くで誰かが僕を呼ぶ低い声が聞こえた。

 ──お疲れさま。終わったよ。

 夢の外から声をかけているみたい。
 もしかして……井原先生かな。

 そう気づいたとき、僕を包み込んでいた光がスッと消えていく。目の前が暗くなり、何も感じなくなり、意識が少しずつ現実の世界へと戻されていく。そんな感覚がした。
 夢から覚める時間が来たようだ。

 先生の声が聞こえたってことは、手術が終わったんだね──?
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