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第八章
75,父と兄の強さ
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父は腰から剣を引き抜き、それを昂然と構えた。
「母様……大丈夫なのでしょうか?」
「全ては天意に従います」
空を仰ぐ母の横顔は、不安の色に染まる。
村人たちも皆、心配そうな眼差しを父に向けていた。
「じじい、後悔するんじゃねえぞ。瞬きをする前にその首をもらう」
「はい。よろしくお願いいたします」
全く動じない父の姿に、ヤエは呆気に取られた。
カク将軍は雄叫びを上げながら父に槍を向けて突進していった。その勢いは猛将の如く迫力がある。身体は父の頭二つ分も大きい。体格を見る限り、カク将軍が優勢に思えた。
だが父は、カク将軍の突き出す武器をいとも簡単に躱した。それから瞬時に将軍の背後にまわり、剣を思いきり振りかざしたのだ。
「……!」
その瞬間、母はヤエの目を両手で塞ぐ。と同時に、グシャリと気味の悪い音が鳴り響いた。
幼いヤエでも理解できる。そこで、何が起きたのか──
「きゃぁ……!」
村人たちの小さな悲鳴がした。喉から弱々しく漏れたような叫び声だ。
ヤエの目を覆ったまま、母は耳元で囁く。
「ヤエ。そのまま後ろを向いて。決して将軍の方を見てはなりません」
「は、はい」
ゆっくりとヤエが身体ごと後ろにむけると、母は両手をそっと放した。
父の周りで何が起こったのか想像すると、ヤエは気分が悪くなってしまう。
絶えず聞こえてくる父たちの会話。
「何と……いとも簡単にカク将軍を討ち破ってしまうとは……!」
「申したでしょう。父は強いと」
「とは言っても、ただの平民ですがね」
ヤエには父の表情は見えていないが、鼻で笑っているのが分かる。
次に聞こえてきたのは皇帝の大きな笑い声だった。
「はははは! よかろう。約束通り、今回は見逃してやろうぞ!」
皇帝のその言葉に、ヤエは心の中で胸をなで下ろす。
「しかし惜しいことをした。まさかカク将軍を失ってしまうとは。将軍はこれまでに、東西併せて五人の敵将の首を斬った勇将である」
「我が父は、その勇将よりも遥かに勝っていました。誇りに思います」
「ふむ……。この城下村にこれほどの勇ましい者たちがいたとはな。──だが、忘れるなよ。朕はそなたたちを大変気に入った。もしもこの先、年貢を納められない年がくればその時は今回のようにはいかぬぞ」
「……はい」
終始ゆったりとした喋り方をしていた皇帝だが、最後はどことなく怒りに震えたような声になっていたのはヤエの気のせいだろうか。
その後皇帝一行は、何も持ち帰らずに帰っていった。
ヤエは思い出した。十も歳が上のシュウは、ヤエが物心ついた時から既に武を学んでいた。村を守る為には力が必要であるからと。それと同時に、知力も大切なのだと。
ヤエは兄と共に勉学を学んでいたが、シュウは村の誰よりも知性に優れていた。
カク将軍と父が一騎打ちをしたらどちらが勝つかなんて、シュウは最初から分かっていたのだろう。
──その日の夜、就寝前にヤエはシュウと話をした。
「シュウ様……いえ、兄様。本日はとてもご立派でした」
「昼間の件に関しては、わたしは何もしていない。父上の力があってこそだ」
「父様も、威風堂々とされていました。兄様は勝敗など最初から分かっていたのですね」
「カク将軍のことはよく知っている。今までの戦で武将を多く討ち取り、先鋒に立つ将軍と聞いていたが。頭に血が上ると周りが見えなくなるほど気性が激しい」
「それでわざと挑発するようなことを?」
「ああ。しかし全ては父上の実力があってこそ。わたしは助けられたのだ」
「父様を立てるのもお上手で」
ヤエがそう言うと、シュウは咳払いをして
「もう夜も遅い。休め」
顔を赤らめてそう言った。
──ヤエは幻想世界の出来事を懐かしく思う。
なぜ今まで思い出せなかったのだろう。こんなにも逞しい実兄がいたのに。「シュウ」という存在を忘れてしまっていたなんて。現実世界でもう一度会えたら、決して兄のことを忘れないように。ヤエは強くそう思った。
「母様……大丈夫なのでしょうか?」
「全ては天意に従います」
空を仰ぐ母の横顔は、不安の色に染まる。
村人たちも皆、心配そうな眼差しを父に向けていた。
「じじい、後悔するんじゃねえぞ。瞬きをする前にその首をもらう」
「はい。よろしくお願いいたします」
全く動じない父の姿に、ヤエは呆気に取られた。
カク将軍は雄叫びを上げながら父に槍を向けて突進していった。その勢いは猛将の如く迫力がある。身体は父の頭二つ分も大きい。体格を見る限り、カク将軍が優勢に思えた。
だが父は、カク将軍の突き出す武器をいとも簡単に躱した。それから瞬時に将軍の背後にまわり、剣を思いきり振りかざしたのだ。
「……!」
その瞬間、母はヤエの目を両手で塞ぐ。と同時に、グシャリと気味の悪い音が鳴り響いた。
幼いヤエでも理解できる。そこで、何が起きたのか──
「きゃぁ……!」
村人たちの小さな悲鳴がした。喉から弱々しく漏れたような叫び声だ。
ヤエの目を覆ったまま、母は耳元で囁く。
「ヤエ。そのまま後ろを向いて。決して将軍の方を見てはなりません」
「は、はい」
ゆっくりとヤエが身体ごと後ろにむけると、母は両手をそっと放した。
父の周りで何が起こったのか想像すると、ヤエは気分が悪くなってしまう。
絶えず聞こえてくる父たちの会話。
「何と……いとも簡単にカク将軍を討ち破ってしまうとは……!」
「申したでしょう。父は強いと」
「とは言っても、ただの平民ですがね」
ヤエには父の表情は見えていないが、鼻で笑っているのが分かる。
次に聞こえてきたのは皇帝の大きな笑い声だった。
「はははは! よかろう。約束通り、今回は見逃してやろうぞ!」
皇帝のその言葉に、ヤエは心の中で胸をなで下ろす。
「しかし惜しいことをした。まさかカク将軍を失ってしまうとは。将軍はこれまでに、東西併せて五人の敵将の首を斬った勇将である」
「我が父は、その勇将よりも遥かに勝っていました。誇りに思います」
「ふむ……。この城下村にこれほどの勇ましい者たちがいたとはな。──だが、忘れるなよ。朕はそなたたちを大変気に入った。もしもこの先、年貢を納められない年がくればその時は今回のようにはいかぬぞ」
「……はい」
終始ゆったりとした喋り方をしていた皇帝だが、最後はどことなく怒りに震えたような声になっていたのはヤエの気のせいだろうか。
その後皇帝一行は、何も持ち帰らずに帰っていった。
ヤエは思い出した。十も歳が上のシュウは、ヤエが物心ついた時から既に武を学んでいた。村を守る為には力が必要であるからと。それと同時に、知力も大切なのだと。
ヤエは兄と共に勉学を学んでいたが、シュウは村の誰よりも知性に優れていた。
カク将軍と父が一騎打ちをしたらどちらが勝つかなんて、シュウは最初から分かっていたのだろう。
──その日の夜、就寝前にヤエはシュウと話をした。
「シュウ様……いえ、兄様。本日はとてもご立派でした」
「昼間の件に関しては、わたしは何もしていない。父上の力があってこそだ」
「父様も、威風堂々とされていました。兄様は勝敗など最初から分かっていたのですね」
「カク将軍のことはよく知っている。今までの戦で武将を多く討ち取り、先鋒に立つ将軍と聞いていたが。頭に血が上ると周りが見えなくなるほど気性が激しい」
「それでわざと挑発するようなことを?」
「ああ。しかし全ては父上の実力があってこそ。わたしは助けられたのだ」
「父様を立てるのもお上手で」
ヤエがそう言うと、シュウは咳払いをして
「もう夜も遅い。休め」
顔を赤らめてそう言った。
──ヤエは幻想世界の出来事を懐かしく思う。
なぜ今まで思い出せなかったのだろう。こんなにも逞しい実兄がいたのに。「シュウ」という存在を忘れてしまっていたなんて。現実世界でもう一度会えたら、決して兄のことを忘れないように。ヤエは強くそう思った。
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