46 / 165
第五章
46,信じたくない嘘の世界
しおりを挟む※
夢の中に落ちていく──
リュウキは、薄暗い部屋の中に立ち尽くしていた。外の音や少しの光すらも通さない、寂しさに閉じ込められた空間。空気は重く乾燥していて、蝋燭の火もすぐ消えそうだ。
妙に現実的な世界である。
(いや……違う。これは、幻想の光景だ)
リュウキは冷静にそう判断する。
ふと背後を見ると、部屋の奥に天蓋が備え付けられた立派な寝床があった。そこから微かに聞こえてくる。苦しそうな息遣いが。
ゆっくり寝床に近づいてみると──そこには、一人の男が横たわっていた。顔はげっそりしていて、黒い髪の毛は乱れ放題。汗をたくさん流し、小さく唸っている。
誰だ? どこかで見たことがあるような顔だ。
虚ろな目で、男はリュウキに目を向けた。それから、弱々しく口を開くのだ。
「リュウキよ……。母上はわたしを不要としているようだな」
震えながらそう話す男に対し、リュウキは首を傾げるしかない。
「母上とお前が話していたのを、全て、聞いてしまった……。どうやら母上は、リュウキを摘子として考えておられるのだな……」
摘子? 何の話か。それに──母上、とは?
口を閉ざしたまま、リュウキは首を小さく振る。
「不甲斐ない。こんな病弱で、母上にも見放されている。わたしは強くなければ。何の意味もないのだ!」
涙ながらに男はしゃがれた声で叫ぶと、寝床に隠していたのだろうか、あるものを取り出した。
リュウキはそれを見て目を見開く。
「それは……?」
この空間の中で、自らの声が響いた。リュウキはハッとした。幻想の中でも、自分の声が出せるらしい。
震えながらも男は、一輪の青空色の花を手に持つ。四枚の花びらを纏った花は、心を奪われそうになるほどに美しい。甘い香りを漂わせていて、胸が熱くなった。
だが、リュウキはその花を前にして、心が唸る。それが一体なんなのか、直感で分かってしまったからだ。
──紛れもない。幻草の花である。
「なぜそんなものを……」
幻草花を指すリュウキに向かって、男はニヤリと答えた。
「教えてやろう、リュウキ。先帝たちの手によって、一世紀以上前から幻草は栽培されてきたのだ」
「なんだって……?」
「幻草は西陽がよく当たる湿気の多い場所を好む。満月の夜に花を咲かせ、春には大量の種を撒き散らすのだぞ。これは、父上からわたしが授かった知識である」
「待ってくれよ。幻草は危険なものだろう? どうしてそんなものを栽培するんだよ」
「先帝は幻草の力を借りて、国を支配しようとしたらしい。しかし、各地に化け物が増殖しただけで、更にこの世を混乱させる要因となったがな」
リュウキは眉を潜めた。人間の、いや、皇族の下らぬ計らいのせいで、人々だけではなく動物や自然界にも影響が出ている。本当に愚かだ。
乾いた唇で、男は更に続けるのだ。
「しかし父上は、違う目的でこの幻草を利用しようとしたのだ。病弱だったわたしを救おうとしてくれた」
話しながら、男はその花をおもむろに口元に運んだ。
まさか、食べる気か?
「いや、待てよ。そんなもの口にしたら、危険だ。化け物になるんだぞ!」
「適量を口に含めるのだ! 精神さえ崩壊させなければよい。さすれば不老不死となり、強い力を手に入れられるのだぞ!」
「だめだよ。絶対にやめろよ!」
「わたしは生まれながらに病に苦しんでいる。お前は、救いの薬の力を信じられぬと申すのか」
リュウキが制御しようとしても無駄だった。
躊躇する様子もなく、男は幻草の花を一輪平らげてしまったのだ。
──目の前が闇に包まれる。
リュウキの心臓が低く唸った。
瞬きをした次の瞬間には、景色が変わっていた。場所も時もまるで違うようだ。
リュウキは、固唾を呑む。
目の前に、白い衣装を纏った女性が一人倒れていたのだ。白目を向いて泡を吐き、苦しそうな顔をしている。なんと惨い姿であろうか。
一目見れば分かった。その女性は、既に息絶えている──
女性は、一度幻想の世界に現れた見知らぬあの母親だった。
『あの子は生まれつき病に冒され、まともに練武もできません。弱いのです』
『病弱な男児を持ったわたくしの心が一番傷ついています』
そのような台詞が、リュウキの頭の中を過る。
この方は、皇后らしい。
リュウキは幻想の闇の中で頭を抱えた。
違う。病弱な男とも、この皇后とも自分とは何の関係ない。今まで見てきた幻想は、全て虚偽の世界だ。信じてはいけない。
一度深く息を吐き、リュウキは前を見た。
床で寝たきりであったはずのあの男が、両拳を握ってその女性を見下ろしていた。「病弱」だとは思えないほど、しっかりした佇まい。その眼差しは、とんでもなく冷酷なものだ。
「母上。あなたが悪いのですよ。偏見でしかものを見られないあなたの言動に、わたしがどれだけ苦しめられてきたか……」
低く冷淡な口調であった。
──君は、一体何を言っているんだ……? この人を殺めたのは、まさか君なのか?
リュウキがそう問いかけようとしたとき、突然目の前が真っ白になった。男の姿も、息絶えたあの女性も、消えてなくなってしまった。
リュウキは何もない世界で崩れ落ちる。蹲ったまま動けない。
(惑わされるな。僕はまだ、自分の記憶を取り戻せていないんだぞ)
ひんやりと冷たい鎧が、震えるリュウキの身体と共にカタカタと音を鳴らした。
リュウキはゆっくりと目を閉ざす。
朝まで眠って、全て忘れてしまおう。関係のない幻想世界など、何の役にも立たないのだから──
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる