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第一章:金色の神様
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「痛ッ……」
スウェンはナイフで左指を切ってしまった。血がダラダラと出てくる。
――リンゴの皮を剥こうとしただけなのに。
だが,スウェンは『I・B』という不思議な身体を持っているため,その傷は数分で治ってしまった。よく見ると皮膚に薄い切目が残っているだけになっていた。
I・Bに気付いたのは,ほんの三年前のことである。
十歳のとき,スウェンは左足を複雑骨折した。しかし,それはたった三日の間で完治してしまった,というようなことが起こった。どこの病院に行ってもその原因は分からず,奇跡としか言われなかった。
――いつしかスウェンは,自分の身体のことはI・B(Infinity Body)と呼ぶようになったのだ。
薄暗い台所で,スウェンは手に持つリンゴを一口かじった。見た目はぶよぶよしていて,食べてみると蜜が全く入っていない。甘い香りもなく,中身がパサパサなこのリンゴは,美味しくともなんともなかった。
――この家は貧乏なのである。
十二年前に父親が他界し,母には多額の借金だけが残されていた。
二人分の生活費を稼ぐだけでも大変であるのに,母は今までずっとスウェンを育ててきてくれた。
スウェンが反抗期で反発することもあったが,それでもたったひとりの母親に感謝していた。
スウェンはリフェイル合衆国のパウダントシティという町に住んでいる。住民はそこそこ多い。大人は皆,朝から晩まで仕事をし,子どもは毎日学校,遊びの繰り返しだ。
だがスウェンは,いつも家の中にこもり気味だ。それには理由があった。
「おい,このクソ。出てこいよ」
「今日もかわいがってやるよ」
――いつものように,「訪問者」がやってきた。
スウェンは慌てて食べかけのリンゴをごみ箱に捨てた。窓の鍵を,震えた手で閉める。
そのまま扉も開けないで,唸りながら部屋の隅にうずくまった。
「おい出てこないつもりか」
「出てこねぇんだったら,このボロいドアぶっ壊すぞ」
「ついでにテメェの脳みそもぶち壊して,犬の餌にでもしてやろうか」
「ギャハハハ! そりゃいい!」
訪問者は三人だった。こいつらはイジメッ子のマイケルたちである。スウェンは毎日イジメられていた。
――これだから外に出たくないんだ。
奴らが言う「クソ」とは,哀れにもスウェンのことだった。
マイケルたちは絶対に彼のことを名前で呼んだりしない。わざと「クソ」と呼ぶことで,スウェンを傷つけているのだ。
スウェンはこっそり,窓の外を覗く。
「――あの野郎。出てこないつもりだな」
「……ふん。だったら誘き寄せるまでだ」
仲間の二人にそう言うと,マイケルはスウェンの家中を見回す。それからすぐに言った。
「これでいい」
マイケルが手を伸ばしたものは,家の前に干してある二人分の洗濯物だった。スウェンはその様子を見てギョッとする。
奴は洗濯物のひとつを掴みとり,ばかでかい声でこう言うのだ。
「おいお前ら! こいつを見てみろ。あのクソの,汚いパンツが干してあるぞ」
「げっ,マイケルよせよ。菌がついちまうぜ。燃やすんだ!」
持参でもしてきたのだろうか,マイケルたちはハサミをポケットから取り出し,スウェンの下着をがむしゃらに切り裂きはじめた。
――ものすごい音がする。
最初はハサミを使っていたのに,後の方になると手で荒々しく下着を破っていくのだった。
奴らは自分たちが悪いことをしている,という自覚がない。こんなイジメをただの遊びだと思い,楽しんでいるのだ。
下着はあっという間にボロボロにされ,すでに活用できるものでなくなっていた。
(やめろ……)
――我慢できない
スウェンはついに,外に飛び出してしまった。
「やっと出てきやがった」
マイケルたちはニヤリと笑う。すぐにスウェンは後悔した。
スウェンはナイフで左指を切ってしまった。血がダラダラと出てくる。
――リンゴの皮を剥こうとしただけなのに。
だが,スウェンは『I・B』という不思議な身体を持っているため,その傷は数分で治ってしまった。よく見ると皮膚に薄い切目が残っているだけになっていた。
I・Bに気付いたのは,ほんの三年前のことである。
十歳のとき,スウェンは左足を複雑骨折した。しかし,それはたった三日の間で完治してしまった,というようなことが起こった。どこの病院に行ってもその原因は分からず,奇跡としか言われなかった。
――いつしかスウェンは,自分の身体のことはI・B(Infinity Body)と呼ぶようになったのだ。
薄暗い台所で,スウェンは手に持つリンゴを一口かじった。見た目はぶよぶよしていて,食べてみると蜜が全く入っていない。甘い香りもなく,中身がパサパサなこのリンゴは,美味しくともなんともなかった。
――この家は貧乏なのである。
十二年前に父親が他界し,母には多額の借金だけが残されていた。
二人分の生活費を稼ぐだけでも大変であるのに,母は今までずっとスウェンを育ててきてくれた。
スウェンが反抗期で反発することもあったが,それでもたったひとりの母親に感謝していた。
スウェンはリフェイル合衆国のパウダントシティという町に住んでいる。住民はそこそこ多い。大人は皆,朝から晩まで仕事をし,子どもは毎日学校,遊びの繰り返しだ。
だがスウェンは,いつも家の中にこもり気味だ。それには理由があった。
「おい,このクソ。出てこいよ」
「今日もかわいがってやるよ」
――いつものように,「訪問者」がやってきた。
スウェンは慌てて食べかけのリンゴをごみ箱に捨てた。窓の鍵を,震えた手で閉める。
そのまま扉も開けないで,唸りながら部屋の隅にうずくまった。
「おい出てこないつもりか」
「出てこねぇんだったら,このボロいドアぶっ壊すぞ」
「ついでにテメェの脳みそもぶち壊して,犬の餌にでもしてやろうか」
「ギャハハハ! そりゃいい!」
訪問者は三人だった。こいつらはイジメッ子のマイケルたちである。スウェンは毎日イジメられていた。
――これだから外に出たくないんだ。
奴らが言う「クソ」とは,哀れにもスウェンのことだった。
マイケルたちは絶対に彼のことを名前で呼んだりしない。わざと「クソ」と呼ぶことで,スウェンを傷つけているのだ。
スウェンはこっそり,窓の外を覗く。
「――あの野郎。出てこないつもりだな」
「……ふん。だったら誘き寄せるまでだ」
仲間の二人にそう言うと,マイケルはスウェンの家中を見回す。それからすぐに言った。
「これでいい」
マイケルが手を伸ばしたものは,家の前に干してある二人分の洗濯物だった。スウェンはその様子を見てギョッとする。
奴は洗濯物のひとつを掴みとり,ばかでかい声でこう言うのだ。
「おいお前ら! こいつを見てみろ。あのクソの,汚いパンツが干してあるぞ」
「げっ,マイケルよせよ。菌がついちまうぜ。燃やすんだ!」
持参でもしてきたのだろうか,マイケルたちはハサミをポケットから取り出し,スウェンの下着をがむしゃらに切り裂きはじめた。
――ものすごい音がする。
最初はハサミを使っていたのに,後の方になると手で荒々しく下着を破っていくのだった。
奴らは自分たちが悪いことをしている,という自覚がない。こんなイジメをただの遊びだと思い,楽しんでいるのだ。
下着はあっという間にボロボロにされ,すでに活用できるものでなくなっていた。
(やめろ……)
――我慢できない
スウェンはついに,外に飛び出してしまった。
「やっと出てきやがった」
マイケルたちはニヤリと笑う。すぐにスウェンは後悔した。
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